楽天市場
[無料でホームページを作成] [通報・削除依頼]

NOVEL

剣の国の黒猫
41) 頼んだぞ、フェイ将軍

「頼んだぞ、フェイ将軍」
「フェ、フェイ将軍!?」

 フェイが裏返った声で狼狽すると、後ろで事の成り行きを見守っていたエルカは顔を伏せて口元を抑えた。
 小刻みに肩が震えている。笑っているのだ。
 その笑いがルナやコノハ伝染し、「弱そ……うくっ」と噴出しそうなのをこらえて顔を背ける。
 しかし、当の本人に笑う余裕などみじんも無い。

「ちょ、ちょっと待てよ! まさかこんなのが褒美か?」
「そうだ。将軍の位は九公爵よりも上、これ以上の褒美はあるまいて。ふぉっほっほっ」
「なにがふぉほっほだ! 俺がどれだけこの褒美を楽しみにしてたのに、なんでそれが何で将軍なんだよ! だいたい俺は下級貴族どころか天下御免の自由業だぞ! それが将軍なんかになれるわけ無いだろうがっ!」
「いやいや、ゴリネルめの将軍位剥奪処分は既に終わり、あとは余が任命すればお前は晴れて将軍じゃ」
「ふっ、ふざけんなっ! 俺じゃなくても、他にいくらでもいるだろうが!」
「いいや、リア=フェイロン。お前でなくてはならんのだ。アイオール、例の手紙を」

 王が虚空に向かって呼ぶと、どこからともなくアイオールが現れ、手紙を王に差し出した。
 手紙を受け取った王は、フェイに差し出しながら顔を曇らせる。

「これは昨日、ゴルゴンから送り付けられた手紙だ。裏切り者のナラド=ガラムディンとリア=フェイロンの首を差し出さねば、無差別の殺戮と略奪を実行に移すらしい」
「なっ!」

 フェイは信じたくないと一歩下がる。オルフェルたちがこんな事をするなんて、にわかには信じがたかったのだ。
 玉座の間にあった和やかな雰囲気は一気に冷め、皆が一様に緊張した面持ちへと変わった。
 ゴルゴンの要求を王が飲むとは思えなかったが、それはつまり、無差別な殺戮と略奪が始まることを意味する。
 皆の視線を受けた王は、抜き身の剣を持ったまま顔を歪めて告げる。

「むろん、賊に屈するなどシュバート国の本意ではない。だからと言って無視するわけにもいかぬ。奴らはやると言ったらやるのだ。我々に残された道は、一刻も早くゴルゴンを殲滅し果たす以外にない――ここまでは良いか?」

 これにはフェイも頷かざるを得なかった。
 むしろ大人しくフェイの首を渡すという回答だってあったのだ。そんなの冗談ではないが、多くの命と引き換えだと言われたら、きっと押し切られていたことだろう。
 グロスター王は皆が頷くのを見渡した後、フェイをまっすぐに見つめた。

「だが、ゴリネルの将軍位を剥奪した今、シュバート国の正規軍を動かせる人間がおらぬ。早急に次の将軍を決めねばならないのだ。しかし、余に信頼できる人間の心当たりが無い」

 王の顔が苦渋に歪む。
 フェイは威厳の陰に隠れたその弱々しい王の表情に驚いた。
 王ならばだれでも命令を聞くはずだと思っていたのだ。だが、実際はゴリネルのような私益を優先するやからが後を絶たないのだろう。

「ゴリネルを任命したのは余だ。二度とあのような者を任ずるわけにはいかん……そう分かっていながら、余は誰も信用できていないことに気付いたのだ。しかし……」

 王は振り返って、玉座の脇にちょこんと立っているエドガーを見て微笑んだ。

「そんな中、このエドガーが進言したのだ。リア=フェイロンは優秀で、かつ信頼に足る人物だとな」

 フェイは殺気を込めて王子を睨んだ。しかし、王子は悪びれも無く――いや、何を勘違いしたのか、むしろ照れたように頬を染めてはにかむ。
 やはりエドガー王子はセラと同類の天然だったようだ。

「余も初めは迷った。よく知りもしない者を将軍にするなど、危険ではないのかとな。しかし、考えてみればゴルゴンは貴公の首を渡せと指名している。つまりは貴公が裏切れるはずもない。いや、むしろゴルゴンが最も恐れている人物――それが貴公なのだ」

 王はフェイに詰め寄り、その肩をガッシと掴む。
 骨ばった蒼白い手なのに、かなり痛い。

「さらに聞けば、貴公は砂漠の民から協力を受ける約束を得ていると言うではないか! これ以上将軍に適任な者がこのシュバート国にいようか? 否! 断じておらぬ!」

 眼前で王の口調がヒートアップし、その力強い言葉につい頷きそうになったフェイは慌てて首を振った。

――まずい! 何か反論をしなくては流される!

