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2025年3月 アーカイブ

2025年3月15日 13時53分20秒 (Sat)

3月10日ラストブログ

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お疲れ様です!
4年の吉持です。
ラストのブログとなりました。
感謝と懺悔の気持ちを込めながら、ここに書き込んでいきます!

僕は5歳の頃から水泳を習い始め、週5回の練習と週2回の塾を両立しながら過ごしていました。放課後友達と遊んでいても5時になったら自分だけ先に帰ってプールに行く。そこからは8時過ぎまで泳ぎ続ける。しかもめちゃくちゃ怒られながら。「こんな思いをしてまでなんで泳がないといけないんだろう」とずっと考えていました。そのため、当時は本当に水泳のことが嫌いでした。中学入学と同時に水泳をやめ、やりたかったサッカーを始めました。個人競技から団体競技を始めて、自分の力じゃどうしようもないこともあるのだと学びました。同時に僕はいくつもの怪我を負いました。大学に入り、サッカー部に入るか迷いましたが、怪我も考慮して諦めました。商大に入ったら商学科に入ると決めていたので、最初の一年はそれだけを考えて頑張りました。無事商学科に入り、何か新しいことに挑戦したいと思い始めた頃に、水泳部に出会いました。きっかけは、フットサルサークルで出会った先輩とゆきのさんが知り合いで、紹介してもらいました。部活体験をさせてもらった日のことはいまだに忘れられません。1つ、緊張しすぎてバスに轢かれそうになったこと。1つ、南樽駅で集合だったのに、皆さんの顔を知らなすぎてすれ違ってしまったこと。1つ、とにかく皆さんが優しく接してくれたこと。1つ、りょうとが練習後に倒れたこと。初対面だったゆうきと一緒にりょうとの看病をやったことをいまだに根強く覚えています。
入部後はある目標に向かって練習に取り組みました。それは「50メートルの30秒切り」です。小学生の頃はギリギリのところで切れず、とても悔しい気持ちがあったのでこれを第一の目標にしました。二つ目は、小学生の頃のコーチをタイムで驚かせることです。水泳部が参加している札幌での大会に自分が所属していたチームが時々参加していることを耳にしたので、いろいろやられた恨みを晴らすためにも努力することを決意しました。
自分のタイムの縮め方はとてもシンプルで、PDCAサイクルをとにかく回しまくることでした。もうご存知の方もたくさんいらっしゃると思いますが、PDCAサイクルとは、Plan do check actionの略で、YouTubeのコーチ動画やみんなからもらったアドバイスを自分の中に吸収し(plan)、次の練習でやってみる(do)。実際に泳いでみた感覚やマネージャーさんが撮ってくれた動画などを見ながらそれを改善できる方法を探す(check)。見つかったらそれを次の練習でやってみる(action)。これを毎日のように練習に参加して行っていました。そしたら、一ヶ月後のGW合宿の記録会であっさり30秒を切っていました。同様にバタフライも同じ方法で練習していたら、練習の時に30秒を切れました。こんな感じで、やればやるほど目に見えて結果が出ていたこの1年間は、自分にとって最高の水泳人生だったと思っています。
3年生になってついに二つ目の目標を叶える時が来ました。5月の札幌での大会です。この大会に向けて4月はひたすらに練習していました。フォームも自分にとっては完璧に近く、ゆうきに相談しながら3万円のレース水着を買って準備を整えていました。そんな最中の5月8日の夜。フットサルサークルで、前十字靭帯損傷の怪我(手術確定)をしてしまいました。またもやサッカーで怪我をもらってしまい、半年の水泳禁止を喰らいました。ほんとにアホですよね、、それからは全く練習に行くことはなくなりました。加えて、11月からメンタルが崩壊し、泳ぐ以前に生きていくことが本当に困難になってしまいました。就活中だったのもあって心も身体もボロボロでした。就活が終わってもなかなか症状が改善できず、4年生になったこの1年間も全然練習に参加できませんでした。これが自分からみんなへの懺悔です。先輩として練習に参加してみんなを引っ張っていかなければいけない存在にも関わらず、ほとんど参加しなかったこと、本当にごめんなさい。悪い例になってしまいました。ですが、そんな僕にもみんな本当に優しく接してくれました。全然顔を出さない先輩と会話をするのはとても気まずかったですよね、、でも短い時間でしたが楽しい時を一緒に過ごすことができてとても幸せでした。
そして先日の3月10日、きっと泳ぐことはできないだろうなと思っていたのですが、みんなと水球をしたり、リレーができて、一生の思い出を作ることができました。「水着履いてるなら早く入ってくださいよー!」とよねに言ってもらったおかげで、水に入るハードルがぐうっと下がったことも重ねて感謝しています。
長くなりそうなのでここら辺で締めようと思いますが、同期をはじめとしたみなさんがいてくれたおかげで楽しい大学生活を送ることができました。特にゆうきには何度迷惑をかけたかわかりませんが、それでも友人として仲間として支え接してくれたことをとても感謝しています。今までの卒業生の中で、ゆうきのように4年間がっつり水泳に打ち込んだ選手はなかなかいないんではないでしょうか。その点も含めて尊敬しています。
やめてしまった同期もたくさんいますが、みんなと過ごした日々は自分にとってかけがえのない思い出です。これからも元気で健康に過ごしてくれたらとても嬉しい限りです。
最後に、在校生の皆さん(?)、これから年を重ねるごとに全く異なる人生が始まります。その中で目の前の水泳に打ち込んでいかなければなりません。とても苦しい時期や楽しい時期が目まぐるしく繰り返されると思いますが、みんなで協力し合いながら、今の素晴らしい部の形をこれからも引き継いでいってくれたら嬉しいです。同期同士は特に仲良くしてね。

