NOVEL
剣の国の黒猫
40) それは不思議な夢だった
それは不思議な夢だった。
フェイは猫――しかもご丁寧に黒猫になって野原を駆け回っていたのだ。
青く果てしなく広大な野原に立ち、全身を使ってグングンとスピード上げる。目まぐるしく変わる景色にすっかり有頂天になり、何も考えずひたすらに前へと走り続けた。
どれほど走っても全く疲れないのをいい事に、山を駆け、川を跳び、砂漠を越え――最後に木々がうっそうと生い茂る森に飛び込んだ。
視界が急に暗くなる。
太陽は姿を隠し、森の影に影に混じった黒猫は、ずいぶんと小さな存在になったように思えた。すると心にも影が落ちたように不安が膨らみ、同時に足も鉛のように重くなる。
たちまちフェイは減速し、やがて立ち止まってしまった。
ギャアギャア
森のどこからか野鳥の叫び声が響く。
ビクリと体を震わせて周囲を見回すと、背後から灰色の鳥たちが群れをなして飛んできた。
鳥たちは器用に木々をすり抜け一直線にフェイに近づくと、鋭いくちばしで背中をゴツゴツと突付きまわす。
これはたまらないと、フェイは夢中で逃げ出した。
――もう安心、かな
いつしか鳥の声は聞こえなくなったので、フェイはゆっくりと振り返る。
確かに鳥たちはすっかり影を潜めたが、代わりに濃密な森が周りをグルリと囲んでいた。
フェイの胸で不安が一気に膨らむ。
自分が二度とこの森を出られないのだと、あの楽しかった大平原にはもう戻れないのだと、なんとなく分かってしまったのだ。
――帰りたい
不安から逃げるように茂みの僅かな隙間へ頭を潜らせ、体をねじ込みながら先へ先へと闇雲に進む。
だが、不安は消えるばかりか、取り返しのつかない道を進んでいると言う焦燥感がますます募っていく。
――助けて!
叫ぼうとしたが、それはニャアと言う鳴き声にすらならなかった。
声がまったく出ないのだ。
――みんな、どこ?
確か、沢山の仲間達と暮らしていたはずだ。なのに、今は一人ぼっち。
声が出せない。道が分からない。誰もいない。寂しい……
――また、捨てられたんだ
なんの脈絡も無く、そんな概念だけが胸をギリギリと締め付ける。
そう、夢はいつだって脈絡がないものだと相場が決まっていた。
そのくせ、いつだって無遠慮に隠していた傷を開いていく。
フェイは歩くどころか立つことすら苦しくなり、力なく地面に伏した。
――もういい。もう、どうでもいいや
そんな時に変化は訪れた。
ひょい、と人間の手に掴み上げられたのだ。
そのままフェイを胸に優しく抱き、暖かな感触に包まれる。
そのとんでもない安堵感に、焦燥も恐怖も孤独すら一瞬で消え失せる。
きっと、この腕に捨てられたら、次こそ心が砕けて死んでしまうのだ。
――お願い、捨てないで。ずっとそばにいて。
振り返って、その人間に願おうとした時……人の気配を感じ、目が覚めた。
目をうっすらと開けると、その視界一杯に顔が映っていた。
「うおおああっ!」
フェイの慌てふためいた姿に、朝日を横から浴びたセラが微笑を浮かべる。
「おはようございます。フェイ」
「セラ、お、お前、なんでここにっ!?」
セラはフェイのベッドサイドに客用の簡易イスを持ってきて、ちょこんと座っている。
その落ち着いた姿にフェイは何か違和感を感じた。身長も体系も変わっていないはずなのに、以前の子供っぽい雰囲気があまり感じられないのだ。
以前は人形のようにしか感じられなかったセラの顔が、少しだけ変わったせいかもしれない。
「フェイ、勝手に入ってごめんなさい。兄様が良いって言ったから」
「エルカが? ったく、何考えてるんだよ……あ、そうだ! 帰ったらあの暴力親父に言っておけ。祝いの席の言葉くらい冗談で流せなきゃ、すぐにハゲるぞってな」
セラは何を言ってるのと言うように、キョトンと首をかしげた。
「暴力親父とは、誰のことかな?」
「あのクソ領主のことに決まってるだろ。そうそう、クソ領主といえば傑作だったのが、この前、俺が牢屋に入れられた時にな…………あれ?」
そこで、さっきの声が野太く変わっていた事にようやく気付く。
それと同時に、フェイの肩を誰かが後ろからトントンと叩いた。
振り向きたくなかった。フェイは最近の己の不運を嫌というほど分かっていたのだ。
しかし、振り返らないフェイの耳元に、領主の熱い息がかかる。
「小僧……貴様も食いたいか? クソを」
「いえ、遠慮し――」
脳天に鉄塊を落とされたような衝撃が走り、『ます』を言う事は適わなかった。ゲンコツで殴られたとは信じがたい衝撃である。
フェイはぐううと唸るとベッドの上に突っ伏して、この意味不明な状況を少なからず呪った。
「フェイ」
セラがフェイの肩に手を当てて、ゆっくりと起こそうとする。
――心配してくれるのか?
