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指揮者の独り言

■妙高山麓男声合唱団の山下です。この合唱団の指揮をしてくださっている籠島圭一氏が奥様と学生時代に出会われ、以降手を取り合って二人三脚の長い人生を過ごしてこられた奥様が病気に罹られたため、奥様を介護をされながら過ごしてこられました。籠島氏は妙高山麓男声合唱団には奥様をお連れになって練習場に来られました。このたび奥様が入院治療を終わって自宅にもどられたので自宅で介護やショートステイのサービスを受けられることになり、その第1日目の様子をお知らせいただきました。これからも折々の籠島氏からのご感想が頂けると思いますのでこのページに掲載させていただきます。どうかお読みいただきご感想や応援のことばを頂けたら幸いです。このホームページの問合せのアドレス宛にお送り頂けば山下まで届きますので宜しくお願い致します。
 
 
平成27年8月7日(金)

多湿の猛暑が続きます。
 
今日、はじめて、日帰りのショ-ト・スティに
 
行きました。週3回 9:00~4:00 入浴、昼食、レクレ-ション
 
で過ごします。 女2、男1の人数で30人くらいでした。
 
介護職員は比較的若い方々でした。優しくていねいでした。
 
目覚ましい産業のない高田では、介護産業が活気があるようです。
 
「姥捨て山の時代がよかったのか、現代がいいのか。ふと考えました。
 
週4回夕食を作って下さるサ-ビスと、ありがたいことです。





TVで「いもり池と妙高山」の素敵な写真を拝見しました。
 
池の平も「小雪」なのでしょうか。
 
高田ではたいていの家の屋根雪が消えています。
 
今日で、整形外科通いから解放されました。
 
10.20から114週間の怪我でした。
 
ちょっと転んだだけでしたが、思わぬ結果でした。
 
4.11(土) 13:30

 
東本願寺高田別院本堂(寺町2丁目)で「音楽法要」
 
があります。仏教版ミサ曲です。
 
私は無信心なので音楽としてうたっています。
 
少し先のことですが、
 
アルトで妙高混声の長沢洋子さんがうたっています。
 
紅白のおもち、夏みかんのお土産が毎年もらいます。
 
寺町南部の老人会で、年数回童謡、唱歌をうたっています。
 
社会の高齢化がすすんでいる現在、皆さん、「人」と接する
 
機会を求めていることを強く感じます。
 
 
女声は多くお寺の住職夫人のようです。

 

■7.11 上越市の「市民芸能祭ー合唱の集い」が開かれます。
指揮者の籠島先生から連絡が入りました。


7.13 13:00  上越文化会館
 
  「市民芸能祭-合唱の集い」-無料
 
  22団体が歌うようです。
 
  男声合唱があるかどうか。
 
  うみなり、上教大、ポコ・ア・ポコ、ぶらんこ、
 
  木曜会 など。 
 
  会員のみなさんにも知らせて下さい。
 
  当地の合唱事情がわかります。  
 
  私も妻と聞きに行くつもりです。
 

 7.5 晴 
 
  妙高山麓団男声合唱団の当地デビュ-の久比岐野合唱祭の直後の
 
 練習でしたが、思いのほか集まりが今イチでした。
 
 みなさん、いろいろご都合があったことでしょうが、ちょっと残念でした。
 
  T1-0, T2-2, br-3,  B-2 
 
  お一人お一人の出演、出来具合の感想を出し合いました。
 
  共通していたことは、皆さん、練習の成果をまあまあだせたことでした。
 
  妙高混声でのワンステ-ジ、中野市との交流会、笹ヶ峯音楽祭に続いて
 
  四回目なのでかなり歌いこんだ曲でした。
 
  われわれレベルの合唱団が人前で一定水準の演奏をするのには、この位の
 
  練習が最低限求められる、ということでもあります。
 
  一人一人の技術はいろいろありますが、大切なのは、妙高山麓合唱団としての
 
  まとまりです。これが共通理解になっていないと、「合唱団」でなくて「雑唱団」に
 
  終わってしまいます。
 
  「趣味」、「遊び」であっても、「合唱」のような芸術で、より豊かな楽しみをみんなで
 
  味わうためには、技術の練磨、練習が伴います。
 
  今回の初出場は、その目途がおおよそ判ったのが収穫です。
 
  実現不能なとてつもなく遠い目標でなく、今のコツコツと積み上げている練習を継続
 
  することが正道だとわかったことです。
 
  うれしいことに、講師の五十嵐先生が、ほぼそれを見て下さったことです。
 
  私にとっても、独りよがりではなかった、ということでホッとしたところです。
 
  発足14ヶ月の妙高山麓男声合唱団はあり方、方向など、まずまずのスタ-トを切った。
 
  ということです。
 
  ① 会長の舵取り、各係の運営の良さ
 
  ② メンバ-の練習の出席がよく、真摯な練習をしていること
 
  これが、頸城平野で一番、宇宙、太陽、月、星に近い妙高山麓男声合唱団は、合唱世界
 
  の一員になれた、とおもいます。
 
  会長の念願とする「町おこし」の一端をささやかながら担うことになると思います。
 
  もう一つ、非常にうれしいこと。
 
  「仲の良い仲間たちの歌声」との趣旨の講評をいただきました。
 
  これは、聞いていてくださる人々にすぐわかります。そういう歌声は聞いていて心地がいいし、
 
  会場を和やかにします。これが最も重要なことです。
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6.5 「私のこと」
   小学校は担任が音楽のできない先生で、高田中学は
 
  まともな音楽の授業はなく、音楽に関しては極貧の生活であった。
 
   戦後、小学校の教員をしていた姉が「サイレント・ナイト」を覚えてきて
 
  二部でうたった。こんな美しい歌があるのか、と感じた。
 
   学生時代は、ロシア人の血を引いている藤原歌劇団の人が指導していた
 
  混声合唱団に所属してうたった。
 
   高田高校の教員になって、山岳部と合唱部の顧問をした。
 
   何も知らないのは口惜しいので、新大高田分校の箕輪久夫先生に個人
 
  レッスンを受けた。シュ-ベルとの歌曲、イタリア歌曲をうたった。
 
  「オペラのアリア」にという矢先に、酔っ払いの車にひき逃げされて100日
 
  入院するはめになって、それは中断してしまった。返す返すも残念であった。
 
  (犯人は禁錮4ヶ月、執行猶予5年。警察、検察、裁判官が同業のよ・・・・で
 
   なれあっているのを感じた。もちろん私の独断と偏見である)
 
   40年たって、ぶつけられた右膝が痛むようになってきた。
 
   幸いに首の鞭打ち症は出てきていない。
 
   市民講座「ドイツ語でうたおう」で池田操先生に教えていただいた。
 
   1回日本合唱連盟の発声講座に東京まで数回通った。これも役に立って
 
   いる。
 
   箕輪先生と「合唱団アルス・ノ-ヴァ」を新大高田分校音楽科の学生さんと
 
   合唱好きの社会人でつくって、県・関東合唱コンク-ルに出たりした。
 
   清水祥夫さんがはじめた「合唱団うみなり」で10年楽しく充実して歌った。
 
   清水さんはよく勉強しているし、合唱に取り組む姿勢が一級品である。
 
   お人柄に敬服している。
 
   当地で、一番の合唱を聞かせてくれている。
 
   (ひそかに、妙高山麓男声合唱団も、「うみなり」に近ずきたい、とおもっている)
 
