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19世紀以降の美術史

19世紀以降フランスの美術史印象派絵画を中心に-
                                       (『パリとフランスの歴史Histoire de paris et de la France』から抜粋 )  


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ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏場Bal au Moulin de la Galette』(1876年頃、7区「オルセー美術館Musée d'Orsay」)
フランス「印象派」の画家オーギュスト・ルノワールAuguste Renoirの最高傑作。



19C初め 
  • この頃、「古典主義絵画Classicism」への反動で、色彩による強い感情表現を求める「ロマン主義絵画Romantisme」が、英・独、次いでフランスで起こる。 
  • この頃から、個性・感情の表現を中心にした音楽「ロマン派音楽」が盛んとなる。
1801 
  • この年、ナポレオン・ボナパルトNapoleon Bonaparte、画家ジャック=ルイ・ダヴィドJacques-Louis David に、ハンニバルHannibal 、カール大帝Karl der Große(シャルルマーニュCharlemagne)に続く「アルプス越え」3人目の英雄として自らを描かせる(「国立マルメゾン城美術館Musée national du chateau de Malmaison」の『サン・ベルナール峠を越えるボナパルト』)。     ※ 1803年?
1802 
  • 11月、美術蒐集家ドミニク・ヴィヴァン・ドノンDominique Vivant Denon、「ルーヴル美術館」(1区)初代館長に就任する(~1815年)。
1803 
  • この年、「芸術アカデミーAcadémie des Beaux-Arts」が創設される。 
  • この年、建物の構造上の問題から、1796年に一旦閉館されていた「ルーヴル美術館Musée de Louvre」(1区)が再び開館する。 ※ 1801年? 
  • この年、画家ジャック=ルイ・ダヴィドJacques-Louis David、『サン・ベルナール山からアルプスを越えるボナパルト』(「国立マルメゾン城美術館Musée national du chateau de Malmaison」)を描く。                                    ※ 1801年?
1804 
  • この年、パリの「ルーヴル王宮Palais du Louvre」(1区)と「学士院Institut de France」(6区)を結ぶ、セーヌ川に架けられた最初の鉄の橋「ポン・デ・ザールPont des Arts(芸術橋)」が完成する(「馬車」の通行は禁止され、「通行料」が徴収された)。 
  • この年、イポリット・ブーランジェHippolyte Boulanger、パリからセーヌ川上流約12㎞にあるショワジー・ル・ロワChoisy-le-Roiに巨大製陶工場「ブーランジェ製陶工場」を建設する。
1805 
  • この年、「アカデミー・フランセーズl'Académie française」を含む5アカデミーからなる「フランス学士院Institut de France」(6区)が誕生する。 
  • この年、新古典主義を代表する画家フランソワ・ジェラールFrancois Gerard、注文を受け「レカミエ夫人の肖像Portrait de Madame Récamier」(3区「カルナヴァレ美術館Musée Carnavalet」)を描く。
1806 
  • この頃(1806~1807年)、画家ジャック=ルイ・ダヴィドJacques-Louis Davidの『ナポレオン1世の戴冠式Couronnement de l'Empereur et de l'impératrice』(1区「ルーヴル美術館」)が描かれる。 
  • この年、ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングルJean-Auguste-Dominique Ingres、『皇帝の玉座につくナポレオンNapoléon ler sur le trône impérial』(7区「軍事博物館Musée de l'Armée」)を描く。 
  • 8月22日、『ぶらんこBalançoire』(1767年、ロンドン「ウォレス・コレクションThe Wallace Collection」)など繊細・優雅な装飾性の強い画風で知られる「ロココ美術Rococo」の画家ジャン・オノレ・フラゴナールJean Honoré Fragonardが死去する(1732-)。
1807 
  • この年、「ブルボン宮Palais Bourbon」(現在の7区「国民議会Assemblee Nationale」)では、ナポレオン1世Napoleon Ierの命で、「コンコルド広場Place de la Concorde」(8区)を挟み「マドレーヌ教会Église de la Madeleine」(8区)と対をなす、「ギリシャ神殿風列柱」の正面が建設される。
1808  
  • この年、ナポレオン1世Napoleon Ier の戦勝を祝して「カルーゼルの凱旋門Arc de Triomphe du Carrousel」が完成する(高さ19m)。                                                                            ①建設担当は「ルーヴル美術館」(1区)初代館長ドミニク・ヴィヴァン・ドノンDominique Vivant Denon)。                         ②ローマRomeの「セプティミウス・セウェルス凱旋門Arcus Septimii Severi」と「コンスタンティヌス凱旋門Arcus Constantini」を模したもの。 
  • この年、ナポレオン1世Napoleon Ierの戦勝を記念して「棕櫚の噴泉」(1区「シャトレ広場Pl. du Chatret」の噴泉、エジプト風の意匠)が造られ、のち「スフィンクスの台座」を加えて拡大される。 
  • この年、ナポレオン1世Napoleon Ier、「タンプル塔Tour Temple」(3区にあった)の取り壊しを命ず。 
  • この年、「貴族館」が建ち並んでいた「マレ地区Le Marais」の一画にある、ジェルマン・ボフランGermain Boffrandが設計した「ロココ様式」の代表作である「スービーズ館Hôtel de Soubise」(3区)が「文書館」にあてられる。                                                                  ①1794年の「法令」で設立が計画されていた。                                                  ②現在では「国立古文書館Musée de l'Histoire de France Archives Nationales」になっている。                                              
1810 
  • この年、パリの「グラン・シャトレGrand Chatret」(1,4区)が取り壊され、その跡に「(旧)シャトレ広場Pl. du Chatret」が造られる。 
  • この年、「ヴァンドーム広場Pl. Vendome」(1区)にアウステルリッツAusterlitz戦勝記念の「円柱La Colonne」が設置され、「ヴァンドーム広場Pl. Vendome」が完成する。
1811 
  • この年、ナポレオン1世Napoleon Ierの命を受けた画家アントワーヌ=ジャン・グロAntoine-Jean Grosが、「パンテオンPantheon」(5区)の「丸天井」の内部にサント・ジュヌヴィエーヴSainte-Geneviève を讃える「フレスコ画」(漆喰を壁に塗り、それが乾かないうちに水性の絵の具で直に絵を描く技法)を描く。
1814 
  • この年、最初の百貨店「マガザン・ド・ラ・ヴィル・ド・パリMagasin de la Ville de Paris(パリ市百貨店)」が開店する。 
  • この年、フランスの画家ジャン・オーギュスト・ドミニク・アングルJean-Auguste-Dominique Ingres、『グランド・オダリスクLa Grande Odalisque』(1区「ルーヴル美術館」)を描く。 
  • 10月4日、のちに農村に取材し、地道で重苦しい色調、人道的主題を特徴とし、代表作に『晩鐘L'Angelus』・『落穂拾いDes Glaneuses』(7区「オルセー美術館」)などがある、フランス「自然主義」絵画の画家ジャン=フランソワ・ミレーJean-Francois Milletが誕生する(-1875没)。
1816
  • 12月16日、フランス王ルイ18世LouisⅩⅧの「国王命令」により、国立の美術学校「エコール・ロワイヤル・エ・スペシアル・デ・ボザールÉcole royal et spécial des Beaux-Arts」(1819年「エコール・デ・ボザールÉcole des Beaux-Arts」と改称)が設立される。
1819 
  • この年、1816年12月18日の「国王命令」により設立されていた国立の美術学校が、「エコール・デ・ボザールÉcole des Beaux-Arts」と改称される。
  • この年、フランスの「ロマン主義絵画」の創始者テオドール・ジェリコーThéodore Géricault、『メデュース号の筏Radeau de la Meduse』(1区「ルーヴル美術館」)を描く。
1822 
  • この年、フランスの画家ウジェーヌ=ドラクロワEugene-Delacroix、『ダンテの小舟La Barque de Dante』(1区「ルーヴル美術館」)を描く。         
1824 
  • この年、フランスの画家ウジェーヌ=ドラクロワEugene-Delacroix、「ギリシャ独立戦争」の「キオス(シオ)島」でのオスマン軍による虐殺を描いた『キオス島の虐殺Scènes des massacres de Scio』(1区「ルーヴル美術館」)を発表する。 
  • この年、パリ南東の「フォンテーヌブローの森Foret de Fontainebleau」に隣接するバルビゾンBarbizonの「ガンヌの宿屋l'auberge Ganne」が開業する。                                                            ①のち「バルビゾン派École de Barbizon」の画家たちが集まる。                                                 ②現在は「県立展示館Musée departemental」となっている。 
  • 7月12日、フランスの風景画家ウジェーヌ=ルイ・ブーダンEugène-Louis Boudinがフランス北部のセーヌ川左岸河口の港湾都市オンフルールHonfleurで誕生する(-1898没)。      
1825 
  • 12月29日、フランス「新古典主義絵画」の画家ジャック・ルイ・ダヴィッドLacques Louis David(ナポレオンの皇帝即位後は首席宮廷画家)が死去する(1748-)。
1826 
  • この年、ローマRomeに留学中のフランス風景画家ジャン・バティスト・カミーユ・コローJean-Baptiste Camille Corot(30歳)、『ナルニ、ネーラ川に架かるアウグストゥスの橋』(1区「ルーヴル美術館」)を描く。 
  • 4月6日、フランス「象徴主義」の画家ギュスターヴ・モローGustave Moreau、パリに誕生する(-1898没)。             
1827 
  • この年、ローマ留学2年目のフランス風景画家ジャン=バティスト・カミーユ・コローJean-Baptiste Camille Corot(31歳)、『ナルニの橋Le Pont de Narni』(「カナダ国立美術館」)を描く。
1828 
  • この年、フランスの画家ウジェーヌ=ドラクロワEugene-Delacroix、前年から取り組む『サルダナパロス王の死La mort de Sardanapale』(1区「ルーヴル美術館」)を完成させる。
1830 
  • この年、フランスの画家ウジェーヌ=ドラクロワEugene-Delacroix、「ロマン主義絵画」の代表作『民衆を導く自由の女神La Liberte guidant le peuple』(1区「ルーヴル美術館」)を描く。                                           ①「七月革命La Révolution de Juillet」の「栄光の3日間Trois Glorieuses」を描いた作品。                        ②センセーショナルであるとの理由で、1848年の「二月革命La Révolution de février」まで展示されなかった。 
  • この年、フランス風景画家ジャン・バティスト・カミーユ・コローJean-Baptiste Camille Corot、『シャルトル大聖堂Cathédrale Notre-Dame de Chartres』(1区「ルーヴル美術館」)を描く。 
  • 7月10日、フランス「印象派」の画家ジャコブ・カミーユ・ピサロJacob Camille Pissarro、カリブ海のデンマーク領「セント・トーマス島Saint Thomas」で誕生する(-1903没)。
1832 
  • 1月23日、フランスの画家エドゥアール・マネÉdouard Manetがパリに誕生する(-1883没)。 
  • 1月、34歳のフランスの画家ウジェーヌ=ドラクロワEugene-Delacroix、政府からモロッコRoyaume du Maroc、アルジェリアAlgerie に派遣された「モルネ伯爵Charles Edger Comte de Morney」の随行員として旅行に参加する。
1834 
  • 7月19日、フランス「印象派」の画家エドガー・ドガEdgar Degasがパリに誕生する(-1917没)。
1837 
  • この年、フランス王ルイ・フィリップ1世Louis Philippe Ierの決定により、「ヴェルサイユ宮殿Chateau du Versailles」が、フランスの全ての栄光に捧ぐ「歴史博物館(美術館)」となり、一般公開される。ルイ・フィリップ1世Louis Philippe Ierの大家族は「グラン・トリアノンGrand Trianon」に住む。
1839 
  • 1月19日、フランスの画家ポール・セザンヌPaul Cézanneが南仏エクス=アン=プロヴァンスAix-en-Provenceに誕生する(ー1906没)。                                                                        ① 父ルイ・オーギュスト・セザンヌLouis Auguste Cézanneは帽子製造業者で当時41歳。                                          ➁ 母アンヌ・エリザベット・オノリーヌAnne Élisabeth Honorineは南仏エクス=アン=プロヴァンスAix-en-Provence生まれで当時25歳。
  • 10月30日、フランス生まれのイギリス人画家アルフレッド・シスレーAlfred Sisleyがパリに誕生する(-1899没)。
1840 
  • 11月14日、「印象派」を代表するフランスの画家クロード・モネClaude Monetがパリに誕生する(-1926没)。
1841 
  • この年、フランス「印象派」の画家ジャコブ・カミーユ・ピサロJacob Camille Pissarro、フランスに渡る(~1847年)。 
  • 2月25日、フランス「印象派」の画家ピエール=オーギュスト・ルノワールPierre-Auguste Renoir、フランス中部リモージュLimogesで誕生する(-1919没)。
1843 
  • この年、フランス東部ブルゴーニュ地方Bourgogneの「クリュニー修道院Abbaye de Saint-Pierre et Saint-Paul de Cluny」が、修道士たちのパリ滞在のための「館」として建設した「クリュニー館Hotel de Cluny」(5区)が、革命時「ヴァンダリスムvandalism(文化財破壊)」の犠牲になった「修道院」や「教会」の古いキリスト教美術を救出し、コレクションの核とした、国立の「中世美術館Musée National du Moyen Age」として開館する。
1844 
  • この年、フランス「印象派」の画家ピエール=オーギュスト・ルノワールPierre-Auguste Renoir、家族とともにパリに移住する。
1845 
  • この年、ウジェーヌ=ドラクロワEugene-Delacroix、『砂漠のマドレーヌMadeleine au desert』(6区「ドラクロワ記念館Musée Eugene Delacroix」)を描く。 
  • この年、5歳のクロード・モネClaude Monet、家族とともにパリを離れ、セーヌ川河口のフランス北西部の港湾都市ル・アーヴルLe Havreに転居する。
1848 
  • この年、フランスの画家ウジェーヌ・アニョエルEugene Hagnauer、「二月革命」を描いた『シャトー・ドーの要塞前の市街戦(王宮のドー城の火災)』(3区「カルナヴァレ美術館」)を発表する。                                          ※ 画名は正しい? 
