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NOVEL

剣の国の黒猫
37) 月明かりに白煙を

 月明かりに白煙を上げ、ソレはやって来た。
 波を掻き分けるように砂上を進み、ひたすら真っ直ぐに戦いの場へと向かってくる。
 黒く巨大な箱――ソレを見たフェイが真っ先に抱いた感想だ。しかし、引っ張っている騎獣もないのにどうやって動いているか、まったく検討がつかない。
 普段であれば恐れたじろぐような光景だろうが、フェイはまるで渇いた者がオアシスを見つけたような顔で、その箱へにじり寄った。
 あれは、敵なのかもしれない。さらなる災厄をもたらす何かなのかもしれない。それでも、オルフェルと命を削りあうこの状況が少しでも変えられるものなら、たとえどんなものにでもすがりたかったのだ。
 ただ、盗賊達にとってもソレは予期せぬ事態だったようだ。戦っていた者は誰もが手を止め、黒い塊に向かって口々に不安気な声を上げる。

「な、なんだあれは! あんなの聞いてないぞ!」
「地竜か? いや、違う」
「くそ、嫌な予感がする……」

 盗賊たちが身構え始めたとき、しかし、その巨大な物体はフェイ達に届く遥か手前で減速していく。
 砂漠の起伏にぶち当たるたびに砂を巻き上げ、轟音を響かせ、やがて力尽きたように小さな砂山へ頭を埋めて停止する。そして、動けなくなった事へ不満を表すように盛大な白煙をもうもうと夜空へ立ち上らせた。
 その様子に盗賊たちが肩を落としかけた瞬間、ガタンと横腹に当たる部分が跳ね上がり、中から次々と青く輝く鎧をまとった人影が飛び出してきた。

「あれは、蒼の騎士団!」

 エルカが驚きと歓喜の入り混じった声で叫び、停滞していた戦いの場の空気がガラリと変わる。
 蒼の騎士団、シュバート国の象徴でたる剣の王を守護する最も重要な親衛隊である。少数ではあるが、その錬度たるや正規軍のどの部隊よりも高く、重厚な鎧と盾で重騎兵の突撃すら防ぐ様から剣の王の盾と呼ばれるほどだ。しかし、そう呼ばれるもう一つの理由、蒼の騎士団が決して王の傍を離れないと言う誓約は、子供の遊びになっているほどに有名なことだ。

「それが何故、王城から出てきた?」

 オルフェルは小さくそうつぶやいたが、フェイに答えを返すことなど出来ない。
 出てきた蒼の騎士団はおよそ20人、まだ数の上では不利だが、力の上では同等以上になったはずだ。
 用心深くオルフェルとフェイの戦いを見ていたタタロンは、この不測の事態に苛立った声を上げた。

「フェイ! 貴様、戦いたくないなどといいながら、やはり卑怯にも計っていたのか! この裏切り者が!」

 違う、そう言いたかったが、何を言ってもタタロンには届かないだろう。フェイは顔をゆがめ、押し黙った。
 代わりにグズノロが、タタロンの裾を掴んで振り返らせる。

「んだよ、グズノロ!」
「……ほらあそこ。何か、来る」

 グズノロが指し示す先、濡れてまだ真っ黒な砂漠の上に、何かが凄まじい速さで近づいているのが見えた。
 フェイははじめ、その速度から竜馬が駆けているのかと思った。しかし、そうではない。竜馬は絶対に人を乗せないのだが、その上に白い何者かが乗っていたからだ。
 やがて、そのシルエットが月光によって白く染められた瞬間、黙っていたオルフェルが叫んだ。

「ガラム……風のガラム!」




 ダンプはあとの一歩のところで車輪が砂に埋まり、とうとう止まってしまった。
 フェイ達の居場所をルナに確認してもらいながら一直線にここまで来たのだが、その重量で砂漠を走るのは限界があった。いや、むしろここまで良くもったと言うべきだろう。幅の広い車輪と砂が濡れて硬くなった状態があったからこそ、ここまで走ってくれたのだ。
 セラは礼を述べるようにダンプの壁を撫で、次いで王の前に跪(ひざまず)き、今一度乞う。

「王様、ゴルゴンの処罰を、王子を誘拐した者達の処罰を、どうか私に任せてください」
「……それは、フェイと言う者を救うためか?」

 セラは揺れる鉄の中で毅然と踏みとどまり、大きく首を振る。

「いいえ、それは他の誰でもない、私の我侭です。どうか、どうかお許しを」
「…………良かろう。セシリア=ラドクリフ、お前に賊の裁きを委ねる」

 王は腰にあった剣を渡し、少女はそれを抱くように抱えると深々と一礼する。

「心から、感謝を申し上げます。ガラム、お願いっ!」

 セラはダンプから飛び降りるや、ガラムの肩に乗る。
 主人を乗せたガラムは、まるで竜馬のように砂漠の上を走り、蒼の騎士団を置き去りにフェイ達との距離をみるみる縮めた。

――来た。とうとうここまで来たんだ

 セラはガラムの頭にしがみつき、ただ一人を懸命に探す。
 いま、自分は取り返しの付かない事をしている。兄上に怒られるかも知れないし、最悪、またフェイを危険にさらしてしまうかもしれない。
 だからと言って、止まるわけにはいかないのだ。
 やれる事をやらずに、何も見ないでひざを抱えて生きていく事など、この胸の鼓動が許してはくれない。

