介護 

2016年1月15日 21時53分28秒 (Fri)

米寿のつもりが・・・

お歳暮に親戚から届いた『紅さぬき』という品種で小さいけれども甘い蜜柑を持って
父を見舞いました。

病室のベッドに腰かけて家にいた時のように柏手を打っていました。
他の人は寝ていました。
蜜柑の皮を剥いて父に食べさせました。
蜜柑の袋をもごもごと口から出していました。
以前と変わらない食べ方です。

散髪したばかりのようで、髪が短くなっていました。
ところがなんと頭頂部に髪の毛が生えていました。
見た目も若くなっていました。

昨年の5月に家でささやかな米寿の祝いをしました。
その時兄弟3人と一緒に撮った写真に
【米寿祝い】の文字を入れて兄弟に送ったのですが
年末に改めて写真を手にとってしげしげと見ていたのですが
なんと【還暦祝い】になっていました。

そのせいで
父は若返ったのでしょうか
   (聞き書き)


  ・・・管理人が間違えました
 

2015年11月30日 23時09分14秒 (Mon)

稼ぐ目的

月に3~4回、父の様子を見に行きます。
しっかりした顔つきをしていますが、もう私の顔を見ても息子と認識できません。
オムツに触れないように、つなぎ服を着て廊下を往復しています。
余分に間食をしないのでスマートになりました。
暖かい院内で看護スタッフが見守ってくださっています。
おかげさまで、
私は安心して仕事に打ち込むことができます。
いつしか、父の入院費のために稼ぐというよりも、
父をケアしてくれるスタッフの皆さんのために稼いでいる
という気持ちに変わりました。

ありがとうございます。

  (本人綴り)

 

2015年8月10日 22時08分04秒 (Mon)

私も入院?

面会はどのくらいで来た方がいいか、父の入院時に看護師に聞きました。
「1週間に1回くらい面会していただくのがいいですね」
でも私は、29日に入院させてから4回病院に足を運びました。
この間の日曜日の夕方、入院してから10日以上経つので父の爪が伸びているに違いないと、爪切りを持参して面会に行きました。案の定伸びていたので手足の爪を切りました。便を弄んだときに爪の中に便が入り込むと、看護師が大変だろうと気を利かせたつもりでした。一人部屋の床に座り込んで切った後、そのまま父に話しかけていました。もう会話は成立しませんが、父の表情は家にいた時に戻っていました。30分ほどたったので帰ることにしました。ところが重い鉄の扉は、押しても引いても開きません。独房なので当然ですが、もちろんナースコールも室内には見当たりません。大声を出すのも憚られますので病院の受付に℡しました。「3病棟に入院している東の面会に来たのですが、面会に来て鍵がかかって出ることができないので開けてください」3分ほどして開けてもらいました。携帯電話を持っていてよかったです。そうでなければ父とこのまま親子で入院でした。家に帰って妻にその話をすると、「ああ そうすればよかったんじゃないの」と言われました。妻には以前から「とても介護スタッフの手には負えないから、親子で施設に入所して世話をして、施設から工場に通えば。」ともいわれていました。病院はエアコンが効いていてとても快適でした。それで不安になり看護師に「一人部屋なのにエアコンが効いて涼しいので、値段が高いのでしょう?」と聞きました。「そんなことはありません。他の部屋と同じです。」

家にいるより父はいいか と自分自身を納得させました。

        (聞き書き)

2015年8月1日 22時32分52秒 (Sat)

図星

半月前、父を受診させた時のことです。

私が自営業なのでいくらでも介護できます。
ただ収入がどんどん減る一方です。

と、室井佑月似の医師に話をしたところ
私の話が終えないうちに
医師が、突然大きな声で叫びました。
「離婚だあ 奥さんが出ていくれ~」


私は、返す言葉もなく
女の気持ちがわかる医者
担当医が女医で良かったのかなあ
と思いました。

おかげで離縁されずに済みました。
これで、入院させる決断ができました。

 (聞き書き)


 

2015年7月31日 21時12分13秒 (Fri)

やっぱり

相談サイト「教えてgoo」
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6770175.html

ゲストさんご紹介のサイトです。
相談者の祖母さんと私の父の状況が酷似しており、びっくりしました。
父だけが特別でない・・・とほっとしました。

昨日、病院へ書類提出に行きました。
ついでに
柿の種と角砂糖を持参していきました。

柿の種は、錠剤用
角砂糖は、抑肝散用
薬のみでは服薬を拒否するため
機嫌よく飲ませるための奥の手でした。
おそらく、病院でも服薬を拒否して手こずらせているにちがいない

ところが
父の顔の相が変わっていました。
どう表現していいか

顔がただのモノに変わった
そんな感じです。
強い薬に変わったからでした。
私の顔もわからないようでした。
入院直前の病院の駐車場では、きちんと車の台数を数えていました。

私に会うなり男性の看護師が、疲れきったようなうんざりしたような調子で、
こういいました。

「よく 家でみられましたね。」
そして、
「床屋さんによく連れて行くことができましたね」

病棟全体が、
大変な患者が入院してきた!
というざわついた空気に満ちているのを痛いほど感じました。

父は、大部屋で一晩過ごしたのですが
他の病室に入り込んで
窓ガラスの遮光フイルムを剥がし始めたそうです。
他の患者さんに止められて、暴力をその方にふるったそうです。

オムツ交換もなかなかさせず、看護師にも暴力をふるいました。
暴力には暴力で、時にはおだてて、私はいつも交換していました。


そんなことで、やっぱり父は、鍵付きの個室に変わることになりました。


一瞬、こんな考えがよぎりました。
自宅に座敷牢を作った方がいいのではないだろうか
そのほうが経済的にも精神的にも楽になる   



バリアフリー住宅だけでは高齢化社会に対応できません。
知り合いの大工さんに提案したいです。

それと自動おむつ交換機の開発
大企業さん お願いします。


              (聞き書き)

プロフィール

プロフィール画像
自己紹介
新潟県長岡市在住の鋸職人・東賢一郎
3代目中屋長二郎

ブログ Blog

日月火水木金土
123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

アーカイブ

2026年
2025年
2024年
2023年
2022年
2021年
2020年
2019年
2018年
2017年
2016年
2015年
2014年
2013年
QRコード
携帯用QRコード
アクセス数
ページビュー数