   加齢に伴い、夜練習に行くのが苦痛で、残念ながらやめさせてもらった。
 
   人の出会いは不思議なもので妙高混声合唱団の古川郁さんも高校時代に
 
   合唱部の部長をしておられたし、昔からの誠実なお人柄はかわらない。
 
   阿部一郎さんと語らって、指揮・ソリスト・合唱団・オケとすべて当地の人、
 
   ゆかりのある人だけでべ-ト-ベンの「第九」をやろう、と全国の「第九」ブ-ム
 
   に先駆けて三回連続してやった。阿部さんの腰・膝が治って一緒にうたえたら
 
   うれしいのだが。
 
   宮田さんとは「第九」でお知り合いになった。
 

■5.29 晴 妙高山麓男声合唱団が笹ヶ峰音楽祭で歌うメンバーが増えたことに関して

 
久比岐野合唱祭にむけても、 ほぼ全メンバ-がそろうのは、
 
  心強いかぎりです。
 
  初めての屋外の演奏も楽しい、いい経験です。
 
  天気予報もいいので、うれしいことです。
 
  三田原山を背に、佐渡山・黒姫山に向けて気持ちよく歌い
 
  ましょう。
 
  10月初旬、高谷池で猛吹雪に会い、ほうほうの体で笹ヶ峯
 
  に下り、京大ヒュッテの物置の畳一枚ほどのすき間の膝を
 
  抱えて夜を明かしたのを思い出します。「一宿の恩義」が
 
  ありますから、気持ちをこめて歌うつもりです。
 
  高田在住の高田高校OBの京大山岳部OBの横山宏太郎さん
 
  (65歳)は南極越冬隊、エベレスト、京大山岳部がチベット側から
 
  エベレストを目指していて遭難した時の救援隊長をしたりした人
 
  ですが、きっと来るだろうと思いますので再会が楽しみです。
 
  高校時代から「pionieer  work」といっていましたから、ストレ-トに
 
  京大に進みました。
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[我流・生生流転](オーサー:臥竜(Sleepy Dragoon)) 
 

■5.22 雨 やや寒い
 
   上越市の「シニアスポ-ツ大会」に行く。
 
  100歳の人以下老人が1100人以上が集まる。
 
  ゴ-ルするとリボンをもらった。
 
  小学校の運動会を思い出した。
 
  5月27日の海軍記念日であった。1等は紫のリボンで
 
  あった。
 
  開会式の入場行進はいやであった。身長順の四列縦隊で
 
  あったから、チビであった私は端数で最後を歩いた。
 
  屈辱感を今でも覚えている。
 
  中学では出席番号は身長順であった。一番は学生横綱に
 
  なった。
 
  私は54人中52番であった。「山椒は小粒でもピリリと辛い」と
 
  口唇を咬んでいた。高校でもそうであった。
 
  軍隊の「徴兵検査」を前提にしていたからであろう。
 
  四月新入学の制度も、徴兵検査が済んで、新兵が入隊するのが
 
  四月であった。(世界の多くは九月である)
 
  高田も三〇聯隊(その前は五八聯隊、今は南新町になっている)、
 
  山砲隊(今の自衛隊のあるところ)があったから、三月入隊の若者が
 
  沢山来た。
 
  それで、旅館、理髪屋、写真屋が多いのである。
 
  高田は「軍都」といわれたりしていた。
 
  「都」といっても人口3万と少しで、全国の「市」で最末尾の三指に
 
  入っていた。
  
 
  未組織の人が半分以上いるから、還暦以上の老人は
 
  市内で何万といるのだろう。
 
  それぞれのぺ-スで生活をしているのだろう。
 
  高校の同級生に会った。高田木曜会創設にかかわった
 
  人である。今はうたっていないらしい。
 
  生徒だった人に2人会った。
 
  夜、妻がパン食い競争でもらってきたアンパンを食べた。
 
  高田のパン屋からアンパンは姿を消したことであろう。
 

■5.19
   
  今夜、NHK 衛星第一で、0:00~
 
  BS「世界のドキュメンタリ ギャレス・マロ―ンの
 
  職場で歌負う!いよいよ真剣勝負」⑤
 
  面白い番組です。
 
  ご覧になってみてください。
 
■ 5.13 干天の慈雨
 
   カラカラの花壇・畑が一息つきました。
 
  渡辺さんの奥さんからいただいた「行者
 
  ニンニク」も活着するでしょう。
 
  笹ヶ峯京大ヒュッテ100年記念の
 
  イベントでうたう曲は
 
  「雪よ、岩よ」「アルプス一万尺」を候補に
 
  したいと思います。
 
  歌詞を配っておけば、参加者が全員で
 
  歌えます。
 
  私どもは合唱でうたって、興を添えたいと
 
  おもいます。18日に一度練習しておけば
 
  いいでしょう。
 
  京大の人たちも喜ぶでしょう。
 
  彼らがコクハで宿泊してくれれば、一層よい
 
  のですが。はたらきかけたらいかがでしょうか。
 
  池に平にもいいことです。

■5.11  夏日の晴天。
 
  妙高山麓男声合唱団のはじめての外の合唱祭出演。
 
  私は正規の音楽教育を小学校以来一度もうけていない
 
 のですが、どう間違ったのか「棒振り役」をする羽目になって、
 
  大会場で出演し棒を振ることになってしまいました。
 
  60年の合唱経験があるとはいえ非力な私の棒でも、みなさん
 
  のおかげで大過なく演奏が終わりました。
 
  ほんとうにありがとうございました。
 
  82歳の人生の最晩年に、すばらしいみなさんとお付き合い
 
  できる幸運に恵まれて、ありがたい極みです。
 
  あつく御礼申し上げます。
 
  物心がついてこの方、やりたくないことをしないで済んだ幸運
 
  をまたしても続けさせていただきました。
 
  ほんとうにありがとうございました。
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  私事ですが、
 
  日々認知症が進行する77歳の妻を連れての私ですが、
 
  よろしくお願いいたします。 (隠しごとでもありませんから、特別
 
  扱いはいりません。ご承知おき下さい。日常は寡黙でしかありま
 
  せん。
 
  アメリカに3ヶ月行っていましたし、学生時代にシェクスピアの
 
  芝居のハムレットで女王役で出演していました。
 
  英語の歌のときは役に立つことがあるかもしれません。
 
 

■5.7
 
 臨時練習会了解しました。
出席します。

大分歌いこんできている曲なので、まあまあの

演奏ができるように、と願っています。

発足一年の成果が問われる、ところです。

肩の力を抜いて、平常心で、「音-楽(タノシム)」

 のが目標です。

独りよがりではダメですが、聞いてくれる人々と

音楽を共有できるように歌いたいものです。

先日、上教大名誉教授山形忠顕さんのテノ-ル

コンサ-トをたのしみました。

さすが東京でオペラ歌手であった方でした。

(片所兄弟の伯父さんの渡辺多津彦さんは東京

室内歌劇場でバス歌手として活躍していました。

その後国立音大教授、かって担任クラスの生徒

でした。)


■4.20
   
今日は一転して、氷雨。
 
  これから還暦を迎えた登山部OBのお寺(吉川区山直海)
 
  へ行って、年1回の歓談を楽しみます。
 
  月末は、別の旧担任生徒に南葉山行を誘われましたが、
 
  膝を痛めたので、自信がなく、仲町での打ち上げだけに
 
  してもらいました。
 
  旧生徒からは、クラス担任が82歳になっても、依然として若い
 
  とでも思っているのでしょうか。ありがたいことですが、「老いては
 
  駑馬にも劣る」状態なのは、致し方がないことながら、情けない
 
  限りです。
 
  古川郁さん夫妻はもう一桁お若く、最後の担任世代です。
 
  75~50歳の人たちが在職中の人たちです。
 
  ノ-ベル賞をもらいそうな人から、プロの泥棒になった人まで、親愛なる
 
  人たちです。{一晩かくまって」と言って来たら、泊めてやろうと思ってい
 
  ます。宮田さんに頼んでもと思っています。
 
  高校、大学の同級生に頼めば、密告したりしないで、大部分の人たちが
 
  引き受けてくれるでしょう。 
 

4.14 晴 暖かい
 
  4.12(土) 13:30~14:30
 
  音楽法要   高田別院本堂
 
   仏教版ミサ曲
 
   土曜で晴れて花見時とあって、
 
   聞く人は昨年の半分以下。
 
   20人もの坊さんの読経は圧巻。
 
   合唱もまずまずの出来栄えだった。
 
   近所の奥さんたちが五人も来て下さった。
 
   「やすね」での打ち上げも愉快に歓談した。
 
   「妙高山麓男声合唱団」も自分たちの
 
   コンサ-トをやれる日の来るのが待ち遠しい。
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   うたえる曲が20曲になれば、なんとか。
 

