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トルコとアルメニアの外交関係修復

2009年10月14日 22時22分42秒 (Wed)

10月12日、十年の敵対関係の末にトルコとアルメニアが外交関係を修復する協定を結びました。アルメニア側が以前から予定されていたトルコ側のスピーチに異議を唱えていたため、スイスのチューリッヒで行われた式典は三時間ほど遅れたようです。これまでこの隣り合わせに位置するこの国々は外交関係が断絶していました。その原因はオスマン帝国時代におけるアルメニア人の大量虐殺にあります。
 Berliner Zeitung http://www.berlinonline.de/berliner-zeitung/archiv/.bin/dump.fcgi/2009/1012/seite1/0165/index.html

今回の外交関係修復は両国にとって進歩的な一歩であったことは間違いありません。今後の課題は両国がいかに、上記の記事にあるとおり、民族問題を解決するかでしょう。

両国には民族問題に対する大きな溝が見られます。例えば、アメリカに落ち延びたアルメニア人は、こう証言しています。
「オスマン帝国時代に起きたアルメニア人たちの独立運動を鎮圧するためにやってきたトルコ軍は女子供も殺し、略奪行為を行った。逃避行の途中の餓死したものを含めて50万人が死亡した。」
 
しかし、一方であるトルコ人の歴史学者によれば、「帝政ロシアと手を組んだアルメニア人の叛乱鎮圧のため、トルコ軍が出動した。アルメニア人の女子供も容赦しない攻撃にトルコ軍は多大な死傷者を出した。これを発端とするトルコ側の報復行為により、アルメニア側にもかなりの死者が出たのも事実だが、これはトルコによる一方的な虐殺とみなすことはできない。またこれはイスラム教徒とキリスト教徒の抗争であるので、民族虐殺ではない。」と証言しています。

アルメニア人やクルド人に対するトルコの冷やかな対応は、トルコのEU加盟に対する大きな障害になっています。しかし、この進展を喜んでいるのは故郷を追われた海外のアルメニア人やその家族たちではないでしょうか。 例えば、ドイツには多くの”トルコ国籍”の移民たちが多く存在しています。アルメニア人は現在のアルメニアの領土の外にも多く暮らしているので、彼らの中にアルメニア人がいないとは言いきれません。それ故にアルメニアとトルコの外交問題はドイツ国内の移民問題を刺激する能性があります。

このアルメニアとトルコの大転機に、果たして2国間の関係はどうなっていくのでしょうか。そして欧州にどんな影響を与えていくのでしょうか。霊峰アララトはトルコとアルメニアの間に静かにたたずんでいます。

お勧め文献:
小島剛一『トルコのもう一つの顔』中公新書
ウィリアム・サローヤン『我が名はアラム』角川文庫

独語翻訳・著:瀬下政也


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