その小さな優しさが、肩に触れる小さな手が、夢で抱きしめてくれた温もりと僅かに重なる。
「ほら、フェイ。二度寝はダメ」
「そっちかよっ!」
起きて目を開くと、セラは心配どころかニコニコと笑っているではないか。
その何の疑問の持たない能天気な顔に、フェイはビシリと指を突きつけた。
「なぜだ! 俺がこれだけ酷い目にあっているのに、なぜ笑っていられる? むごいとか痛そうとか不憫だとか思わんのか!」
「あの、フェイとお父様の仲が良くて嬉しいなって。こう言うのを、じゃれ合いって言うんですよね」
「人が熊とじゃれ合えば死ぬわっ!」
しかし、いくらフェイが力説してもセラは全く理解できませんと首を傾げる。
父親を妄信するあまり、今までの暴力が全て仲の良いじゃれ合いだと、この碧眼(ふしあな)には映っていたのだ。
深く深くため息を吐いたフェイに、領主がゴホンと咳払いをする。
「さて、小僧。わしがなぜ朝からこんなに不愉快な場所に来たかと言うと、王から貴様をシュバート城に連行せよとの御下命があったからなのだ」
「王様の城に、連行!?」
「そうだ。王子救出の謝礼を下さるそうだ。まったくもったいない」
「なら連行とか言うなよ! また牢屋に入れられるかと思ったじゃねえか!」
「フェイ、私も呼ばれたの。一緒に行こ!」
背後からぽんぽんと肩を叩かれ、慌ててセラの方へ振り返る。
「いいか、セラ。俺は――」
「拒否権は貴様に無い、すぐさま出発する。十分で準備しろ」
「いいから、俺を挟んで話すなっ!」
そう叫びながらも、フェイはこの話を断るつもりなど毛頭なかった。
もちろん王様からの謝礼に期待はしている。この一件依頼、エルカーナはさらに依頼が来なくなったのだから、たっぷりとふんだくるつもりだった。
だが、何より気がかりだったのは、あの夜に誰かが捕らえらていないかだった。
オルフェルはきっと無事に逃げただろう。しかし、タタロンやグズノロ、ニルヒナの誰かが捕まっていてもおかしくないのだ。
――分かったからって、どうにかなるモンでも無いけど……でも
フェイは小さく息を吐き出すと、小窓から抜けるような青空を見上げた。
季節は初夏、湿度は低く、外を見渡せば草木が元気に生い茂っている。旅行にはもってこいの爽やかな晴天である。
しかし、馬車の空気は重かった。すごく重かった。
――ったく、なんだよこれは
フェイは周囲に聞こえないよう、ため息を漏らす。
今回は竜馬ではなく騎獣の四人乗り馬車が二台用意されていた。豊かなゼクス領と言えど二頭しか竜馬を所持していないため、大人数だと自然と騎獣の馬車になるらしい。
先を走る馬車には領主とガラム、エルカ、そして嫌々詰め込まれたセラの四人で乗っていた。
問題なのは後を追う、この馬車である。
まずはフェイ。
その横に腕を組んで無駄に闘気を発散しているカシム。
その男二人から頑なに目を逸らしているルナ。
そして、フェイを凄まじい視線で睨んでいるコノハ。
――これはたまらん
なにせフェイが「いい天気だな」と話を振っても、誰一人拾わないのだ。
この居たたまれない局面が五時間も続いている。すでに胃はシクシクと痛みだしていた。
あと王都までの残り十時間、この状態が続けば、フェイの胃の穴はめでたく開通する事だろう。
その前になんとしても打開せねばならなかった。
――では、どうするべきか
フェイは腹を抑えながら思案した。
カシムに昨日の事で話しかけるのは論外である。むさ苦しい闘魂世界に引き込まれるのがオチだ。
ではコノハはどうかと考えブルリと首を振った。不安要素が大き過ぎる。何がコノハの気に障るかフェイにはまったく分からないのである。ここで先日のような悪魔が目覚めてしまっては、もはや逃げ場も無い。胃に穴が開くどころか、口から心臓を引き抜かれかねない。断然却下である。
――やはり、ルナだ。昨日の誤解だけはなんとしても解かなきゃ
フェイは勇気を出して口を開いた。
「ルナ、あっ、あのさ、昨夜の事なんだけど」
「話し掛けないで! このハードゲイ!」
フェイは上を向いて目を閉じた。そうしないと、涙がこぼれそうだったからだ。
その哀れなフェイに、カシムが易々と追い討ちをかける。
「なるほどな……だから貴様は童貞だったのか。合点がいった」
「うるせえよ! 誰のせいで誤解された思ってる! この脳ミソまで筋肉ヤロウ!」
「いくらおだてようが、昨日の決着はいずれ付けるからな」
「褒めてねえよ! あと、続きなんか絶対にしねえ!」
「だめだ。あんな終わり方など、俺もお前も欲求不満がたまるだけだ。次こそは必ずどちらかが果てるまで――」
「いい加減にしてよっ!」
我慢の限界だと立ち上がったのはルナだった。
その目は怒りに満ち、フェイを睨んでいる。
「フェイ! あなたに言いたい事があるわ!」
「は、はいっ」
鼻先に指を突きつけられ、フェイは膝に手を置いて背を伸ばす。
不安げな眼差しで見上げるフェイに、ルナは眉を吊り上げて言った。
「なんでカシムなのよ!」
「……は?」
「どうして普通にやおえないの!」
「……やお、え?」