■ 4.12 (土) 暖かい

午前、パンジ-約20株を地におろす。
 
プランタ-8ヶ40株を表にだして、道行く人に
 
見てもらうようにする。
 
土曜で桜が満開とあって、皆さんは
 
城址公園の方にいったようで、いつもよりは
 
聞いて下さる人はすくなかった。
 
4.12.13:30~14:30
 
「音楽法要」 高田別院本堂
 
いわば、仏教版ミサ曲。
 
本堂は音響もよく、約20人の
 
お坊さんの読経は圧巻。
 
合唱もまあまあか。
 
洋の東西をとわず「音楽」は宗教と
 
強く結びついている。
 
打ち上げで初対面の奥様たちと歓談。
 
単調な老人夫婦の生活に変化がついてよかった。



 
3.22 晴  うら寒い
   21日、原因不明のひどい下痢にみまわれて、フラフラしています。
 
   30日には元気になると思います。
 
   28日の高田高校合唱部・OB会のコンサ-ト
 
  に出るつもりでしたが、練習にも出ないで。ゲネプロ
 
  本番に出るのは、客席の人たち、周りでうたう人たち
 
  (かっての生徒たちばかりですが)にたいして礼を失
 
  することなので、誘いを辞退しました。
 
  残念至極ですが、慙愧の至りです。
 
  舞台でうたうというのは厳しいものです。
 
  「1日休めば自分がわかる、2日休めばまわりがわか
 
   る、3日休めばお客がわかる」 と昔からいわれています。
 
  これはプロだけのことでなく、アマでもいえることです。
 
  舞台に立つ、というのはこわいものです。



「音楽法要」(仏教版ミサ曲)のおs要らせ3.12

池の平はまだ1メ-トルの雪でしょうか。

うちの畑は20㌢前後あります。軒先は下した雪で

1メ-トル弱あります。

高校を卒業した孫が来るので、処理してもらうつもりです。

4月12日(土)、13:30 高田別院本堂(寺町2丁目)無料

「音楽法要」(仏教版ミサ曲) 指揮 古海法雲

旧クラス担任、高田高校オケ、上越オケの創始者

妙高混声の長沢洋子さんも歌っています。

合唱もさることながら、20人以上の坊さんの読経が聞きもの

です。

「天台声明ショウミョウ」には及びませんが、練れた坊さんの声は

すばらしいです。


2月も終り、いよいよ春3月 2014.3.1
 
  花壇の雪がすっかり消えた。
 
  畑はあと1週間はかかるだろう。
 
  雪囲いを全部撤去した。
 
  じきに、クロッカス、ヒヤシンスが発芽するだろう。
 
  昔、本代に使っていたものがなくなったので、
 
  種子、苗代になっている。
 
  京都の苗屋から春と秋に取り寄せている。
 
  肥料は化学肥料は使わない。ゴミ焼却場にいって、
 
  「エコプン」を買ってくる。1袋150円。年20袋を買う。
 
  赤土がだんだんとよくなってきている。土作りが第一歩
 
  である。道行く人が足をとめて、「きれいだね」と声をかけて
 
  くれるとうれしい。
 
  地面に這うものから、2メ-トル以上になるヒマワリまで、高低、
 
  色、咲く季節を塩梅して植えている。
 
  農業を軽く言う人がいるが、とんでもないことである。
 
  緻密な総合精密工学と言っていい。粗雑な怠け心では出来ない
 
  ことである。
 
  花壇のシンボルツリ-は3メ-トルになった黄金柏。畑のそれは、
 
  ノルウェ-楓で、これも3メ-トルになっている。
 
  笹ケ峰から火打登山道に少し入ったところから、發芽したばかりの
 
  ブナを移植して20数年たっているが、2メ-トル弱である。
 
  
  妙高山麓男声合唱団の声
 
   雪国の住人に共通していることであるが、音色が暗い。
 
   それはそれでいい。
 
   顎を引いて顔面を少し「照らす」、頬をすこし釣り上げる。
 
   声に「張り」が出て、明るくなる。特に高音部の人はすこし
 
   意識すると、格段に明るくなって良くなる。
 
   悲しい歌は悲しく歌うのは当然だが。
 
   つまるところは、「歌詞」の心を、音に載せてうたうことである。
 
   そのためには、
 
    母音をよく響かすこと
 
    子音をはっきりと、発音する。
 
     K, S, T, N, H, M, Y, R(L)
 
    子音に感情、思想、意志などをのせて発音する。
 
    口、咽喉を大きく開けてうたう。無駄な力を抜く。 
  
 
   

  【雪ちらちら 寒い】 2014.2.14
 
  池の平は予報通りの大雪と思います。
 
  音楽会のご案内です。
 
  ① 3.28(金) 18:00 開演
 
    り-ジョンホ-ル
 
    高田高校合唱部・同OB会 コンサ-ト
 
    私も10数年顧問をして歌っていた誼でうたいます。
 
  ② 4.12(土) 13:30 高田別院本堂(寺町2丁目)
 
     高田別院「音楽法要」
 
      浄土真宗版ミサ曲というところです。
 
      私は無信心ですが、音楽としてうたっています。
 
      指揮者がクラス担任だった誼でうたいます。
 
      キリスト教のミサ曲とくらべれば、格段の歴史の
 
      浅さがありますが、如何ともしがたいところです。
 
      清水脩のような高名な作曲者も曲をつくっています。
 
      20人以上の坊さんの読経がすばらしい合唱です。
 
      これが一番の聞きものかも知れません。
 
      比叡山の天台声明(ショウミョウ)は有名です。
 
 
      ①②ともお誘い合わせてお聞き下さればありがたいです。
 
      例年、お土産をくれます。(紅白の餅?)

■【思い出す 昔の人々】 2014.2.4

高田では雪は、畑で40㌢弱くらいです。
 
池の平は、1メ-トル前後でしょうか。
 
さて、わたしよりはるかに若いかっての歌仲間が
 
亡くなってしまい、落ち込みました。
 
小柄で元気のいいご婦人だった。ご主人、
 
娘さんたちの悲しみをみるにつけても胸がいたい。
 
「うみなり」の定演で、男声ステ-ジで、私が

「雨」のソロを受け持った時に、舞台の袖で、
 
「本当に、大丈夫か」という面持ちでいた顔を思い出す。
 
後片付けで、私が手にけがをした時に、すぐ
 
応急手当てをして、病院に連れて行ってくれた。
 
キビキビした対応に目を見張る思いであった。
 
昭和一桁年代は血管系が弱いそうである。
 
同級生では四割以上が故人になっている。
 
「強かった」「丈夫だった」は長寿とはつなが
 
らないようだ。「寿命」は不思議なものである。

小学校時代、クラスの番長で君臨していた人は
 
1.2の速さで故人になってしまった。
 
中学校では、身長順に出席番号が付けられていた。
 
私は54人中、52番のチビであった。
 
1番は学生横綱になったりしたが、夭折した。
 
「太く短く」か「細く長く」か、それぞれの「寿命」である。
 
昨日は「豆まき」をした。部屋、押し入れ、下駄箱の隅々まで丹念に撒いた。
 
昨年までは「福は内、鬼も内」とコスモポリタニズムを気取って
 
撒いていたが、四月に孫が高校、中学を卒業するから、今年は世間並みにした。

(編集者よりの一言:勝手ながら、文章に一部手を入れさせて頂きました。お許し願います。)

