楽天市場
[無料でホームページを作成] [通報・削除依頼]

NOVEL

剣の国の黒猫
34) 廃屋の物陰

 廃屋の物陰に隠れ、フェイは王子と見張りが途切れるのを待っていた。しかし、さすがに見張りは厳重で、なかなか隙が見つからない。
 なにせ、ここを抜け出すには、隠す物のない砂漠の上を延々と突っ切らねばならなかった。一人でならどうとでもなるのだが、二人で抜け出すチャンスはなかなか見つからない。
 そんな折、沈黙に耐えられなかったのか、王子がヒソヒソ声で話しかけてきた。

「あの、フェイロン殿……とお呼びすればよろしいでしょうか?」

 無駄なおしゃべりを注意しようかとも思ったが、この土砂降りなら問題ないだろうと判断する。
 それに、フェイ自身もだいぶ気が滅入っていたのだ。

「いや、フェイでいい。黒猫なんて絶対にやめろよ」

 苦笑いを浮かべるフェイを見て王子は微笑んだ。その表情は男であるフェイから見てもドキリとさせられるほど優美で、将来はさぞ女泣かせな王子になることだろう。

「ではフェイさん、僕の事もエドガーとお呼びください。それで……さっきの人、オルフェルと呼ばれていた方の事ですが」
「……ああ」

 その名前を聞いただけで、胸がチクリと痛む。
 まさかここまで拒絶されるとは思っても見なかったのだ。オルフェル達は止むを得ない事情でフェイを置いて居なくなったとばかり思っていた。しかし現実は、ただ盗賊の資質無しと見放されていただけだったのだ。
 しかし、それでも、オルフェルのことを憎む事ができなかった。フェイにとっては、ただの命の恩人ではなく、たった一人父親と呼べる存在なのだ。

「……オルフェルさん、僕にずっと親切にしてくれました。顔は怖いですが、いい人ですね」

 エドガーはそう言って、もう一度ニコリと笑った。
 まるでフェイの胸の内をおもんばかったような言葉に、思わず胸が熱くなった。
 情けない顔を晒しそうになって、照れ隠しにエドガーの頭を軽く叩く。

「ったく、誘拐した相手をいい人って、お前はどんだけ能天気なんだよ……あっ」

 その瞬間、フェイの頭でピタリとパズルのピースが重なった。
 どこかで見たお人好しぶりかと思えば、あのセラと雰囲気が似ているのだ。ひょっとすると、エドガーとならあの天然娘でもすぐに意気投合するかもしれない。
 そしてセラなら、王子と並ぶだけで、さぞ美しい一枚絵になることだろう。

「よし、エドガー。いつかお前にピッタリのヤツを紹介してやる。期待してろよ」
「え? ピッタリの人、ですか?」
「いいからいいから、俺に任せとけって」

 フェイは上機嫌で戸惑うエドガーの背中をポンポンと叩いた。
 しかし、そんな事を話している間に雨足が徐々に弱まってきた。空を見ると雲が薄くなっており、月星が垣間見えるほどだ。
 
――これは、ちょっとまずいな

 フェイたちの居る場所はまだ足元が見えぬほど真っ暗だが、雨が止めばそうはいかない。月も出るだろうし、足音も隠せなくなるのだ。

 ヒュイイイィィィ!

 突然、鋭い口笛の音が闇夜に響いた。
 それと同時に、静まっていた廃村のあちこちから、人の動く気配を感じた。おそらくオルフェルたちの小屋に誰かが入り、王子が奪還されたことに気付いたのだろう。
 なんとなくだが、オルフェルやニルヒナの仕業で無いことは分かった。

「くそっ。これだけ時間をロスしたら、さすがにバレるか……」

 フェイが不安に舌打ちをすると、口笛の音を聞いた見張りの男達が一箇所に集まりだした。僅かだが、逃げる隙が生まれたのだ。

「今がチャンスだ。エドガー、走るぞ!」

 隙を逃さず、フェイはエドガーの手を引いて駆け始めた。ここからエルカ達の隠れている場所まで、ひたすら走らねばならない。
 『王子は救出しなくていい。別のやつに任せよう』と繰り返したエルカの言葉が、ようやく骨身に染みた。なぜなら、王子がいなくなった盗賊は全て追っ手に変わってしまうからだ。そして、隠れる場所の無い無い砂漠で熟練の盗賊をまく事など、不可能に近いからだ。
 頼みの綱はスコールと闇夜だったのだが、雨はあっという間に止んでしまい、雲間からは恨めしいほど明るい満月がにっこりと姿を現した。
 こうなると、時間との勝負だ。