 ぎりりと肩を締め付ける手をやんわりと外しながら、フェイは頭を必死でフル回転させる。

「で、でも、ほら、あそこにいるガラムさんは、俺よりずっと強いし、風格も年齢的にも――」
「だめだ。あの者はラドクリフ公爵に剣を捧げておる。王とて、いや、剣の王だからこそ、そのような者を将軍には出来んのだ。だが、お前はまだセシリア公女に剣を捧げたわけではないのだろう?」
「なっ、んなわけあるかよ!」
「そうかそうか! それはよかった。ならば何も問題ないな」
「んがっ――」

 フェイは必死で逃れる術を探そうとするが、焦って何も浮かんでこない。
 そんなフェイの目をグロスター王はゆっくりと覗き込み、小さな声でささやく。

「リア=フェイロン、余は近々退位を考えておる。先日、そこにおるセシリア公女を見て悟ったのだ。この国には新しい力が必要だ、とな」

 王はフェイの両手を包むと、視線を同じ位置まで下げ、まるで懇願するように言った。

「だが、エドガーはまだ幼く未熟だ。貴公に、エドガーを助けて欲しいのだ」
「でも、俺以外にも――」
「これほど言ってもまだ分からんかっ!」

 フェイがあくまで首を縦に振らないのを見て、王は立ち上がり声を荒げる。

「いいか、貴公でなくてはもう駄目なのだ! この国がリア=フェイロンと言う名の剣を求めておるのだ! さあ来い! そして、とくと見よ!」

 王はフェイの腕をむんずと掴み、そのまま嫌がる子供を引きずる親のように玉座の間を出ていく。
 事態を呆然と見ていた一同も、慌ててその後を追って部屋をわらわらと飛び出して行った。

 連れて行かれた先はとある大広間だ。
 部屋は冗談のように広く、天井も高い。そして、その部屋の奥一面に巨大な扉があった。
 城に入った場所とは正反対にある扉なので、おそらく裏口のようなものだろう。

 パンパンッ

 王が小気味良く手を打つと、左右に控えていた侍従官たちが一斉にロープを引いていく。
 すると、奥の重厚な扉がゆっくりと左右に割れ、その向こうに巨大な庭園が広がっているのが見えた。
 そして、その庭園を何かが埋め尽くしている。

「うお……なんだこの、人の数は」

 そう、人だった。
 深夜だというのに、城の庭園に数え切れぬほどの人々が押しかけていたのだ。
 人々は手に手に松明を持ち、その光の織り成す絨毯(じゅうたん)が、扉の前に広がる扇状の階段から遠くに見える巨大な裏門まで、ぎっしりと埋め尽くしている。
 その万を超える群集が、フェイの姿を見た瞬間――爆発した。

 城をも揺るがす大歓声。
 隣で王が何かを叫ぶが、全く聞こえない。
 やがて、無秩序だった歓声は、勢いをそのままにある言葉に収束する。

「「フェイ将軍、万歳! 黒猫将軍、万歳!」」
「っざけんなこらあああっ!」

 フェイは力の限り叫び返したが、圧倒的な火力を前にその叫びは文字通り掻き消された。

――悪夢だ

 フェイががっくりと膝を落とすと、王は合図を送り扉を閉めさせる。
 そして、部屋に静寂が戻るや王は嬉しそうにフェイの肩に手を置いた。

「これで分かったな、フェイ将軍」
「分かるか! このバカ騒ぎはいったい何だよっ!」
「貴公の噂が民の間で爆発的に広まっておっておるのだよ。将軍に就任するという噂もどこからか漏れてな、一刻も早く新しい将軍を見せろとこうやって騒いでおるのだ」
「噂って、まさか……王子を救出した事もか?」