  • 8月19日、画家ギュスターヴ・カイユボットGustave Caillebotte、パリの裕福な家庭に誕生する(-1894没)。
1849 
  • 6月、フランスの画家ジャン=フランソワ・ミレーJean-François Millet、パリの政治的混乱やコレラを避けるため、パリの南方の「バルビゾン村Barbizon」に疎開する(現在「ミレーの家Maison de Millet」は「記念館」となっている)。
1850 
  • この年、フランス風景画家ジャン=バティスト・カミーユ・コローJean-Baptiste Camille Corot、『朝、ニンフの踊り』(7区「オルセー美術館」)を発表する。 
  • この年、フランスの版画家(銅版画)シャルル・メリヨンCharles Meryon、版画「プチ・ポンLe Petit Pont」(「三重県立美術館」)を描く。 
  • この年、フランスの画家ジャン=フランソワ・ミレーJean-François Milletの『種まく人』(ボストン美術館・山梨県立美術館)が描かれ、「サロン」に出品される(出展されたのがどちらの絵か論争がある)。
19 C半 
  • この頃、フランス文芸史上で「写実主義Réalisme」(現実主義、レアリスム)が起こる。「ロマン主義Romantisme」への反動が原因で、科学の発展とキリスト教道徳からの解放を説く。 
  • この頃、フランスを中心に、「ロマン主義Romantisme」の夢や感傷や信仰を否定し、冷酷なまでに現実を直視して描く「写実主義絵画Réalisme」が描かれる。
19 C後 
  • この頃、「古典主義Classicism」の理想や「ロマン主義Romantisme」の幻想から去って、題材をありのままに描こうとする「自然主義絵画Naturalism」が起こる(「バルビゾン派École de Barbizon」が中心)。 
  • この頃、自然の直接的印象を光と色彩で表現する「印象派Ecole impressionniste」が活躍する(「外光派pleinairisme」とも呼ばれる)。 
  • この頃から、和音や旋律自体が持つ感情を重視する「印象派音楽」が盛んになる。 
  • この頃、フランスで、「ロマン主義Romantisme」や「自然主義Naturalism」に対する反動として、言語のイメージ性や音楽性を重視し、新しい表現を創造しようとする「象徴主義symbolisme」が生まれる。 
  • この頃、世紀末芸術の一傾向として、善悪や道徳ではなく、美を最高の価値基準・人生の目的とする「耽美主義Esthetisme」が生まれる(「唯美主義Esthetisme」ともいう)。
1852 
  • この年、フランスの版画家(銅版画)シャルル・メリヨンCharles Meryon、版画「ノートルダムの揚水ポンプ、パリLa Pompe Notre-Dame, Paris」(「岐阜県美術館」)を描く。
  • この年、13歳のポール・セザンヌPaul Cézanne、南仏エクス=アン=プロヴァンス(エクサンプロヴァンス)Aix-en-Provenceのコレージュ・ブルボンCollège Bourbon」に入学する。                                               ① この学校の下級生エミール・フランソワ・ゾラÉmile François Zolaと知り合う。
1853 
  • この年、19世紀を代表する偉大な写真家となる、ジャーナリスト・風刺漫画家フェリックス・ナダールFelix Nadar (本名ガスパール・フェリックス・トゥールナションGaspard-Félix Tournachonがパリの「サン・ラザール街Saint Lazare」(8,9区)に「写真館」を開設する。 
  • この年、2年後の「第1回パリ万国博覧会Exposition Universelle de 1855」の主会場として、「シャンゼリゼ大通りL'Avenue des Champs-Élysées」(8区)に隣接した場所に、サンドリエcendrier設計の「産業宮Palais de l'Industrie」の建設が始まる(1855年完成)。
  • 3月30日、「後期印象派」画家フィンセント・ファン・ゴッホVincent Willem van GoghがオランダのズンデルトZundertで誕生する(-1890没)。
1855 
  • この年、フランス「印象派」の画家ジャコブ・カミーユ・ピサロJacob Camille Pissarro、再びフランスに渡る。
1856 
  • この年、フランスの画家ウジェーヌ=ドラクロワEugene-Delacroix、「サン・シュルピス教会Église Saint-Sulpice」(6区)の内部に「ヤコブと天使の戦いLa Lutte de Jacob avec l'Ange」などの「フレスコ画」を描く。この時期にドラクロワが住んでいた家とアトリエが、「ウジェーヌ=ドラクロワ記念館Musée national Eugene-Delacroix」(6区、6 rue de Furstenberg)。
1857 
  • この年、フランスの「バルビゾン派École de Barbizon」の画家ジャン=フランソワ・ミレーJean-François Milletの『落穂拾いDes glaneuses』(7区「オルセー美術館」)が描かれ、「サロンSalon(官展)」に出展される。 
  • この頃(~1859年)、フランスの「バルビゾン派École de Barbizon」の画家ジャン=フランソワ・ミレーJean -Francois Milletの『晩鐘L'Angelus』(7区「オルセー美術館」)が描かれる。 
  • この年、17歳のクロード・モネClaude Monet、「カリカチュアcaricature(戯画)」の『葉巻のダンディー』・『ボルドー・ワイン』(16区「マルモッタン・モネ美術館Musée Marmottan Monet」)を描く。
1858 
  • この頃、フランス「印象派」を代表する画家クロード・モネClaude Monetフランス北西部の港湾都市ル・アーヴルLe Havreで活動していたフランスの風景画家ウジェーヌ=ルイ・ブーダンEugène-Louis Boudinと知り合う。                         ① この頃、クロード・モネClaude Monetが描いた「カリカチュアcaricature」(誇張や歪曲を施した人物画)が人気を博していた。
1859 
  • この年、クロード・モネClaude Monet、パリに出て私立画塾「アカデミー・シュイスAcadémie Suisse」に入学する(ここで後にジャコブ・カミーユ・ピサロJacob Camille Pissarroらと知り合う)。
1860 
  • この年、フランスの写真家フェリックス・ナダールFelix Nadar(本名ガスパール=フェリックス・トゥールナション Gaspard-Felix Tournachon)、手狭になったパリの「写真スタジオ」を「サン=ラザール街Quartier St. Lazare」(8,9区)から「キャプシーヌ大通りBoulevard des Capucines」(2区)に移転する。 
  • 7月24日、アール・ヌーヴォーArt nouveau様式の巨匠アルフォンス・マリア・ミュシャAlfons Maria Mucha、チェコ共和国に誕生する(-1939没)。
1861 
  • この年、フランス「写実主義」の画家ギュスターヴ・クールベGustave Courbet、『牡鹿の戦い』(7区「オルセー美術館」)を描く。
  • 4月、フランスの画家ポール・セザンヌPaul Cézanne(22歳)、絵画を学ぶため南仏エクス=アン=プロヴァンスAix-en-Provenceからパリに移る。                                                                                    ① 官立の美術学校「エコール・デ・ボザールÉcole des Beaux-Arts」への入学は断られる。                                 ② 私立画塾「アカデミー・シュイスAcadémie Suisse」に入学する。
  • 9月、フランスの画家ポール・セザンヌPaul Cézanne、パリから故郷の南仏エクス=アン=プロヴァンスAix-en-Provenceに帰り、父の銀行で働く。
  • 10月30日、フランスを代表する彫刻家エミール・アントワーヌ・ブールデルAntoine Bourdelle、フランス西南部のモントーバンMontaubanに誕生する(-1929没)。
1862 
  • この年、フランス「印象派」の画家ピエール=オーギュスト・ルノワールPierre-Auguste Renoir、パリの美術学校「エコール・デ・ボ=ザールÉcole des Beaux-Arts」に入学する。
  • 11月、フランスの画家ポール・セザンヌPaul Cézanne(23歳)、絵画を学ぶため父を説得し、南仏エクス=アン=プロヴァンスAix-en-Provenceから再びパリに出る。                                                      ① 私立画塾「アカデミー・シュイスAcadémie Suisse」で学ぶ。                                         ➁ 同郷の画家アシル・アンプレールAchille Emperaire(1829ー1898)クロード・モネClaude Monetピエール=オーギュスト・ルノワールPierre-Auguste Renoirアルフレッド・シスレーAlfred Sisleyと交友。
1863 
  • この年、「印象派」の創始者エドゥアール・マネEdouard Manet、『草上の昼食Le dejeuner sur l'herbe』・『オランピアOlympia』(7区「オルセー美術館」)を描く。 
  • この年、第1回「落選者展Salon des Refusés」が開かれ、エドゥアール・マネEdouard Manetの『草上の昼食Le dejeuner sur l'herbe』が出展され物議を醸す。 
  • 8月13日、フランス「ロマン主義」絵画の画家ウジェーヌ=ドラクロワEugene Delacroixが、現在「ウジェーヌ=ドラクロワ美術館」(6区、6 rue de Furstenberg )となっているアパルトマンAppartementで死去する(1798-)。主な作品に『キオス島の虐殺Scène des massacres de Scio』 ・『民衆を導く自由の女神La Liberte guidant le Peuple』(1区「ルーヴル美術館」)などがある。 
  • この年、フランス「新古典主義」の画家ジャン・オーギュスト・ドミニク・アングルJean-Auguste-Dominique Ingres、『トルコの浴室Le Bain turc』(1区「ルーヴル美術館」)を描く。 
  • この年、フランス南部モンペリエMontpellier 生まれの画家アレクサンドル・カバネルAlexandre Cabanel、『ビーナスの誕生Naissance de Venus』(7区「オルセー美術館」)を描く(のちにナポレオン3世NaporeonⅢが購入する)。
  • この年、フランスの画家ポール・セザンヌPaul Cézanne、官立の美術学校「エコール・デ・ボザールÉcole des Beaux-Arts」の入試に失敗する。  
1864 
  • 7月、フランスの画家ポール・セザンヌPaul Cézanne(25歳)、「サロンSalon」に落選し、パリから故郷の南仏エクス=アン=プロヴァンスAix-en-Provenceに帰る。                                                             ① この頃、フェルディナン・ヴィクトール・ウジェーヌ・ドラクロワFerdinand Victor Eugène Delacroixギュスターヴ・クールベGustave Courbetから強い影響を受ける。
  • この年、フランス風景画家ジャン=バティスト・カミーユ・コローJean-Baptiste Camille Corot、『モルトフォンテーヌの思い出Souvenier de Mortefontaine』(1区「ルーヴル美術館」)を描き「サロン」に出展する(ナポレオン3世NaporeonⅢが購入する)。 
  • この年、フランス「印象派」の画家クロード・モネClaude Monet、『サン=シメオン農場への道Walk(Road of the Farm Saint-Siméon)』(上野「国立西洋美術館」)を描く。
  • この年、フランスの風景画家ウジェーヌ=ルイ・ブーダンEugène-Louis Boudin、『トゥルーヴィルの海岸Sur la plage à Trouville 』(7区「オルセー美術館」)を描く。
1865 
  • この年、ギュスターヴ・モローGustave Moreau、『オルフェウスオルフェOrphée)』(7区「オルセー美術館」)を発表する。 
  • この頃、フランス風景画家ジャン=バティスト・カミーユ・コローJean-Baptiste Camille Corot、『』(「ウエールズ国立美術館」)を描く。 
  • この年、フランス「印象派」を代表する画家クロード・モネClaude Monet、『草上の昼食中央断片)Le dejeuner sur l'herbe』(7区「オルセー美術館」)を描く。                                                                              ① パリの南東「フォンテーヌブローの森Fontainebleau」で、のちに妻となるカミーユ・ドンシューCamille Doncieuxやフランスの「印象派」画家ジャン・フレデリック・バジールJean Frédéric Bazilleと一緒に創作活動を行う。                         ➁ 2年前の「印象派」の創始者エドゥアール・マネEdouard Manetの『草上の昼食Le dejeuner sur l'herbe』がアトリエで描かれたのに対し、モネは自然の光のある屋外で描く。
  • この年、フランスの印象派画家ジャン・フレデリック・バジールJean Frédéric Bazille、足をくじいたモネをモデルに『応急手当のベッド』(7区「オルセー美術館」)を描く。 
  • この年、「印象派」の創始者エドゥアール・マネEdouard Manetの『オランピアOlympia』(7区「オルセー美術館」)が「サロン」に出展され、スキャンダルを巻き起こす。 
  • この年、フランスの画家ポール・セザンヌPaul Cézanne(26歳)、パリに出るが、秋にはまた南仏エクス=アン=プロヴァンスAix-en-Provenceに帰る。
1866 
  • 2月、フランスの画家ポール・セザンヌPaul Cézanne(27歳)、パリに戻り、エドゥアール・マネÉdouard Manetと知り合う。
  • この年、フランスの画家ピエール・ピュヴィ・ド・シャヴァンヌPierre Puvis de Chavannes、『幻想Fantasy』(「大原美術館」)を描く。
  • この年、「セーヌ県知事Le département de la Seine」ジョルジュ=ウジェーヌ・オスマン男爵Georges- Eugène Haussmann、都市計画(当時はアンベリスマンembellissement「美化」と呼ばれた)で破壊する歴史建造物から救える美術品を一括して「美術館」に収蔵することを決める。のち1880年「カルナヴァレ美術館Musée Carnavalet」(3区)として一般公開される。 
  • この年、「印象派」の創始者エドゥアール・マネEdouard Manetの『笛吹く少年Le Joueur de fifre』(7区「オルセー美術館」)を描く。 
  • この年、フランス「印象派」の画家クロード・モネClaude Monet、妻カミーユCamilleを描いた『カミーユCamille(緑衣の女性)』(「ブレーメン美術館」)を発表し、「サロン」に入選する。
  • この頃、パリの「バティニョ-ル通りgrande rue des Batignolles」(現17区「クリシー大通りavenue de Clichy」)の「カフェ・ゲルボワCafé Guerbois」に、「印象派」周辺の画家が集まるようになる。