今まで本当にお世話になりました。みんなの健康と幸福を祈って締めさせていただきます!本当にありがとうございました!

※注意喚起「みんな怪我には気をつけてね」
めっちゃシンプルな話ですが、怪我をすると一定期間泳げなくなってしまいます。そうすると、体力もなくなるし、泳ぎ方もわからなくなります。今まで積み重ねてきたことが一瞬にして砕け散るので、日々の生活では怪我をしないように本当に気をつけてください。おふざけができるのは大学生の特権ですが、今水泳にのめり込むことができるのもみんなの特権です。あと、手術は本当に痛いし辛いです。自分の場合、手術経験がある真奈に色々と教わってから手術ができたのでまだマシでしたが、1人だとめっちゃ孤独を感じるので、そもそも怪我をしないように!
あと、メンタル面でも自分のことを一番大事に、追い込みすぎず!ゆうきもブログで書いてましたが、自分を大切に思ってくれる人を大切にする。逆に言えば、酷いことを、言ってくる人の言ってることは話半分に聞き流すくらいでいいんじゃないかと思います。

2025年3月15日 11時16分49秒 (Sat)

3/10 春合宿午後 Part22️⃣

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4年マネージャーの中田です。
みなさん合宿3日間お疲れ様でした!

今年は、2日目に大会を挟んだということで疲れている選手やマネージャーも多いなか、3日目は午前記録会、午後もレクやリレーなど皆さんやり切りましたね(ノ_<)追いコンも開催してくれてありがとうございました。3日間皆勤の人たちも結構いると聞いています、全員に拍手ですね👏3月オフ楽しんでください!


私はまず、入部当初からこのブログの存在が大好きです!被っていない代の記事まで結構読んでいます。

追いコンの挨拶でも「平日の朝早くからわざわざ泳ぎに来てる人に悪い奴はいない」と言われて納得したと話しましたが、私はそれに加えて入部前からこのブログの存在を見つけていました。
大学生になってまで(いい意味で)、毎日練習後ブログを更新して、それにみんなでコメントしている集団、いい人たちに決まってるじゃん と思って体験行ったら実際いい人たちで入部を決めたんです。笑 そんな人もここにいるので、ブログは個人的にずっと続けていってほしい文化です!

そんなブログを更新する最後の機会ですが、何も思いつかないので一旦簡単に私の4年間を振り返ってみようと思います。

1年生の時は、わからないことだらけ&楽しくて、先輩方にもたくさん可愛がっていただきました。コロナ禍で、腐りかけていた私の大学生活が180度変わりました。

2年生はとにかく部活に行きました。個人的には、この時の部活の雰囲気がすごく好きだったことを覚えています!4年マネの4人がいる練習が幸せでした😻

3年生になって、前まではとにかく起きて部活に行ってさえいれば頑張れたと思っていたけど、そうではなくなり、自分たちで考えて動いていかないといけなくなったことが難しかったです。個人的には部活外の問題も全て重なった期間でした。自分たちの求心力の無さに何回も悩んで、でも何をしても効果がないように見える期間が続きました。今の部活のここが問題で、ここが良くない という話をたくさんしましたが、結果的に「すぐに変えられないことよりも今頑張ってる人たちに目を向けたい」と言ってくれた1代上の先輩方の言葉が本当に励みになりました。たくさん心配と迷惑をおかけしたと思います。ありがとうございました。

4年生は、自分のしたいことを優先しすぎてしまいましたが、みんなで北部行けたのがとっても楽しかったです!