「近くにエルカだっているじゃない! 結婚しちゃったけどクロフだっていいわよ! それなのにどうして、こんな夢のない男に引っかかって……私の夢を返してよ!」
「聖典以外にどんな本読んでんだ、お前は!」
「ほっといてよ! いいのよ、私の事は、それより――」
「ルナ、もういい……黙ってて」
そこに割り込んだのは、静観していたコノハだ。
ルナの肩を掴み引き倒すように座らせ、代わりにコノハがゆっくりと立ち上がって、フェイに氷のような視線を降り注ぐ。
「フェイ、あんたが例えロリコンでもハードゲイでも、それは仕方の無い事だと思うわ」
「いや待て」
「でもね、嘘だけは許せないの。なんで、なんであんな卑怯な嘘をついたのよ!」
「な、なんのことだ?」
カケラも身に覚えが無いので、フェイは眉根を寄せる。
「とぼけないで! 私を背負ってくれたあの日、三年前の手紙に書いてある気持ちと今も変わらないって、フェイ言ってくれたじゃない! あんな嘘、酷すぎるじゃない……」
「手紙?」
フェイが首をかしげると、突然ルナが雷に打たれたように「ああああっ!」と叫んで立ちあがり、すぐに座り、両手で頭を抱えた。
「ルナ、どうかしたの?」
その声にビクリと肩を震わせると、ルナはおそるおそる告白した。
「コノハ、あのね……ええと……あの手紙を書いた人、実は、フェイじゃなかったりして」
「…………は?」
ルナはもじもじと両手をすり合わせ、上目づかいでコノハに告白した。
「だから、あの恋文を書いたのは、実はフェイじゃなくて……クロフだったりして、あは――ごふっ!」
一瞬、抜き手の残像が見え、容赦無い一撃に笑ってごまかそうとしたルナは白目を剥いて悶絶した。
コノハはユラユラと自席に座ると、力尽きたように頭をたれた。そして、馬車の床とブツブツ会話を始める。
つまり、フェイの必死の努力に反して、事態は奈落方面に転がり落ちたようだ。
重い。すごく重い。
胃を両手で抑えたフェイの肩に、ポンとカシムが手を置いた。
「リア=フェイロン。お前も色々辛い立場なのだな」
「お前にだけは同情されたくねぇ……」
「それにしても暇だな、王都につくまで腕相撲でもするか?」
「やらねぇよ!」
そうだ、他の事は良く分からないが、とにかくこの馬鹿とのハードゲイ疑惑は解消されていない。
フェイがノーマルだと示し、あらゆるゴタゴタを解消し、そして待望のハッピーエンドへ突き進むするため、やるべき事はたった一つ。
――ルナに告白するしかない!
フェイは安らかに眠るルナを見つめ、決意を新たにしたのだった。
辛い状況もいつか終わりが来る。朝方に出発したフェイ達だったが、日が落ちるころには王都アインの領内に入っていた。
そして、城が近づくにつれ窓の外の景色も徐々に変わってくる。ゼクス領とは比べ物にならないほど密集した町並みが、月明かりに照らされて薄ぼんやりと見えてきた。
しかし、ゼクスのバザールに親しんだフェイたちには、一つの露店もない寂しい景色にむしろ驚いていた。
王都とは、もっと華やかな場所だと想像していたのだ。
確かに巨道バイスアルム沿いの建物は大きく立派なのだが、それが暗く静まり返っていると、返って寂しさを際立たせていた。
そんな中、月明かりに照らされた巨大なシルエットがフェイの目に飛び込んだ。
城だ。
巨大な城が月明かりを受け、静かに光っていたのだ。
「すげえ! あれがシュバート城か!」
フェイの声に、他の3人もシュバート城を見ようと窓から顔を出す。
「綺麗――あれが全部バイスレイトなの? 信じられない」
「むうう、流石に素手では壊せそうに無いか」
「あそこに、私の王子様が……」
すっかり復活した口々に感想を漏らす。
その様子にフェイはようやく安堵のため息を吐き、椅子にどっかと座り込んだ。
「しかし、本当にあの中に入るんだよな……うぅ、ちょっと緊張してきた」
「だ、大丈夫よ。エルカもいるし」
「そうだな。そうだよな」
にっこりと笑うと、コノハはなぜか酷く安心したように、泣きそうな笑い顔を返した。
二台の馬車が巨大な城門の前で静かに止まる。
その門前で待っていたのは、門兵と小さな白い人影。
「王子様!」
馬車の扉を蹴り開け、ルナは王子に走り寄った。
「ルナッ!」
王子もルナの姿を認めると走り寄り、引き裂かれていた恋人のように抱き合った。
それを見たフェイの目が剣呑に細められる。あの年齢差だ、心配ないと言い聞かせるも、やはり心中は穏やかではない。
フェイの視線に気がついたのか、王子は紳士的にルナから一歩離れ、無邪気に手を振った。
「フェイ! お待ちしてました」
「お、おう。エドガーも元気そうだな」
「はい! さあ、早くこちらへ。父上が玉座の間で待ってます」
王子は急かすように、フェイ達を城の中へと案内した。
豪奢な通路をエドガーにせかされながら通り抜ける。
そして、一直線に玉座の間に通された八人が見たものは、玉座から立ち鷹揚に両手を広げるグロスター王の姿だった。
「よく来た、勇者リア=フェイロンとその仲間達!」
――や、やめてくれえええ!