1867 
  • 1月14日、画家ダヴィッドDavidの弟子で、フランスの「古典主義」絵画の完成者ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングルJean-Auguste-Dominique Ingresが死去する(1780-)。                                                      ①作風は厳格な構成と均衡で肖像画・女性裸像に優れる。                                          ➁作品に『La source』(7区「オルセー美術館」)、『グランド・オダリスクLa Grande Odalisquue』・『トルコの浴場Le Bain turc』(1区「ルーヴル美術館」)などがある。 
  • この年、フランスの「印象派」画家ジャン・フレデリック・バジールJean Frédéric Bazille、『家族の集い』(7区「オルセー美術館」)を描く。 
  • この年、フランスの「印象派」画家オーギュスト・ルノワールAuguste Renoir、『フレデリック・バジールFrédéric Bazille』を描き、後の「第1回印象派展」(1874年)に出品する。 
  • この年、フランス「印象派」を代表する画家クロード・モネClaude Monet、幼少期に過ごしたノルマンディー地方の港町を描いた『サンタドレスのテラスTerrasse à Sainte-Adresse』(「メトロポリタン美術館」)を発表する。
  • 3月10日、アール・ヌーヴォーArt Nouveauを代表する建築家エクトル・ギマールHector Guimard がリヨンLyonで誕生する(-1942没)。
1868 
  • この年、フランス「印象派」の画家エドゥアール・マネEdouard Manet、「ジャポニズムJaponisme」の影響を受けた『エミール・ゾラの肖像Portrait d'Émile Zola』(7区「オルセー美術館」)を描く。 
  • この頃、フランス風景画家ジャン=バティスト・カミーユ・コローJean-Baptiste Camille Corot、『真珠の女』(1区「ルーヴル美術館」、1870年完成)を描く。 
  • この年、ガブリエル・モリスGabriel Morrisの印刷所が設置した、円筒の上にオリエント風のブリキの王冠を載せた「モリス広告塔Colonne Morris」が出現する(劇場ポスター専用)。
1869 
  • この年、フランス「印象派」の画家クロード・モネClaude Monetとオーギュスト・ルノワールAuguste Renoir、パリの西方セーヌ河畔の同じ場所で描いた『ラ・グルヌイエールLa Grenouillere』(モネ:「メトロポリタン美術館」、ルノワール:「ストックホルム国立美術館」)を発表する。 
  • この年、フランス「印象派」の画家クロード・モネClaude Monet、『かささぎ』(7区「オルセー美術館」)を描く。 
  • この年、フランス「印象派」の画家エドゥアール・マネÉdouard Manet、ベルト・モリゾBerthe Morisotをモデルに『バルコニーLe Balcon』(7区「オルセー美術館」)を描く。
  • この年、フランスの画家ポール・セザンヌPaul Cézanne(30歳)、パリでのちに妻となるオルタンス・フィケHortense Fiquet(製本女工)と知り合う。
1870 
  • この年、フランス風景画家ジャン=バティスト・カミーユ・コローJean-Baptiste Camille Corot、『真珠の女La femme a la perle』(1区「ルーヴル美術館」)を完成させる(1868年~)。 
  • この頃(1870~75年頃)、フランス「印象派」の画家オーギュスト・ルノワールAuguste Renoir、『雪景色Paysage de neige』(1区「オランジュリー美術館」)を描く。 
  • この年、フランスの「印象派」画家ジャン・フレデリック・バジールJean Frédéric Bazille、『コンダミヌ街のアトリエL'Atelier de Bazille rue de La Condamine』(7区「オルセー美術館」)を描く(マネモネを登場させている)。 
  • この年、フランスの「印象派」画家ジャン・フレデリック・バジールJean Frédéric Bazille、「プロイセン・フランス普仏戦争Guerre franco-allemande de 1870」で戦死する。 
  • この年、フランス「印象派」の画家エドゥアール・マネÉdouard Manetの弟子ベルト・モリゾBerthe Morisot、前年から取り組んでいた『読書』(ワシントン「ナショナル・ギャラリー」)を完成させる。 
  • この頃、フランス「印象派」の画家・彫刻家エドガー・ドガEdgar Degas、『オペラ座のオーケストラ』(7区「オルセー美術館」)を描く。
  • この年、フランスの画家ポール・セザンヌPaul Cézanne(31歳)、プロイセン・フランス普仏戦争Guerre franco-allemande de 1870」を避けて、のちに妻となるオルタンス・フィケHortense Fiquetと南仏マルセイユMarseilleに近い漁村レスタックL'Estaqueに移る。
1871 
  • 12月、フランスの「印象派」画家クロード・モネClaude Monet、妻カミーユとともにパリ近郊のアルジャントゥイユArgenteuilに移り住む。
  • この年、アメリカ人画家ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラーJames Abbott McNeill Whistler、『灰色と黒のアレンジメント母の肖像-』(7区『オルセー美術館』)を描く。
1872 
  • この年、ギュスターヴ・カイユボットGustave Caillebotte、「パリ国立美術学校Ecole Nationale Superieure des Beaux-Arts」(6区)に入学する。 
  • この年、フランス「印象派」の画家クロード・モネClaude Monet、少年時代を過ごしたセーヌ川河口の町ル・アーヴルLe Havreで『印象日の出Impression, Soleil levant』(16区「マルモッタン・モネ美術館Musée Marmottan Monet」)を描く。                                                                                                                                                   ①最近の研究で、描かれた時間は午前7時35分頃だったと推定されている。                                ➁    
  • この年、フランス「印象派」の女流画家ベルト・モリゾBerthe Morisot(1841-95)、姉を描いた『ゆりかごLe bercau』(7区「オルセー美術館」)を発表する。 
  • この年、フランス「印象派」の画家エドゥアール・マネÉdouard Manet、フランス「印象派」の女流画家ベルト・モリゾBerthe Morisotをモデルに『紫の花を持ったベルト・モリゾBerthe Morisot au bouquet de violettes』(7区「オルセー美術館」)を描く。
  • この年夏、フランスの画家ポール・セザンヌPaul Cézanne、南仏エスタックL'Estaqueからパリに戻る。
  • この年、フランスの画家ポール・セザンヌPaul Cézanne、フランス中央部のポントワーズPontoiseに転居し、この年にポントワーズに移っていたカミーユ・ピサロCamille Pissarroと親交を深める。
1873  
  • この年、フランス「印象派」の画家クロード・モネClaude Monet、「キャプシーヌ大通りLe Boulevard des Capucines」35番地の「ナダール写真館Nadar」(2区)のアトリエから俯瞰するという斬新な構図で、『キャプシーヌ大通りLe Boulevard des Capucines』(モスクワの「プーシキン美術館Musée Pushkin」)を描く(同じ構図の絵がアメリカのカンザスシテイCity of Kansas City「ネルソンアトキンズ美術館The Nelson-Atkins Museum of Art」にある)。 
  • この年、フランス「印象派」の画家クロード・モネClaude Monet、妻カミーユと息子ジャンを描いたといわれる『アルジャントゥイユのひなげし』(7区「オルセー美術館」)を描く。 
  • この年、フランス「印象派」の画家エドゥアール・マネEdouard Manet、『横たわるベルト・モリゾの肖像Portrait de Berthe Morisot étendue』(16区「マルモッタン・モネ美術館 Musée Marmottan Monet」)を描く。 
  • この年、フランス「ポスト印象派」の画家ポール・セザンヌPaul Cézanne(34歳)、パリの北郊外のオーヴェル=シュル=オワーズAuvers-sur-Oiseに移り住み、近くのポントワーズPontoiseにいたカミーユ・ピサロCamille Pissarroと共同で制作する。      ① この頃、医師ポール・ガシェPaul-Ferdinand Gachetや画材商タンギーTanguyと知り合う。
  • この年、フランス「ポスト印象派」の画家ポール・セザンヌPaul Cézanne、当時住んでいたパリの北郊外のオーヴェル=シュル=オワーズAuvers-sur-Oise首吊りの家La Maison du pendu,à Auvers』(7区「オルセー美術館」)を描く。                                                        ① 翌年の「第1回印象派展」に出品する。
  • この年、フランス中央部のポントワーズPontoiseにいたフランス「印象派」の画家ジャコブ・カミーユ・ピサロJacob Camille Pissarro、『自画像』(7区「オルセー美術館」)を描く。 
  • 12月、フランス「印象派」の画家クロード・モネClaude Monet、ジャコブ・カミーユ・ピサロJacob Camille Pissarro、アルフレッド・シスレーAlfred Sisley、オーギュスト・ルノワールAuguste Renoirら、「芸術家、画家、彫刻家、版画家その他による匿名協会」を設立する。
  • この年、第2回「落選者展Salon des Refusés」が開かれる。 
1874 
  • 4月15日、「画家・彫刻家等の芸術家による共同出資会社の展覧会Societe anonyme cooperative d’artisites-peintres, sculpteurs, etc」(のちに「第1回印象派展覧会」と呼ばれる)が開催される。                                              ①「キャプシーヌ大通りLe Boulevard des Capucines」35番地(2区)の「ナダール写真館」のアトリエで開催される(~5月15日)。                                                  ②フランス「印象派」の画家ジャコブ・カミーユ・ピサロJacob Camille Pissarroは、ただ一人1886年の「第8回印象派展」まで毎回出展する。                                                                                        ③フランス「印象派」の画家オーギュスト・ルノワールAuguste Renoir、『桟敷席la loge』(ロンドン「コートールド・ギャラリーCourtauld Gallery」)を描き出品する。 
  • この年、フランス「印象派」の画家・彫刻家エドガー・ドガEdgar Degasの『舞台のバレエ稽古Répétition d'un ballet sur la scène(Salle de danse)』(7区「オルセー美術館」)が描かれる。 
  • この年、フランス「印象派」の女流画家ベルト・モリゾBerthe Morisot(1841-95)、エドゥアール・マネÉdouard Manetの弟ウジェーヌ・マネEugene Manetと結婚する。 
  • この年、フランス「印象派」の画家エドゥアール・マネEdouard Manet、『庭のモネ一家』(「メトロポリタン美術館」)を描く。 
  • この頃、フランス風景画家ジャン=バティスト・カミーユ・コローJean-Baptiste Camille Corot、『青い服の婦人』(1区「ルーヴル美術館」)を描く。
1875 
  • 1月20日、農村に取材し、地道で重苦しい色調、人道的主題を特徴とし、代表作に『晩鐘L'Angelus』・『落穂拾いDes Glaneuses』(7区「オルセー美術館」)などがある、フランス「自然主義」絵画の画家ジャン=フランソワ・ミレーJean-Francois Milletが死去する(1814-)。 
  • 2月22日、夕暮れを好んで描き、安息・清新という特徴をもつ、フランス「自然主義」絵画の画家で風景画を得意としたジャン=バティスト・カミーユ・コローJean-Baptiste Camille Corotが死去する(1796-)。 
  • この年、フランス「印象派」の画家クロード・モネClaude Monet、『雪の中の列車』(16区「マルモッタン美術館Musée Marmottan」)・『散歩:日傘をさす女性』(ワシントン「ナショナル・ギャラリー」)を発表する。 
  • この年、フランス「印象派」の画家クロード・モネClaude Monet、着物を着た妻カミーユCamilleを描いた『日本娘ラ・ジャポネーズLa Japonaise』(「ボストン美術館」)を描く。 
  • この年、銀行家エドゥアール・アンドレÉdouard André(妻は1881年に結婚した画家のネリー・ジャックマールNélie Jacquemart)が施主となり、現在「ジャックマール=アンドレ美術館musée jacquemart-andré」(8区、158 Bd Haussmann)となっている「邸宅」が完成する。 
  • この年、フランス生まれのイギリス人「印象派」画家アルフレッド・シスレーAlfred Sisley、『ルーヴシエンヌの雪La neige à Louveciennes』(7区「オルセー美術館」)を描く。 
  • この年、フランスの画家ギュスターヴ・カイユボットGustave Caillebotte、『床削りの人々Les Raboteurs de parquet』(7区「オルセー美術館」)・『窓辺の若い男Jeune homme à la fenêtre』(個人蔵)を描く。 
  • この年、フランス「象徴主義」の画家ギュスターヴ・モローGustave Moreau、「レジオン・ド・ヌール勲章L'ordre national de la légion d'honneur」を受ける。
  • この年、フランス「ポスト印象派」の画家ポール・セザンヌPaul Cézanne(36歳)、オーギュスト・ルノワールAuguste Renoirの紹介で税官吏ヴィクトル・ショケVictor Chocquetと知り合う。                                              ① 以後セザンヌのよき理解者、擁護者の一人となる。
1876 