「おい、エドガー。もう少しペースを上げられるか?」
「すみませんっ。もう、無理です」

 その顔は既に息が上がっており、下手をすれば立ち止まってしまいそうなほどだ。
 フェイはやむを得ずエドガーの前でかがんだ。

「背中に乗れ! さっさとしろ!」

 エドガーは一瞬だけ戸惑うと、小さく「すみません」と謝りながらも真っ黒な背中に飛び乗った。
 セラより若干重いが、コノハよりもずっと軽い――そんな不届きな感想を抱きながら、フェイは濡れた砂漠をザクザクと走り出したのだった。



 ゴルゴンの指笛の音は、エルカ達の所にも届いていた。
 指笛が鳴り渡った。つまり、フェイが敵に見つかり、追いかけられているという事だ。

「まさか、フェイがしくじったのか?」

 エルカは心底驚いていた。フェイがこの手の潜入で失敗するなど初めての事だったからだ。
 いつだって、誰にも気付かれず偵察し、成果を上げてきたというのに。

――ここにいた盗賊どもは、それだけ優秀だったという事か

 またも読み間違いだと苦々しく舌打ちしたエルカの肩に、ディアナがやんわりと手をかける。

「お困りのようね。なんなら、あたしが黒猫ちゃんの様子を見てこようか?」
「ディアナ、いいのか?」
「もちろんよ。砂漠の民はリア=フェイロンに協力する――あの盟約は嘘じゃないからね」
「助かる……」

 頭を下げたエルカが、再び目を上げたときにはディアナは既にテントの中にいなかった。さすがは砂漠の長と言ったところだ。
 息を一つ吐いたエルカは、テントの中をぐるりと見回して告げた。

「ルナ、君は馬車に戻っていてくれ」

 そのエルカの真剣な顔を見て、ルナは何も言わずに頷いた。
 この状況では、自分がお荷物になることが良く分かっているのだ。

「みんな、絶対に無茶しないでね」

 祈るように告げたルナは、フェイから託されたボウガンを胸に抱いたまま、シートの向こうへと飛び出していった。




 ザクッ

 フェイのすぐ右側に矢が刺さる。

――もう追いつかれたのか?

 慌てて振り返ったフェイが目にしたのは、月明かりの下に迫り来る数人の盗賊だった。
 空には月が、嫌味なほど丸い姿を晒している。もう逃げも隠れも出来なかった。
 フェイは砂漠に足を埋めるように立ち止まると、エドガーを背からおろす。

「エドガー、このまま真っ直ぐ、走るんだ。この先に、俺の、仲間がいる、急げ!」

 息を整えながら指示を出すと、エドガーは一瞬驚いた顔を見せたものの、悔しそうに頷くとすぐに砂漠を駆け出した。

――本当に賢いヤツだ。お前なら良い王様になれる

 必死に走るエドガーの後ろ姿を見て、フェイは小さな息を吐く。そして愛用のダガーを引き抜くと、ゆっくりと体ごと振り返った。
 迫ってきていた男は三人、弓を持った男が一人、残り二人は盗賊らしくショートソードを斜めに構えていた。

――三人か……やれるか?

 弱気になりそうな考えを、フェイは慌てて振り払った。今はやるしかないのだ。
 一方の盗賊たちは、フェイが逃げないと分かるや走っていた足を緩める。
 そして、月明かりにフェイの顔を認めるや歓喜の声を上げた。

「おい、こいつ黒猫じゃねえか!」
「殺れば出世間違いなしかよ!」
「ヒュウ、ラッキー!」

 軽口を叩きながら近づいてくるが、その目はカケラも笑っていない。
 むしろ、ああやって乱れた息を整えつつ、連携を確認しているのだ。あきらかに戦い慣れていた。

――手加減なんか、絶対に出来ない。でも、こいつらはオルフェルの仲間、なんだよな……

 先ほど見たオルフェルの変わらない顔、そして体ばかり大人になっていたニルヒナの姿が脳裏にちらつく。
 煮えきらぬフェイの中途半端な覚悟は、とうとうダガーの先にも現れた。

