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花橘 その後の怪談話


呪術

『カガリ姫。』
名を呼び、スティングは此方へと無理矢理にでも意識を向けさせる。
たかが3日、されど3日。
此処に封じ込められ失くした時は、決して軽くは無いのだ。
恐らく無理矢理に抜かれた所為もあるだろう。
この姫君には、今に至る前後の記憶が思い当たらない。
だが、現世からの声は届いていたのだ!
そう、己が何者であるかも分からぬまま、惹かれ合う心が彼の声を聞き留めていた。
これぞ目には見えぬ繋がり。
世に愛と呼ぶ代物のおかげか。
そんな分析をしつつ、スティングはフッと口端を上げていた。
乾いた心が、薄く笑みすらも浮かばせる。
人の心と心とを惹き付け繋げあう、摩訶不思議な感情。
時にそれは人知を超えた効力を発し、類稀なる事を引き起こす。
身体を離れ彷徨うこの姫の魂を、辛うじて繋ぎ止めていたあの男のように。
想う心が、その念が、陽の作用を施していたのだ。
だが・・・愛ある故に、人は苦しみ心を苛む!
光あれば影あるように、その負を一心に味わった覚えのある者には、その感情は既に欝としか感じられない。
自分には不要なものだな!
スティングは冷淡にそう思うと、スッと表情を戻した。
そして新たな呪文を唱えてみた。

するとどうだろう、視界の端にチラリと表出した何か!
その金色をした物体に、スティングはハッと意識を向けた。
・・・これは!?
そして術を唱え、軽く片手で一閃を斬ってみた。
するとどうだろう?
実に良く似ていると思った。
儚げでやや幼げなその女子は?
『カガリ姫、貴女の背後に居る彼女は誰ですか?』
スティングの言葉に、姫は驚き小首を傾げた。
そしてゆっくりと背後を振り返り見た、その途端、其処に見えた存在に大きく目を瞠る!
僅かな距離を置いて、ひっそりと立ち尽くして居る女子からは、ある種の冷気が感じられるようだった。
恐らく、彼女は既にこの世には居ない存在なのであろう。
「ステ・・・ラ!」
しばしの沈黙の後、姫の口から出てきた名前。

潜在する記憶から出てきたのだろう。
姫の妹か何かであろうか、実に良く似ている。
だが前情報として聞いていた限りでは、カガリ姫には弟君が一人居るのみ。
という事はアスハ家の深遠か何かであろうか。

スティングは姫の背後に悲しげに立つ亡者へと強く意識を向けた。
すると亡者から感じられた、姫への一つの念。
『ごめんなさい、と。彼女は、ずっとそれだけを唱えているようだが?』
「ッ!?」
『何か、心当たりでも?』
これに姫は口元を両手で押さえ、口篭った。
やがてゆるゆると頭を振ると、『そんな』と小さく言葉を発した。
「お前が謝る事なんて、何にもないだろうに・・・!」

琥珀色の瞳が大きく潤み揺れる。
姫から感じ発せられるは、悲痛な感情。
「私こそ、お前に謝りたいと、ずっとずっと思っていた!あの時、あんな事にお前を巻き込まなければ!そうしたら、お前が・・・ステラが、命を墜とすことも無かったのだろうに!」
まるで記憶が蘇ったかのように、姫は言葉を発していた。
それは彼女の胸の内にずっと潜んでいた、悔恨だろうか。
亡者をただただ見つめ言葉を発した姫の身が、小刻みに揺れて震えだす。
込み上げる感情が表出したのだろう。
そんな姫の様を目にしつつ、スティングは冷静にこの場を分析していた。
口調からして、姫と亡者とは親しい間柄であったようだ。
そして
今の発言から分かる事、それはこの亡者が死に至った経緯に、姫が関係していたらしいという事も!
・・・これはもしかすると
!
スティングはもう一度術を唱え片手を一閃させた。
僅かな隙も見逃さぬよう、息を止めながら。
そもそも、このような場に亡者たる存在が入り込んで居る事が不可解なのだ!
これはつまり、姫を現状に陥らせた切欠が、この亡者にあるという事に他ならないのではないか!

