花橘 その後の怪談話
迷走
スティングはグッと唇を噛み締めた。
『にぃさま・・・ありがとう。』
否応なく思い出されてきた記憶の中、冷たく失せていったあの小さな温もりが、胸の中にふと邪な思いを抱かせる。
最初に病に倒れたのは、もう間もなく裳着を迎えようとしていた妹だった。
穢れがうつってはいけないと隔離された一室の中、忍び込み握ったその手は熱く、ただ苦しげに上下する小さな胸と荒い呼気が、今も記憶に辛く残っている。
『わたし、ね・・・。』
もう一度でいい、咲き誇る桜が見たかったと、そう言い残し絶えた。
自分とは違い、明るく溌剌として、生まれ出たその時から屋敷に光を与えていた。
そんな妹の死を皮切りに、次いで弟が、そして母が父が失せ、残されたのは自分だけ!
・・・何故に自分は全てを失わねばならなかったのだろう!?
目にしているその瞳に、傾ぐ意識。
そうだ、あの方・・・ネオ殿に拾われたおかげで、今はこの世を徘徊する魍魎共を浄化せしめるべく生きている。
だが道端で、ただ死にたくは無いとそれだけを思い抱いていた餓鬼の記憶。
決して消え去りはしない青黒い過去が、じわりとこの胸を侵していく。
いっその事、此処で偽りを語ってやったら?
そうすれば、この女は新たな記憶を持つかもしれない。
そんな事になったらば、あの男は果たしてどうするだろうか!?
『本当に、何も思いだせないと?』
口篭った姫へと向かい、問いながらスティングの胸は黒く澱んでいく。
浮かんだ妄想が、どんどんと厭らしく膨らんでいくよう!
そうだ、あの男・・・アスランは全てを持っているではないか!
ならば・・・!
「ああ、でも誰かが・・・ずっと私の名を呼んでいた気がする。」
だが此処でポツポツと己の記憶を口にした姫の声に、スティングはハッと両目を見開いた。
「凄く優しい声だった。そう、確か・・・。」
・・・今、自分は何を考えていたのか!?
妹に重なって見えた姫の瞳に、それが持つ光に、浮かび上がってきた己の心の闇。
似通っているのはその瞳だけ、もううる覚えでしかないが、その外見はほぼ違っているというのに、恐らくはこの不可思議な場に呑まれでもしたのだろう、思わず意識が陰気に傾いたのだ。
そして強く自戒の念を抱いたスティングの耳にだった。
『あのさ・・・アンタの名前はカガリって言うんだ。でもって、何故か分からないけれども、此処でずっと眠りこけて居たわけ!』
脇から、いつの間にやら人型へと姿を戻していた式神アウルが言葉を発していた。
これにハッとスティングは大きく目を見開き、額に手を当てる。
・・・全く、油断も隙も有りはしない!
『アンタさ、何でこんな面倒な事になったのか、心当たりとかないのかよ?』
「・・・心当たり?」
『つまりさ、此処でこんな風に芋虫みたく丸まっちまう、その切欠がなかったかって事!』
だが相も変わらず、まるきり相手の事などお構い無視で言葉を紡ぐ式神に、主たるスティングは大きく項垂れた。
ついつい意識が妙な妄想に囚われ、式神の暴走を許してしまったのだ!
本当に、いつもいつもコイツは!
「芋虫・・・って。」
訳が分からなかったのだろう。
女がそう反芻して、幾分戸惑うような顔つきを見せた。
これにスティングの米神がピクリと引き攣った。
当然の事、理解しろと言う方が無理である!
何処まで場を掻き乱すつもりなのかと、この人外の存在に強い怒りすら覚えてだ!