組織には、そこにいる人の数だけバックグラウンドがあって、様々な思いを持つ人がいると思います。でも、なぜそういった経歴も性格も違う人々が集まってチームになっているかというと、そこには何らかの共通項があるからだと思います。例えば、水泳部は「水泳が好き」という共通項だけで様々な個性を持った人たちが集まっています。これは当たり前に見えて奇跡みたいなことだと思っています。が、そこにはその共通項だけでつながっているからこその脆さも含んでいます。
そんな組織の中で、全員の足並みを完全にそろえることは難しいです(個人競技の水泳はなおさら) 。でも、少なくとも、同じ方向を見ることはできるのかなと思っていて、そうすれば各個人の個性を活かしつつも目指す姿は同じなのでそこに向かってみんなで努力できるのかなと思います。でも、その向く方向を揃えるためには、まず話し合うことが不可欠で、そのためには幹部だからとか幹部じゃないからとか関係なく全員に当事者意識が必要になってきます。

例えば、部活に参加する人数が少ない時に「今の雰囲気だと行きたくないな」って思うか「今の雰囲気を変えるためにはどうしたらいいだろう」って考える人では全然違ってきませんか?
参加ではなく 一歩進んで 協働 できたらいいですね🦭✨
綺麗事かもしれませんが、私たちができなかったからこそ、笑 今の部活ならできると思っています!


最後に

先輩の姿が大好きでした。たくさん遊んでくれて、でも練習の時はいつも真剣なメリハリのある姿を見て育ちました。OB渉外になったのも、歴代ついていた先輩がたが本当に憧れだったからです。

同期の存在がなければ今ここにいません。2年生の10月、あやとゆうきと大学に夜まで残って駅前のモス食べて帰った日を覚えていますか?笑 あの帰り道、あやと一緒に約束をしたから、4年の3月まで部活にいることができました。

後輩の皆さん、全然いい先輩の姿を見せられなくてごめんなさい!新歓で入部してくれたみんなひとりひとりが大切です✨これからも応援しています!

何かに夢中になる、何かを続けるという経験は人生を通してもすごく貴重で、ありがたい環境でした。この部活に入って、同期や先輩、後輩たちと出会って、純粋に楽しい!と思い続けることのできたのは、ささやかながらも贅沢すぎる毎日でした。皆さんありがとうございました!

すでにたくさんメッセージいただいたので、コメント頑張って捻り出さなくて大丈夫です☺️笑 


中田志穂

2025年3月13日 23時23分15秒 (Thu)

3/10 春合宿最終日 午後Part 1

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お疲れさまです!

4年マネージャーの鈴木亜弥ですラストブログ!です!
はじめに、言語化して表現するのが上手じゃないので各自で筆者の気持ちを汲み取ってください。

 

まずは、3日間お疲れさまでした!

3日目午後は自己ベスト+30秒からディセンディングでした!マネ業が久しぶりすぎてストップウォッチを扱えるか不安でしたが、さすが、4年間やってた成果で体がきちんと覚えてました🙌みんなで同じメニューに取り組むのが懐かしくとても楽しく感じました!選手の皆さんは辛かったですよね笑お疲れさまでした!

その後は水球やら板キックリレーやらのレクで盛り上がってましたね。1年の優ちゃんも大活躍でもう部活に馴染んでいたので、今の部活の良さがすごく出てると思います。

今年は間に大会を挟むなど例年とは違った合宿でしたが、準備してくれた後輩も同期もお疲れさまでした。

毎年この春合宿で完全に卒業していく先輩を見送っていましたが、まさか自分たちの番がこんなに早く来るとは!と驚きですが、悔い残すことなく終われたのかなと思います。

 

ここで私自身の水泳歴を振り返ってみますね。

知ってる人もいると思いますが私は実は小2から高3まで選手として割としっかり泳いでいました。コロナの影響もあって一旦水泳とは距離をおこうと大学に入ってからは色々なサークルを見て回ってましたが、気づいた時には素敵なマネ先輩に導かれ、かなり不純な動機で水泳部に入部してました。