 フェイが恐る恐る尋ねると王は当然とばかりに頷き、次いでとんでもないことを口にした。

「特に貴公とセシリア公女の恋物語が人気の的でのう。町の女たちも吟遊詩人にこぞって話をせがんでおる。今や貴公たちの事はラマでも知っておるぞ」

 フェイは「ぎゃああ」と悲鳴をあげ、その場に丸くなって現実を拒否する。

「そう悲観するでない。貴公は王都の民が失っていた活気を取り戻したのだ。貴公は、この国の希望なのだよ」
「うるせえ、いい話でまとめようとするな……」

 この国の希望と言われた男は、絶望の眼差しで真っ白な床を見つめ、悪夢にうなされるように頭を抱えていた。

「お、俺は何もしてねえ……俺はただ、生きるために仕方なくやっただけで……」
「世界はそうは思わん。そしてゴルゴンの連中もだ。頼む、将軍位を受けてくれ、そしてエドガーを頼む!」
「……嫌だ! 絶対嫌だ! 俺は断固拒否するぞっ!」

 フェイはむくりと起き上がると、涙混じりに王に向って言い放つ。

――権力がなんだ! これ以上、俺の日常を脅かされてたまるか!

 その強い視線に、王は深々とため息を吐いた。

「ならば、止むを得ん。ゴルゴンに貴公の首を差し出しかないか」
「今度は脅しかよっ!」
「本当に止むを得んのだよ。ゴルゴンはやると言った事は必ず実行に移してきた。悔しいが貴公の首を差し出し、時間を稼がねばならん」
「なっ……だけど」

 フェイは迷う。
 あの多くの民の命を守り、全国民の思いを背負う事などできるだろうか?
 そして軍の人々に命じ、盗賊とは言え人の命を奪わなくてはならない。そうなったら、もうエルカーナには帰れなくなる。あの幸せな日々は二度と戻らないのだ。
 頷けば恐ろしい未来が待っている。しかし、頷かねば未来は無い。

――くそっ! なんでこうなるんだよ!

 フェイが頭を抱えて悩んでいる間に、侍従官の一人が王に近寄り耳打ちをする。
 王の顔色が見るからに変わった。

「皆のもの、心して聞け! たった今、ゴルゴンがゼクス領に向けて進攻を開始しているとの報が入った! その数、およそ五千――」

 その場に衝撃が走った。フェイはフラフラとする頭で叫ぶ。

「嘘だ! 俺を将軍にしたいための嘘だろ!」
「嘘などではないっ! 砂漠の長からの報告なのだ!」

 グロスター王の剣幕にフェイは一歩後ずさった。
 すると、背中に何か硬いものが触れ、次の瞬間グイと胸倉を捕まれる。
 視線を向けると、そこに憤怒の領主がいた。

「リア=フェイロン。先日結婚したアルター=クロフォードは、お前の友人だったな?」
「あ、ああ」
「ゼクス領の衛視は五百足らず、1日と経たずに全滅するだろう。つまり真っ先に死ぬのは、貴様の友だ。さあ、貴様はどうする?」
「――お、俺はっ!」

 エルカがフェイの肩に手を置いた。

「フェイ、お前が将軍になると言うなら、私も付き合おう。補佐官としてな」

 コノハがいつもの真っ直ぐな目で、フェイを見つめる。

「あたしも一緒にいるから、だから一緒に、クロフたちを助けよう?」

 ルナが両手を組み、祈るようにフェイに願う。

「お願いフェイ。教会を、町の皆を――助けて」

 下を見れば、セラが心配そうな目で見上げていた。

「フェイ……きっとフェイなら、できる」

――独りじゃなかった

 夢の中で迷子になった黒猫を包んでくれた暖かな手は、一人の手ではなかったのだ。
 どれだけ遠くに行っても迎えてくれる暖かい手は、こんなにもたくさんあったのだ。
 たとえ体中が血で汚れてしまっても、きっと抱きしめてくれる。

「やるよ……将軍ってのをやってやるよ! 失敗しても文句言うなよ!」

 フェイの不遜な物言いに、王は満足した笑みを浮かべ頷いた。

「ダンプが砂漠から回収してある。車両を付け足せばゴルゴンに対抗できる数の兵も運べるだろう。さあ、軍に出陣を告げよ!」

 王が手を叩くと侍従官がロープを引き、巨大な扉が再び開かれる。
 そして、割れんばかりの歓声が響く。
 軍はともかく、広場に詰め掛けた人々ですら誰も帰っていなかったのだ。
 これだけの期待が、自分にかかってしまったのだ。

