2010年4月 アーカイブ
2010年4月30日 11時23分01秒 (Fri)
*春の陽光
新緑の美しい季節になってきました。山の若草色を見るのが楽しみです。
ところで、私にとって、3~4月は、1年のうちで一番淋しく感じる季節です。
入学・就職・新役員等、周囲が新しいステージに進んでいくのに、自分だけが取り残されていくような・・・、そんなことを感じてしまうのです。いつもは、そんなこと思わないのにね。冷たい空気と明るい光のギャップかな?花々が美しく咲き出すのに、変わらない?自分自身とのギャップかな?
亡き母・亡き父の病気がみつかったのも、こんな日差しの季節でした。そして、私より3歳も年下の友人の病気が見つかったのも・・・春。両親の死でも、涙はでなかったのに、号泣しました。
黙とうします。
ところで、私にとって、3~4月は、1年のうちで一番淋しく感じる季節です。
入学・就職・新役員等、周囲が新しいステージに進んでいくのに、自分だけが取り残されていくような・・・、そんなことを感じてしまうのです。いつもは、そんなこと思わないのにね。冷たい空気と明るい光のギャップかな?花々が美しく咲き出すのに、変わらない?自分自身とのギャップかな?
亡き母・亡き父の病気がみつかったのも、こんな日差しの季節でした。そして、私より3歳も年下の友人の病気が見つかったのも・・・春。両親の死でも、涙はでなかったのに、号泣しました。
黙とうします。
2010年4月27日 12時50分15秒 (Tue)
*続アルド・チッコリーニ
新聞に書いてあったチッコリーニ氏の言葉が胸に染みます。5歳からマリアという女性にピアノを習ったということですが、
「私に一音一音弾かせて、その音がきれいかと聞くのです。もっといろいろなきれいな音を出して、それだけをずっと教えられました。」
「子供の時のようにひとつひとつ音を弾いてみて、マリアが『アルド、今の音はきれいでした。その音は好きよ』と言ってくれるだろうか、と考えます。」
「演奏というものは、決してそのときの霊感で心地良く弾いてしまうものであってはなりません。わずか2小節でも、どれだけのことができるかと、何時間もピアノの前に座って音を試し、色、バランスを探します。」
上記のお言葉、私が演奏の準備をしていくにあたり、座右の銘にしていきたいです。又、幼きピアノ学習者に対して、「きれいな音を求める心」を育てていきたいものです。
「私に一音一音弾かせて、その音がきれいかと聞くのです。もっといろいろなきれいな音を出して、それだけをずっと教えられました。」
「子供の時のようにひとつひとつ音を弾いてみて、マリアが『アルド、今の音はきれいでした。その音は好きよ』と言ってくれるだろうか、と考えます。」
「演奏というものは、決してそのときの霊感で心地良く弾いてしまうものであってはなりません。わずか2小節でも、どれだけのことができるかと、何時間もピアノの前に座って音を試し、色、バランスを探します。」
上記のお言葉、私が演奏の準備をしていくにあたり、座右の銘にしていきたいです。又、幼きピアノ学習者に対して、「きれいな音を求める心」を育てていきたいものです。
2010年4月26日 12時09分20秒 (Mon)
*アルド・チッコリーニ
毎日新聞の芸術欄で拝見しましたが、84歳になる巨匠は、3月に来日されて、素晴らしい演奏をされていたようです。今回も、栗東さきらホールで、演奏されていたのでしょうか?
全てを超えた巨匠の崇高な演奏と私事を結びつけるのは、恐縮なのですが・・、亡き母と最後に行った演奏会は氏のコンサートでした。栗東さきらホールに、氏の選定したファツィオーリ社(知る人ぞ知る世界の名器)のピアノがあり、そこでの2003年10月のコンサートでした。母は、翌4月には病気が見つかり、手術・闘病生活と続きました。おそらくコンサートの時点もすでに発病していたと思われます。1部のドビュッシーの演奏中、咳き込みそうになる母にはらはらして、「コンサートに母を誘わなければ良かった。」なんて思ったりもしていました。ショパンのOP62のノクターンにいたく感激した母は、私にさかんにその曲をリクエストしたり、短歌にも詠んでいたようです。「おない年でこんなにピアノが弾ける方がいるのだから、私も頑張らねば。」と盛んに言っていました。
母に、もう一度チッコリーニ氏の演奏を聴いてもらいたかったです。
全てを超えた巨匠の崇高な演奏と私事を結びつけるのは、恐縮なのですが・・、亡き母と最後に行った演奏会は氏のコンサートでした。栗東さきらホールに、氏の選定したファツィオーリ社(知る人ぞ知る世界の名器)のピアノがあり、そこでの2003年10月のコンサートでした。母は、翌4月には病気が見つかり、手術・闘病生活と続きました。おそらくコンサートの時点もすでに発病していたと思われます。1部のドビュッシーの演奏中、咳き込みそうになる母にはらはらして、「コンサートに母を誘わなければ良かった。」なんて思ったりもしていました。ショパンのOP62のノクターンにいたく感激した母は、私にさかんにその曲をリクエストしたり、短歌にも詠んでいたようです。「おない年でこんなにピアノが弾ける方がいるのだから、私も頑張らねば。」と盛んに言っていました。
母に、もう一度チッコリーニ氏の演奏を聴いてもらいたかったです。
2010年4月21日 19時29分40秒 (Wed)
*大阪楽友協会コンサート
2010年4月20日 13時52分21秒 (Tue)
*疲労回復
昨日のコンサートの後、仕事(レッスン)を終え夕食を作ったら、またまたダウンしてしまいました。こういう時は、体を動かした方がリフレッシュすると思うのですが、体が動くように命令を出すのも頭なんですね・・。体も動かないんですよ。明日の米もないパンもないと、気力を奮い立たせて買い物に出たのはPM11:30でした。今朝は、朝のルーティンワークをすっとばして10時頃まで寝て、やっと平常に戻りました。これ位の時間で元気になるので、病気ではないのですが、昨夜と今朝のいくつかの事項はドタキャンに。良い疲労回復の策があれば、どなたか教えて下さいませ。
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