最初は同期ともあまり会う機会がなく辞めようかと思ってたところで私の大学生活1番の大切な出会い、中田志穂が入部してきてくれました。志穂のおかげで4年間頑張れた私がいると言っても過言でないほど大きく、そして大事な出会いでした。

3年になって部活を運営する側になった時、こんなにも上手くいかないものか、とよく思ってました。部員の数だけ考え方や価値観が違うのはもちろんですが、同じ方向にみんなで向かって頑張っていくために自分に何が出来るのか、がむしゃらに模索していた期間が1番辛くて大変でした。毎朝起きてマネージャーとして選手のタイムをとり応援する日々で、これが本当に部活のためになってるのかなとか思ったりもしてましたが、先日悠希が辛い時にいてくれる存在を大切にって言葉を聞いてあの時の私はきっと救われたと思います。

4年生の時はもう、本当に自由に自分の好きな時間を好きなことにかけさせてもらいました。後輩マネたちにはお手本になる姿を見せられたかどうか、、でも私がそうだったようにかっこいい先輩の姿をみて入ってくれる後輩がこれから来るかもなのでみんな頑張ってね😉
 

私は、4年目をどう過ごすかはその人の自由だと思ってます。でも部活に参加してた日々の中で行かなきゃよかったと思った日は一日たりともないし、同期や先輩後輩と会うとなんだかんだ部活の話をしてしまっていたのを考えると、結局部活が好きで、水泳とは縁の切れない人生なんだって感じます。

 

楽しい時間も苦しくて辛い瞬間も、決して1人じゃなくて共有してくれている誰かが必ずいるので、そういった人たちを大切にすることが大事なのかなって思います!今の部活の中で、先輩方が引き継いできてくれた変わらないものも大切に、変わっていく環境は楽しんで!商大水泳部のこれからを陰ながら応援してます!みんなそれぞれの色を生かして今後も協力して頑張って欲しいです💎

 

4年間長いようであっという間でした!一緒にいてくれた同期たち、支えてくれた先輩方には感謝の気持ちでいっぱいです。

これからの水泳部をつくっていく後輩たちには期待を込めて、ラストブログとさせていただきます。

 

ありがとうございました!

                 鈴木亜弥


2025年3月13日 11時10分32秒 (Thu)

3/10○ 午前 月曜日 

もうさんざん水泳部で泳いだしいいやってラストブログ前に思っていたんですが、その原因はずばり2バタを泳がされた(←重要)ことに行き着く。んー、よく泳いだな、練習まともにしてないのに。なんで失敗する前提で泳ぎに行くかな?
ということでラストブログです。

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なぜ2バタを泳がなければならなかったのか?きっかけは約一時間ほどさかのぼり……、今回、遅刻しました。
遅刻をしたら必要なことといえば、一つですね?
 
そう。謝罪と禊です。(あれ?二つ......)
かくして追い出される日に間抜けを晒したアホは、馬鹿らしいことに戯けたペナルティを負ってしまいました。
その名も2バタ。
 
ちなみに、タイムは54.55-1:09.08-1:22.33-1:25.69で、4:51.65でした。
ところで隣では八人で400IMを泳いでたんですが、そのタイムは4:49.36だったみたいなので、大敗北をかましました。
 
というか、なんなんですか?とりあえず200あるからゆっくり行こうとしてた最初の50から+30落ちって??
 
このままのペースでいけば、8バタの到着タイムは2:00-3:00-4:00-5:00-6:00-7:00-8:00-9:00で40分コースでしたね。理論上。
アホかな?(もっと言えば100メートル9分って何よ????)
 
最初の100メートルは別によかったんですよ、後半がいかに地獄か!
腕は上がらない。足はなんかいずい。肺は酸欠をサインして。脳みそは……
 
「疲れた4:ギブ3:辛い2:義務感1」
義務感で泳ぎ切りました。おわったら達成感もすごかったので、面白かったです。二度と泳ぎませんが。
 
というか、それを1年の時に禊扱いでやらせようとしてた先輩方は悪魔かなんかなんですかね。
なんだかんだ許してくださったので、天使に見えていたのですが、悪魔は天使の姿をするとも言いますしね。
 