「セシリア様、黒猫を見つけました。ずいぶん派手に囲まれておるようですが、さすがにしぶとい」

 そう言ってガラムは顔のしわを深め、嬉しそうに笑った。

「ガラム、お願い! 急いで!」

 返事の代わりに持てる全速力を持ってガラムは応える。
 フェイの姿がセラの目にも映った。あごが裂け、他にも傷を負っているようだが、生きていた。そして、信じられないと言った顔で、こちらを見ている。
 火が灯ったように、胸の奥が熱くなった。

 セラはその小さな体に、吸える空気を全て吸い上げ、力の限り、想いの限り、叫んだ。

「剣を引きなさい!!」

 その音量に盗賊達は、一斉にたじろいだ。
 そして、その後もセラは止まらない。止まるはずが無かった。
 胸に抱く王の剣を抜き、鞘を投げ捨て、両の手で剣を掲げる。

「剣の王の名において命じます! 剣を引き、降伏なさい!」

 盗賊達は顔を見合わせ、やがてその言葉を一笑に付す。
 所詮は小娘のたわごとであり、数的にはまだ有利であり、耳を貸す必要など無いと判断したのだ。

「退け! ずらかるぞっ!」

 しかし、オルフェルは切羽した声で命じる。
 戸惑う盗賊たちにオルフェルはさらに声を荒げた。

「そいつは風のガラムだ! 砂漠で奴に戦う事がどういうことか分かっているのか! 死にたくなければ、全力で逃げろっ!」

 その言葉に盗賊たちは顔色を変え、いっせいに逃げ出す。
 ガラムは逃げ出した盗賊たちに見向きもせずオルフェルの方へ突き進み、唇の端を上げた。

「久しいな、オルフェル」
「ガラム、やはり生きていたか」
「生きているさ。約束を破り我が故郷を滅ばしたゴルゴン、滅ぼさぬ限り眠る事などできんよ……それより、子どもの誘拐までやるとは、貴様も落ちぶれたものだ。いいように使われおって」

 その言葉はオルフェルに苦渋の顔を浮かばせた。
 ガラムはセラを地面に降ろすと、腰に差した剣を抜き、オルフェルに突きつける。

「ゴルゴンのどこにお前のいる価値がある? 我が主の慈悲により、命は助けてやる。降伏しろ」
「でもな、俺には他に居場所がねえんだよ。他の行き方もしらねえ。俺はやっぱり、悪党だよ」

 オルフェルはつぶやき、懐から筒状のものを数本取り出すと、そこから出ていた線を一気に引き抜き、地にばら撒いた。
 地に落ちた筒状のものは煙を吐き出し、オルフェルは黒い煙にまぎれ、消えていった。

「……逃がしたか。まぁいい。残りの者を捕らえよ! 降伏するものに危害を加えるなよ!」

 ガラムの号令に、ようやく駆けつけた蒼の騎士達が逃げ遅れた盗賊たちを見事な手際で捕らえていく。中には逃げ切れぬと降伏する盗賊もいた。しかし、当然抵抗する盗賊もおり、煙で視界の悪くなった場はにわかに騒がしくなった。
 黒煙、怒声、悲鳴……その混乱の中を、セラは必死になって走る。
 やがて、煙の中に一つの黒い人影を見つけ、セラは息をのんだ。

――フェイ!

 その姿を見た途端、張っていた気が抜け、走っていた足がもつれてつんのめった。
 しかし、倒れそうな小さな体を、二本の細い腕が包みこむ。
 フェイの細い体が視界一杯に広がり、強く、強く抱きしめられた。

「…………ありがとう、セラ……ありがとう」

 体を包む温かなぬくもり、耳元でささやく優しい声、そして初めて見るフェイの涙。
 間に合ったのだ。命を掛けた事も、嫌われるかもしれないと震えながらここまで来た事も、全て無駄ではなかったのだ。
 間違って、なかったのだ。

「……フェイ」

 その暖かな腕の中で、セラは声を上げて泣いた。



 蒼の騎士団より少し遅れて、二人の公子リーガンとコーディリアが戦場に到着した。
 そして、真っ先に目にしたのは、抱きしめ合う二人の姿だった。

「リーガン、私は感動したよ」
「そうだな。まるで二人の為の劇でも見ているようだ」
「……なるほど! 私は決めたよ!」
「何を決めたんだ? コーディリア」

 コーディリアはその美貌を輝かせ、満天の星空に腕を広げた。

「決まっているだろう! この物語をシュバート国全域に広めるんだ! 剣の国の黒猫の物語だっ!」
「『の』が多すぎるタイトルは陳腐だな。せめて一つ削るべきだ。それに、シュバート国全域だと? いったい何年かかると思っている?」
「10日さ! アハト領の力を侮っているのかい? 我が吟遊旅団にかかれば、噂なんて10日間もあれば国を満たしてみせるよ! ああ、リーガン、僕らは奇跡を目撃しているんだよ。そうは思わないか?」
「確かに、幸運すぎるな。どこかで反動が無いといいが……」

 コーディリアは両手で顔を覆い、嘆きのポーズを取った。
 大仰なポーズだが、彼がやれば不思議と様になるとリーガンは思ったが、悔しいので口には出さない。

「リーガン! 君はなんと言うネガティブな人間だ! 分かっているのかい? 君も国に帰って、この噂を広めるんだよ」
「なんで私まで……いや、なるほど。彼をゴルゴン討伐の旗印にするわけか」
「旗印だなんて、君はなんと人聞きの悪い事を言うんだい!」
「ほう。では何だと言うんだ? あの黒猫を、一体何にするつもりだ?」

 その質問に、コーディリアは事も無げに答えた。

「なに、ただの英雄だよ」




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