「静まれ!」

 王が両手を広げると、歓声は水を打つように静まる。
 両脇に灯されたかがり火に照らされ、その姿は神々しくすらあった。

「ゴルゴンが大挙し、ゼクス領に進攻を開始したとの報が入った」

 うねりのようなどよめきが、手前から奥へと広がっていく。

「もはや一刻の猶予も無い。ゴルゴンを討伐せねばならんのだ! さあ、新しき将軍よ、前に出よ!」

 王の声に津波のような歓声が沸きあがった。
 フェイは王に譲られた場所に、ゆっくりと導かれ、人々の見つめる中心に立つ。

 コツン

 肩を叩く硬い感触に振り返ると、エルカが剣の柄を差し出していた。王から賜ったばかりのバスタードソードだ。
 エルカの顔にはニヒルな笑みが張り付き、その表情はフェイに語っていた。
 将軍らしく、これを抜けと。

 キンッ

 鞘から剣を抜き放ち天空に静かに掲げると、広場は再び静寂に包まれた。
 あれだけの歓声を上げていたエネルギーは、今、この剣一本で塞き止められ、決壊する出口を探しているのだ。
 熱気とも狂気とも感じられる空気を全身に受け、フェイはぶるりと総毛立った。

――しっかりしろ! クロフ達が助けを待ってるんだ!

 フェイは覚悟を決めると、大きく息を吸い込んだ。

「剣の民よ! 俺がリア=フェイロンだ!」

 リア=フェイロン、オルフェルがくれた大切な名前だった。
 そのオルフェルと再び戦わなくてはならない。
 取り返しのつかない結末に、後悔するかもしれない。
 しかし、もう決めたのだ。

「大切なものを守るため、この剣を取った!」

 フェイは剣を人の群れの中点に向け、突いた。

「皆に問う、守るべきものがあるか?」

 一瞬の沈黙――そして次々と肯定の返事がある。
 そうだ、誰にだって守るべきものはあるのだ。

「なれば、我が剣に続け!」

 フェイのその一言に、広場に溜まっていた熱気は終に決壊を起こす。
 その夜、地割れのような歓声が、王都の隅々にまで響き渡った。




「クラー参謀、合図の狼煙があがりました。王都で軍が動いたようです」

 伝令の報告に、クラーは持っていた短剣を近くの木の幹に深々と突きたてた。

「やはり、愚かなる剣の民は従わぬか……情報通り、将軍はリア=フェイロンになったのか?」
「狼煙は二本です。おそらくは」
「忌々しい。こちらの進軍状況はどうなっている?」
「明け方に先方部隊がゼクスの外壁へ着くと思われます」
「そうか……王都からは獣騎で急いでも半日はかかる。それだけの時間あれば十分かたがつくだろう。リア=フェイロンなど気にせず、到着次第ゼクスに侵略しろ!」
「はっ。ですが、もし軍が到着してしまったら――」
「安心しろ、ウィシャ団長も来ている。アレが暴れてしまえば、軍にも何もできまい。その間に撤退すれば良いだけの事――いいか、略奪したものは全て思うがまま。破壊し、焼き尽くせ!」

 伝令が去ると、クラーは立ち上がり、誰も伴わずに後方にある馬車へと向った。
 獣騎が2頭も付いているその馬車には、入念に覆いが掛けられている。

「調子はどうだ? ウィシャ」

 馬車の覆いをめくり、その隙間からランプを掲げる。
 そこにいたのは頑丈な鎖に繋がれ、涎を垂らしつづけている一人の男だ。
 長く伸びきった黒い髪に隠れているのは、知性の光の無い瞳。鍛え上げられた巨躯は爪で引っ掻いたような傷がびっしりとついている。あからさまな自傷のあとである。

「ひっ……秘薬を……をおおおおっ!」

 それは飢えた野獣のような叫びであった。
 クラーが懐から紙包みを取り出すと、男はガチャガチャと鎖を鳴らし興奮を表す。

「ウィシャ団長。ようやくあなたの活躍の場が来ましたよ。好きなだけ、殺戮に酔いなさい」




ご感想は↑こちらから
誤字報告も助かります


アルファポリスに投票




NNRに投票


アクセス数
ページビュー数