 
クレタ人のパラドックスっていう話があって、簡単に言うと「「私はうそつきだ」と私は言った」っていう自己言及によってどちらでもおかしくなるってお話があります。
まあ逆を考えてもらえば早いんですけど、「私は正直者だ」って正直者でも嘘つきだとしてもいえるじゃないですか。だからこそ、私は噓つきは言えなくなるって論法なんですけど。
これよく天使は常に正直で、悪魔は嘘つきって前提があるから成り立つのであって、かくして先輩たちは人間だと証明(こんなひどい証明あってたまるか)されました。おめでとうございます!
これは数学では「矛盾がなければ正しいかどうかを決められない問題があるという体系がある。その一例はその体系は矛盾がないとその体系内で証明することである」というものに行きつき。
ただの数学の定理なはずなのに哲学などに影響を与えました。「自分の正しさなんて証明できない。ゆえに不完全なものがあっていい。」とね。
 
でも、それは正しい理解じゃない。答えは、「もしその体系が矛盾がないと証明出来たら?」という新たな視点がもたらしてくれる。
「あらたな理を加えたときに、それまでよりよい体系が構成されたということ。」
言い換えれば、「新たな視点が新たな知見を生む」のほうが重要視されてきた。
 
自分の好きな言葉の一つに、『その場にとどまるためには走り続けなければならない--不思議の国のアリス』ということばがあり。
これは赤の女王仮説という生物学の分野にかかわりがあって、この言葉をよく引用される。
 
さて生き物においては、この言葉は『子孫を残すために必要なことは進化である』と解される。
人間であっても大して変わらない。毒になるか薬になるかわからないまま変化を受け入れて歩むことは怖いことではあるけれど、行動したものだけが新たな世界に踏み出せる。
 
ところで、そうやって変わったらそれはその人なのか?
『テセウスの船』はそれに疑問を投げかける。
とある船のレーダーが故障した。だから新たなレーダーを導入した。同じ船に穴が開いた。だから同じ板材で作り直した。
竜骨が。マストが錨が。帆が床が部屋が延々と。そうしてすべてのパーツがすべて入れ替わったとき、それは本当に同じ船なのだろうか?って。
 
そこを分かつのがきっと、魂ってやつだと思う。自分はその役回りをできたのかと問われるとまったくそんなことはないなと思うけれど、水泳部だってそうだ。自分が入ってきたときには今OB3~1年をやってる人たちが部員としていて、時が来た時に次の世代に場所と思いを託した。もっと言えばその先輩たちももっと上の先輩から託された部活を次に渡してきたんだろうなという想像は容易。自分の代も尚輝さんや美郷さんたちから渡された「水泳部」、悠希をはじめとしたほかの同期の手で将平や米たちに引き継がれてる姿を見て。先人たちの思いは、同期の思いはちゃんと届いていたんだなっていうのが垣間見えて、よかったなって思った。だって、頑張ってたのは水泳部との距離を置いていた自分でも知ってたレベルだからね。価値あるものだと信じたものが他人から認められているのは、傍から見てもやっぱり「よかった」以上の感想としては言葉に表すことができないぐらいの思いはある。
 
それを見てるとまあ、自分はもう思い残すことはない。
そりゃあ練習もっと来ればよかったとか、みんなともっと話す機会を作りに行ければよかったというのはあるけど、ね。でも、なんだかんだで居場所を残してくれた同期後輩たちには感謝してるし、だからこそ、もう出ていったほうがいいって思いが強いからね。むしろ、新1年が入ってきてどうなるかというのにワクワクしている自分がいる。
それはやっぱり「変化を内包した」という変わらない部活動の中で、どのようになるのかっていうのが絶対に見てて飽きないだろうからね。だから北海道もどったら顔ぐらいは出そうと思ってるぐらいだし。
いや、悪影響か?

でも「楽しんで」やってほしいかな。だって、この「水泳部」って楽しかった場所だから。目標にもあった筈だけど。そして楽しいをどうやって水泳部自体が好きな状況に持っていくかが腕の見せ所だし、それが水泳部の定着数を上げるし、いい組織になる。というかみんな、思ってる以上に雰囲気出るなぁってわかるでしょ。(ブラック企業臭的なノリで)
余裕ないなってとき本当に視野が狭くなる。そして新たな知見は斯くして得られなくなる。それは堂々巡りをやっているような感覚に陥るからだ。同じことをやっているように思えてくるからだ。座標平面上の円上を回る点Pの気分だ。
 