あまりの恥ずかしさにフェイが心の中で悶絶し、エルカやコノハが笑いをこらえる。
逆に領主公の顔が見るからに不快そうだった。その傍らで素直に喜ぶセラと対照的である。
八人は玉座の前まで進み出ると揃って片膝をつき、静かに首を垂れた。
左右には青い鎧の騎士がすらりと直立不動で警護をしている。そのため、妙な圧迫感があった。
「おもてを上げよ」
王はゆっくりと玉座に着くと、厳かに言った。
フェイは目を上げ、改めて王の顔をまじまじと見る。白髭に覆われたシワだらけの顔は、それでも十分に威厳に満ちていた。顔色こそ悪いものの、武人としての立ち振る舞いは、座るだけの動作にもあらわれている。さすがは剣の王と言ったところだろうか。
その王の右脇にちょこんと王子が立ち、微笑んでいた。こちらは未来の剣の王としては、いささか不安になりそうなほどの愛らしさだが、並んでみると確かに王の面影を継いでいるようだ。
しばらくの沈黙の後、代表して領主が口を開く。
「グロスター王、夜分に手厚くお迎え頂き、感激に堪えませぬ。ゼクス領主ラドクリフ、以下七名に代わりまして厚く感謝の意を申し上げます」
以下七名に若干の力が入っていたのは気のせいだろうか。
「いや、感謝をせねばならぬのは余の方だ。王子を救出し、ゴルゴンの手先を何名か拿捕できたのだからな」
その言葉にフェイは思わず立ち上がりそうになった。
いったい誰が捕まっているのか、そう王に尋ねそうになったフェイをエルカが軽く手を出して制した。
後で聞いてやる、そうエルカの視線が言っている。
フェイは小さく頷くと、視線を前に戻した。
「そして今回の件だが、おそらくゴリネル将軍が裏で手を引いていたらしいことが分かった」
グロスター王は顔をしかめると、玉座の肘掛を拳で叩いた。
「ゴリネルめは、かなり前からゴルゴンに通じておったようだ。道理でヤツだけが被害を出さずに連戦連勝するわけだ!」
「となると、逆に将軍からゴルゴンの情報は引き出せるのでは?」
領主の尋ねた声は渇望の色が見えた。ゴルゴンを心底討伐したいと思っているのだろう。
しかし、王は無念そうに首を振る。
「ゴリネルの奴め、頑なに口を割らぬ。流石は元将軍、と言った所か……」
「父上、そろそろ本題に」
「おお、そうだった!」
エドガーに促され、グロスター王は強張っていた顔に笑顔を戻す。
「今宵は貴公らに感謝の意を表す場であったな。ラドクリフ公爵、そして命を賭して余をいさめてくれた公女セシリアよ。そなたらには明日、赤剣勲章を授与する」
「もったいなき名誉です」
父に習い、セラもペコリと頭を下げた。しかし、その顔からすると、何が貰えるかなど分かっていないのだろう。
うむと満足そうに頷いたグロスター王は、フェイ達に目を向ける。
フェイの胸が高鳴った。いよいよ褒美が貰えるのだ。
「聞けば、貴公らはクエスト屋なるものらしいな。なれば勲章より、金銀の類がよかろうと思ってな」
――イエスッ! 王様最高です!
フェイは心の中でガッツポーズを取る。
王が手を叩くと、侍従官がどこからともなく現われ重そうな袋や剣を持ってくる。
まず、握り拳が三つほども入りそうな袋が、ルナ、コノハ、カシムの前に置かれた。その音を聞けば分かる。銀貨、もしかすると金貨の詰まった袋だ。
そして、エルカには一振りの名のありそうな剣が与えられた。エルカはそれをうやうやしく受け取る。
どうやらフェイは最後のようだ、この心苦しいまでの演出が憎らしいではないか。
王は微笑み口を開いた。
「恩賞は以上だ」
「ちょっ! 王様っ!」
思わずフェイが腰を上げ、王に対してツッコミを入れる。
領主の顔が引きつっているのがハッキリと分かるが、これはいくらなんでも納得できる訳が無かった。
「分かっておる。リア=フェイロン」
しかし、そんな無礼を働いたフェイにも王は笑顔で頷き、玉座を立ち上がるとフェイに向かってゆっくりと歩み寄る。
――直々に渡すつもりだったとは、王様もやってくれるぜ
ドキドキしながら膝を付き、期待に満ちた目で王を見上げる。
王はどんどん近づき、とうとうフェイの眼前までやってきた。
何事かと口を開けたフェイに、王は腰から剣を引き抜いた。
ジャキン
そして、フェイの肩にピタリとつけられる。
「あれ? ちょ、ちょっと? 王様?」
動揺するフェイに向けて、王の蒼い瞳がクワッと見開かれる。
「リア=フェイロン!」
「は、はいっ!」
そして、威厳のある声が高らかに宣言した。
「貴公を将軍に任ずる!」
一瞬の沈黙の後、
「はいいいいいいっ!?」
玉座の間にはフェイの叫びが虚しく響きわたった。
