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花橘 その後の怪談話


止むを得ず

そもそも、時間が経ちすぎているのだ。
スティングは強くそう思い、だがそれを口にするのは憚られた。
いつもの如く出仕した自分が、長たる者に呼ばれて別室へと赴いてみればだった。
其処にはなんと、到底お声がかかる事など在り得はしない、右大臣たるその人が居た!
自分を従えた長は、その御方に向かい、『見た目にはあれですが、式神を操る腕前は他の誰よりも上手いときております!』と評した。
灰色の重く鋭い右大臣の眼差しを受けつつ、やがて半ば致し方あるまいといった感じでその方は頷くと、自分に付いて来いと述べた。
こうして訳が分からぬまま、とりあえず従い、俺は右大臣と共に宮中を辞去。
やがて辿り着いたのは右大臣邸。
その邸宅の見事さに目を奪われながらも、とある一室へと足を踏み入ればだった!
其処は何処か重苦しい空気が漂い、中央、どうやら誰かが寝込んでいるらしい、敷かれた布団とその脇に佇む一人の男子が目に入ってきた。
『アスラン。』
右大臣たるその人は、室内に居た男子に向かい声をかける。
これにゆらりとその男子が反応した。
『例の者を連れて参ったぞ。』
この場の雰囲気に強く疑問を感じつつも、スティングは恭しく室内に居た男子を見やった。
そうして合わさった二つの双眸。
アスランと呼ばれたその公達は、何とも言えぬ透き通った碧色の瞳をしていた。
だが此処でスティングは、内心でチッと舌打ちをした。
それは自分を見やったその者の眼差しの中、其処に一抹の不信のような感情が見て取れたからだ!
『スティングと申します。以後お見知りおきの程を!』
苛立ちを胸に、とりあえずそう言って挨拶をすればだった。
流石に育ちは良いらしい、ソイツは綺麗に一礼をした。
『頼みます、どうか彼女を・・・!』
そう言って、布団に臥している者へと彼は目を戻した。
何処か急いた感じの声音を発しながら。
スティングは横顔となったその男子をチロリと見やる。
――この者が、例の一事にて陥れられたという公達か!
そして噂に聞いていた容姿から、彼が一時大罪人として世を騒がせていた人物であろうと確信した。
とはいえ、その身の潔白は既に証明され済み。
彼を陥れ宮廷内を牛耳ろうとしていた輩は、断罪を喰らっている。
・・・しかし、噂に優る麗しさというべきか?
男子なれど、その容姿は天が一物も二物も与えたとしか思えぬ整いぶりに、スティングは複雑な気持ちを抱いた。
そもそも、女にも見間違う程のこの容姿はどうだろう!?
身体つきや言動は決してなよなよとした感じは受けない
が、どちら着かずな顔立ちがどうにもいけ好かない。
『もうかれこれ、3日も眠り込んだままなのだ。』
だがそんな事を思っていた自分へと、背後から右大臣が声をかけてきた。
これにハッとなり、スティングは慌てて視線を敷かれた布団の方へと向けた。
其処には、見事な金髪をした一人の女子が眠っていた。
否・・・これは!?
スティングはスッと顔を引き締めた。
正直なところ、此処に至るまでの気分は何処へやら、現状の難しさを感じ取ったからだ。
そしてその薄い金色をした目を鋭く細めた。
『3日前の晩。共に寝床へと入り、そして軽く話しながら眠りについた。その翌日の事・・・。』
話すその者・・・アスランとやらは、冷静に言葉を紡いでいるようだった。
しかし床に着いているその手が白く固く握り締められていて、彼の不安がひしひしと感じ取れた。
『どれ程の時が経っても、彼女は目を覚まさず。此方からの呼びかけにも何の反応も示さず。』
『つまり、突如としてこの状況に至ったという事ですか?』
『あぁ。』
彼の声が、スティングの問いかけに深く沈んだ。
これに『成る程』と1つ頷くと、『失礼』と言い、彼・・・アスランとは別の側から布団に膝寄った。
そして覗きこんだ人物、其処に臥した女性は、既に生気が薄れ、頬もやつれ肌の張りが感じられず。
このままでゆくと、もう後数日生きて居られるかどうかであろう。
白い肌に見事な金色の髪をした姫君・・・恐らくはアスランと呼ばれる公達にとって、切情なる存在・・・を見つめ、スティングは言葉無く押し黙った。
『今までに数名の陰陽師と僧正を呼び寄せ、彼女の状態を診て貰った。だが・・・どうにも。』
『・・・そうですか。』
『何が要因か分かるか?いや、彼女をどうか呼び起こして貰いたい!』
まるで懇願するように、自分へと悲痛な声で告げる彼。
アスランとか言う公達を前に、スティングはチロリと内心で首を竦めた。
その想って止まないという態度に、軽く倦厭を覚えたからだ。
・・・面倒だし、いっその事此処で辞退してしまおうか?
歳は近いとは思う。
だがその身分も立場も性格も、全く持って違う男。
たまたま生まれ出たのが有家であり、優れた外見をも備えつつ、このように若くも美しい姫を傍に、『どうか!』と切に訴えて来られてもだ!
なんともムカつく。
いや、これは決して羨んでいる訳ではない。
その何と言おうか・・・!?
つまるところ、気分が乗らないだけなのだ!
 いきなり呼ばれた上に、このように面倒な状況は御免被りたい!
ともあれ、スティングは目の前に臥している女性を再び見やった。
そして密かに左手で印を結び、術を唱えてみた。
するとやはりと言おうか、右手を添えた胸元の神器・・・自分の一族が代々受け継いできた勾玉・・・が、本来其処にあるべき波動を伝えず、その身体が殻となっている事を知らせるではないか!
・・・魂が抜けている。いや、話からすると抜かれたという事だろうか?
恐らく何らかの呪詛によるものであろう。
その身から魂が抜かれた故に、止む無く彼女は眠り続けているのだ。
それも既に3日が経つという!
これはもはや・・・!?
・・・辞退するに決まりだな!
スティングはそう思い、重くもそう告げようとした。
人間誰しも、面倒な事は遠慮したいものだ。
『失礼ですが、私の他にも名の通った者は居る筈。ですから・・・。』
他を当ってもらいたい!
婉曲に辞退する旨を告げようとすればだった。
背後に居た右大臣が、此処で思わぬ人物の名を挙げてきたのだ!
そう、それは己が一目置いている人物であり、陰陽寮の中でも才に富んだ、あの方の名をだ!
『ネオ家のノアローク殿からも、そなたならばという薦めを頂いている。ですから、スティング殿!』
『ッ・・・!?』
『どうか頼む!そなたの陰陽師としての才、見せて頂きたい!』
思わぬ賛辞に、スティングの思考は留まっていた。
いや、これは無下に断れぬ事態であろう。
なにせあのネオ殿からの薦めなのだ!
『では・・・分かりました。この件、お引き受けいたします。』
そして了承の言葉を、止む無く口にした。

この一件が、どうにも難アリだと充分に理解しながらもだ。
 


 
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