でもそれは本当に正しいのか?否。少なくとも前のやり方ではうまくいかないっていう知見がある時点で前回とは違うんだ。同じところを回ってるように見えても、ちがうことは絶対にある。例えば、さっきの円であれば。一本線を増やすだけで。数度角度をずらすだけで円は螺旋を描き始める。そんなことに気づくのに大学時代の大半が費やされたけれど、だからこそ言えることがあるとするならば、楽しんで頑張れよぐらいの月並みな感想に落ち着くなぁ。
 
そろそろラストブログも終わり。割と長かったけど悠希のほうが分量あったのは流石。
さて、また会える機会があることと、健康と、安全とその他もろもろうまくいくことを願っている。
そして、かかわった皆さんにこの場を持って感謝の言葉を述べさせていただく。
四年間大変世話になった。ありがとう。次に会ったときはその後の話を聞かせてくれ。じゃあな。

2025年3月13日 3時14分41秒 (Thu)

3月9日(日) 春合宿2日目 北海道春季

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お疲れ様です。
4年生の宮田悠希です。

とうとうラストブログの時が来てしまいました…。
ただいつも通り、その日の振り返りから書きたいと思います。✏️


この日は北海道春季でした。🔥
野幌総合運動公園総合体育館プールで開催され、商大からは選手13名・マネージャー2名が参加しました。
大会結果を振り返ると、自己ベストを更新している人もいれば、惜しくも自己ベスト更新ならずという人がそれぞれ半分ずついたという印象でした。(ゆづきは50mバタフライで歴代記録を更新していました!🎉おめでとう!🎊)ただ、珍しい長水路でのレースだったため、レースを通して来年度の北部に向けた課題を発見できるとても良い機会になったと思います。✨また、マネさんも観客席からたくさんの人数のタイムと動画をとるという大会でしかできないことをすることで、パワーアップできたんじゃないでしょうか。💪
けど、それ以上に、春休みなので他の用事もあるはずなのに大会に参加した時点で、選手もマネさんももう来シーズンの良いスタートダッシュは切れていると思います!なので、自己ベストが出た出なかったに限らず、大会に参加した選手は自分に自信持っちゃいましょう!😁大会に参加したマネさんも自分の腕に自信持っちゃってください!😊でも、大会に出れなかった選手もマネさんも今から頑張ればすぐ大会に出た人に追いつけます!😄できる事は沢山あります。まず手始めに「北海道春季での仲間の泳ぎを見る」なんてどうでしょう!きっと泳ぎから学べることは選手もマネさんも沢山ありますし、なにより「負けられないな~」って気持ちわいてきますよ!
あと、やっぱり大会は大人数で参加すると、一緒にストレッチできたり、アドバイスしあえたり、仲間の泳ぎを見てモチベーションが上がったりして楽しいですね!👍来シーズンも、様々な大会に沢山の部員が出て、良い記録を出していることを期待しています!それ以上に、「大会部員皆で頑張れたし、何より楽しかった!良い思い出になった」って報告をたくさん聞けることを楽しみにしてますね。


ここからは、僕の14年間の水泳人生を振り返っていきたいと思います。正直、大学の4年間のみ書くか、14年間すべてを書くか迷いました。これは商大水泳部のブログですしね…💧。ただ、もしかしたらJSSあゆみ時代の僕に関わってくれた方や、中学高校の友達、スランプに悩んでいる人も読むかもしれないと思ったので、14年間を書きます。