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■春を待つ妙高山麓男声合唱団

毎日、一時間半、運動がてら、花壇の雪を突っついています。
 
今日、明日で、排除雪がおわります。
 
三年続きの大雪と言う予報であったが、これですめば、
 
ありがたい。
 
山麓合唱団の冬眠あけは何時ごろでしょうか。
 
みなさんの「これを」「こんなのを」という候補曲を聞いてくだ
 
さいませんか。
 
私は、今の力量にあったやさしい曲をやさしい編曲で、と言うことを、第一に考えて
 
います。 少しばかり、つま先立ちの曲も必要です。
 
できれば来春、妙高山麓男声合唱団の第一回コンサ-トを、とも思います。
 
「100回の練習よりも、1回の本番」ともいいます。
 
会のユニホ-ムなども、話題に上げましょう。
 
上越地方唯一の地元に根差した男声合唱団として、
 
① 会員確保:経験不問

(特にテノ-ルⅠ,Ⅱ 各2人)4・4・4・4 になればいうことなしです。
 
全くの初心者でも、隣、両隣に経験者がいれば、すぐ力がつきます。
 
② 地元の曲(妙高をうたった曲、地元の人・ゆかりの人が作った詩・曲)
 
③ 技術力アップ(読譜力、曲の理解)
 
④ 会の歌(愛唱歌、コンサ-トのオ-プニング、エンディングなどでうたう)を持つ。

【妙高山麓男声合唱団 庶務 小笠原 よりの一言】
籠島先生よりのメッセージの中に山麓合唱団の冬眠あけについてのご質問がありました。今考えていますのは、2月内に役員会を開催したいと思っています。そこで年間活動計画をたてて、3月中に団員の皆様に一度お集りいただき、ご意見をお聞きし、4月より月/2回、練習のスタートと考えております。何とぞ宜しくお願い致します。それまで皆様お元気にてお過ごし下さい。





■【思い出すこと 寒中閑話】 2014.1.20

雪が一息つきました。高田では積雪50㌢。池の平の四分の一くらいでしょうか。
 
一回下屋と築100年のボロ物置の雪をおろしました。
 
まだ寒中ですから、節分まで2週間油断はできません。
 
宮田さんが3年続きの大雪といっていましたが、その通りになってきました。
 
私の記憶にあるのは1945年1・2月の大豪雪です。中学1年生で、母と2人で
 
がんばりました。家の前の電線をまたぎました。勿論、除雪車などはきません。
 
炭俵に雪をのせて引っ張りました。気の毒だったのは、集団疎開で来ていた子供た

ちでした。
 
「やすね」にいましたが、ろくな衣服、履物がなく、食糧難ひどかったでしょう。

 

南本町小学校まで、雪道を歩いていくのは大変だったでしょう。 葛飾区金町

小学校でした。学生時代の同級生が長野県に疎開して来ていたが、空腹とイジ

メが辛かった、といっていました。高田中学では、疎開してきた人たちは転

入の時に、無条件ではなかったせいなのか、
優秀な人が沢山いました。目に付

くイジメはなかったようでした。
 
引率の先生の家族を頼まれて、間貸ししていましたが、風呂を沸かすと、先生

たちがみんな入れてくれ、といってきました。


(編集者よりの一言:ボクも阪神淡路大震災の被災者の一人ですが、お風呂はみんなで協力しあって入ったものでした。近くにゴルフ場がいくつかあって、そこの支配人のご好意で大きな湯船を解放して下さったのが、今でもありがたく感じています。)

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■籠島先生から「寒中閑話」を頂きましたので掲載します。

【思い出す事 寒中閑話】 2014.1.17

1957年(昭和32年)秋、高田高校山岳部で燕温泉の上の河原で野宿訓練。
 
夜雨が降ってきた。シュラ-フもビショビショになったが、
 
リ-ダ-は何も言わない。一同シュラ-フの中でガタガタ震えていた。
 
真夜中にようやくリ-ダ-の「小屋に入れ」の声で、脱兎のように
 
小屋に逃げ込んだ。
 
翌日、地獄谷をつめて、東壁を直登して、山頂に登った。
 
一年生だった彼らも72歳になっているはずである。
 
その頃、生徒会長は三代続いて登山部員であった。

飯豊連峰の全山縦走も彼らとであった

 

北ア鹿島槍-白馬朝日、南ア白根三山。奥只見・尾瀬-
 
日光。黒姫・戸隠-北長野、妙高・火打・焼-雨飾山。
 
いい生徒たちに恵まれたおかげである。ありがたい、と思っている。
 
山好きの同僚たちと晩夏、山歩きをした。鳥海山、美ヶ原、浅間、秋山郷・苗場
 
ベテラン顧問がお二人おられたので、登山初体験の私のよき指導者であった。

おかげで25年間高田高校で登山部をしていた。
 
当時、正月3日に妙高に登っていた。池の平スキ-場を登り、
 
大谷ヒュッテに泊った。小屋には温泉の源泉管理の人が2人
 
泊まっていた。小屋には温泉も引かれていた。
 
親から「止めてくれ」と校長に直訴があって、校長から「さようだから、
 
正月休みには、やめるように」と相成った。
 
春休みには妙高・火打に登っていた。冬テントは重いので、雪鋸と
 
スコップを持参して、雪穴を掘っていた。
 
穴の中は0℃だが、吹雪の音は一切しなかった。出入り口は少し下げて
 
暖気が逃げないようにし、炭酸ガスなどの有毒ガスが逃げるようにした。
 
昔の猟師の知恵をみならったのだろう。
 
10年ほど前に、一ツ橋大のワンゲルOBの旧受け持ちの人に「経験した
 
ことがないので、教えてくれ」といわれて、四月、新井西郊の大毛無山に
 
出かけて、山頂で雪穴を掘った。夕焼けの妙高・火打は美しかった。
 
風の強いところで、やたら冷えた。
 
翌朝、ガリガリに凍った斜面を一気にスキ-で降りた。おっかなかった。
 

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■籠島先生から「寒中閑話」を頂きましたので掲載します。
 
【思い出す事 寒中閑話】 2014.1.14

寒中だから当たり前だが、寒くてスト-ヴにしがみついている。「大雪」と、

気象庁もカマキリも予報しているから、これから本格的にふることだろう。
 
中学1年生の1945年の1・2月は空前の大雪であった。

午前中は学校の屋根の雪下ろし。午後は
 
先生の家や出征兵士の留守宅の雪下ろしをした。
 
家の前の電線をまたいだことを覚えている。
 
妹は小さかったから、母と二人で雪下ろしをし、
 
炭俵に雪をのせて運び雪の山の切り崩しに奮闘した。
 
(職業軍人の父は小学校に入る直前の二月に病死していた)
 
午後からは、重い腰を上げて、築100年のボロ物置の下屋の雪を下した。

つぶしたのでは物笑いの種である。
 
明日は下屋の軒先を1.5m幅で下す予定。
 
大宮にいる長男、新潟にいる次男は、いつでも行くよ、
 
といってくれるが、まだ体力、気力、やる気があるのは

ありがたい。一息ついたら、金谷山にスキ-をしに行こうと思っている。
 
車で10分弱で行けるし、2回ほど滑って帰る。

週日の午後は誰もいないから、ゲレンデを独占している。
 
リフトの係の人は数人いる。ぜいたくな話である。

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■籠島先生から本年第3回目のお便りを頂いたので掲載します。

【朝冷える、日中晴れ間】 14.1.12

高田でも屋根雪が40㌢弱になっています。

寒中なので、降って当たり前ですが、82歳の
 
身には少しこたえます。
 
ブルが置いていった雪の始末に朝1.5時間
 
かかりますが、体力維持の運動と思ってやっています。
 
20日から、金谷山スキ-場のリフトが動くので、
 
午後、ほとんど誰もいないゲレンデを独占して
 
1・2本滑って帰るゼイタクをしようと思っています。
 
時節柄、インフルエンザ、風邪に気をつけましょう。
 
友人が肺炎になって、入院して、命拾いをして
 
いました。

(編集人よりの一言:82歳のご老人(失礼)とは思えない素晴らしい体力
ですね。いまもスキーをなさるとは、私も見習いたいものです。)