  • 4月11日、パリの「ル・ペルティエ通りrue Le Peletier」(9区)の「デュラン・リュエル画廊Galerie Durand-Ruel」で「第2回印象派展覧会」が開催される(~5月9日)。                                                            ①フランス「印象派」の画家オーギュスト・ルノワールAuguste Renoirの『ぶらんこ』・『陽光を浴びる裸婦』(7区「オルセー美術館」)などが出品される。                                                                      ②フランスの画家ギュスターヴ・カイユボットGustave Caillebotte、『窓辺の若い男Jeune homme à la fenêtre』(個人蔵)・『床削りの人々Les Raboteurs de parquet』(7区「オルセー美術館」)・『ピアノを弾く若い男Jeune Homme au Piano』(東京「ブリヂストン美術館」)・『昼餉Le déjeuner』(個人蔵)などを出品する。                                                                 ③「ジャポニズムjaponisme」の影響を受けたフランス「印象派」の画家クロード・モネClaude Monetも、着物を着た妻カミーユCamilleを描いた『日本娘ラ・ジャポネーズLa Japonaise』(「ボストン美術館」)を出品する。シャルル・ビコーCharles Vicautが「モネ氏は、ピストルを撃って大衆を驚かせたに過ぎない」と語ったように概して不評だった。 
  • この年、フランス「印象派」の画家・彫刻家エドガー・ドガEdgar Degasの『アプサントL'absinthe』(7区「オルセー美術館」)が完成し、翌年の「第3回印象派展覧会」に出品される。 
  • この年、フランス「印象派」の画家・彫刻家エドガー・ドガEdgar Degas、『バレエの授業』(7区「オルセー美術館」)を完成させる。 
  • この年、フランス「印象派」の画家オーギュスト・ルノワールAuguste Renoir、『座るジョルジェット・シャルパンティエ嬢』(「ブリジストン美術館」)を描く。
  • この頃、フランス「印象派」の画家オーギュスト・ルノワールAuguste Renoirの最高傑作『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏場Bal au Moulin de la Galette』(7区「オルセー美術館」)が描かれる(画家ギュスターヴ・カイユボットGustave Caillebotteが購入し、死後政府に寄贈される)。 
  • この年、フランスの「象徴主義」の画家ギュスターヴ・モローGustave Moreau、『踊るサロメSalomé』(9区「ギュスターヴ・モロー美術館Musée Gustave Moreau」)を描く。
  • この頃、フランスの「象徴主義」の画家ギュスターヴ・モローGustave Moreau、『出現L'Apparition』(油彩、9区「ギュスターヴ・モロー美術館Musée Gustave Moreau」)、『出現L'Apparition』(水彩、1区「ルーヴル美術館」)を描く。                                                                                                                                                                                                                                 
1877
  • 4月4日、パリの「ル・ペルティエ通りrue Le Peletier」(9区)で「第3回印象派展覧会」が開催される(~30日)。                                          ①フランスの画家ギュスターヴ・カイユボットGustave Caillebotte、 8区「サン・ラザール駅Gare Saint-Lazare」上に架かる『ヨーロッパ橋Pont de L'Europe』(1876年、8区「プティ・パレPetit Palais・パリ市立美術館Musée des Beaux-Arts de la Ville de Paris」)・『パリの通り、雨Rue de Paris, temps de pluie』(「シカゴ美術館」)を描き出展する。                                                       ②フランス「印象派」の画家オーギュスト・ルノワールAuguste Renoir、最高傑作『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏場Bal au Moulin de la Galette』(7区「オルセー美術館」)などを出展する。                                         ③フランス「印象派」の画家・彫刻家エドガー・ドガEdgar Degasの『アプサントL'absinthe』(7区「オルセー美術館」)が出品される。                                                                            ④フランス「印象派」の画家クロード・モネClaude Monet、この年完成した『サン・ラザール駅La gare Saint-Lazare』(7区「オルセー美術館」)を出展する。                                                              ⑤ フランス「ポスト印象派」の画家ポール・セザンヌPaul Cézanne(38歳)、16点出品するが、不評でその後「印象派展」には出品しなかった(第1回と第3回のみ参加)。
  • この年、フランス「印象派」の画家エドガー・ドガEdgar Degas、前年から取り組んでいた、『スター、舞台の踊り子Ballet-L’étoile』(7区「オルセー美術館」)を完成させる。 
  • この年、フランスの画家ギュスターヴ・カイユボットGustave Caillebotte、『パリの通り、雨Rue de Paris, temps de pluie』(「シカゴ美術研究所」)・『シルクハットの漕ぎ手』(個人蔵)を発表する。 
  • この年、フランス「印象派」の画家カミーユ・ピサロJacob Camille Pissarro、パリ近郊ポントワーズPontoiseにある「エルミタージュの丘colline de L'hermitage」からの風景を描いた、『赤い屋根、冬の村Toits rouges, coin devillage, effet d'hiver』(7区「オルセー美術館」)を発表する。 
  • 12月31日、市民生活や身近なところに主題を求めた、フランスの代表的「写実主義」絵画の画家ギュスターヴ・クールベGustave Courbetが死去する(1819-)。                                                       ①パリ・コミューンCommune de Parisに参加、のちスイスに亡命。                                         ②代表作の『石割り』は第2次大戦中にドイツで焼失。
1878 
  • この年、フランス「印象派」の画家オーギュスト・ルノワールAuguste Renoir、『シャルパンティエ夫人と子どもたちGeorges Charpentier et ses enfants』(「メトロポリタン美術館The Metropolitan Museum of Art」)を描く。
  • この年、日本の洋画家山本芳翠、「第3回パリ万国博覧会」の事務局雇としてフランスに留学する。
1879 
  • 2月10日、いきいきとした辛辣な筆致で世相を描いた風刺画・版画を残したフランスの「写実主義」絵画の画家オノレ・ヴィクトラン・ドーミエHonoré-Victorin Daumierが死去する(1879-)。 
  • 4月10日、パリの「オペラ座通りAvenue de l'Opéra」(1区)で、「第4回印象派展覧会」が開催される(~5月11日)。                                          
  • この年、フランスの画家ピエール・ピュヴィ・ド・シャヴァンヌPierre Puvis de Chavannes、『パリを見守る聖ジュヌヴィエーヴSte. Geneviève veillant sur Paris endormi』(5区「パンテオンPanthéon」)を完成させる(1874~)。
  • この頃、フランスの画家ポール・セザンヌPaul Cézanne、パリから南仏エクス=アン=プロヴァンスAix-en-Provenceに活動拠点を移す。
1880 
  • 4月10日、パリの「ピラミッド通りRue des Pyramides」(1区)で、「第5回印象派展覧会」が開催される(~30日)。        
  • この年、1866年にセーヌ県知事ジョルジュ=ウジェーヌ・オスマンGeorges-Eugène Haussmannが、都市計画(当時はアンベリスマンEmbellissement「美化」と呼ばれた)で破壊する歴史建造物から救える「美術品」を一括して収蔵することを決めた「美術館」が、「カルナヴァレ美術館Musée Carnavalet」(3区、正式名称は「パリ市立歴史美術館Musée de l'Histoire de Paris」)として一般公開される。 
  • この年、フランス「印象派」の画家オーギュスト・ルノワールAuguste Renoir、『イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢の肖像Irène Cahen D'Anvers』(チューリッヒ「ビューレ・コレクション」)を描く。
  • この年、フランスの画家ギュスターヴ・カイユボットGustave Caillebotte、『室内-窓辺の女性Intérior, Femme à la Fenêtre 』(個人蔵)を発表する。 
  • この年、洋画家五姓田義松(ごせだよしまつ)、フランスに渡る。                                       ①翌年フランスの画家レオン・ジョゼフ・フロランタン・ボナLéon Joseph Florentin Bonnatに師事する。                                                 ②1881年、パリの「サロン」に日本人として初めて入選する。 
  • この頃、フランス「印象派」の画家エドガー・ドガEdgar Degas、『緑の衣装をつけた踊り子』(マドリード「ティッセン=ボルネミッサ美術館」)を描く。
  • この頃、フランスの画家ポール・セザンヌPaul Cézanne、『果物鉢とコップとりんご』(個人蔵)を描く。 
1881 
  • 4月2日、パリの「キャプシーヌ大通りLe Boulevard des Capucines」35番地(2区)の「ナダール写真館」別館で、「第6回印象派展覧会」が開催される(~5月1日)。                                   
  • この年、フランスの画家ピエール・ピュヴィ・ド・シャヴァンヌPierre Puvis de Chavannes、『貧しき漁夫』(7区「オルセー美術館」)を描く(上野の「国立西洋美術館」に同名の異作がある)。 
  • この年、フランスの画家ギュスターヴ・カイユボットGustave Caillebotte、『ピアノのレッスン』(16区「マルモッタン・モネ美術館Musée Marmottan Monet」)を発表する。 
  • この年、フランス「印象派」の画家ピエール=オーギュスト・ルノワールPierre-Auguste Renoir、パリ西郊外のシャトゥーChatou(「印象派の島Ile des Impressionistes」)のレストラン「ラ・メゾン・フルネーズLa Maison Fournaise」のテラスに集まった人々を描いた『舟遊びをする人たちの昼食Déjeuner des canotiers』(「フィリップス・コレクション」)を発表する(帽子をかぶり犬を抱く女性は後にルノワール夫人となる20歳のアリーヌ・シャリゴAligne Charigotである)。 
  • この年、フランスの「印象派」画家ピエール=オーギュスト・ルノワールPierre-Auguste Renoir、『二人の姉妹テラスにて)』(「シカゴ美術館The Art Institute of Chicago」)を描く。
  • この頃から、フランスの「印象派」画家ピエール=オーギュスト・ルノワールPierre-Auguste Renoir、『雨傘Parapluies』(ロンドン「ナショナル・ギャラリー」)の制作を始める(完成は1885年頃)。
1882 
  • 3月1日、パリの「サン・トノレ通りrue Saint-Honoré」(1区)で、「第7回印象派展覧会」が開催される。 
  • この年、フランス「印象派」の画家クロード・モネClaude Monet、『プールヴィルの海岸、夕日La plage a Pourville, Soleil couchant』(16区「マルモッタン・モネ美術館Musée Marmottan Monet」)を描く。 
  • この年、フランス「印象派」の画家エドゥアール・マネEdouard Manet、最後の完成作品となる『フォリー・ベルジェールのバーUn bar aux Folies Bergère』(ロンドン「コートールド美術研究所」)を完成させ、「サロンSalon」に入選する。
  • この年、パリの「ゴドー・モロワ通りRue Godot de Mauroy」(9区)の「ジョルジュプティ画廊Georges Petit」がオープンする。
1883 
  • この年、フランスの「印象派」画家クロード・モネClaude Monet、パリの西北約70KmにあるジヴェルニーGivernyに移り住む。 
  • この年、フランスの「印象派」画家オーギュスト・ルノワールAuguste Renoir、フランスの画家シュザンヌ・ヴァラドンSuzanne Valadon(1865-1938)をモデルに『ブージヴァルのダンスDanse de Bougival』(「ボストン美術館」)・『都会のダンスDanse de Ville』(7区「オルセー美術館」)を、7年後に結婚するアリーヌ・シャリゴAligne Charigot(1859-1915)をモデルに『田舎のダンスDanse de Campagne』(7区「オルセー美術館」)を描く。 
  • この年、フランスの画家シュザンヌ・ヴァラドンSuzanne Valadon、パリ・モンマルトルMontmartreの丘の麓に位置する「ポトー街」8番地(18区、8 rue du Poteau)で、のちに画家となる子モーリス・ユトリロMaurice Utrilloを出産する(父は画家オーギュスト・ルノワールAuguste Renoirだとも噂された)。 
  • 4月30日、フランスの画家で、外光の明るさと豊かな色彩を好む「印象派」の創始者エドゥアール・マネEdouard Manetがパリで死去する(1832-)。                                                                  ①「近代絵画の父」と呼ばれる。                                                           ②代表作に『草上の昼食Le dejeuner sur l'herbe』・『笛を吹く少年Le Joueur de fifre』(7区「オルセー美術館」)などがある。 
  • この年、フランスの「印象派」女流画家ベルト・モリゾBerthe Morisot(1841-95)、『庭のウジェーヌ・マネと娘Eugène Manet et sa fille au jardin』(16区「マルモッタン・モネ美術館Musée Marmottan Monet」)を描く。
  • この年、フランスの「象徴主義」の画家ギュスターヴ・モローGustave Moreau、再び「レジオン・ド・ヌール勲章L'ordre national de la légion d'honneur」を受ける。

1884 
  • この年、フランス「印象派」の画家ピエール=オーギュスト・ルノワールPierre-Auguste Renoirの『雨傘Parapluies』(「The National Gallery, Londres」)が完成する。 