僕は、小学校2年生で水泳を習い始めました。始めたきっかけは、僕が水に対する恐怖心がありすぎてお風呂でシャンプーをする度に泣いていたのを親が心配したからです。また、僕は小学校2年生に進級したタイミングで北見へ転校したのですが、近所に住んでいた同学年の子がほとんど水泳を習っていたのも水泳を始める一因となりました。それから、着々と4泳法を覚え、中学校に入学する直前に水泳に競技として臨むようになりました(JSSあゆみの選手コースに入り、高校3年生の8月末まで選手コースを続けました)。そして、大学1年生の4月から商大水泳部に入り、3日前まで競技としての水泳を続けてきました。
水泳を競技として始めた当初は、丁度背が伸びるタイミングだったこともあってか、ぐんぐんタイムが伸びていきました。全盛期は中学2年生で、大会を出るたびに自己ベストを更新し、賞状は当たり前のようにもらえて、「全国大会も現実的に目指せるぞ」とコーチに言われるようになりました。他にも、札幌水泳連盟の強化合宿に参加させてもらい、当時のトップスイマーたちと練習できて当時は、「毎日楽しいな」と思っていました。しかし、中学3年生になってから、徐々にタイムが伸びなくなってきました。タイムが伸びなくなっていくにつれ、焦りが増していきました。そんな焦りがあったので、高校受験で勉強のために長く練習を休み体力がなくなりもっとタイムが遅くなることが怖かった。なので、はっきりとは覚えていないのですが確か志望校の高校受験の2か月前まで勉強もあまりせず水泳の練習に通っていました(JSSあゆみの練習は週に6回ありました、さすがに受験半年前からは練習参加を週3、4に減らしていましたが…)。けど、受験への不安もあるし、タイムが伸びないことへの焦りもあり、今考えると勉強にも水泳にも完全に身が入っていませんでした。そして志望校に落ちました。そうして高校に進学したのですが、今度は完全に自分の泳ぎが分からなくなりました。泳ぎが分からないというか、いざ泳ぐとなると良いタイムを出そうとする気持ちが空回りする、イップス(極度のスランプみたいなもの)でした。僕の場合は、他の泳ぎでは肘が曲がるのに平泳ぎを泳ぐと肘がほぼ曲がらなくなりました。当時は「なんで俺が…」とばかり考えて、「こんな生活全然楽しくない」と感じていました。ただ、何とかタイムを持ち直したい思いはあったので、JSSあゆみの同年代はあまり参加しないような練習会に参加したり、プライベートレッスンを受けて見たり、短期のテニス教室に通ってみたりギターの練習をしたり(←この二つは客観的に考えると水泳に直結しなさそうですが、当時はいたって真剣に水泳のタイムを持ち直すために取り組みました!😂)しました。けど、結局高校3年間で、僕の得意種目の平泳ぎの中学時代のタイムを超えられたのは長水路での50m平泳ぎのみでした(しかもわずか0.03秒)。僕は高校3年生の時、ちょうどコロナが真っ盛りの頃だったため、引退試合は高体連でも公式戦でもなく、JSSあゆみで開かれた通信大会でした。ただ、そのレースも終わり、いざ水泳を引退するときにJSSあゆみの当時の選手コースのメンバーと沢山のOBを集めてみんなの前で100m平泳ぎを全力で泳がせてもらいました。結果、それもベストタイムではありませんでしたが、泳ぎ終わり感じたことは、「良いタイムが出ていた時も、悪いタイムが出ていた時も、振り返るとどちらも良い思い出だし楽しかった。」ということです。目標に向かって頑張っていた日々は、つらいこともあったけど自分にしか経験できなかったという意味で楽しかった、と高校生なりに目標に向かうことの楽しさを学びました。
その後、今度は受験に失敗せず何とかこの大学に入学しました。当時は、「水泳は好きだし、部活も入ってみようー」という軽い気持ちで入部しました。1年生の12月までは、副務の仕事をすることはありましたが、ほとんど部活の運営のことなど考えずお客さん感覚で部活に来ていました。タイムを出すための水泳でもなく、水泳を通して絆を深めるという水泳でもなく、ただ純粋に自分が水泳を楽しむことに焦点が当たっていました。ただ、代替わり後から副部長・副務・新歓隊長を務め、1月からメニュー係とメニュー係のリーダーも務めるようになり、だんだんと部活の運営のことを考えるようになりました。ただ、この時期は、部活をこうしたいからこの仕事をするというより、一つの仕事を自分のできり限り全力で行うという風に、目標うんぬんより目先のことでいっぱいいっぱいになっていたと思います。そんな中で、代替わりがあり、今度は部長に就任しました。僕は、商大水泳部を「みんなが、ここが自分の居場所だと思える水泳部!!」にするということを目標に掲げました。主将就任が、目先のことのみを考えていた状態から「部活をこうしよう」と大きな目標をもとにものごとを考えるというきっかけになりました。しかし、いざ部活を運営するとなると、簡単にいかないことばかりでした。でも、めげないでこれが駄目なら次はこれだと主将期間を踏ん張れたのは商大水泳部を「みんなが、ここが自分の居場所だと思える水泳部!!」にするという信念があったからでした。そして迎えた十学では、体調不良者を除いて9割の部員が参加してくれました。今でもはっきり覚えているのは、レース前、商大水泳部の席を見ると、たくさんの部員の皆が大声で応援をしてくれていたことです。「頑張る人を皆で応援する」そういう部活が作りたかった僕にとって、何とか代替わり直前にはなってしまったけど作りたかった部活が完璧まで行かなくともほぼ完成した瞬間だと感じました。その後、代替わりし、僕は役職から降りました。そして、4年生として、次の代あるいは次の次の代が作りたい部活を実現していくことをサポートしていくのに3日前まで取り組んできました。4年生の1年間は、どうアドバイスをしたら良いか悩んだことは沢山ありましたが、でも後輩が一生懸命部活を良くしようとしてくれているのを見るだけでとても幸せでした。また、北部や夏合宿、道学、十学など、たくさんの部員で参加できて本当に楽しかった。やっぱり、たくさんの部員で何かに向かって頑張ることは部活の醍醐味だと思います。いろんな人がいる、いろんな考え方がある、でも目指すものは同じ、そんな中で生まれる応援や言葉って、他の場所では生まれない素晴らしいものだと思います。やっぱりみんなの楽しそうな顔を見るのが一番うれしかったし楽しかったし幸せでした。
北海道春季でのラストレースまで、中学時代のタイムを超えることにも挑んできましたが、結局越えられませんでした。けど、もう悔いは全くありません。北海道春季の100m平泳ぎ、200m平泳ぎは、僕のしたい泳ぎが完璧にできました。何と言うか、すがすがしい敗北です。