フェイは猫――しかもご丁寧に黒猫になって野原を駆け回っていたのだ。
青く果てしなく広大な野原に立ち、全身を使ってグングンとスピード上げる。目まぐるしく変わる景色にすっかり有頂天になり、何も考えずひたすらに前へと走り続けた。
どれほど走っても全く疲れないのをいい事に、山を駆け、川を跳び、砂漠を越え――最後に木々がうっそうと生い茂る森に飛び込んだ。
視界が急に暗くなる。
太陽は姿を隠し、森の影に影に混じった黒猫は、ずいぶんと小さな存在になったように思えた。すると心にも影が落ちたように不安が膨らみ、同時に足も鉛のように重くなる。
たちまちフェイは減速し、やがて立ち止まってしまった。
ギャアギャア
森のどこからか野鳥の叫び声が響く。
ビクリと体を震わせて周囲を見回すと、背後から灰色の鳥たちが群れをなして飛んできた。
鳥たちは器用に木々をすり抜け一直線にフェイに近づくと、鋭いくちばしで背中をゴツゴツと突付きまわす。
これはたまらないと、フェイは夢中で逃げ出した。
――もう安心、かな
いつしか鳥の声は聞こえなくなったので、フェイはゆっくりと振り返る。
確かに鳥たちはすっかり影を潜めたが、代わりに濃密な森が周りをグルリと囲んでいた。
フェイの胸で不安が一気に膨らむ。
自分が二度とこの森を出られないのだと、あの楽しかった大平原にはもう戻れないのだと、なんとなく分かってしまったのだ。
――帰りたい
不安から逃げるように茂みの僅かな隙間へ頭を潜らせ、体をねじ込みながら先へ先へと闇雲に進む。
だが、不安は消えるばかりか、取り返しのつかない道を進んでいると言う焦燥感がますます募っていく。
――助けて!
叫ぼうとしたが、それはニャアと言う鳴き声にすらならなかった。
声がまったく出ないのだ。
――みんな、どこ?
確か、沢山の仲間達と暮らしていたはずだ。なのに、今は一人ぼっち。
声が出せない。道が分からない。誰もいない。寂しい……
――また、捨てられたんだ
なんの脈絡も無く、そんな概念だけが胸をギリギリと締め付ける。
そう、夢はいつだって脈絡がないものだと相場が決まっていた。
そのくせ、いつだって無遠慮に隠していた傷を開いていく。
フェイは歩くどころか立つことすら苦しくなり、力なく地面に伏した。
――もういい。もう、どうでもいいや
そんな時に変化は訪れた。
ひょい、と人間の手に掴み上げられたのだ。
そのままフェイを胸に優しく抱き、暖かな感触に包まれる。
そのとんでもない安堵感に、焦燥も恐怖も孤独すら一瞬で消え失せる。
きっと、この腕に捨てられたら、次こそ心が砕けて死んでしまうのだ。
――お願い、捨てないで。ずっとそばにいて。
振り返って、その人間に願おうとした時……人の気配を感じ、目が覚めた。
目をうっすらと開けると、その視界一杯に顔が映っていた。
「うおおああっ!」
フェイの慌てふためいた姿に、朝日を横から浴びたセラが微笑を浮かべる。
「おはようございます。フェイ」
「セラ、お、お前、なんでここにっ!?」
セラはフェイのベッドサイドに客用の簡易イスを持ってきて、ちょこんと座っている。
その落ち着いた姿にフェイは何か違和感を感じた。身長も体系も変わっていないはずなのに、以前の子供っぽい雰囲気があまり感じられないのだ。
以前は人形のようにしか感じられなかったセラの顔が、少しだけ変わったせいかもしれない。
「フェイ、勝手に入ってごめんなさい。兄様が良いって言ったから」
「エルカが? ったく、何考えてるんだよ……あ、そうだ! 帰ったらあの暴力親父に言っておけ。祝いの席の言葉くらい冗談で流せなきゃ、すぐにハゲるぞってな」
セラは何を言ってるのと言うように、キョトンと首をかしげた。
「暴力親父とは、誰のことかな?」
「あのクソ領主のことに決まってるだろ。そうそう、クソ領主といえば傑作だったのが、この前、俺が牢屋に入れられた時にな…………あれ?」
そこで、さっきの声が野太く変わっていた事にようやく気付く。
それと同時に、フェイの肩を誰かが後ろからトントンと叩いた。
振り向きたくなかった。フェイは最近の己の不運を嫌というほど分かっていたのだ。
しかし、振り返らないフェイの耳元に、領主の熱い息がかかる。
「小僧……貴様も食いたいか? クソを」
「いえ、遠慮し――」
脳天に鉄塊を落とされたような衝撃が走り、『ます』を言う事は適わなかった。ゲンコツで殴られたとは信じがたい衝撃である。
フェイはぐううと唸るとベッドの上に突っ伏して、この意味不明な状況を少なからず呪った。
「フェイ」
セラがフェイの肩に手を当てて、ゆっくりと起こそうとする。
――心配してくれるのか?
