花橘 その後の怪談話
逡巡
再び戻ったザラ家邸内、足を踏み入れたその部屋の中は、先刻訪れた時と何も変わりは無かった。
臥した女の元、ただただ悲痛な面持ちで佇む一人の男。
漂う空気は重く沈んでいる。
「アスラン殿。」
そんな男へと、スティングは声をかけた。
すると、ゆらりと此方を向いた遣る瀬無い碧色の双眸。
「先ずは、吉報を一つ。」
自分の言葉に、男の瞳が微かに揺れた。
「姫君の魂を無事に見つけました。」
「ッ・・・誠か!?」
勢い良く身を乗り出してきた男へと向かい、スティングは自邸にて発見した水晶球を掌に載せて差し出した。
「此処に・・・。」
この中に封じ込められている女子の姿が、自分にははっきりと見える。
だが恐らく、目の前の男には、単なる金色をした球体としてしか映って見えないだろう。
目を凝らし球体を覗き込む男を前に、スティングは淡々と言葉を続ける。
「今から早々に、この彼女の魂を身体に戻すべく術を施そうと思います。」
話すスティングの事を、真摯に見つめるアスラン。
脇に付き添っている式神の目だけが、そぐわぬ雰囲気で此方を見やる。
「しかし・・・これだけはご了承頂きたい。」
「何だ?」
「肉体から離れていた間が長い為に、彼女の魂が無事に身体へと戻るかどうか分かりません。」
この言葉に、男の顔が見事に歪んだ。
当然だろう。
彼女が元に戻るかどうか分からないと、そんな事を告げられたらだ!
これにふとスティングは思う。
・・・もしもこの女の魂が肉体に戻る事が無かったらば?
コイツは果たしてどうするだろうか?と。
求めて止まない、至宝の存在。
それが永遠に失われたならば?
哀れにも、この男はその身に持って生まれた輝きを失うかもしれない。
それ程までに、この男はこの女を愛している。
その事が、目にした男の様からヒシヒシと伝わり来るようで。
「頼む。」
そう言ってスッと頭を垂れた男に、スティングは思わず両目を細めた。
恐らく、この者は全てを自分に任せるしかないと腹を括ったのだろう。
当初の不審気な素振りは何処へやら・・・そんな捻くれた意識を抱きながらも、『分かりました』と告げてスティングは身を糺した。
そして背後でふてぶてしい態度をしている式神へと向かい、ソッと目配せをする。
魂を肉体へと戻すにあたって、コイツが否応にも必要だからだ。
やがて慣れた手つきで室内の様相を整えると、スティングは中央、白い敷き布に横たえられた姫の胸元に術式のかかれた札を置いた。
其処から数歩離れた場所に桐の祭壇を備え、式神たるアウルを脇に、例の珠を掌に掲げる。
いつの間にやら訪れ、室内端にて息を呑み様子を伺っている右大臣を軽く視野に入れつつ、スティングはソッと両目を瞑ると儀を始めた!
意識を無に、口から紡いだ術。
そして強く掌の珠へと波動を送り込んだ!
やがてふわりとこの身が浮くような感覚がして、スティングは在らぬ世界にて目を開けた。
上も下も無いその中では、この身は不可思議に漂っている。
そこへ、何処からとも無く聞こえてきた声。
『ほら、さっさと終わらせようぜ?』
それは式神アウルのものだった。
アイツは一羽の鳥となり、気が付けば頭上で大きく羽ばたいている。
スティングはこれにしかと頷いた。
そして不可思議な空間内、直ぐ其処に立ちはだかる壁へと目を向ける。
「頼んだぞ。」
『ああ。任せておけって。』
一言そう言うと、式神たるソイツはスウッとその壁の中に侵入していった。
それは金色の姫の魂を封じ込めている水晶球の中、つまり式神アウルが勝手に施した結界の中だ。
グッと意識を澄まし、スティングは鳥の行方を追う。
深い・・・といっても、範囲があるわけではない、ただ無ともいえる空間内へと意識を潜らせていく。
それはまるで水の中を行くが如く、無なようでいて見えぬ抗力が感じられる場所だ。
その中で長く息を詰めながら、求める姫の姿を探したが、姫の魂は余程奥に篭っているよう。
追跡する意識の先、今だ何も感じられない。
だが、やがてハッとスティングは目を見開いた。
潜り込んだ式神の先に、身を丸く縮めた一人の女の姿がひとつ!
『居たぜ。』
頷きながら、スティングはその者の姿をジッと見つめた。
先程この目にしていた、臥した姫に違いない。
金色に眩い御髪を垂らした彼女は、両目を瞑り漂っている。
これはアウルが『つい』捕縛したくなるのも分かる気がした。
何故ならば、彼女の発する光が実に見事だったからだ!
人の魂もそれぞれが発する光がある。
それはその者を象徴する色であり波動であり、個々違う。
そして今其処で縮こまっている姫君の身からは、髪の色同様に、まるで陽光の如き光がこの目に感じられるのだ。
思わず感嘆しつつ、スティングは意を改め口を開いた。
『もし・・・貴女を迎えに来た。共に元の場所へと戻らん。』
鳥の姿となったアウルの口を借りて、その姫君へと向かい声をかけた。
先ずは覚醒を促さなくてはならない。
次いで己が誰であったのか、現世への道しるべとなる切欠を与えるのだ。
そしてもう一度だけ、同じ様に声をかけた。
すると微かに震え、女の身が反応を示す。
やがて身じろぎと共に、ゆっくりと開いていった双眸!
「そな・・・たは?」
掠れた声音と共に、この目に映った琥珀色の瞳。
その煌びやかな琥珀色をした瞳に、何故かふと胸が震えた。
小首を傾げ鈍く辺りを見回しているその姫を、スティングはただ食い入るように見つめる。
奥ゆかしいという雰囲気では無い、だが艶やかで華やかで、そして何より人に光を与えてくれる、そんな存在!
『お迎えに・・・参りました。』
「え?」
『貴女を、待っている方が居るのです。』
覚醒したてで覚束無い様だった。
ソッと小首を傾げた彼女。
「私を・・・待っている人?」
『えぇ。そうです、貴女の事を待ち侘びている方が居るのです。』
自分を真っ直ぐに見つめる姫の瞳に、思わず両目が細まる。
スティングの中に生じる渦。
『覚えて御出でではありませんか?』
「・・・。」
『お忘れになられたと?』
「それは、誰?」
分からない。
そう続けた彼女に、スティングは思わず言葉に詰まった。
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