長くなってしまいましたが、
「いろんな人、いろんな考え方がある中で、皆と協力して一緒に一つの目標を目指す。それが良い結果になろうと悪い結果になろうと、その目標を目指す過程でしか見られない景色がある。」って、ことを僕は14年間の水泳人生を経て学びました。
高校での水泳引退時も似たようなことを感じていましたが、大学での水泳を通して、より一層うまくいかなかったときに見た景色にもうまくいった時に見た景色にも同等に価値があるということを確信しました。うまくいかない時に、心配してくれた人の言葉や手伝ってくれた人の姿が、どれだけありがたいものだったか。一緒に目標を目指す中で生まれる言葉がどれだけ価値のあるものなのか。こんな贅沢なことを学べて僕は幸せだったと思います。


もう一つ、14年間の水泳人生、特に4年間の大学水泳で学んだことがあります。これは、商大水泳部の皆さんに宛てた最後のアドバイスにもなります。
それは、「自分を大切に思ってくれる人を、ちゃんと大切にしよう。」ってことです。
僕は主将期間、部を良くするために悩むことが沢山ありました。けど、当時の4年生の先輩(今はOB1年目の先輩方です!)はいつも気を遣って優しい言葉やたくさんのアドバイスをくれました。OBの先輩方も、直接代が重なっていた方も重なっていなかった方も、心配したり応援したりしてくれました。当時の2年生や1年生も頼りないはずの僕を信用し、任せた仕事以上のことをこなしついてきてくれました。
そして同期は、どんな時も部活のことを考え、僕のことをサポートしてくれました。特に、亜弥と志穂には幹部だったこともあり、何度も何度も部活のことを相談しました。部活の相談で、ほぼ毎日のように電話したり、長文LINEしたりしても嫌な顔せず真剣に相談にのってくれました。多分、部活以外にもしたいこともたくさんあったろうに、部活を第一に考え僕の相談にのってくれました。同期の存在が僕の主将期間の心の支えでした。嶺斗、響、亜弥、志穂が同期で本当に良かった。
こんな最高な人たちと出会えて僕は幸せ者です。1人でもいなかったら、今の僕はいません。僕のことを応援してくれて、本当にありがとうございました。
僕が部活に真剣になることは、支えてくれる人への恩返しでもありました。皆さんも、どんな形でも良いと思います、自分を大切にしてくれる人は、ちゃんと大切にしていってください!商大水泳部関係ない場所でも、友人関係でも、恋愛関係でも、家族関係でもなんでもそうです!これは僕からの最後のお願いです。


最後に、このブログを読んでいるのか分からないけど、父さんと母さんへ。
14年間、応援してくれてありがとう。水泳を通して、水泳をやっていなかったら見られなかった景色と最高の仲間に出会えました。本当に楽しくて幸せな14年だったよ。


それでは、ここでラストブログは終わりにしたいと思います。
なんと文字数は5000字を超えてしまいました!!!
相変わらず話長くてすみません😅

水泳をやって良かった。商大水泳部に入って良かった。
商大水泳部の皆に出会えて本当に良かったです。
ずっと見守っています!
頑張ってね!!


宮田 悠希

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