 

 
籠島先生から妙高山麓男声合唱団へかけた
  初夢の寄稿をいただきました

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   【寝正月に見た初夢】         籠島圭二
 
あけまして おめでとう ございます。
 
池の平も高田も雪がなくて、いい正月でした。
 
大雪とのことですから、これからでしょう。
 
テレビやラジオでニュウイァ-・コンサ-トを
 
きいて「寝正月」でした。
 
初舞台の録音を聞いてみて、いろいろ課題が
 
気が付きましたが、3月にみなさんと、それを
 
聞いて、課題を共有して、新年度をスタ-トしま
 
しょう。歌う曲なども、希望を提出していきましょ
 
う。
 
上越の合唱祭、出前の演奏なども、ありましょう
 
から、みなさんの希望、経験、力量、年間計画の
 
大筋、大枠から、曲目も決まっていくと思います。
 
今の2・2・4・4 の構成で十分ですが、各パ-トが
 
4・4・4・4 から 3・3・5・5 / 5・5・5・5になれば
 
夢みたいです。新人の経験、力量は不問です。
 
地元に根付いていて、親しまれている男声合唱団と
 
いう原点を揺るぎないものにするのが第2年目の大
 
眼目だと思います。
 
技量の向上は多少おくれても、「外人部隊」は極力抑
 
えるのがいいとおもいます。

池の平の住人、池の平ゆかりの人、池の平が好きな人
 
でまとまりたいですね。

 
■籠島先生から新年のご挨拶を頂きました

妙高山麓男声合唱団 様
                        籠島圭二
 
   あけましておめでとうございます。
 
   2013年は妙高山麓男声合唱団で気持のいい
 
   方々とうたうことが出来て、幸せでございました。
 
   今年はいっそう気持ちのこもった歌声が響かせ
 
   られるように、と願っています。
 
   よろしくお願いいたします。
 
   大雪ということですから、健康第一で春を迎えたいと
 
   思います。

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妙高山麓の大雪(2014.1.2)妙高山麓男声合唱団T2小笠原 淳 撮影


■【指揮者の独り言】に寄せて   
 
平成25年もあと残すところ10日余りとなりました。妙高山麓には今も雪が降り続き、いよいよ本格的な冬が訪れてまいりました。思い起こせば今年の4月、まだ早春とは名ばかりのある日、数名の仲間が会いより、男声合唱団の旗揚げについて話し合いました。まったく海の物とも山の物ともわからない状況の中で、宮田正雄氏、山下広之氏の熱意が、まるで周りの雪を溶かすかのようにして、妙高山麓男声合唱団が産声を上げたのでした。
私どもの合唱団の指揮者をお引き受け下さいましたのは、頸城地域合唱団の大先輩である籠島圭二氏でありました。現在82歳におなりの先生は、かくしゃくとしておられ、熱意溢れる指導は私ども合唱団のメンバーにとっては、久しぶりに「叱ってくれる」兄貴のような存在であります。
その先生から時折メールが届きます。その内容は、地域合唱団の歩みの歴史のみならず、人生の道程における、先生のご体験を通した素敵なメッセージが含まれていました。これに光をあてない手はないと予々思っておりました。そこで先生にご相談をし、お許しをいただいて【指揮者の独り言】というタイトルを付けさせていただき、『妙高の音楽』のホームページに掲載させていただく事になりました。
団員の皆様はもとより、ホームページを閲覧下さる方々にも是非お読みいただきたいと願っております。そして是非、『もっとも月と太陽にちかい』男声合唱団(妙高山麓男声合唱団、標高770m)にご参加いただければ、こんなに嬉しい事はありません。なおこの【指揮者の独り言】は不定期更新です。時折覗いて下されば幸甚です。
 
妙高市杉野沢在住 妙高山麓男声合唱団 小笠原 淳img_20131221-160022.jpg

【指揮者の独り言】
               籠島 圭二

2013.8.19
中学生のころ、南方帰りの人が、高田は高温多湿で赤道直下より暑
いと、いっていました。それは日蔭とスコ-ルが涼しい、というこ
とでした。私のところは寺町なので、風もあり、助かっています。
 妙高山麓男声合唱団は気持ちの良い集まりで、いっしょに歌うの
が 楽しみです。 男声合唱のやさしい定番曲を10曲もこなせば、会
の方向性もおのずと見えてくることでしょう。
力量・経験・声質も音楽への思いも、みんな人さまざまですが、こ
のごったまぜが、一つにまとまった時に、いい音楽の世界が開けて
いくことでしょう。
合唱団にはもめごとがつきものです。これを乗りこえていく過程で、
「一期一会」の幸せ、喜びが倍加していきます。
こういう合唱団の歌は巧拙をこえて、人々に共感してもらえます。 宮
田さんが「町おこし」にといわれることにもつながるでしょう。ま
だ、保育園・幼稚園入りたてのレベルですが、無心に歌う子供の声
は聴く人の心を揺るがします。
「遊ぶ子供の声聞けば、わが身さえこそゆるがるれ」(梁塵秘抄・
平安末期のはやり歌集)
 
近代物理学をきりひらいたニュ-トンは自分の業績をかえりみて
「浜辺で無心に貝殻をひろっていた子供のようなもの」といってい
ますが、妙高山麓男声合唱団の営みも同じようなものでしょう。「何
かのために」といった時に「すべてのことは堕落する」といいます。
各種議員さんは一番よく自覚しているでしょう。「うたいたいから、
うたう」原点を守り続けたいものです。 今後とも、よろしくお願い
いたします。

2013.8.21 
 一雨あって、猛暑も峠を越したかもしれません。宮田さんから、妙
高混声のコンサ-トに一ステ-ジの依頼があったといわれました。
みなさんのご相談で決まることですが、私案ですが、約15分のス
テ-ジとして。原則として、外国の歌は原語でうたう。当然発音は
悪いが。
 
希望の島
里の秋
ハイリッヒ(ドイツ語)
あと2~3曲(現在の練習量、力量を勘案して)
 
① 人様の前でうたうには、月一回では、聞く人に失礼なので、週
一回に増やす。 直前はもうすこし増えざるをえない。
 
② 曲目(うたいたい曲を出して会員みんなで決める)・・・・指
揮者が決める方式もあるが、最初のステ-ジなので、今後の会の
あり方、方向をきめる大事な機会になるので、会員みんなの意見を
出し合って、それを集約するのがいいと思います。
候補曲 ブルドッグと蛙(アメリカ学生歌・日本語)

線路は続くよ(アメリカ労働歌・日本語と英語) 
フィンランディア(シベリウス、フィンランディア語)
アンコ-ル デンデン虫と証城寺、 富士山と春が来た(お客さん
といっしょに二部合唱をする。必ず、お客さんに喜ばれる) 
主役の妙高混声を食わないように留意しなくてはならない。

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2013.8.25 
8.24~5 に長男一家が来たので、コクハに行きました。朝15℃
で寒いくらいでした。宮田さんともお話したのですが、妙高山麓男
声合唱団は選曲、運営など、いろいろなことは、会員の総意で決め
ていくということを原則にすることを基本にすることをみんなの共
通理解のことにしたらと思います。
風通しのいい集まりにしていくことが大事だと思います。「そんな
こと、おら知らんかったど」ということが絶対にないようにすべき
です。いい音楽、きもちのいい仲間づくりの大前提です。
 
私の半世紀近くの合唱団生活での経験から、そのように思います。
いい合唱のハ-モニ-はメンタル・ハ-モニ―あってこそ生まれま
す。歌の巧拙をこえての聞く人との共感はそこから生じます。
うまい合唱団はいくらでもあります。しかし、聞く人との共感の上