そしてこの場を治めるべく、口を開こうとしてだった。
「ぷっ・・・!」
だが予想に大きく反して、彼女は何故か噴出し、その顔を緩めた。
そして『そうだな・・・』と呟くと、考える仕草を見せる。
「そういえば、カガリと。そんなような名前で呼ばれていた気がする。」
この刹那、スティングの手の中で金色をした水晶球が僅かに波動を発した。
ほんのりと浮かび上がってきた記憶に連動して、彼女を封じている結界が揺らめく。
アウルの暴走に顔を顰めていたスティングも、これにやおら意識を戻した。
「それに、あの声を聞く度に、何ていうのかこう、何処か切ない気分になって・・・。」
そう言い、己の胸へと手を宛がう。
喋りながら逡巡しだした姫を、スティングは感触を探るように言葉をかける。
『それは、どんな声音でしたか?』
「え?」
『貴女の胸を揺さ振るようなものだったのでしょう?』
途端に姫は目を瞬かせ、それから少しうろたえたように顔を逸らせた。
やがて口元に軽く片手を宛がうと、何とも言えない表情を見せながらだった。
「うん・・・凄く心地が良くて、胸が騒ぐ、そんな声だった気がする。」
『つまりその声は、貴女にとって何か特別な人のものだったのでは?』
「私にとって特別な・・・?」
誘導するスティングの元、姫は俯き加減でしばし沈黙した。
見やった姫の顔は、今だ戸惑う表情が浮かんでいる。
だが先程までとは違い、その琥珀色の瞳には丸くたるい光が灯って見えた。
恐らく内心にほんのりと漂う記憶の痕、強く想い合う彼への慕情がそうさせるのだろう。
その様を目を細め見やりながらだった。
『そう、あの男は、いえ、彼・・・アスラン殿は、カガリ様がお目覚めになるのを今か今かとお待ちなのです。』
姫の意識に、現世への鍵となろう切欠を与える。
これに再びジッと此方を見つめてきた琥珀色の瞳。
その明るい眼光を瞬きする事で往なしつつ、スティングは言葉を続けた。
『思い出せませんか?』
彼女は『アスラン?』と彼の名前だけを呟くと、しばらくそのまま沈黙をした。再びスティングの手中で、ぐらりと震えた水晶球。
だがやがてクッと顔を歪め、姫は首を横に振った。
其処に何か目には見えない障害がある気がして、スティングはピクリと片眉を上げる。
「駄目だ・・・頭が重くて、よく思い出せない。」
そう言って項垂れた彼女。
スティングは『成る程』と呟くと、首元にかけている勾玉へと手を伸ばした。
『失礼。』
そして式神を通じて彼女の傍へと歩み寄ると、スティングはスッと意識を集中する。
微かながら、浮かんできた彼女の記憶をツテに、かけられた呪術の端を手繰り寄せようとした。
その間も、姫は表情を落とし言葉を紡ぐ。
「私、どうして・・・?」
語尾は震え、その声は消えゆく。
己が誰であるのか、何をしていたのか、それが分からないだけに不安が生じたのだろう。
思い出そうにも思い出せない、不可思議なこの場に、囚われた意識へと青い靄がかかりだす!
『にぃさま・・・ありがとう。』
否応なく思い出されてきた記憶の中、冷たく失せていったあの小さな温もりが、胸の中にふと邪な思いを抱かせる。
最初に病に倒れたのは、もう間もなく裳着を迎えようとしていた妹だった。
穢れがうつってはいけないと隔離された一室の中、忍び込み握ったその手は熱く、ただ苦しげに上下する小さな胸と荒い呼気が、今も記憶に辛く残っている。
『わたし、ね・・・。』
もう一度でいい、咲き誇る桜が見たかったと、そう言い残し絶えた。
自分とは違い、明るく溌剌として、生まれ出たその時から屋敷に光を与えていた。
そんな妹の死を皮切りに、次いで弟が、そして母が父が失せ、残されたのは自分だけ!
・・・何故に自分は全てを失わねばならなかったのだろう!?
目にしているその瞳に、傾ぐ意識。
そうだ、あの方・・・ネオ殿に拾われたおかげで、今はこの世を徘徊する魍魎共を浄化せしめるべく生きている。
だが道端で、ただ死にたくは無いとそれだけを思い抱いていた餓鬼の記憶。
決して消え去りはしない青黒い過去が、じわりとこの胸を侵していく。
いっその事、此処で偽りを語ってやったら?
そうすれば、この女は新たな記憶を持つかもしれない。
そんな事になったらば、あの男は果たしてどうするだろうか!?
『本当に、何も思いだせないと?』
口篭った姫へと向かい、問いながらスティングの胸は黒く澱んでいく。
浮かんだ妄想が、どんどんと厭らしく膨らんでいくよう!
そうだ、あの男・・・アスランは全てを持っているではないか!
ならば・・・!
「ああ、でも誰かが・・・ずっと私の名を呼んでいた気がする。」
だが此処でポツポツと己の記憶を口にした姫の声に、スティングはハッと両目を見開いた。
「凄く優しい声だった。そう、確か・・・。」
・・・今、自分は何を考えていたのか!?
妹に重なって見えた姫の瞳に、それが持つ光に、浮かび上がってきた己の心の闇。
似通っているのはその瞳だけ、もううる覚えでしかないが、その外見はほぼ違っているというのに、恐らくはこの不可思議な場に呑まれでもしたのだろう、思わず意識が陰気に傾いたのだ。
そして強く自戒の念を抱いたスティングの耳にだった。
『あのさ・・・アンタの名前はカガリって言うんだ。でもって、何故か分からないけれども、此処でずっと眠りこけて居たわけ!』
脇から、いつの間にやら人型へと姿を戻していた式神アウルが言葉を発していた。
これにハッとスティングは大きく目を見開き、額に手を当てる。
・・・全く、油断も隙も有りはしない!