その小さな優しさが、肩に触れる小さな手が、夢で抱きしめてくれた温もりと僅かに重なる。
「ほら、フェイ。二度寝はダメ」
「そっちかよっ!」
起きて目を開くと、セラは心配どころかニコニコと笑っているではないか。
その何の疑問の持たない能天気な顔に、フェイはビシリと指を突きつけた。
「なぜだ! 俺がこれだけ酷い目にあっているのに、なぜ笑っていられる? むごいとか痛そうとか不憫だとか思わんのか!」
「あの、フェイとお父様の仲が良くて嬉しいなって。こう言うのを、じゃれ合いって言うんですよね」
「人が熊とじゃれ合えば死ぬわっ!」
しかし、いくらフェイが力説してもセラは全く理解できませんと首を傾げる。
父親を妄信するあまり、今までの暴力が全て仲の良いじゃれ合いだと、この碧眼(ふしあな)には映っていたのだ。
深く深くため息を吐いたフェイに、領主がゴホンと咳払いをする。
「さて、小僧。わしがなぜ朝からこんなに不愉快な場所に来たかと言うと、王から貴様をシュバート城に連行せよとの御下命があったからなのだ」
「王様の城に、連行!?」
「そうだ。王子救出の謝礼を下さるそうだ。まったくもったいない」
「なら連行とか言うなよ! また牢屋に入れられるかと思ったじゃねえか!」
「フェイ、私も呼ばれたの。一緒に行こ!」
背後からぽんぽんと肩を叩かれ、慌ててセラの方へ振り返る。
「いいか、セラ。俺は――」
「拒否権は貴様に無い、すぐさま出発する。十分で準備しろ」
「いいから、俺を挟んで話すなっ!」
そう叫びながらも、フェイはこの話を断るつもりなど毛頭なかった。
もちろん王様からの謝礼に期待はしている。この一件依頼、エルカーナはさらに依頼が来なくなったのだから、たっぷりとふんだくるつもりだった。
だが、何より気がかりだったのは、あの夜に誰かが捕らえらていないかだった。
オルフェルはきっと無事に逃げただろう。しかし、タタロンやグズノロ、ニルヒナの誰かが捕まっていてもおかしくないのだ。
――分かったからって、どうにかなるモンでも無いけど……でも
フェイは小さく息を吐き出すと、小窓から抜けるような青空を見上げた。
季節は初夏、湿度は低く、外を見渡せば草木が元気に生い茂っている。旅行にはもってこいの爽やかな晴天である。
しかし、馬車の空気は重かった。すごく重かった。
――ったく、なんだよこれは
フェイは周囲に聞こえないよう、ため息を漏らす。
今回は竜馬ではなく騎獣の四人乗り馬車が二台用意されていた。豊かなゼクス領と言えど二頭しか竜馬を所持していないため、大人数だと自然と騎獣の馬車になるらしい。
先を走る馬車には領主とガラム、エルカ、そして嫌々詰め込まれたセラの四人で乗っていた。
問題なのは後を追う、この馬車である。
まずはフェイ。
その横に腕を組んで無駄に闘気を発散しているカシム。
その男二人から頑なに目を逸らしているルナ。
そして、フェイを凄まじい視線で睨んでいるコノハ。
――これはたまらん
なにせフェイが「いい天気だな」と話を振っても、誰一人拾わないのだ。
この居たたまれない局面が五時間も続いている。すでに胃はシクシクと痛みだしていた。
あと王都までの残り十時間、この状態が続けば、フェイの胃の穴はめでたく開通する事だろう。
その前になんとしても打開せねばならなかった。
――では、どうするべきか
フェイは腹を抑えながら思案した。
カシムに昨日の事で話しかけるのは論外である。むさ苦しい闘魂世界に引き込まれるのがオチだ。
ではコノハはどうかと考えブルリと首を振った。不安要素が大き過ぎる。何がコノハの気に障るかフェイにはまったく分からないのである。ここで先日のような悪魔が目覚めてしまっては、もはや逃げ場も無い。胃に穴が開くどころか、口から心臓を引き抜かれかねない。断然却下である。
――やはり、ルナだ。昨日の誤解だけはなんとしても解かなきゃ
フェイは勇気を出して口を開いた。
「ルナ、あっ、あのさ、昨夜の事なんだけど」
「話し掛けないで! このハードゲイ!」
フェイは上を向いて目を閉じた。そうしないと、涙がこぼれそうだったからだ。
その哀れなフェイに、カシムが易々と追い討ちをかける。
「なるほどな……だから貴様は童貞だったのか。合点がいった」
「うるせえよ! 誰のせいで誤解された思ってる! この脳ミソまで筋肉ヤロウ!」
「いくらおだてようが、昨日の決着はいずれ付けるからな」
「褒めてねえよ! あと、続きなんか絶対にしねえ!」
「だめだ。あんな終わり方など、俺もお前も欲求不満がたまるだけだ。次こそは必ずどちらかが果てるまで――」
「いい加減にしてよっ!」
我慢の限界だと立ち上がったのはルナだった。
その目は怒りに満ち、フェイを睨んでいる。
「フェイ! あなたに言いたい事があるわ!」
「は、はいっ」
鼻先に指を突きつけられ、フェイは膝に手を置いて背を伸ばす。
不安げな眼差しで見上げるフェイに、ルナは眉を吊り上げて言った。
「なんでカシムなのよ!」
「……は?」
「どうして普通にやおえないの!」
「……やお、え?」