に成り立つ合唱団となると、果していくつあるのか。
 
2013.9.4 
池の平ならではの機会にめぐまれました。妙高山麓男声合唱団とし
ては発足したばかりで、ヨチヨチル歩きの合唱団ですが、こういう
機会は逃すべきではないと思います。(関西の大きな合唱団からの
コラボレーションのプロポーズを受けて)
 
うまいに越したことはありませんが、歌は「巧拙」がすべてではあ
りません。稚拙なりに、一所懸命に練習して、思いのたけを表現し
て、聞く人に伝えて思いを共有するのが音楽、合唱だと思います。
「うじうじする」ことはありません。(当地の方言で、引っ込み思
案でおたおたするさまをいいます)
下手は上手から何かを得、上手は下手から何かを得るものです。そ
の意欲、力のないものは、成長、進歩がありせん。
当会のようなかけ出しは、失うものはなくて、得るものばかりです。
あとの打ち上げが楽しいじゃありませんか。これが演奏会の楽しみ
の大事な一つです。      
以上、私の意見です。
 

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2013.9.10 
みなさんが一所懸命に練習されるので、めきめきとよくなっている
と思います。それだけに、5~7時までの時間ですと、一通りの練
習はできますが、「歌いこむ」という点で、やや不足気味です。十
二分に練習していても、「舞台には魔物が住んでいて」何がおこる
かわかりません。ガタガタといくことがあます。練習が少ない時は、
いうまでもありません。
 
初舞台の前の練習時間を30分か1時間ふやすことはできないもの
でしょうか。お帰りになる人がいても一向にかまいません。初舞台
だけに、各人が「SING  OUT 」したという思いで、降壇したいもの
です。
 
これで満足ということは絶対にありませんが、そうありたい、と努
力する、ことを積み上げていきたいものです。客席との一体感を持
った時の幸せ感で「打ち上げ」のお酒がおいしくなります。
 
 2013.9.15 
遠路はるばるの演奏旅行は、お互い老いの身にとってはかなりの負
担でしょう。残念でしたが、やむを得ない結論でしょう。少し夢が
膨らみすぎたのでしょう。(関西の合唱団より、来年のコラボは、
やはり難しいとの連絡があった)。これを機に地道に、まず地元に
存在を認知してもらい、 親近感をもっていただくことに努めるのが

第一になりましょう。
 
各パ-トに2~4人いてバランスもいいし、この現状で初舞台の充
実・成功に焦点を絞るのがいいと思います。 一ケ月あまりの短時間
にそれをはかるのは、かなりの難問です。一通りの練習は出来るで
しょうが、「歌いこみ」の不足は否めません。自分自身、聞く人た
ちが「合唱」のよさを共有するには、最大の懸念要因です。今の状
況下では、その打開のためには、今の練習時間2時間を3時間にし
て、毎練習時に歌う曲を全曲練習すべきでしょう。それだけみんな
で努力すれば、最低線までにはたどり着けるでしょう。「なあなあ」
でいくのであれば別ですが。(これも悪いことではありません)。
妙高山麓男声合唱団の行末を見通す時には、「真摯に今やれること
をやる」ことを一つ一つ積み上げていくことが最良のことだと思い
ます。それが宮田さんが「町おこし」といわれることにつながるで
しょう。
 幸いなことに、妙高山麓男声合唱団は「合唱」が初めて、という
 人もいますが、各パ-トには経験者がいるので、初めてという人
 も半年もすれば、驚くほど急速に力をつけます。
 とりあえず20曲のレパ-トリ-をもてば、自前の演奏会がやれ
 ます。頸城地方で最初の男声合唱団になります。
 

阿部さん、宮田さん所属のメイル・クワイア31/2(サンカニブンノイチ)
もまだ本格的な演奏会はしていないのではと思います。
 
宮田さんと故長谷川さんと私がつくった男声合唱団です。今は相当
力のある合唱団になってきています。私はあるメンバ-の振る舞い
に調和出来ずにやめました。
作って止めていれば世話がありません。年甲斐もない、と冷笑され
ています。死ななきゃなおらないサガです。自分では音楽、合唱に
忠実であるだけと思っていますが、周りの人は独りよがりだと思っ
ているでしょう。
 
2013.9.16 
えらい大雨です。高田市内は被害がでる状況ではないようです。夕
方には小降りになるようです。日曜日に、リ-ジョンのホ-ル(5
00人)を満員にして合唱団「うみなり」(私も数年前まで所属し
ていました)の演奏会がありました。上越地方では一番いい合唱を
きかせてくれる合唱団ですが、2時間の長丁場でしたが、たのしく
充実した時間でした。私がひそかに目標にしている合唱団です。 妙
高混声のみなさんが何人かみえておられました。
 
妙高山麓男声合唱団は、本番まであと4回の練習ですから、毎回演
奏曲目を全部うたわないと、「うたいこみ」が不足しますから、2
時間では足りないでしょう。
男声合唱団の棒振りは、古川さんがおやりになるのでしょうね。
彼が來られるまでの練習指揮でしょうね。私はいかようにも対応し
ますから、ご懸念なく。
 
「先生といわれるほどの・・・」といいますから、「カゴさん」と
いってくださるとありがたいのですが。
高校教員を止めて、もう20年以上になっています。(各種議員、
弁護士、医者くらいが「先生」でしょう。幼稚園、小学校の教師が
「先生」と自称するのは噴飯ものです。「私」と言えば良いものを

と、常々思っています)

 
2013.9.30 
昨日の練習では、いろいろお世話になりました。初舞台までには、
なんとか、間に合いそうで、ホッとしました。
 
再度のお願いで恐縮ですが、
 
① 一会員として歌っていますので、「先生」呼ばわりは、やめて
下さい。「先生といわけるほどの・・・・」ですし、「・・・さん」
でいってください。高校の日本史教員をやめて、もう20年もたっ
ていますので。(合唱部、登山部顧問を25年間していました。学
生時代は混声合唱団・ボ-ト部にいました。不良教員ぶりがおわか
りとおもいます)。今は、この11.2 で82歳の半ボケ老人で
す。
 
 ② 「お礼」もやめて下さいませんか。(宮田さんとの40年近く
のお付き合いです。 阿部一郎さんとは、40年近く前に、「第九」
をオケ、合唱団、指揮者、ソリストを全部上越在住の人、ゆかりの
人だけで、三回やった時のパ-トナ-です)

 
みなさんとのいい出会いに恵まれた幸運をありがたいと思っており
ます。それで十分です。
 
2013.10.7 
9.7.の練習は、出席もよく、気持ちよく仕上がりました。初舞
台になんとか、間に合いそうです。舞台には「魔物が住んでいる」
といいますが、何が起こるかわからないのですが、それに対応でき
るには、経験、歌いこみが足りませんが、発足して間もないグル-プ
としては、仕方ありません。
 
それは運を天に任せざるを得ませんが、あと2回6時間の練習で、
出来ることをしましょう。「引っ込め」と卵をぶつけられることは
ないでしょう。「池の平のじいさんたち、よくやるじゃないか」と
認めてもらえるのでは、と楽観しています。
 
低音部の響きのよさが、高音部にも及べば、と思っています。及ぶ
ところと、如何ともしがたいところがありますが、なんとか、「売
り物」になるレベルまでは、と思っています。 「打ち上げ」のお
いしいお酒をめがけていきましょう。今までいくつかの合唱団にか
かわりましたが、こんなに気持ちのよい方々と出会えたのは、人生
末期に出会えた幸せと感謝しております。 
 
2013.11.7 
いろいろな瑕瑾はありましたが、「妙高山麓男声合唱団の初舞台が
終わりました。
次の舞台の夢・希望がわいてきます。実現可能なものばかりです。
聞く人が気楽に和みます。
 
 第一回 妙高山麓男声合唱団 コンサ-ト(演奏曲 案)
 
