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花橘 その後の怪談話


反撃

この身を襲っていた嫌悪感がスゥと止み、ガンガンと耳鳴りの如く聞こえていた悪鬼たちの唸り声も遠くなりゆく。
スティングは両肩で大きく息をつきながら、再びそれ等が迫り来ぬよう、素早く護法を唱え鬼門を閉じた。
そして改めて、忌々しい亡者・・・もとい呪符へと鋭く意識を向ける。
抉られた手の傷口からは、鮮やかな朱色が覗いている。
その痛みが、荒いスティングの鼓動を黒く染めていく。
万が一、鬼門を封じるのに失敗していたとしたら?
恐らく今頃ザラ家の室内は阿鼻叫喚の渦の中であったろう。
到底自分独りでは対処しきれず、 ある者は喰われ、ある者は憑依され(悪鬼等が上手い事この世に隠れ潜む為に、宿主とされるのだ)、そして奴等はあっという間に京中へと飛び出し、更に多くの命が屠られていた事だろう。
正にこの世になんの憐憫も無いといわんばかりの仕掛け!
・・・斯様な術を施したのは、果たしてどんな奴であるのか!?
『どうにも宜しくない。東の方角より、大きな災いがやってくる兆しがある。』
少し前の事、そんな事を口にしていたのは、同じ陰陽寮に属すノアローク家のネオ殿だった。
彼の方は、普通の者には感じられぬ予兆を、様々な角度から感じ取る力がある。
『気をつけたほうがいいな。何か、とんでもない事が起きそうな気がする。』
そして実際にこの直後、天下を揺るがす騒動が起き、あの男・・・アスランとやらが帝への狼藉を働いたという事で、ザラ家一族諸共、失脚・追放の憂き目に遭った。
その間、宮中を牛耳っていたのがセイラン家であり、奴等は実に都合の良いように政を執り仕切り、あろう事か陰陽寮の内部にまで干渉をしてきた。
『今は事を荒立てず、時を待ったほうが良い。嵐はいつか過ぎ去る。』
長の言葉に、多くの者が不満や不安を抱きつつもこれに従った。
だがセイランのやり方に盾突く者等の中には、この世のモノとも思えぬおぞまじい事態に遭遇!
ある者は病み、ある者は行方知れずになり、時に自らが命を果ててしまうという凶事が勃発したのだ。
その最もたるのが、有家たるクライン邸の焼失事件であった。
風が強い夜であったことも災いして、犠牲者の数は膨大なもの。
そして陰陽寮には、そんな不幸に見舞われた親族縁者からの声が多く舞いこんできた。
実際に表立って動く事を禁じられていた為、事件の真相は今だ謎のままであるが、あの時、セイラン家が抱え取り込んだ一味の中に、正に都から東の方角、清水寺より参ったという不穏な僧侶等が居たという情報だけは耳にしている。
その一団の中に、酷く特異かつ残忍な能力・・・その者はあらゆる薬学に長け、時に奇術を使う者が居たともだ。
もしかすると、この一件はその一味の仕業であろうか?
傷口からのシクシクとした痛みに顔を顰めつつ、スティングはゆっくりと顔を上げた。
謀反の疑いをかけられたザラ家の子息、その寵愛を受けし姫君の魂が奪われた。
これ全ては、例の謀反事件が尾を引いているのではないか?
そう、今だあの件は謎めいた部分が残されている。
それもこれも、帝自らが一件は落着したと宣言、以後の詮索は必要なしとの詔なのだ。
だがこれを仕掛けた奴には、それ相応の礼をせねば気がすまない!
荒い息をつきつつ、スティングは亡者へと向かい合う。
「お前をこのように利用したのは何者だ?」
だがステラという名の彼女は、先程の悪鬼等の来襲に恐れを生したのだろう。
『イヤ、嫌だ、怖い、イヤ!』という思念ばかりを伝えてくる。
これにグッと苛立ちが込み上げ、だがならばとスティングはその身へ片手をさし伸ばした。
『オイオイ?』
此処で式神アウルの声が脳裏に響いてきた。
一体何を考えているんだよ?と、アイツはそう言いたいのだろう。
しかしスティングは聞こえぬ素振りで、既に実体を持たぬ亡者を、式神を通じて両腕に引き入れる!
死んでからどういう経緯であったかは分からぬ。
だが知らずに捕縛され、彷徨う事すら絶たれた存在。
真相に至る糸口は、もはやこの者にしか残っていないのだ。
「大丈夫だ。もう奴等はやっては来ない。だから落ち着け。」
ぼこぼこと、腕の中で何かが荒れて跳ねる感覚。
それは今だ混乱している亡者・・・ステラの思念だ。
「大丈夫だ。大丈夫だから・・・どうか落ち着け。そしてしっかりと見ろ!」
カガリ姫もこうしてご無事だ!
諭すような口調、かつ姫の名を口にしてやれば、跳ねていた感覚が次第に薄れ穏やかになっていった。
そうしてしっかりと彼女が落ち着いたところで、その意識を此方へと誘う。
「お前をこうして閉じ込め、同じくカガリ姫をも陥れた者を突き止めたい。」
感じ伝わり来る、亡者となった彼女の惑いの念。
既に光を失った、その瞳に感じられるのは苦悶の色。
「だから今から、お前を縛っている呪符を通じて輩を突き止める。」
告げたスティングの耳に、式神アウルの『あ~あ』という声が聞こえた。
だが今のスティングには気にもならない。
正直、先程の疲労が抜けきらぬだけに身体は重たい。
精神的にも、集中出来る限界がある。
しかし憤慨する気持ちがそういったものを覆いこみ、この件の裏を突き詰めようとする気力となっているのだろう。
スティングはゆっくりと身を起こすと、両手を動かし印を結んだ。
そうしながら、亡者である彼女へと向かいこう告げた。
「成功した暁には、呪符が失せ、お前は此処から解き放たれる。だが同時に、誰の目にも映らぬ存在と化す。」
告げながら、フッと背後を振り返り見る。
同じく、聞こえているであろう姫君の様子を伺う為にだ。
しかし当の姫君には、一体何が起こり何が起ころうとしているのか分からぬまま、呆然とスティング=式神を見つめているだけ。
本来ならば交わせぬ言葉・・・最期となろう別れの時・・・を、自分を介して伝えてやろう。
「最期に、何か伝えたい事はあるか?」
問いかけたスティングへと、ややあってから伝わってきた念。
『姫・・・様。シ・・・ン。・・・ごめんなさい。』
ごめんなさい、ごめんなさい。
それは唯只管に謝りの言葉だった。
そんな彼女の声なき声が、スティングの脳裏に切なく響いてくる。
『ごめん・・・なさい。』
この姫や世の中に対する恨み辛みも感じられず、何か突発的な事故(だが恐らく今回の一件に関係した死因であったと思う)により亡くなった、そんな彼女から伝わり来るのは、ただただ侘しさばかりだった。
スティングはグッと顔を顰め息をついた。
「一体、何が起こっているんだ!?」
背後で姫が声を上げる。
だがそんな姫を他所に、陰陽師たる彼は一言だけ『では始める』とだけ口にした。

 
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