「おいおい、震えてるのか」

 そのわずかな隙すら、盗賊たちは見逃さなかった。
 口元に笑みを浮かべた盗賊の一人が、戦いの合図を告げるべく矢を構えた――ちょうどその時だった。
 フェイの背後から艶(なま)めかしい声が響く。

「あら、三人とも不細工ね。アンラッキー」

 フェイが顔だけ振り返ると、そこには月明かりを浴びたディアナが、つまらなそうに髪をかきあげていた。

「ディアナ! どうして」
「どうしてって、そういう契約じゃない。さあ、増える前にさっさと片付けましょう。黒猫ちゃんは、あの射手だけお願いね」

 事も無げに言い切ると、ディアナは砂の上を滑るように進み、次の瞬間にはフェイの横に並んでいた。
 そしてそのまま盗賊達へ襲いかかろうとする彼女を、フェイは慌てて止めた。

「ディアナ。その、頼む。あいつらを……殺さないでくれ」
「はあ? まだゴルゴンに未練があるとでも言うの? それともあなた、本当にマゾなの?」
「ち、違う! そうじゃない! でも、どうしても殺したくないんだ。頼む!」
「ふぅ……協力するなんて約束、するんじゃなかったかもね。まぁいいわ、了解よ。黒猫ちゃん」

 ディアナは両手を体の前で交差させると、腰に差した二本のシャムシールを一気に引き抜いた。
 その怪しげな曲線が、彼女の体の腕を舐め回すように踊る。まるで銀の蛇が巻きついているかのようだった。

「ふっ」

 呼気と同時にディアナは砂漠を細かく蹴り、剣を持った盗賊二人へ迫る。
 砂の上とはとても思えない加速力に、盗賊たちは焦りの表情を浮かべる。だが、それもほんの一瞬で、すぐさまショートソードを構えると、接近するディアナに向けて正確な突き次々と放った。
 だが、まるで砂漠に浮かぶ陽炎のように、突きはディアナをすり抜けた。

「だめね、もっと腰を使わなくちゃ」

 焦って剣を引いた男達が見たものは、二人の中央に平然と立つ美女の、あでやかな微笑みだった。

「砂漠の踊り方、教えてあげるわ」




「ハァッ……ハァッ」

 エドガーはひたすら走っていた。まだ死にたくないのだ。
 王子という自由の無い生活の果てに母は殺され、父もすっかり人が変わり、寂しく、辛いだけの日々だったはずだ。
 なのに、それでもまだ死にたくないと願いは、どこから沸いてくるのだろうか。

「ハァッ……ヒィ」

 しかし、その体は限界に達していた。肺は悲鳴をあげ、止まれと引っ切り無しに命令している。
 王である父は、体の弱いエドガーをさらに過保護に育てた。その結果生まれたのは、一般人より遥かに体力の劣るこっけいな王子だ。
 剣の王の継承者として相応しくない事を、エドガーは痛切に感じていた。

 ガツ

 つま先が砂漠に引っ掛かり、濡れた砂に思いっきり顔を打ち当てた。
 口の中に砂の味が広がったが、顔を上げる気力も残っていない。むしろ、濡れた砂漠で服が湿り、それが気持ち良かった。
 いっそこのまま眠ってしまいたい――そんな欲望が、むくむくと頭をもたげる。
 その時、声が空から降ってきた。

「ねぇ、大丈夫?」

 王子は弾かれたように砂から顔を上げた。
 月明かりに淡く光る栗色の髪、清楚な服、優しげな瞳、そこにいたのはまるで、

――天使様?