Ⅰ. 雪中越冬(堀口大学)
   秋のピエロ(堀口大学)
    雨(八木重吉詩・多田武彦曲)ソロ付
      里の秋
 
Ⅱ.  うるわし春(ドイツ民謡 輪唱)
     乾杯のカノン(モ-ツァルト)
      笑いのカノン(べ-ト-ベン)
      おかしな子守歌(青島広志)ソロ付、数人
 
Ⅲ.  ウ・ボイ(スロバキァ民謡)
      ユビディ(ドイツ民謡)
      ハイリッヒ(シュ-ベルト)
    フィンランディア(シべリウス) 
      ブルドッグと蛙(アメリカ学生歌)
      アルカデルトのアヴェ・マリア
 
   アンコ-ル
      ふるさと・デンデン虫と証城寺の狸ばやし
      新曲は全部男声合唱のスタンダ-ド・ナンパ-。譜読みは今
   年並みのやさしい曲ばかりです。
 
2013.11.9 
写真をありがとうございました。一つには、退職後、一年間ピアノ
の個人レッスンをうけた片所さんのお母さんが写っていました。当
時、片所さんは小5でした。もうお一人は、元同僚で国語の先生で
すが、宮田さんが、ご主人が関山の人だから、入会を、とねらって
いる人です。現同僚でもあります。
 
歌の仲間の輪がジワ-ッと広がっていきますね、田口、関山で10
数人になる日がそう遠くないようです。
合唱経験は60年近くありますが、棒ふりはド素人なので、どんな
できばえであったのか、自分でもさっぱりです。
ハイリッヒは日本語の部を忘れて、阿部さんが、すかさず歌いだし
てくださって助かりました。それ以外は、舞台の魔物もあまりいた
ずらをしないでくれたようでした。
「いい出来であった」という舞台は一度もありませんが、次を、と
思うのが、合唱の魅力の一つです。
 
夕焼け・こ焼け、 赤とんぼ、ロンドン・デリ- 庭の千草、ちょ
うちょう、野ばら、サウンド・オブ・ミュ-ジック、旅愁、アロハ・
オエ、ブンガワン・ソロ、松島音頭、佐渡おけさ

 
池の平の民謡。(何曲かは客席もいっしょに歌う) ETC.
 
独自のコンサ-トをするとなると、3~4 ステ-ジ。アンコ-ル
2曲。
 
やさしい曲をやさしい編曲で、よく歌いこんでステ-ジに立つこと
を基本にする。上越のほかの合唱団がとりあげないようなやさしい
曲をしっかりと練習して舞台にのせる。
地元の人たちに親しまれる演奏会をして、妙高高原町、池の平の合
唱文化の一翼を担う。地元のいろいろな施設を訪問して、合唱に親
しんでもらう。
 
2015.11.15 
高田は雨ですが、池の平はきっと雪かみぞれでしょうね。ここやた
らと訃報が相次いで、香典の支出がこたえます。 前老人会長、草野
球のコンビ となれば、知らん顔もできず。これでも高校時代まで
は草野球少年でした。キャッチャ-が好きでした。
 
キャッチャ-フライを捕ったり、2塁で盗塁をさすのが、たのしみ
でした。学生時代に、ボ-ト部にはいると、野球などにはトンと関
心がなくなりました。これぞチ-ム・スポ-ツでした。一人ひとり
が自立しつつ、 All for one,one for all.
というのが気に入っていました。学生時代からはじめた登山もそう
でした。
 
高田高校に日本史教師として25年間在職していた間、登山部、合
唱部の顧問をしていました。40年ちかく前に阿部一郎さんと語ら
って、べ-ト-ベンの「第九」をオケ、合唱、指揮者、ソリストを
全部高田ゆかりの人たちだけでやりました。阿部さんの企画、行動
力なしではできないことでした。三回やりました。
今は、駑馬に鞭打っての有様です。合唱もチ-ム・プレ-です。
 
2013.11.17 
本当に冬将軍は足早やですね。年寄りの気早で例年になく冬囲いを
早々にしてしまっていたので、正解でした。
宮田さんが3年続きの大雪といっていましたが、うちでもカマキリ
の巣が1.5メ-トルの高さにありましたから、大雪になるでしょ
う。昔ながらの雪処理は上手だったのですが、体力低下で、今冬が
自力でやれる最後かもしれません。
 
大宮、新潟にいる愚息どもが、いつでも行くよ、といってくれはし
ますが、彼らとて、50歳、45歳ともなれば、汽車賃を使うほど
役に立つかどうか。
 

これから2ケ月トレ-ニングをして体力をつけるが現実的です。
毎夜、寝しなに、CDで男声合唱を聞いていますが、夢がふくら
みます。
新潟に「ユ-トライ」という若い人が多い男声合唱団がありますが、
池の平に、「妙高山麓男声合唱団」というのがある、というくらい
に成長する日を夢見ています。
最低、練習は週一回できるといいのですが。みなさんと、話し合い
をして、会の方向性を探る必要があるでしょう。
技術の巧拙も大事ですが、なによりもみんなでたのしく歌うことで
しょう。
 
「・・・・のために」といったときに、すべてのことは堕落する。
ということも事実です。うたいたい奴が集まってうたっていたら、
結果として、まわりの人とも元気を共有していた、というふうであ
りたいものです。
人生の最晩年に、こんないい人たちと出会えて、仲間になれたこと
をこよない幸せと思っています。
 
妙高混声の古川郁さんがいると低音部がしっかりとしまります。高
校時代、合唱部の部長をしたりしていましたから、大黒柱ですね。
 
(25年も在職だと、ノ-ベル賞をもらいそうな人から、プロの泥棒
になった人まていろいろな人がいます。もし好きな生徒だったら、
一晩かくまって、といってきたら、犯人隠匿といわれようと、泊め
てやろうと思っています)。

今日はネギ苗を定植しようと思っています。
 
2013.11.20 
高田は時雨れていますが、池の平は雪かもしれませんね。わが家の
ブナが真っ先に黄葉しました。20年も前に笹ケ峰で芽が出たばか
りのものを持ってきたものです。2メ-トル弱になりました。一番
背が高いのは、ノルウェ-楓で数メ-トルになっています。
今年は我が家の果物が豊作で、柿、イチジク、キウイを飽食しまし
た。夜露で冷えた採り立ての果物は自家栽培ならではのゼイタクで
す。
生物の先生が30分きざみで鮮度が落ちるといっていたので、採り
立ての味は格別と自己満足しています。山麓男声合唱団は現状でも
十分ですが、テノ-ルが各1人、いるということなしです。
関山の内田英二郎さん(もと高田高校で同僚、体育教師、先日の初舞
台に奥様が来ておられたので思い出しました)、もう一方直江津の西
福島の人ですが、もと箕輪久夫先生と「合唱団アルス・ノ-ヴァ」
 でいっしょに歌った人ですが、自分で鉄工場を経営しているので、
余裕があるかどうかわかりませんが、すばらしいいい声の人なので
声をかけてみます。
このお2人が入って下さると、3・3・4・4 とバランスはいう
ことなしになります。
あとは問わず合唱の経験は問わず、歌ってみたい人にはいってもら
うのが、最善です。
「あらかたが池の平の人、田口・関山の人」というのが一番です。
宮田さんの「まちおこし」の方針にも合致します。
きっと、初舞台を聞いて、その気持ちを持った人はいると思います。
会に行くと、「仲間に会える、楽しい」という合唱団の基本を大事

にしたいものです。「うまい」だけが「合唱」ではありませんから。
「生身の人と知り合い、付き合う」幸せを共有する合唱団でありた
いものです。
 
私は「何かのために」というと必ず堕落する。と思っていますから、
「歌いたいから歌う」という集まりでいたいと思っています。いろ
いろな考え、思惑があっても一向にかまいません。みんなの話し合
いの中で会の方針が決められていくのが大事です。 
 