『アンタさ、何でこんな面倒な事になったのか、心当たりとかないのかよ?』
「・・・心当たり?」
『つまりさ、此処でこんな風に芋虫みたく丸まっちまう、その切欠がなかったかって事!』
だが相も変わらず、まるきり相手の事などお構い無視で言葉を紡ぐ式神に、主たるスティングは大きく項垂れた。
ついつい意識が妙な妄想に囚われ、式神の暴走を許してしまったのだ!
本当に、いつもいつもコイツは!
「芋虫・・・って。」
訳が分からなかったのだろう。
女がそう反芻して、幾分戸惑うような顔つきを見せた。
これにスティングの米神がピクリと引き攣った。
当然の事、理解しろと言う方が無理である!
何処まで場を掻き乱すつもりなのかと、この人外の存在に強い怒りすら覚えてだ!
そしてこの場を治めるべく、口を開こうとしてだった。
「ぷっ・・・!」
だが予想に大きく反して、彼女は何故か噴出し、その顔を緩めた。
そして『そうだな・・・』と呟くと、考える仕草を見せる。
「そういえば、カガリと。そんなような名前で呼ばれていた気がする。」
この刹那、スティングの手の中で金色をした水晶球が僅かに波動を発した。
ほんのりと浮かび上がってきた記憶に連動して、彼女を封じている結界が揺らめく。
アウルの暴走に顔を顰めていたスティングも、これにやおら意識を戻した。
「それに、あの声を聞く度に、何ていうのかこう、何処か切ない気分になって・・・。」
そう言い、己の胸へと手を宛がう。
喋りながら逡巡しだした姫を、スティングは感触を探るように言葉をかける。
『それは、どんな声音でしたか?』
「え?」
『貴女の胸を揺さ振るようなものだったのでしょう?』
途端に姫は目を瞬かせ、それから少しうろたえたように顔を逸らせた。
やがて口元に軽く片手を宛がうと、何とも言えない表情を見せながらだった。
「うん・・・凄く心地が良くて、胸が騒ぐ、そんな声だった気がする。」
『つまりその声は、貴女にとって何か特別な人のものだったのでは?』
「私にとって特別な・・・?」
誘導するスティングの元、姫は俯き加減でしばし沈黙した。
見やった姫の顔は、今だ戸惑う表情が浮かんでいる。
だが先程までとは違い、その琥珀色の瞳には丸くたるい光が灯って見えた。
恐らく内心にほんのりと漂う記憶の痕、強く想い合う彼への慕情がそうさせるのだろう。
その様を目を細め見やりながらだった。
『そう、あの男は、いえ、彼・・・アスラン殿は、カガリ様がお目覚めになるのを今か今かとお待ちなのです。』
姫の意識に、現世への鍵となろう切欠を与える。
これに再びジッと此方を見つめてきた琥珀色の瞳。
その明るい眼光を瞬きする事で往なしつつ、スティングは言葉を続けた。
『思い出せませんか?』
彼女は『アスラン?』と彼の名前だけを呟くと、しばらくそのまま沈黙をした。再びスティングの手中で、ぐらりと震えた水晶球。
だがやがてクッと顔を歪め、姫は首を横に振った。
其処に何か目には見えない障害がある気がして、スティングはピクリと片眉を上げる。
「駄目だ・・・頭が重くて、よく思い出せない。」
そう言って項垂れた彼女。
スティングは『成る程』と呟くと、首元にかけている勾玉へと手を伸ばした。
『失礼。』
そして式神を通じて彼女の傍へと歩み寄ると、スティングはスッと意識を集中する。
微かながら、浮かんできた彼女の記憶をツテに、かけられた呪術の端を手繰り寄せようとした。
その間も、姫は表情を落とし言葉を紡ぐ。
「私、どうして・・・?」
語尾は震え、その声は消えゆく。
己が誰であるのか、何をしていたのか、それが分からないだけに不安が生じたのだろう。
思い出そうにも思い出せない、不可思議なこの場に、囚われた意識へと青い靄がかかりだす!
6/8
- 花橘 その後の怪談話
- BUD OF LOVE
- HAPPY DAY!
- かくて女神は微笑んだ
- 駄天使の微笑み
- 聖者の微笑み
- 神の微笑み
- ネコ
- LOST LOVER
- 人魚姫
- キラメキ
- 夕闇の灯火
- Mind to think of you
- カガリの二十歳の誕生日
- Empty Wing
- SWEET SURRENDER
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- Special report
- 旬戒(しゅんかい)
- Chaque destin ~それぞれの運命~
- 彼方ヘト想イ馳セル時
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- 花鳥風月
プロフィール
- 自己紹介
- 華焔(かえん)と申します!
ブログに連載している小説の一部を、此方に掲載してます。
ブログ名『LOVE SEED』
http://kagarigadaisuki.blog.shinobi.jp/
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