そんな風に予測したスティングの視線の先、一瞬後、これまで見えていた亡者の姿がゆらりと揺れた。
それはまるで風に煽られた紙の如く、実に奇妙な動きでだ。

平面に在る物の如く、そしてその端が、肩先が僅かにめくれゆく!
・・・やはりか!
やがて亡者の右肩の端が、まるで切り取られたかの如く失せて、代わりに何かが垣間見えた。
明らかに質感の無い、薄っぺらいそれは・・・!?

思った通りだったと、スティングはほくそ笑んだ。
予測通り、この亡者は姫の魂を誘う為の餌であったらしい。
恐らく、
彼女が一番に悔いを抱いている存在・・・亡者となった女子・・・の霊が、何者かによって人型をした呪符に取り込まれてあるのだ。
そしてソレ・・・呪符・・・は
姫の身の回りの品、調度品か何かに仕込まれ、この結果、眠りに着いた無防備な状況下、発動された呪術によって姫の魂は亡者の姿を追い、その身体から抜け出てしまったのだ!
・・・これは、嫉妬に狂った女によるものだろうか?
単純に考えれば、そんな所だろうと思えた。
相手を想い求めるが余りに、人は時に心を狂わせ鬼と化す。
あのアスランなる優男を巡った、恋敵を蹴落とす為の非情なる手段か。
だがいささか、奇妙な呪術の仕掛け方であるだろう。
恋敵を陥れるのであらば、その身を呪い死に至らしめるのが最も効果的だ。

それなのに、どういう事か姫の魂だけを抜き取り、放置しようとは?
寧ろ今回の一件で一番に衝撃を受けているのは、眠りこけた姫を見守っているあの男の方だろう。
つまり術者の真の狙いは、もしかすると彼であったのかもしれない。
『どっちにしろ、陰気な奴にかわりないな。』

そう呟き、スティングは亡者を縛り付けている呪符を取り除こうと術を唱えた。
だが実際に相当陰気な術者であったらしい、この直後、感じられたまた別の気配!

これに思わず顔を顰め、スティングは舌打ちをする。
鬱陶しい事に、呪符には『返し』が付いていたらしい。
縛り付けられている女子の霊を解き放とうとしたスティングの身に、今、おぞましい存在がひしひしと迫り来る!
グッと唇を引き結び、勾玉を握る手に力を込めた。
「なっ、何!?」
いきなり眼前に躍り出た式神アウルの姿に、姫が驚きの声を上げる。
その間に、スティングは姫の身(いや、正確には魂)を護る為に素早く術を唱えた!

そして式神を中心とした力場を作ると、フッと短く息をつく。
『臨、兵、闘、者!』
背筋が、骨髄が、寒々しく痛い。
どうやら呪符を門扉に、悪鬼が押し寄せ出てこようとしているようだった。
軋む胸を奮い立たせ、スティングは力強い声で九字を唱えていく。
だが闇の世から現れ出ようとしている悪鬼達も、その開放を阻止しようとする者に対して容赦が無い。
勾玉を握る手に、鋭い痛みが走った!
と同時に、手の甲が赤く裂け、其処から鮮血が覗く!
更にはバシンと側頭部を打つ見えない何かが!
両肩へと、圧し掛かってくる劣悪な重みが!
その身にありとあらゆる不可解かつ嫌悪な痛みが走る!
だがまだ実体を伴わないそれ等に向かい、スティングは歪んだ笑みを顔に浮かべた。
多少の肉や血ぐらい、免じて与えてやろう。
だが残念ながら、それ以上は叶わぬ!
陰陽師の威信にかけて、闇に巣食う者等よ思い知るが良い!

『皆、陣、列、在、前!』
そして痛みに苛まれつつも、スティングは雄々しく唱えた。
それは生き地獄を見た事のある者の強みであろうか、それとも、彼が持って生まれた精神的な強さであろうか。
おぞまじい気配へと向かい、一心に念を込めて声を発する。
そして力強く、手で十字を切った!
『悪鬼、退散!』
 







 
7/8