昔話

2016年2月24日 21時31分35秒 (Wed)

最後の一人

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仕事を始めたころ
自分を奮い立たせるために
工場に私が貼りました。

元経団連会長の土光さんの鬼の十則です。

上の画像は、
最盛期の脇野町鋸の職人名簿と系譜です。

私が最後の一人・・・になるのでしょうか・・

 

2015年12月25日 23時04分48秒 (Fri)

石坂浩二さんとスワダの爪切り

長岡駅開業100周年のイベントに出店していた頃のエピソードです。
毎週土日になると、駅の連絡通路を借りて販売していました。
ある日、3人の男性が店に寄りました。
その中の一人を見て私は、
よくもまあ似た人がいるもんだ
と思ったまんま
その人に声をかけました。
「おめさん 石坂浩二に そっくりらねえ」
石坂浩二に似た人は
それには答えず
「あっ スワダの爪切りだ。ボクこれ買う」

もう一人の男性が
「本物です」

一瞬、緊張しましたが
製品にキズがあったりしては大変と
爪切りをケースから取り出して、お見せしました。
買ってもらいました。
芸能人と会話をしたのは(一方通行ですが)これが最初で最後になると思います。

テレビで観るよりもあまりにも若く見えたので、わからなかったのです。
野球帽にTシャツでしたので30代の青年に見えました。
当時は50代。やはり芸能人オーラがあるからでしょうか

石坂さんは、昔大河ドラマで上杉謙信を演じた縁で、長岡駅で降りて旧栃尾市に足を運ぶ機会があったのです。栃尾は謙信が幼少期に住んでいたところです。ちなみに幼名は景虎でした。
それにしても当時発売間もないスワダの爪切りをご存じだとはびっくりしました。人に見られる芸能人は身だしなみに気をつかわなければならないので、美容への嗅覚が優れているのだと感心しました。


   (本人綴り)

2015年12月19日 15時01分48秒 (Sat)

器量良し

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15年ほど前、全国商工会主催のイベントに3年続けて出店していた時の話です。

会場は、池袋サンシャインシティ
ミスが県産の物品をPRし販売を手伝ってくれました。
ミス🍒さくらんぼ
ミス🍏りんご
ミス🍊みかん

新潟県はミス雪国

ミス雪国に選ばれた女性は、だれが見てもその年のミスの中で一番の器量の持ち主でした。
イベントが始まると、カメラを持った男性がミス雪国を撮ろうと群がりました。
そして、翌日額に入れた写真にチョコレートやクッキーを添えてやってきました。
ミス雪国への贈り物でした。
積み上げられた贈り物が1mの高さになるのを見て、非常に驚いたものです。

ミス雪国と言っても東京の大学生。出身は聞きそびれましたが・・・
何でも放送局に就職が決まっていると教えてくれました。
さらに モデルのアルバイトもしていて何十万ももらえると・・・

設備投資もなく器量一つで人の何十倍も稼ぐ
羨ましさを通り越して、こういう世界もあるのだと納得しました。




テレビのモニタリングという番組を観てこのブログ記事を考えました。
番組のモニタリング内容は、
「橋本マナミが素手で握ったお握りを500円でお客は買うのか」
案の定、鼻の下を伸ばした男性が次々に買っていきました。


この上を行くには
器量をさりげなく褒めることです。

ここらじゃ一番ですね
NGT48にすぐ入れそうですね

というようなことを言うと相手の方は、野菜やお菓子を持たせてくれました。
本当にそう思っているので相手の方に伝わるのだと思います。
褒めた後で、その器量良しが人妻だとわかるとがっかりしたものですが
刃物研ぎで回っていた時の話です。

           (本人綴り)

2015年9月19日 13時21分55秒 (Sat)

環境

 中学生になって初めての技術・家庭の授業の日。
O先生が生徒全員に質問されました。
先生は、先生なのか大工さんなのか見分けがつかない、そして、少しHな雰囲気の方でした。
「技術家庭科と他の教科との違いは何だと思う?」
私は、真っ先に手を上げて答えました。
「出来た品物で点数が決まることです。」

「その通り!頭じゃないんだ」


ものづくりの技術

小さい時から、
技術は、身近な存在でした。
金づち
掴み箸
砥石
ヤスリ
道具だけでなく
叩く音
削る音
コークスの火

当然ものづくりの感覚は養われます。

同級生のH君

彼は度胸があって、どんな時も恥ずかしがりません。
音楽も得意でした。家族親類で地方劇団を営んでいました。
H君も子役の経験もあります。
学芸会では、台詞をすぐ覚えて完全に役者になっていました。
同級生とはレベルが違いました。

O君

絵が得意でした。
1枚の画用紙にびっしりと戦闘機を何百も描いていました。
天保の時代から続く仏壇屋の9代目です。
蒔絵を施したりヘラで漆を塗る8代目の背中をみて育ったからでしょう。

育った環境は、その後の生き方に大きく関わってきます。

家業を継いだ同級生が少なくないです。

それも景気が良い時代の話です。



           (本人綴り)








 

2015年9月10日 21時31分32秒 (Thu)

災害

栃木、茨城豪雨  鬼怒川の堤防決壊 甚大な被害
このような日にブログを更新するのも気が引けますが・・・
ブログ読者の皆様は被害に遭われていないでしょうか・・・
娘も茨城にいます。どこにいても災害は起きる。
今ある生を一生懸命生きていきたいと考えています。
私が5歳の時、8月の集中豪雨で裏山の崖が崩れて、大量の土砂が家の中に入りました。
やっと家の中が片付いたと思ったら2週間後に再び土砂崩れ。家の中は土砂で埋まりました。
公民館に避難して白いおにぎりを食べたことだけ記憶に残っています。
父はもうこんな所に居られないと、決心して6年後に今の土地に引っ越しました。



 

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新潟県長岡市在住の鋸職人・東賢一郎
3代目中屋長二郎

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