  • この年、元フランス王ルイ・フィリップLouis-Philippeの子「オマール公duc d'Aumale」アンリ・ウジェーヌ・フィリップ・ルイ・ドルレアンHenri Eugène Philippe Louis d'Orléans、一般公開を条件にパリの北郊外の「シャンティイ城Chatesu de Chantilly」と蒐集品を「フランス学士院Institut de France」に寄付する(現在「シャンティイ城コンデ美術館Musée Condé du Chateau de Chantilly」)。
  • この年、スペインのバルセロナBarcelonaで、アントニ・ガウディAntoni Plàcid Guillem Gaudí の「サグラダ・ファミリアTemple Expiatori de la Sagrada Família(聖家族教会)」の建立が始まる。
  • この年、日本の洋画家黒田清輝、法律を学ぶためフランスに渡る。
1885 
  • この年、パリのカフェ「レ・ドゥ・マゴLes Deux Magots」(6区、「2つの陶器製の人形の置物」の意)が創業する。 
  • この年、パリのモンマルトルMontmartreの「ラヴァル通りRue de Laval」(現9区の「ヴィクトール・マセ通りRue Victor masse」)に、フランスの画家アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックHenri de Toulouse-Lautrecの「ポスター」で有名なカフェ「シャ・ノワールChat Noir(黒猫)」(2代目)が移転し開店する。 
  • この年、フランスの「象徴主義」の画家ギュスターヴ・モローGustave Moreau、『一角獣Licorne』(9区「ギュスターヴ・モロー美術館Musée Gustave Moreau」)を描く。
  • この年、オランダの「後期印象派」画家フィンセント・ファン・ゴッホVincent van Gogh、『馬鈴薯を食べる人たち』(アムステルダム「国立ファン・ゴッホ美術館」)を描く。
  • この年、「近代絵画の父」と謳われる「後期印象派」の画家ポール・セザンヌPaul Cezanne、『ガルダンヌ近くのサント・ヴィクトワール山』(ワシントン「ナショナル・ギャラリー」)を描き始める(翌年完成)。
1886 
  • この年、フランス「印象派」の画家クロード・モネClaude Monet、『日傘を持つ女La femme à l'ombrelle』(7区「オルセー美術館」)を描く。 
  • この年、フランス「印象派」のの画家エドガー・ドガEdgar Degas、『髪をすく女』(「エルミタージュ美術館」)を描く。また、2年前から取り組んでいた『アイロンをかける女たちRepasseuses』(7区「オルセー美術館」)が完成する。 
  • 2月、オランダの「後期印象派」画家フィンセント・ファン・ゴッホVincent van Gogh、フランスに移り住む。 
  • 5月15日、パリの「ラフィット通りRue Laffite」(9区)で最後の印象派展「第8回印象派展覧会」が開かれる(~6月15日)。フランス「新印象派」の画家ジョルジュ・スーラGeorges Seuratの代表作『グランド・ジャット島の日曜日の午後』(「シカゴ美術館」)が出品される。 
  • この年、フランス「印象派」の女流画家ベルト・モリゾBerthe Morisot(1841-95)、『召使の少女』(ワシントン「ナショナル・ギャラリー」)を完成させる。
  • この年、「近代絵画の父」と謳われる「後期印象派」の画家ポール・セザンヌPaul Cezanne、『ガルダンヌ近くのサント・ヴィクトワール山』(ワシントン「ナショナル・ギャラリー」)を完成させる。
  • この年、日本の洋画家黒田清輝、パリで日本の洋画家山本芳翠の勧めもあり画家を目指し、フランスの画家ラファエル・コランRaphael Collinに師事する。
1887 
  • この年、「アール・ヌーヴォー様式Art nouveau」の巨匠アルフォンス・ミュシャAlphnse Mucha、27歳でチェコからパリParisに移る。 
  • この年、オランダ出身で「ポスト印象派後期印象派)」の画家フィンセント・ファン・ゴッホVincent Van Gogh、「浮世絵」の影響を受けた『タンギー爺さんPere Tanguy』(7区「ロダン美術館」)、『日本趣味梅の花)Japonaiserie、l'arbre (Prunier en fleurs)』(アムステルダム「ファン・ゴッホ美術館」)を描く。 
  • この年、フランスの画家ギュスターヴ・カイユボットGustave Caillebotte、『パリの街路』(16区「マルモッタン・モネ美術館Musée Marmottan Monet」)を発表する。
  • この年、フランス「印象派」の画家ピエール=オーギュスト・ルノワールPierre-Auguste Renoir、『大水浴Les Grandes Baigneuses』(「フィラデルフィア美術館」)を描く。
  • この年、日本の洋画家山本芳翠、フランスから日本に帰国する。                                                 
1888 
  • この年、リヨンLyonの実業家エミール・エティエンヌ・ギメEmile Etienne Guimetの「宗教美術館」が「ギメ美術館Musée national des Arts asiatiques-Guimet(Musée Guimet)」(16区)としてパリに移転される。 
  • 5月、パリの美術商サミュエル・ビングSamuel Bing、日本美術を広く伝えるために複製図版と挿絵が掲載された『芸術の日本Le Japon artistique』という大判の「美術月刊誌」を発行する(1891年4月までに40冊)。                                             ①毎号数多くの美しい浮世絵で彩られた『芸術の日本』は、フランス語、英語、ドイツ語の3か国語で書かれ、美術情報だけでなく、詩歌、演劇、産業美術といった各分野の識者による寄稿によって「日本文化」そのものへの理解に貢献する。                                                                ②「展覧会」も企画する。 
  • この年、フランスの「印象派」画家クロード・モネClaude Monet、『ジヴェルニーの積みわら、夕日』(「埼玉県立近代美術館」)を描く。                                                                            ①この頃から、積み藁連作を始める(約30点)。                                                 ➁48歳のクロード・モネClaude Monetはこの絵を境に人物を一切書かなくなる。
  • この年、「近代絵画の父」と謳われる「後期印象派」の画家ポール・セザンヌPaul Cezanne、『マルディ・グラMardi Gras( 謝肉祭の最終日)』(モスクワ「プーシキン美術館」)を描く。
  • この年、オランダ出身で「ポスト印象派後期印象派)」の画家フィンセント・ファン・ゴッホVincent Van Gogh、『ラングロワの橋Le Pont de l'Anglois』・『種まく人』・『夜のカフェテラスTerrasse du café le soir』(オッテルロー「クレラー・ミュラー美術館」)、『アルルの寝室La Chambre à Arles』(アムステルダム「ファン・ゴッホ美術館」)、『坊主としての自画像』(マサチューセッツ州ケンブリッジ「フォッグ美術館Fogg Art Museum」)、『ローヌ河畔の星月夜』(パリ個人蔵)を描く。
  • 8月19日、1920年代のパリで活躍した人気デザイナー、ココ・シャネルCoco Chanelが誕生する(-1971没)。 
  • この年、フランスの「象徴主義」の画家ギュスターヴ・モローGustave Moreau、アカデミーの会員に選ばれる。
1889 
  • 9月、パリの「クリシー通りBd. de Clichy」に、ダンスホール「ムーラン・ルージュMoulin Rouge」(18区)がオープンする。 
  • この年、オランダ出身で「ポスト印象派後期印象派)」の画家フィンセント・ファン・ゴッホVincent Van Gogh、『自画像Portrait de l'artiste』や、母のために描いたとされる『アルルのゴッホの部屋La Chambre à Arles』(どちらも、7区「オルセー美術館」)、『星月夜La nuit étoilée』(「ニューヨーク近代美術館」)を発表する。
  • この年、パリの「ゴドー・モロワ通りRue Godot de Mauroy」(9区)の「ジョルジュプティ画廊Georges Petit」で、「モネ・ロダン展」が開催される。
1890年代 
  • この頃から、「ベル・エポックla Belle Epoque」(~1917年 、フランス語で「すばらしい時代」の意。ヨーロッパにおける文化面の黄金時代、繁栄と発明の時代)
1890 
  • この年、オランダ出身で「ポスト印象派後期印象派)」の画家フィンセント・ファン・ゴッホVincent Van Gogh の『オヴェール=シュル=オワーズの教会Eglise d'Auvers-sur-Oise』(7区「オルセー美術館」)が描かれる。 
  • 7月29日、オランダ出身で「ポスト印象派後期印象派)」の画家フィンセント・ファン・ゴッホVincent Van Gogh、パリの北西郊外のオヴェール・シュル・オワーズAuvers-sur-Oiseの下宿「ラヴー亭Auberge Ravoux」で、銃で自殺する(1853-、37歳)。 
  • この年、フランスの「象徴主義」の画家ギュスターヴ・モローGustave Moreau、『神秘の花Fleur mystique』(9区「ギュスターヴ・モロー美術館Musée Gustave Moreau」)を描く。 
  • この頃、フランス「印象派」の画家クロード・モネClaude Monet、『積みわら』(16区「マルモッタン・モネ美術館Musée Marmottan Monet」)を描く。 
  • この年、フランスの「印象派」画家オーギュスト・ルノワールAuguste Renoir、アリーヌ・シャリゴAligne Charigotと正式に結婚する。
1891 
  • この年、フランスの「ポスト印象派(ポスト印象主義)Post-impressionnisme」の画家ポール・ゴーガンPaul Gauguin、タヒチTahitiに移り住み、『タヒチの女たちFemmes de Tahiti』(7区「オルセー美術館」)を描く。 
  • この年、フランスの画家アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックHenri de Toulouse-Lautrec、ポスター画『ムーラン・ルージュのラ・グーリュMoulin Rouge la Goulue』を描く。 
  • この年、フランス「新印象派」の画家ジョルジュ・スーラGeorges Seurat、『サーカスCirque』(7区「オルセー美術館」)を描く。 
  • この年、フランス「印象派」の画家クロード・モネClaude Monet、『ポプラ、4本の木Les Quatre Arbres』(「メトロポリタン美術館」)・『三本の木、夏Les Trois Arbres, été 』(上野「国立西洋美術館」)などを描く。この頃から「ポプラ並木」連作を始める。
  • 3月29日、フランス「新印象派」の画家ジョルジュ・スーラGeorges Seuratが31歳で死去する(1う859-)。
1892 
  • この年、フランスの「印象派」画家オーギュスト・ルノワールAuguste Renoir、『ピアノに寄る少女たち』(7区「オルセー美術館」)を描く。 
  • この年、フランスの「ポスト印象派(ポスト印象主義)Post-impressionnisme」の画家ポール・ゴーガンPaul Gauguin、タヒチ島Tahitiで『タ・マテーテ市場)』(スイス「バーゼル美術館」)を描く。 
  • この年、フランス「印象派」の画家クロード・モネClaude Monet、『ルーアン大聖堂、日光の効果、夕暮れCathédrale de Rouen Effets de soleil. Fin de journée』(16区「マルモッタン・モネ美術館Musée Marmottan Monet」)を描く(翌年にかけての「ルーアン大聖堂」連作約30点のうちの1つ)。 
  • この年、フランス生まれのイギリス人「印象派」画家アルフレッド・シスレーAlfred Sisley、『モレのロワンの運河』(7区「オルセー美術館」)を描く。
  • この年、「近代絵画の父」と謳われる「後期印象派」の画家ポール・セザンヌPaul Cezanne、1890年から手掛けていた『カード遊びの人々』(7区「オルセー美術館」)を完成させる。
  • この年、フランスの風景画家ウジェーヌ=ルイ・ブーダンEugène-Louis Boudin、レジヨン・ドヌール勲章L'ordre national de la légion d'honneurを受ける。 
1893 
  • この年、フランス生まれのイギリス人「印象派」画家アルフレッド・シスレーAlfred Sisley、パリの南東「フォンテーヌブローの森Bois de Fontainebleau」の南にある町の『モレ=シュル=ロワンの橋Pont de Moret-sur-Loing』 (7区「オルセー美術館」)を描く。
  • この年、フランス「印象派」の画家クロード・モネClaude Monet、『ルーアン大聖堂、扉口とアルバーヌ塔、夜明け』(「ボストン美術館」)を描く。
  • この年、日本の洋画家黒田清輝、フランスから日本に帰国する。
1894 
  • 2月21日、フランスの画家ギュスターヴ・カイユボットGustave Caillebotteが死去する(1848-、45歳、パリの「ペール・ラシェーズ墓地Cimetière du Père-Lachaise」に埋葬される)。 
  • 12月末、34歳のアルフォンス・ミュシャAlphonse Mucha、大女優サラ・ベルナールSarah Bernhardt主演の演劇「ジスモンダGismonda」の「広告ポスター」の依頼を受ける。 
  • この年、フランス生まれのイギリス人「印象派」画家アルフレッド・シスレーAlfred Sisley、『モレの教会堂』(8区「プティ・パレPetit Palais」)を描く。
1895 
  • 1月、パリの「サン・マルタン門Port St-Martin」(10区)の東隣にある「ルネサンス劇場Théâtre de la Renaissance」(10区)で、大女優サラ・ベルナールSarah Bernhardt 主演の演劇「ジスモンダGismonda」が開演する。 
  • 3月22日、オーギュスト・リュミエールAuguste Marie Louis Lumièreとルイ・リュミエールLouis Jean Lumièreのリュミエール兄弟による世界初の「映画」が、「キャピュシーヌ大通りBd. des Capucines」の「グラン・カフェGrand Café」(9区)で、初めて観客を集めて上映される。 
  • 12月、最初の公開有料映画シオタ駅に列車の到着L'arrivée d'un train en gare de La Ciotat」、「水撒き人、水を浴びるLe jardinier (L'arroseur arrosé)」(世界初のコメディー映画といわれる)がパリの「グラン・カフェGrand Café」(9区)で上映される。 
  • この年、フランスの「印象派」画家オーギュスト・ルノワールAuguste Renoir、『長い髪の浴女』(1区「オランジュリー美術館」)を描く。 
  • この年から、フランスの建築家エクトル・ギマールHector Guimard、最も初期の「アール・ヌーヴォー建築Art nouveau」で、6階建て集合住宅「カステル・ベランジェCastel Beranger」(16区)の建築を開始する(完成は1898年)。                     ※  1894年~? 