「近くにエルカだっているじゃない! 結婚しちゃったけどクロフだっていいわよ! それなのにどうして、こんな夢のない男に引っかかって……私の夢を返してよ!」
「聖典以外にどんな本読んでんだ、お前は!」
「ほっといてよ! いいのよ、私の事は、それより――」
「ルナ、もういい……黙ってて」
そこに割り込んだのは、静観していたコノハだ。
ルナの肩を掴み引き倒すように座らせ、代わりにコノハがゆっくりと立ち上がって、フェイに氷のような視線を降り注ぐ。
「フェイ、あんたが例えロリコンでもハードゲイでも、それは仕方の無い事だと思うわ」
「いや待て」
「でもね、嘘だけは許せないの。なんで、なんであんな卑怯な嘘をついたのよ!」
「な、なんのことだ?」
カケラも身に覚えが無いので、フェイは眉根を寄せる。
「とぼけないで! 私を背負ってくれたあの日、三年前の手紙に書いてある気持ちと今も変わらないって、フェイ言ってくれたじゃない! あんな嘘、酷すぎるじゃない……」
「手紙?」
フェイが首をかしげると、突然ルナが雷に打たれたように「ああああっ!」と叫んで立ちあがり、すぐに座り、両手で頭を抱えた。
「ルナ、どうかしたの?」
その声にビクリと肩を震わせると、ルナはおそるおそる告白した。
「コノハ、あのね……ええと……あの手紙を書いた人、実は、フェイじゃなかったりして」
「…………は?」
ルナはもじもじと両手をすり合わせ、上目づかいでコノハに告白した。
「だから、あの恋文を書いたのは、実はフェイじゃなくて……クロフだったりして、あは――ごふっ!」
一瞬、抜き手の残像が見え、容赦無い一撃に笑ってごまかそうとしたルナは白目を剥いて悶絶した。
コノハはユラユラと自席に座ると、力尽きたように頭をたれた。そして、馬車の床とブツブツ会話を始める。
つまり、フェイの必死の努力に反して、事態は奈落方面に転がり落ちたようだ。
重い。すごく重い。
胃を両手で抑えたフェイの肩に、ポンとカシムが手を置いた。
「リア=フェイロン。お前も色々辛い立場なのだな」
「お前にだけは同情されたくねぇ……」
「それにしても暇だな、王都につくまで腕相撲でもするか?」
「やらねぇよ!」
そうだ、他の事は良く分からないが、とにかくこの馬鹿とのハードゲイ疑惑は解消されていない。
フェイがノーマルだと示し、あらゆるゴタゴタを解消し、そして待望のハッピーエンドへ突き進むするため、やるべき事はたった一つ。
――ルナに告白するしかない!
フェイは安らかに眠るルナを見つめ、決意を新たにしたのだった。
辛い状況もいつか終わりが来る。朝方に出発したフェイ達だったが、日が落ちるころには王都アインの領内に入っていた。
そして、城が近づくにつれ窓の外の景色も徐々に変わってくる。ゼクス領とは比べ物にならないほど密集した町並みが、月明かりに照らされて薄ぼんやりと見えてきた。
しかし、ゼクスのバザールに親しんだフェイたちには、一つの露店もない寂しい景色にむしろ驚いていた。
王都とは、もっと華やかな場所だと想像していたのだ。
確かに巨道バイスアルム沿いの建物は大きく立派なのだが、それが暗く静まり返っていると、返って寂しさを際立たせていた。
そんな中、月明かりに照らされた巨大なシルエットがフェイの目に飛び込んだ。
城だ。
巨大な城が月明かりを受け、静かに光っていたのだ。
「すげえ! あれがシュバート城か!」
フェイの声に、他の3人もシュバート城を見ようと窓から顔を出す。
「綺麗――あれが全部バイスレイトなの? 信じられない」
「むうう、流石に素手では壊せそうに無いか」
「あそこに、私の王子様が……」
すっかり復活した口々に感想を漏らす。
その様子にフェイはようやく安堵のため息を吐き、椅子にどっかと座り込んだ。
「しかし、本当にあの中に入るんだよな……うぅ、ちょっと緊張してきた」
「だ、大丈夫よ。エルカもいるし」
「そうだな。そうだよな」
にっこりと笑うと、コノハはなぜか酷く安心したように、泣きそうな笑い顔を返した。
二台の馬車が巨大な城門の前で静かに止まる。
その門前で待っていたのは、門兵と小さな白い人影。
「王子様!」
馬車の扉を蹴り開け、ルナは王子に走り寄った。
「ルナッ!」
王子もルナの姿を認めると走り寄り、引き裂かれていた恋人のように抱き合った。
それを見たフェイの目が剣呑に細められる。あの年齢差だ、心配ないと言い聞かせるも、やはり心中は穏やかではない。
フェイの視線に気がついたのか、王子は紳士的にルナから一歩離れ、無邪気に手を振った。
「フェイ! お待ちしてました」
「お、おう。エドガーも元気そうだな」
「はい! さあ、早くこちらへ。父上が玉座の間で待ってます」
王子は急かすように、フェイ達を城の中へと案内した。
豪奢な通路をエドガーにせかされながら通り抜ける。
そして、一直線に玉座の間に通された八人が見たものは、玉座から立ち鷹揚に両手を広げるグロスター王の姿だった。
「よく来た、勇者リア=フェイロンとその仲間達!」
――や、やめてくれえええ!