2013.11.20 
黒姫山は好きな山でよく登っていました。残雪期に登り、道はあり
ませんが、本峰に登り笹ケ峰を俯瞰したり、西頸城の雨飾山を遠望
したりしました。
 
若い娘さんが単独行で登り行方不明のままであったり、登山部の生
徒と山麓で幕営し、長野まで歩いたこともありました。
山頂の岩場に「ひかり苔」があって、暗い岩間にキラキラ光ってい
ました。びっしり生えた竹藪を着たものをボロホロにして、疲労困
憊したこともありました。
5月半ば、池の平のカヤ場焼きの火を見ながら、焚火を囲んで、飽
食したこともありました。
 
2013.11.27 
宮田さんに、みなさんに手編み毛糸のチョッキを託しました。
総会、忘年会の福引にでも使って下さい。私の90歳の姉が編んだ
ものです。
気象庁は「大雪」といっています。カマキリの巣が1.5メ-トル
のところにありました。奮発してミニ除雪機を買って、備えていま
す。
上越で最も古い合唱団の「木曜会」の定演を聞きました。さすがに
「うまい」です。しかし、舞台と1000人の客席と繋がる「何か」
があれば、もう言う事はありませんが。
歌は巧ければいい、というものではない、ということを思いました。
その点、「ポップス合唱団うみなり」は、500人の客席との一体
感がすばらしいものでした。私たちは欲張って両方を兼備したいも
のです。総会では、そうしたことも、話題になってほしいと思いま
す。
 
2013.12.8 
寒い時雨の日ですが、池の平では、雪でしょうか。「夢の山麓男声
合唱団コンサ-ト」のプログラム(案)です。
アメリカの歌、田口ゆかりの堀口大学の詩を軸にする
オ-プニング 希望の島  
 
第一部   「月光とピエロ」・・堀口大学   5曲
        秋のピエロ、ピエロの唐草模様
 
 第二部   アメリカの歌            4曲
             フォスタ-の歌 オ-ルド・ブラックジョウ、ケンタ
            ッキ-の我が家
             カウボ-イ・ソング オ-マイダ-リン  線路は
             続くよ
   
休憩    客席といっしょに歌う  「でんでんむし」と「証城
            寺の狸」
             おかしな子守歌(後半部はソロ、5人) 
             井上ひさし詩、青島広志曲の冗談音楽
 
第三部   なつかしい歌
             フィンランディァ(シベリウス)
             ハイリッヒ
             輪唱 うるわし春、 笑いのカノン(ロッシ-ニ)、
            乾杯のカノン(モ-ツアルト)
             ウ・ボイ(スロバキアの歌)
             エンディング  故郷  
 
            アンコ-ル
            ① ブルドッグと蛙
            ② 雪中越冬・・堀口大学(ソロ付)
            ③ 雨(八木重吉詩、ソロ付) 
初めての歌もありますが、音とりの難しいのは一曲もありません。
みなさんが、思いっきり声を出せる曲ばかりです。
 
頸城地方で、こんなに楽しい曲を並べたコンサ-トはないでしょう。
初舞台の曲は全部はいっています。磨きをかけてうたいたいもので
す。やさしい曲」をいい演奏でうたう、ことを目指したいものです。
 
③のソロはできたら私にさせてください。(以前「うみなり」で文
化会館で歌いました。
 
 2013.12.13 
初舞台で、私たちの課題が見えてきました。大きな声でうたったこ
と・・・これはすごくいいことでした。声が「生」だったこと。張
り切って歌ったので、残念ながら響きが足りなかった。
半年あまりの練習だったので、「歌いこみ」が不足していました。
仕方がないのですが、その状況・力量にあわせて選曲すべきでした。
これは気負いすぎた私の責任です。 
 
しかし、みなさんが堂々と歌い切ったことで、それこそ「100回
の練習よりも、1回の本番」で、会の力量をぐっと上げたと思います。
ゆっくりと、練習を積み重ねていくのがいい、と思います。
 
2013.12.15 
12.15.午後。ポコ・ア・ポコのクリスマス・コンサ-トを聞
きました。12.3人の若い人たちの混声合唱グル-プです。(来年6.
1に定演です)
上越1.2のいい合唱をする若い人たちの歌は楽しいものでした。
少しでも近づきたいものです。
 
高田高校合唱部のOB・OGが中心になっているようです。女声、
テノ-ルが力がありました。
来年、私たちは「声質」をそろえ、響く声を磨いていけば、一皮む
けるでしょう。楽しみです。
高田はまだ積雪はありませんが、池の平はもう1メ-トルに近いで
しょうね。
力量、技術に合ったやさしい歌に気持ちをのせて、聞く人と音楽・
合唱の喜びを共有することを目指したいと思います。
 
よいお正月をお迎えください。(年末年始は家族でコクハにいます)
 
2013.12.18 
客席の写真で左端に写っている方は片所さんのお母さんです。60歳
代の10年間、ピアノの個人レッスンをしていただきました。そのこ
ろ片所兄弟さんは小学生でした。
10年もやったのに、年を取ってからのピアノは一向に上達せず、そ
の後、パ-ッと消えてしまいました。小学校からまともな音楽教育
を受けていないので、今の若い人がうらやましいです。
 
哲学科を出て、県下の中学校の社会科教師をしている私の次男は
45歳ですが、吹く楽器はなんでもこなします。トランペット、フル
-ト、ホルン、今は高校からはじめた尺八一本です。大学7年間に「尺
八だけ吹いていた」とうそぶいています。
語学もすきで、英、独、仏、羅、希、韓などやっているようです。
山麓合唱団の外国語は彼にいろいろ教えてもらっています。
出版社に勤めている50歳の長男は高校時代、楽器店をしていた阿部
さんにかわいがってもらって、クラシックギタ-をしています。今
は打楽器をしているようです。
 
父親は学生時代から混声合唱をしている、「ヅクナシ」ぶりです。
新大音楽科の学生さんに4年バイオリンを習いましたが、車にはねら
れて100日入院して気力が失せて、ケ-スを開けていません。
新大の箕輪久夫先生に声楽の個人レッスンをうけて、ドイツ歌曲、
イタリ-歌曲をやり、オペラのアリアをやりましょう、という時、
前記の交通事故で中断せざるを得なくなり、残念無念でした。暇な
あまり、つまらないことを書いてしまいました。よいお正月をお迎
えください。
 
2013.12.21 
学生時代に、文化祭の元締めをするはめになったことがある。所属
していた混声合唱団も歌った。
 指揮者は藤原歌劇団の人で、白系ロシア人の血を弾いている人であ
った。コンちゃんと呼んでいた。-コンダクタ-
 
 お茶ノ水女子大学の合唱団といっしょに歌ったりしたこともあった。
 共立講堂で、童謡歌手の川田正子(みかんの花咲くころ)のバック・
コ-ラスをしたこともあった。「ガキのくせにうまいもんだ」と感
心した。
文化祭ではいろいろなものが舞台に立った。英文科のクラスが、原
語でシェクスピアのハムレットを演じたりした。女王の役をしてい
たのが、ひょんなことで息子たちの母親になっている。お互い二人
とも今は見るかげもない。
ユニ-クなのが一つあった。体育科の女子学生が一人、飛び込んで
きて、「私に踊らせてくれる?」というから「いいよ」というと、
すぐ、その場でクルクルッと裸になって、タイツに着替えはじめた。
ビックリ仰天してしまった。若い女性の裸身などをみたこともなか
ったが、舞踊できたえた肉体は息をのむほど美しいものであった。
 
後年、彼女は岡田真澄と「契約結婚」をして話題になったりした。
冷戦の激しい折から、合唱団でも、「民青」の面々の「人民のため
の合唱、音楽を」という人たちが、激論の末、分裂して「鳩の会」
を作り、合唱団も分裂したりした。のちの「中央合唱団」になって
いく。
その晩は徹夜で仲間と飲んだ。夜明けの朝日がまぶしかった

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