  • この年、日本の美術・芸術を欧米に紹介した、パリの美術商サミュエル・ビングSamuel Bing、パリの「プロヴァンス通りR.de Provence」(9区)に画商店「新しい芸術の店Maison de l'Art Nouveau」を設立する(「アール・ヌーヴォー様式Art nouveau」の名称はこれに由来する)。 
  • この年、フランス「象徴主義」の画家ギュスターヴ・モローGustave Moreau、青年時代から住んでいた「家」を「美術館」として公開することを決意し、増改築に着手する(1903年、9区の「ギュスターヴ・モロー美術館Musée national Gustave Moreau」として公開される)。 
  • この年、「近代絵画の父」と謳われる「後期印象派」の画家ポール・セザンヌPaul Cezanne、『玉葱のある静物Nature morte aux oignons』(7区「オルセー美術館」)を描く。また、1890年から取り組んでいた『赤いチョッキの少年』(チューリッヒ「ビューレ・コレクション」)を完成させる。 
  • この年、「アール・ヌーヴォーArt nouveau」を代表するグラフィックデザイナーアルフォンス・ミュシャAlphonse Mucha、「ヴィエユマール印刷会社」のリトグラフ・カレンダー『パリスの審判』(チェコの医師チマル氏の「チマル・コレクション」)を発表する。
1896 
  • 7月16日、ナンシーNancy生まれの作家・美術批評家エドモン・ド・ゴンクールEdmond de Goncourtが死去する(1822-)。                                                  ①日本美術に関心を寄せ、1891年の『歌麿Outamaro』や1896年の『北斎Hokusai』などで「浮世絵」を紹介。19世紀末のフランスにおける「ジャポニズムjaponismu」の発展に寄与する。                                            ②1851年からこの年まで主著『日記』を執筆する。 
  • この年、「アール・ヌーヴォーArt nouveau」を代表するグラフィックデザイナーアルフォンス・ミュシャAlphonse Mucha、インテリア用装飾パネル『<四季quatre saisons>連作』、大女優サラ・ベルナールSarah Bernhardtが演じた悲劇の女王を描くポスター『椿姫La Dame aux camélias』を発表する。 
  • この年、フランスの「象徴主義」の画家ギュスターヴ・モローGustave Moreau、『ユピテルとセメレJupiter et Sémélé』(9区「ギュスターヴ・モロー美術館Musée national Gustave-Moreau」)を描く。
1897 
  • この年、「後期印象派」の画家ポール・ゴーガンPaul Gauguin、『ヴァイルマティVairumati』(7区「オルセー美術館」)を発表する。 
  • この年、「アール・ヌーヴォーArt nouveau」を代表するグラフィックデザイナーアルフォンス・ミュシャAlphonse Mucha、鉄道会社から依頼されたポスター『モナコ ・モンテカルロMonaco Monte-Carlo』、煙草の巻紙製造の「ジョブ社」の広告『ジョブJob』、『ビザンティン風頭部Tetes byzantinesa(ブロンドbronde)』を発表する。
1898 
  • この年、フランスの建築家エクトル・ギマールHector Guimard(28歳)、パリ初の「アール・ヌーヴォー建築Art nouveau」である集合住宅「カステル・ベランジェCastel Beranger」(16区)を完成させる。 
  • 4月18日、フランスの「象徴主義」の画家ギュスターヴ・モローGustave Moreauが死去する(1826-)。モローMoreauが青年時代から住んでいた家が、9区の「ギュスターヴ・モロー美術館Musée national Gustave Moreau」(1903年公開)となる。 
  • この年、パリ市に遺贈された、ミラノ生まれの銀行家アンリ・チェルヌスキHenri Cernuschiのコレクションが、パリ市営の「チェルヌスキ美術館Musée Cernuschi」(8区、「7 avenue Velasquez」)としてオープンする。 
  • この年、フランス「印象派」の画家ジャコブ・カミーユ・ピサロJacob Camille Pissarro、『オペラ座通り テアトル・フランセ広場Avenue de l'Opera, Place du Theatre Francais: Misty Weather』(「ランス美術館Musée des Beaux-arts de Reims」)を描く。 
  • 8月8日、フランスの画家ウジェーヌ=ルイ・ブーダンEugène-Louis Boudin、フランス北部のドーヴィルDeauvilleで死去する(1824-)。
1899 
  • 1月29日、フランス生まれのイギリス人「印象派」画家アルフレッド・シスレーAlfred Sisley、フランス中北部モレ・シュル・ロアンMoret-sur-Loingで癌のため死去する(1839-、59歳)。
  • この頃から、フランス「印象派」の画家クロード・モネClaude Monet、『睡蓮』を主題とする作品の制作を始める。
1900 
  • 5月1日、「第5回パリ万国博覧会Expositions universelles de Paris」が開催される。                            ①観客5,085万9,965人を集め、エナールEnardによって建設された「電気館」が人気を博す。                          ②会場として、1855年に建設された「産業宮Palais de l'Industrie」の跡地に建設された、8区の「プティ・パレPetit Palais」(現「パリ市立プティ・パレ美術館Petit Palais, Musée des Beaux-Arts de la Ville de Paris」)、「グラン・パレGrand Palais」(メイン会場)が開館。                                                                         ③企画展として「フランス美術百年展」が開催され、「新古典主義」から「印象派」まで約3,000点が展示される。   
  • この年、パリの美術商サミュエル・ビングSamuel Bing、「パリ万博Expositions universelles de Paris」に、アール・ヌーヴォーArt Nouveau作家ジョルジュ・ド・フールGeorge de Feureが内装した「アール・ヌーヴォー・ビング館Hotel de Art Nouveau Bing」を出展する。また、「日仏協会Société Franco-Japonaise」の創立メンバーとなる。 
  • 7月14日、「オルレアン鉄道Compagnie du Chemin de fer de Paris à Orléans」の終着駅として、フランスの建築家で「エコール・デ・ボーザールEcole des Beaux-Arts(美術学校)」教授ヴィクトール・ラルーVictor Lalouxの設計による「オルセー駅Gare d'Orsay」(7区)が完成する(正式開業日)。 
  • 7月19日、パリに「万国博覧会Expositions universelles de Paris」の交通手段として「地下鉄Métro」が開通する。                                                                   ①地下鉄工事を指揮したのは、土木局の主任技監フュルジャンス・ビアンヴニュFulgence Bienvenue(のち「地下鉄の父」と呼ばれる)。                                                                         ②「パリ・メトロポリタン電気鉄道」の1号線、パリの東のヴァンセンヌVincennes(20区)~ パリの西のポルト・マイヨPorte Maillot(16,17区)間の18駅(10.6㎞)を35分で結ぶ。                                                    ③メトロ入り口のデザインはフランスの建築家エクトル・ギマールHector Guimardが担当する。                                                     ④この年12月までの延べ乗客総数は約1,700万人であった。 
  • この年、フランス「印象派」の画家クロード・モネClaude Monet、『睡蓮の池、バラ色のハーモニーLe Bassin aux nymphéas、harmonie rose』(7区「オルセー美術館」)を描く。
19C末 
  • この頃から20世紀初め、ヨーロッパとアメリカに「アール・ヌーヴォーArt Nouveau」の芸術様式が広まる。                                               ①波状曲線や植物をモチーフとした装飾が特徴。                                                 ②フランスのガラス工芸家シャルル・マルタン・エミール・ガレCharles Martin Emile Galle、チェコの画家アルフォンス・ミュシャAlphonse Muchaやオーストリアの画家グスタフ・クリムトGustav Klimtらが有名。 
  • この頃、「世紀末fin de siècle」という思想の源流・世相がフランスを中心に広がる。 
  • この頃、「後期印象派」の画家(ポール・セザンヌPaul Cezanne、ポール・ゴーガンPaul Gauguin、フィンセント・ファン・ゴッホVincent van Gogh、アンリ・ド・トゥールーズ・ロートレックHenri de Toulouse-Lautrec)が活躍する。
20C初頭 
  • この頃、フランスで「フォヴィスムfauvisme(野獣派)」が起こる。                                        ①古典的な「アカデミー」に反対するマティスMatisse、ルオーRouaultら若手たちが起こした潮流。                                                    ②原色を多用し、単純化した形体を描く大胆な手法が特徴。 
  • この頃、フランスで、ピカソPicasso、ブラックBraqueなど、対象を幾何学的な点と線で再構成する描写法が画期的な「キュビスムcubisme(立体派)」が起こる。
1901 
  • この年、フランスで活躍したスペイン生まれの画家・彫刻家パブロ・ピカソPablo Picasso、「青の時代」の『自画像』(「青の時代」と呼ばれる、青のモノクロームで都会の貧しい人たちを描いた時期の作品)を描く。
1903 
  • 5月8日、重厚な線と強い色調、平面的な色彩の装飾的画風で知られる、フランス「後期印象派」画家ポール・ゴーガンPaul Gauguinが「フランス領ポリネシアPolynésie française」で死去する(1848-、54歳、晩年は原始的自然を求めタヒチTahitiで過ごす)。 
  • この年、フランスの彫刻家オーギュスト・ロダンAuguste Rodin、『考える人Le Penseur』(7区「ロダン美術館Musée Rodin」)を発表する。   ※ 1902年? 
  • この年、フランス初の個人美術館「ギュスターヴ・モロー美術館Musée national Gustave Moreau」(9区「14 rue de la Rochefoucauld」、初代館長ジョルジュ・ルオーGeorges Rouault)が公開される。 
  • 10月、フランスの美術展覧会「サロン・ドートンヌSalon d'automne(公募美術展)」(第1回)が開催される。                                             ①アンリ・マティスHenri Matisse、ジョルジュ・ルオーGeorges Rouault、ジュルダンJourdan、エドゥアール・ヴィヤールÉdouard Vuillard、アルベール・マルケAlbert Marquet、ピエール・ボナールPierre Bonnard、シャルル・カモアンCharles Camoin、フリエスFrieszらの参加によって開催される。                                                        ②「フォヴィスムfauvisme(野獣派)」が誕生した展覧会として知られている。 
  • この年、フランスの「印象派」画家オーギュスト・ルノワールAuguste Renoir、フランス南東部のカーニュ=シュル=メールCagnes-sur-Merに移り住む。 
  • 11月13日、フランス「印象派」の画家ジャコブ・カミーユ・ピサロJacob Camille Pissarro、パリで死去する(1830-)。
1904 
  • 9月23日、フランスのガラス工芸家シャルル・マルタン・エミール・ガレCharles Martin Emile Galleが死去する(1846-)。 
  • この年、フランスで活躍したスペイン生まれの画家・彫刻家パブロ・ピカソPablo Picasso、パリのモンマルトルMontmartre(18区)の「アトリエ」に入る。                                                                  ①この「アトリエ」は、のちにフランスの詩人・画家マックス・ジャコブMax Jacobによって「ル・バトー・ラヴォワールLe Bateau-Lavoir洗濯船」と名付けられる。                                                            ②パブロ・ピカソPablo Picassoはここに5年間住む。 
  • この年、日本の美術・芸術を広く欧米に紹介した美術商サミュエル・ビングSamuel Bing、「プロヴァンス通りRue de Provence」(9区)の「アール・ヌーヴォーの店Maison de l'Art Nouveau」を閉じて「サンジョルジュ通りRue St-Georges」(9区)に移転し、経営を息子に譲る。 
  • この年、フランス「印象派」の画家クロード・モネClaude Monet、『睡蓮』(「デンヴァー美術館」)を描く。
  • この年、私立学校として、現在の美術学校「アカデミー・ドゥ・ラ・グランド・ショミエールL'académie de la Grande Chaumière」(6区「グラン・ショミエール通りRue de la Grande Chaumière」)が創設される。                                  ①教授陣に彫刻家アントワーヌ・ブールデルAntoine Bourdelleや画家フェルナン・レジェFernand Légerがいる。                                                                     ➁芸術家イサム・ノグチIsamu Noguchiや、イタリアの画家・彫刻家アメデオ・クレメンテ・モディリアーニAmedeo Clemente Modigliani、画家菅井汲(1952年渡仏)らが学ぶ。
1905 
  • この年、パリの郊外セーヌ下流の「シャトゥー島Chatou(印象派の島L'Ile des Impressionnistes)」の「フルネーズ邸」(現在「Musée Fournaise」)が閉鎖される(1980年代に、町が放置されていた「邸」を買い入れ修復する)。 
  • この頃、フランス「素朴派」の画家アンリ・ルソーHenri Rousseauの『婚礼La Noce』(1区「オランジュリー美術館Musée de l'Orangerie」)が描かれる。
  • この年、フランスの「後期印象派」画家ポール・セザンヌPaul Cezanne、『大水浴Grandes baigneuses』(「フィラデルフィア美術館」)を描く。
  • この年、日本の美術・芸術を広く欧米に紹介した美術商サミュエル・ビングSamuel Bingが死去する(1838-)。
1906 
  • 10月22日(23日説も)、自然の形態を単独化して独自の画風を確立した、フランスの「後期印象派」画家ポール・セザンヌPaul Cezanneが死去する(1839-)。
1907 
  • この年、フランスで活躍したスペイン生まれの画家・彫刻家パブロ・ピカソPablo Picasso、イタリア出身のポーランドの詩人ギヨーム・アポリネールGuillaume Apollinaireの紹介でフランスの画家ジョルジュ・ブラックGeorges Braqueと知り合う。 
  • この年、フランスで活躍したスペイン生まれの画家・彫刻家パブロ・ピカソPablo Picassoの『アヴィニヨンの娘たちLes Demoiselles d'Avignon』(4区「国立近代美術館Musée National d'Art Moderne」)の発表で、「キュビスムcubisme(立体派)」の理論が生まれる。 