 その女性はエドガーの前にそっと屈むと、顔についた砂を指先で優しく払った。
 柔らかで温かい指の感触に、顔から火が出そうになった。
 それは羞恥とは少し違う、胸の奥を燃やすような不思議な感覚。

「はい、もう大丈夫よ」

 天使は微笑み、その笑顔に王子は全身を貫かれたのだった。




――みんな、大丈夫かなぁ

 ルナは一人、砂漠を歩いていた。
 いくら足手まといになるとは言え、一人だけ逃げ出している事に変わりは無い。さすがに罪悪感だって沸くというものだ。
 ふと気になって後ろを振り返ると、濡れて薄黒い砂漠の上に白い光が近づいているのが見えた。

「追っ手?」

 油断無くボウガンを白い人影に向ける。だが、その追っ手はどうにも違和感があった。
 まず何より派手すぎた。真っ白なコートを着た盗賊など聞いた事が無い。それに、必死で走っているようだが、どちらかと言うと逃げている感じだ。
 徐々に近づいてくるにつれ、その人影が月明かりにハッキリと浮かんできた。
 小さな身長に、見事な金髪、そして豪華な身なり。

――あっ! まさかあれが、王子様?

 ピタリと頭の中で思考が噛み合った瞬間、ルナは駆け出した。
 しかし、その直後に人影は砂漠の上にバタリと倒れてしまった。そしてそのまま、力尽きたように起き上がらない。
 ルナは慌てて駆け寄ると、おそるおそる声を掛けた。

「ねえ、大丈夫?」

 その途端、王子はパッと顔を上げた。
 月明かりを受けてキラキラと光る金髪、優しげでかつ繊細な顔立ち、どこまでも澄んだ蒼い瞳、天使のような儚い美少年。
 ルナの理想(よくぼう)の結晶が、そこにいた。



 二人目の盗賊がシャムシールの柄でこめかみを打ち抜かれ、ひっくり返って昏倒する。

「いやね、早過ぎよ。もっと楽しませて欲しかったわ」

 肩を落としてそう言ったディアナの息は、確かにほとんど上がっていなかった。
 そのセリフに気を取られた盗賊の首筋へ、フェイはダガーの背を当てなんとか昏倒させる。当然、息はゼイゼイと上がりまくっている。

「お疲れ様、向こうでエルカ達が待ってるわ。いくわよ」
「……ゼィ……くそっ、化け物親子めっ……ゲホッ」

 咳き込みながらも、フェイは負けん気だけでディアナに追走した。




 竜馬の馬車の中で揺られながら、エドガーは心配そうに尋ねた。

「あの、皆さんを置いて来ても良かったのでしょうか?」

 その質問に、隣に座ったルナはニッコリと頷く。

「フェイやエルカなら大丈夫。生まれ付きしぶといので、砂に潜ってでも助かります。それより、一刻も早くお父様のところへ戻りましょう。きっととても心配されていますわ」

 ルナと王子はあれから二時間をかけて砂漠を抜け、待っていた馬車を見つけ出した。
 そしてそのまま馬車に乗り、一路バイスアルムへ、そして王都を目指していたのだ。
 今は何より王子の命を優先するという、ルナの判断である。

「それにバイスアルムに出れば、通りかかった人達に救援を求める事も出来ます。今はとにかくお休み下さい。さぁ、ひざ枕をして差し上げますから」
「は、はい」

 王子は真っ赤になりながらも、そのひざに寄りかかった。

「王子! バイスアルムに馬車が見えますぞ!」

 チョビ髭の御者のこの一言に二人は顔を赤くして飛び起き、窓から顔を出した。
 月明かりを受けて白く輝くバイスアルムが、まず目に入った。
 そこに一点の染みが見えた。そのシルエットから馬車、それも相当高級な馬車であると分かる。
 ルナ達の馬車がバイスアルムに近づくと、向こうもそれに気がついたのか馬車を止めた。

「あ! あれは剣の紋章! 軍の馬車です!」

 馬車の脇にある紋章を見つけ、エドガー王子は声を弾ませた。
 御者はバイスアルムに入ると急いで馬車を止め、ルナ達はすぐさま飛び出して、その馬車に近づいていく。

「私はエドガー=グロスター! この国の王子です! 至急、救援をっ」

 馬車からぬっと人影が現れた。キツそうな正規軍の将校服を着込んでいる太った男だ。
 男は王子を見るなり、眉を吊り上げた。

「王子……何故、貴様がまだ生きている」

 ゴリネルは憎々しげに吐き捨てると、腰の剣に手をかけた。




ご感想は↑こちらから
誤字報告も助かります


アルファポリスに投票




NNRに投票


アクセス数
ページビュー数