あまりの恥ずかしさにフェイが心の中で悶絶し、エルカやコノハが笑いをこらえる。
逆に領主公の顔が見るからに不快そうだった。その傍らで素直に喜ぶセラと対照的である。
八人は玉座の前まで進み出ると揃って片膝をつき、静かに首を垂れた。
左右には青い鎧の騎士がすらりと直立不動で警護をしている。そのため、妙な圧迫感があった。
「おもてを上げよ」
王はゆっくりと玉座に着くと、厳かに言った。
フェイは目を上げ、改めて王の顔をまじまじと見る。白髭に覆われたシワだらけの顔は、それでも十分に威厳に満ちていた。顔色こそ悪いものの、武人としての立ち振る舞いは、座るだけの動作にもあらわれている。さすがは剣の王と言ったところだろうか。
その王の右脇にちょこんと王子が立ち、微笑んでいた。こちらは未来の剣の王としては、いささか不安になりそうなほどの愛らしさだが、並んでみると確かに王の面影を継いでいるようだ。
しばらくの沈黙の後、代表して領主が口を開く。
「グロスター王、夜分に手厚くお迎え頂き、感激に堪えませぬ。ゼクス領主ラドクリフ、以下七名に代わりまして厚く感謝の意を申し上げます」
以下七名に若干の力が入っていたのは気のせいだろうか。
「いや、感謝をせねばならぬのは余の方だ。王子を救出し、ゴルゴンの手先を何名か拿捕できたのだからな」
その言葉にフェイは思わず立ち上がりそうになった。
いったい誰が捕まっているのか、そう王に尋ねそうになったフェイをエルカが軽く手を出して制した。
後で聞いてやる、そうエルカの視線が言っている。
フェイは小さく頷くと、視線を前に戻した。
「そして今回の件だが、おそらくゴリネル将軍が裏で手を引いていたらしいことが分かった」
グロスター王は顔をしかめると、玉座の肘掛を拳で叩いた。
「ゴリネルめは、かなり前からゴルゴンに通じておったようだ。道理でヤツだけが被害を出さずに連戦連勝するわけだ!」
「となると、逆に将軍からゴルゴンの情報は引き出せるのでは?」
領主の尋ねた声は渇望の色が見えた。ゴルゴンを心底討伐したいと思っているのだろう。
しかし、王は無念そうに首を振る。
「ゴリネルの奴め、頑なに口を割らぬ。流石は元将軍、と言った所か……」
「父上、そろそろ本題に」
「おお、そうだった!」
エドガーに促され、グロスター王は強張っていた顔に笑顔を戻す。
「今宵は貴公らに感謝の意を表す場であったな。ラドクリフ公爵、そして命を賭して余をいさめてくれた公女セシリアよ。そなたらには明日、赤剣勲章を授与する」
「もったいなき名誉です」
父に習い、セラもペコリと頭を下げた。しかし、その顔からすると、何が貰えるかなど分かっていないのだろう。
うむと満足そうに頷いたグロスター王は、フェイ達に目を向ける。
フェイの胸が高鳴った。いよいよ褒美が貰えるのだ。
「聞けば、貴公らはクエスト屋なるものらしいな。なれば勲章より、金銀の類がよかろうと思ってな」
――イエスッ! 王様最高です!
フェイは心の中でガッツポーズを取る。
王が手を叩くと、侍従官がどこからともなく現われ重そうな袋や剣を持ってくる。
まず、握り拳が三つほども入りそうな袋が、ルナ、コノハ、カシムの前に置かれた。その音を聞けば分かる。銀貨、もしかすると金貨の詰まった袋だ。
そして、エルカには一振りの名のありそうな剣が与えられた。エルカはそれをうやうやしく受け取る。
どうやらフェイは最後のようだ、この心苦しいまでの演出が憎らしいではないか。
王は微笑み口を開いた。
「恩賞は以上だ」
「ちょっ! 王様っ!」
思わずフェイが腰を上げ、王に対してツッコミを入れる。
領主の顔が引きつっているのがハッキリと分かるが、これはいくらなんでも納得できる訳が無かった。
「分かっておる。リア=フェイロン」
しかし、そんな無礼を働いたフェイにも王は笑顔で頷き、玉座を立ち上がるとフェイに向かってゆっくりと歩み寄る。
――直々に渡すつもりだったとは、王様もやってくれるぜ
ドキドキしながら膝を付き、期待に満ちた目で王を見上げる。
王はどんどん近づき、とうとうフェイの眼前までやってきた。
何事かと口を開けたフェイに、王は腰から剣を引き抜いた。
ジャキン
そして、フェイの肩にピタリとつけられる。
「あれ? ちょ、ちょっと? 王様?」
動揺するフェイに向けて、王の蒼い瞳がクワッと見開かれる。
「リア=フェイロン!」
「は、はいっ!」
そして、威厳のある声が高らかに宣言した。
「貴公を将軍に任ずる!」
一瞬の沈黙の後、
「はいいいいいいっ!?」
玉座の間にはフェイの叫びが虚しく響きわたった。
ご感想は↑こちらから
誤字報告も助かります
アルファポリスに投票

NNRに投票
- アクセス数

- ページビュー数