  • この年、「フォヴィスムfauvisme(野獣派)」の主導者アンリ・マティスHenri Matisse、『豪奢Le LuxeⅠ』(4区「国立近代美術館Musée National d'Art Moderne」)を描く。
1908 
  • この年から、フランスの彫刻家オーギュスト・ロダンAuguste Rodin、死去する1917年まで、18世紀の邸宅「ビロン館Hotel Biron」で過ごす(7区の「ロダン美術館Musée Rodin」)。 
  • この年、オーストリア帝国(現チェコ)生まれのグラフィックデザイナーアルフォンス・ミュシャAlphonse Mucha、パリを離れチェコに帰国する。
  • この頃から、フランス「印象派」の画家クロード・モネClaude Monet、視力の低下を自覚する。
1909 
  • この年、フランスを代表する彫刻家エミール・アントワーヌ・ブールデルEmile Antoine Bourdelle、『弓を引くヘラクレス』(15区「ブールデル美術館Musée Bourdelle」)を発表する。
1910 
  • この年、フランスのファッションデザイナーココ・シャネルCoco Chanel、パリの「カンボン通りRue Cambon」21番地(1区)に「シャネル・モードChanel Modes」という名で「帽子専門店」を開店する。
1911 
  • この年、フランスの「印象派」画家オーギュスト・ルノワールAuguste Renoir、『バラを飾るガブリエルGabrielle à la rose』(7区「オルセー美術館」)を描く。
  • この年、パリの「ルーヴル美術館Musée du Louvre」(1区)から『モナ・リザLa Joconde』が盗まれ、容疑者として一時パブロ・ピカソPablo Picassoが調べられる(2年後真犯人が捕まる)。
1912  
  • この年、フランスの画家モーリス・ユトリロMaurice Utrillo、『ラパン・アジルAu Lapin Agile』(4区「国立近代美術館Musée National d'Art Moderne」)を描く。
  • この年、フランス「印象派」の画家クロード・モネClaude Monet、白内障と診断される。
1913 
  • 6月、藤田嗣治(27歳)、3年の約束で単身フランスに留学する。パブロ・ピカソPablo PicassoのモンマルトルMontmartre(18区)の「アトリエatelier」を訪ね、「キュビスムCubisme」に強烈な印象を受ける。 
  • 10月、藤田嗣治、「ファルギエール通りR.Falguiere」(15区)のアパルトマン「シテ・ファルギエールCité Falguiere」(貸しアトリエ)で、イタリア出身の画家アメデオ・クレメンテ・モディリアーニAmedeo Clemente Modigliani、ロシア生まれの画家シャイム・スーティンChaïm Soutineらと暮らし始める。 
  • この年、フランスの画家で「キュビスムCubisme」の創始者の一人ジョルジュ・ブラックGorges Braque、『果物とトランプのある静物Compotier et cartes』(4区「国立近代美術館Musée National d'Art Moderne」)を発表する。
  • この年(か翌年)、フランスの「印象派」画家オーギュスト・ルノワールAuguste Renoir、『パリスの審判Le Jugement de Pâris』(「ひろしま美術館」)を描く。
1914 
  • この年、パリの「ルーヴル美術館Musée du Louvre」(1区)の「美術品」が安全確保のため、フランス南部のトゥールーズToulouse に運ばれる。 
  • この年、フランスを代表する彫刻家エミール・アントワーヌ・ブールデルEmile Antoine Bourdelle、『瀕死のケンタウロス』(15区「ブールデル美術館Musée Bourdelle」)を発表する。
1915 
  • この年、パリで活躍したスペイン生まれの画家ファン・グリスJuan Gris 、『朝食のあるテーブル』(4区「国立近代美術館」)を描く。
1916 
  • この年、フランスの画家で「印象派」の開拓者クロード・モネClaude Monet、『睡蓮、朝の柳』(1区「オランジュリー美術館」第2室)の制作に取り掛かる(1924年完成)。
  • この年、20世紀を代表するフランスのファッションデザイナーココ・シャネルCoco Chanel、オートクチュール・コレクションhautecouture collection(hautecoutureは「高級裁縫」の意)を発表する。
1917 
  • この年、フランスの画家で「印象派」の開拓者クロード・モネClaude Monet、『オンフルール港の船Bateaux dans le port de Honfleur』(16区「マルモッタン美術館Musée Marmottan Monet」)を描く。 
  • 9月27日、動的構図が特徴で、踊り子や洗濯女などを描いた、フランスの「印象派」画家エドガー・ドガEdgar Degasがパリで死去する(1834-)。 
  • 11月17日、近代彫刻の開拓者で、代表作『地獄の門Porte de l'Enfer』・『考える人Le Penseur』(『地獄の門』の中央上段にある像を大きくして別の作品として制作したもの)・『カレーの市民Les Bourgeois de Calais』など、人間の感情や内面的生命の躍動を表現した、フランスの彫刻家オーギュスト・ロダンAuguste Rodinが死去する(1840-)。
1918 
  • 4月、藤田嗣治、戦火を避けるため、アメデオ・クレメンテ・モディリアーニAmedeo Clemente Modigliani、シャイム・スーティンChaïm Soutineらと、南フランスのカーニュ=シュル=メールCagnes-sur-Merに行き、晩年のオーギュスト・ルノアールAuguste Renoirの「アトリエ」を訪ね感銘を受ける。
1919 
  • 12月3日、作品『湯浴みする女Les baigneuses』・『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏場Bal au Moulin de la Galette』(7区「オルセー美術館」)など、弾力のある筆致と甘美な色調が特徴で、「色の魔術師」と呼ばれたフランスの画家で「印象派」の巨匠オーギュスト・ルノワールAuguste Renoir が死去する(1841-)。
1920
  • この年、日本の洋画家児島虎次郎、日本から「サロン・ナショナル」に出品した『』(「パリ国立近代美術館」)がフランス国家買い上げとなり、「サロン・ナショナル」の正会員となる。
  • 10月、日本の洋画家児島虎次郎、斎藤豊作とともにジヴェルニーGivernyのクロード・モネClaude Monetのもとを訪問する。
  • 11月、日本の洋画家児島虎次郎、斎藤豊作・黒木三次とともにジヴェルニーGivernyのクロード・モネClaude Monetのもとを訪問し、『睡蓮』(30号、「大原美術館」)を2万フランで購入する。
1921
  • この年、日本の実業家で美術収集家の松方幸次郎クロード・モネClaude Monetのもとを訪問する。
1922 
  • この年、フランスの画家で「印象派」の開拓者クロード・モネClaude Monet、大装飾画『睡蓮、雲』(1区「オランジュリー美術館」第1室)の制作に取り掛かる(1927年公開される)。
  • この年、フランスで活躍したスイス生まれの建築家ル・コルビュジエLe Corbusier、「著作」の中で「住宅は住むための機械である」と述べる。
1923 
  • この年、フランスで活躍したスイス生まれの建築家ル・コルビュジエ、「ラ・ロシュ・ジャンヌレ邸Maisons(Villas)La Roche Jeanneret」(16区)を建造する。  ※ 1924年?
  • この年、画家藤田嗣治、パリで『タピスリーの裸婦』(「京都国立近代美術館」蔵)を発表する。                       ① 肌の色は「素晴らしき乳白色Grand Fond Blanc」と呼ばれ、以後藤田の代名詞となる。
1924 
  • この年、フランスの詩人・文学者アンドレ・ブルトンAndré Breton起草の「シュルレアリスム宣言Manifeste du surréalisme」により、「シュルレアリスムsurréalisme」が生まれる。                                                 ①機関誌「シュルレアリスム革命Révolution surréaliste」を創刊する。                                      ②スペインの画家サルバドール・ダリSalvador Dalíなど。
  • この年、画家藤田嗣治、パリで『舞踏会の前』(「大原美術館」蔵)を発表する。                              ①「狂乱の時代Les Années Folles」 と呼ばれた当時のパリの雰囲気をよく表している。
1925 
  • この年から翌年、「フォヴィスムFauvisme(野獣派)」のフランス画家アンリ・マティスHenri Matisse、『アラベスク』(4区「国立近代美術館Centre national d'art et de culture Georges-Pompidou」)を発表する。
1926 
  • この年、フランスで活躍したスイス生まれの建築家ル・コルビュジエLe Corbusier、「近代建築五原則(ピロティ、屋上庭園、自由な平面、横に長い窓、自由な立面)」を提唱する。 
  • 12月5日、フランスの画家で「印象派」の開拓者クロード・モネClaude Monet、パリの西北約70㎞にあるジヴェルニーGivernyで死去する(1840-、86歳)。                                                                 ①「色彩は光と共に変化する」という理論。                                                         ②代表作は、連作『睡蓮Nympheas』(1区「オランジュリー美術館Musée de l'Orangerie」)、『印象・日の出Impression, Soleil levant』(16区「マルモッタン美術館Musée Marmottan Monet」)など。                                     ③1883年から住んでいたジヴェルニーGivernyの家は、現在「クロード・モネの家と庭園Maison et Jardins de Claude Monet」として公開されている。 
  • この年、1910年にフランスからチェコに帰国していた68歳のアルフォンス・マリア・ミュシャAlfons Maria Mucha、大作『スラブ叙事詩Slovanská epopej』(現「ヴェレトルジュニー宮殿(プラハ国立美術館」)を完成させる。
1927 
  • 5月、パリ1区に「オランジュリー美術館Musée de l'Orangerie」が開館する。                                  ① フランスの画家で「印象派」の開拓者故クロード・モネClaude Monetの大装飾画『睡蓮、雲』(1区「オランジュリー美術館」第1室)が公開される。
  • この年、藤田嗣治、パリの「モンスーリ公園Parc Montsouris」(14区)近くの「家」に移る。
1928 
  • この年、1926年に完成していたアルフォンス・ミュシャの大作『スラブ叙事詩Slovanská epopej』が、チェコスロヴァキアがオーストリア=ハンガリー帝国から独立した1918年から数えて10周年記念として、新築された「ヴェレトルジュニー宮殿」で公開される(現「ヴェレトルジュニー宮殿(プラハ国立美術館)」。
1929 
  • 8月、藤田嗣治、17年ぶりに日本に帰国する(翌年パリに戻り、33年にも帰国)。
1931 
  • この年、フランスで活躍したスイス生まれの建築家ル・コルビュジエLe Corbusierの代表作「サヴォワ邸Villa Savoye」がパリ北西郊外のポワッシーpoissyに建てられる。
1934 
  • この年、パリの「マルモッタン・モネ美術館Musée Marmottan Monet」(16区「2 rue Louis-Boilly」)が開館する。
1935 
  • この年、20世紀初頭の大金融業者モワーズ・ド・カモンド伯爵Moise de Camondが、「第1次世界大戦La Premiere Guerre mondiale」で戦死した息子ニシムNissimを追悼するため、パリの自邸と全てのコレクションを「装飾芸術協会Les Arts Decoratifs」に寄贈する(現在8区の「ニシム・ド・カモンド美術館Musée Nissim de Camondo」)。
  • 8月15日、フランスの画家ジョルジュ・スーラGeorges Seuratと並ぶ、「新印象派」の代表的画家ポール・ヴィクトール・ジュール・シニャックPaul Victor Jules Signacが敗血症で死去する(1863-、20区「ペール・ラシェーズ墓地Cimetière du Père-Lachaise」に埋葬される)。
1936 
  • この年、パリに1878年建造された「トロカデロ宮Palais Trocadero」が取り壊され、その跡にレオン・アゼマLéon Azéma、ルイ=イポリット・ボワローLouis-Hippolyte Boileau、ジャック・カルリュJacques Carluの設計による「シャイヨー宮Palais de Chaillot」(16区)が、翌年の「第7回パリ万国博覧会(芸術と技術の博覧会)」のパヴィヨンPavillonとして建設される。
1937 
  • 4月30日、パリに滞在し、「パリ万博」「スペイン館」の壁画制作を依頼されていたパブロ・ピカソPablo Picasso、この日朝、「仏紙」で祖国の悲報を知り、翌日から『ゲルニカGuernica』の制作に取りかかる。 
  • 5月24日、「第7回パリ万国博覧会芸術と技術の博覧会)」が開催される。                                   ①パヴィヨンPavillonとして16区に「シャイヨー宮Palais de Chaillot」(現在「人類博物館Musée de l'Homme」・「国立海洋博物館Musée national de la Marine」・「建築・文化財博物館Cite de l`architecture & du patrimoine」がある)、「パレ・ド・トーキョーPalais de Tokyo」(現「パリ市立近代美術館Musée d'Art Moderne de la Ville de Paris」)が建設される。                                               ②「スペイン共和国パヴィヨンPavillon」には、パブロ・ピカソPablo Picassoの『ゲルニカGuernica』(「ソフィア王妃芸術センター」)が展示される(スペイン内乱時にドイツが行ったスペインへの無差別爆撃に対する怒り)。 ③フランスの「印象派」画家ラウル・デュフィRaoul Dufy、「第7回パリ万国博覧会(芸術と技術の博覧会」の「電気館」を飾るため、「パリ電気供給会社」から依頼を受けて「電気の精La Fee Electricite」と呼ばれる壁画を描く(縦10メートル、横60メートルの大作で16区「パリ市立近代美術館Musée d'art moderne de la Ville de Paris」に常設展示されている)。
1939 
  • 4月、画家・彫刻家の藤田嗣治、三度目の渡仏。 
  • この年、「パリ・オルレアン鉄道Compagnie du Chemin de fer de Paris à Orléans」(前年、国有化で「フランス国有鉄道Société Nationale des Chemins de fer Français, SNCF」となった)の終着駅「オルセー駅Gare d'Orsay」(7区)が、ホームの長さ不足から長距離列車の起点が「オステルリッツ駅」に戻され、地上部分の駅施設も使われなくなる。 
  • この年、20世紀を代表するファッションデザイナーココ・シャネルCoco Chanel、戦前では最後の「コレクションcollection」を発表する。
1942 
  • 5月20日、アール・ヌーヴォーArt Nouveauを代表する建築家エクトル・ギマールHector Guimard、ニューヨークで死去する(1867-)。
1947 
  • 6月、「パリ市立近代美術館Musée d'Art Moderne de la Ville de Paris」(16区「パレ・ド・トーキョーPalais de Tokyo」の東棟)が開館する。
1948 
  • 9月、フランスの美術展覧会「サロン・ドートンヌSalon d'automne(公募美術展)」にフランスの画家アンドレ・フージュロンAndre Fougeronの『市場のパリ女性』が展示される。 ※ 1940年?
1950 
  • 2月、画家・彫刻家の藤田嗣治、パリの「サン・ラザール駅Gare St-Lazare」(8区)に到着する。 
  • この年、フランスで活躍したスイス生まれの建築家ル・コルビュジエLe Corbusier、フランス東部フランシュ・コンテ地方Franche-ComtéのロンシャンRonchampにある礼拝堂「ロンシャン礼拝堂La Chapelle de Ronchamp」の設計を担当する(1955年竣工)。
1951
  • 8月24日、フランスの「ポスト印象派」の画家アンリ・リヴィエールHenri Rivièreが死去する(1864-、87歳)。              ① 葛飾北斎の『富嶽三十六景』に触発されて描いた『エッフェル塔三十六景』が代表作(エッフェル塔を中心とし、パリの街並み、自然の景色、庶民の生活を浮世絵の手法で描く)。
1954 
  • 11月3日、フランスの画家ポール・セザンヌPaul Cezanneの強い影響を受け、原色を強調した独自の画風を追求した、フランスの画家アンリ・マティスHenri Matisseが死去する(1869-)。主な作品に『赤のハーモニー赤い部屋)La Dessert rouge 』(「エルミタージュ美術館」)などがある。
1955 
  • 2月、画家・彫刻家の藤田嗣治、「フランス国籍」を取得する(5月、「日本国籍」を抹消)。 
  • この年、フランスで活躍したスイス生まれの建築家ル・コルビュジエLe Corbusierが設計した、フランス東部フランシュ・コンテ地方Franche-ComtéのロンシャンRonchampにある礼拝堂「ロンシャン礼拝堂La Chapelle de Ronchamp」が竣工する。
1956 
  • 6月8日、フランスの女性画家・彫刻家マリー・ローランサンMarie Laurencinがパリで死去する(1883ー)。
1958 
  • 2月13日、フランスの画家アンリ・マティスHenri Matisseらとともに「フォヴィスムfauvisme(野獣派)」を形成し、激しい色彩を黒の輪郭で囲む手法で、深い宗教性を漂わせた作品を残した、フランスの画家ジョルジュ・ルオーGeorges Rouaultが死去する(1871-)。
1959 
  • 4月、この年、東京上野に、フランス政府から寄贈返還された「松方コレクション(「印象派」の絵画およびロダンの彫刻を中心とするフランス美術コレクション)」を展示の中心とする、フランスの建築家ル・コルビュジエLe Corbusierの設計による「国立西洋美術館」が完成する。 
  • 10月、画家・彫刻家の藤田嗣治、フランス北東部ランスReimsの「ランス・ノートルダム大聖堂Cathédrale Notre-Dame de Reims」でカトリックの洗礼を受け、「レオナール・フジタLéonard Foujita」と改名する。
1961 
  • この年、レオナール・フジタLeonard Foujita(藤田嗣治)、パリ南西郊外のヴィリエ・ル・バクルVilliers-le-bacleに隠棲する。
1963 
  • 8月31日、洗練された画風で、パブロ・ピカソPablo Picassoと並び称されるフランスの画家ジョルジュ・ブラックGeorges Braqueが死去する(1882-、「フォヴィスムFauvisme(野獣派)」に加わり、「キュビスムCubisme」を創始。晩年は「リアリスムrealism」に戻る)。 
  • 10月11日、フランスの芸術家ジャン・コクトーJean Cocteauが死去する(1889-)。
1964 
  • この年、ロシア出身のフランスの画家マルク・シャガールMarc Chagall、「パレ・ガルニエPalais Garnier」(9区)の天井画(「夢の花束」)を手がける。
1965 
  • この年、画家・彫刻家のレオナール・フジタLeonard Foujita(藤田嗣治)、フランス北部のランスReimsに「ノートルダム・ド・ラ・ペ平和の聖母礼拝堂Chapelle Notre dame de la Paix(Chapelle FUJITA)」の建設を決意する。
1966 
  • 8月、画家・彫刻家のレオナール・フジタLeonard Foujita(藤田嗣治)、フランス北部のランスReimsの「ノートルダム・ド・ラ・ペ平和の聖母礼拝堂Chapelle Notre dame de la Paix(Chapelle FUJITA)」の「フレスコ画」を完成させ、10月に除幕式が行われる。 
  • 12月、画家・彫刻家のレオナール・フジタLeonard Foujita(藤田嗣治)、パリの病院に癌で入院する。
1968 
  • 1月29日、画家・彫刻家のレオナール・フジタLeonard Foujita(藤田嗣治)、スイスの「チューリヒ州立病院」で死去する(1886-、81歳)。 
  • 10月2日、同時性・偶然性に依拠した「ダダイスム・シュルレアリスムDadaisme・Surrealisme」を推進した、フランスの芸術家マルセル・デュシャンMarcel Duchampが死去する(1887-)。
1970 
  • この年、かつてアンリ・マティスHenri Matisse、エドガー・ドガEdgar Degas、アメデオ・クレメンテ・モディリアーニAmedeo Clemente Modigliani、ギヨーム・アポリネールGuillaume Apollinaireらが暮らしていた木造アパートの共同アトリエ「ル・バトー・ラヴォワールLe Bateau-Lavoir(洗濯船)」(18区、「名付け親」はフランスの詩人・画家マックス・ジャコブMax Jacob)が焼失する。
1973 
  • 4月8日、フランスの画家ジョルジュ・ブラックGeorges Braqueらと「キュビスム運動Cubisme」を起こし、「シュルレアリスムSurrealisme」にも接近した、スペイン生まれの画家パブロ・ピカソPablo Picasso、フランスの南部ニースNiceの近く、ムージャンMoujinsの自宅で死去する(1881-、91歳)。
1977 
  • 1月31日、建築家リチャード・ロジャースRichard George Rogers(英)と、「関西国際空港」も手がけたレンゾ・ピアノRenzo Piano(伊)が設計した「ポンピドゥー芸術文化センターCentre National d'Art et de Culture Georges Pompidou」(4区)が完成する。
1980 
  • この年、パリの北西ジヴェルニーGivernyにある「クロード・モネの家と庭園La Maison et des Jardins de Claude Monet」が一般公開される。
1983 
  • この年、「イゴール・ストラヴィンスキー広場Place Igor Stravinsky」(4区「ポンピドゥー芸術文化センターCentre National d'Art et de Culture Georges Pompidou」の南隣)の「噴水とオブジェ(ストラヴィンスキーの噴水Fontaine Stravinsky)」が、スイス出身の彫刻家・デザイナージャン・タングリJean Tinguelyとフランスの女流歌手・画家・彫刻家ニキ・ド・サン=ファルNiki de Saint Phalleの共同作業により完成する。
1986 
  • 12月、パリの「オルセー駅Gare d'Orsay」を改造した「オルセー美術館Musée d'Orsay」(7区)が開館する(正門前のゾウとサイのブロンズ像は、以前16区の「トロカデロ宮Palais du Trocadero」の噴水脇に置かれていたもの)。
  • この年、パリの「パレ・ロワイヤルPalais Royal」(1区)の中庭に、「文化省」の依頼を受けた現代美術家ダニエル・ビュランDaniel Burenにより、『ビュランの円柱Colonnes Buren(作品名はLes deux plateaux)』が制作される。歴史的建造物の中に現代アートを置くことの可否について、激しい論争となる。 
  • この年、アフリカ美術専門の「ダッペール美術館Musée Dapper」(16区「35 bis rue Paul Valery」) が開館する。
1989 
  • 3月、パリの「ルーヴル美術館Musée du Louvre」(1区)に「ガラスのピラミッドPyramide du Louvre」が完成する(中国系のアメリカ人建築家イヨー・ミン・ペイIeoh Ming Peiが「ルーヴル改造計画Grand Louvre」を担当)。
  • 4月1日、パリの「ルーヴル美術館Musée du Louvre」(1区)の「ガラスのピラミッドPyramide du Louvre」が一般公開される。 
  • 7月13日、「フランス革命200年祭」前夜祭のこの日、「バスティーユ広場Place de la Bastille」(4,11,12区)の東側にあった郊外線「バスティーユ駅Gare de la Bastille」の跡地に「14代目の新オペラ座(オペラ・バスティーユOpera Bastille)」(12区)が竣工する。 
  • 7月14日、「フランス革命200年祭」が行われる。 
  • 7月18日、パリの西方「ラ・デファンスLa Defense」に、「国際会議場」を持つ「ラ・グランド・アルシュLa Grande Arche(「大きな箱船」、新凱旋門)」が建設される。                                                             ①高さと奥行き110m、幅106m。                                                          ②設計はデンマーク人のオットー・フォン・スプレッケルセンOtto von Spreckelsen。 
  • この年、ポール・シェメトフPaul Chemetov設計の「フランス大蔵省Min. de l'Economie, des Finances et de l'Industrie」が「ルーヴル宮Palais du Louvre」(北側翼、1区)からパリ東南地区ベルシーBercy(12区)に移る。
  • この年、パリの「カルナヴァレ博物館Musée Carnavalet(パリ歴史博物館Musée de l'Histoire de Paris)(カルナヴァレ館Hotel Carnavalet)」(3区)に、別館の「プルティエ・ド・サン=ファルジョー館Hotel Peletier de Saint-Fargeau」(1688年建造)が増設される。
1990 
  • この年、「新オペラ座オペラ・バスティーユOpera Bastille)」(12区)が開場する。
1991 
  • この年、発掘調査で「ルーヴル宮の城砦」(1区「ルーヴル美術館」の地下)が発見される。
1994 
  • この年、パリに「企画展」専門の現代美術館である『カルティエ財団現代美術館Fondation Cartier pour L'art contemporain』(14区「261 Bd Raspail」)がオープンする。
1996 
  • 12月20日、「旧館」から膨大な蔵書異動が完了して、「フランス国立図書館Bibliotheque Nationale」(13区)が一般公開される(完成は1994年)。 
  • この年、パリ市の協力を受け、18世紀初めに建てられた貴族の邸宅(「エノー・ド・カントルブ館Hôtel Hainaut de Canteloube」)に「ヨーロッパ写真美術館Maison Europeenne de la Photographie」(4区「5-7 rue de Fourcy」)がオープンする。
1997 
  • この年、リトグラフィーlithographie(石版印刷)の刷り師の第一人者フェルナン・ムルローFernand Mourlotのパリの版画工房「ムルロー工房Mourlot」(1976年入居)とその機械を受け継ぎ、リトグラフィーlithographie工房「イデム・パリIdem Paris」(14区「49 rue de Montparnasse」)が創業する。
2000 
  • この年、2年間閉鎖されていた「ポンピドゥー芸術文化センターCentre National d'Art et de Culture Georges Pompidou」(4区)がリニューアルオープンする。 
  • この年、クラール・キトClaire Kitoの協力を得て、芸術家フレデリック・バロンFrederic Baron作の「ジュテームの壁Le mur des je t'aime」(18区)が出現する(メトロ「アベス駅Abbesses」付近)。
2005 
  • この年、ミラノ生まれの銀行家アンリ・チェルヌスキHenri Cermuschiのコレクションを集めた市営の「チェルヌスキ美術館Musée Cermuschi」(8区、7 avenue Velasquez )が「改装」される。 
  • この年、パリ郊外のヴァル=ド=マルヌ県Val-de-Marneに「MAC/VALヴァル=ド=マルヌ県立現代美術館)Musée d'art contemporain du Val-de-Marne」が開館する。
2006 
  • 6月、パリの「ケ・ブランリーQuai branly(ブランリー河岸)」に「ケ・ブランリー美術館Musée du Quai branly」(7区)がオープンする(「ヴァンセンヌの森Bois de Vincennes」の近くにあった「アフリカ・オセアニア美術館」は閉鎖される)。 
  • 9月、パリの「装飾芸術美術館Musée des Arts」(1区)が10年の改装工事を経てリニューアルオープンする。
2007 
  • 9月、パリの「シャイヨー宮Palais de chaillot」(16区)内に「建築・文化財博物館Cité de l'Architecture et du Patrimoine」がオープンする。
2011 
  • この年、「オルセー美術館Musée d'Orsay」(7区)上階がリニューアルオープンする。
2014 
  • 10月28日、改修工事が行われていたパリの北マレ地区にある「ピカソ美術館Musée Picacco」(3区)が一般公開を再開する。17世紀に建てられた「サレ館Hotel Sale(塩の館)」に設けられ、同時期に、大蔵卿ニコラ・フーケNicolas Fouquetによって建てられた「ヴォー・ル・ヴィコント城Château de Vaux-le-Vicomte」と並び称されるほど、豪奢な建物で、「ガベルgabelle(塩税)」の収税吏だったピエール・オベールPierre Aubertが建てたもの。

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