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NOVEL

第一章

「眼帯つけてるそこの君!」
出会うとすれば人ではなく、獣の方がしっくりくるような深い森の中。
誰かが呼んでいた。
声の元を探そうと首をぐるりとめぐらせてみても、
眼帯で覆われていない方の目は何もとらえられなかった。
胸の中では警鐘が鳴り響く。
無限にあるかのように思えてしまうほどの木々しか視界にはない。
それに気のせいと考えられるほどポジティブではない。
なにか起こらないうちに急いでこの森を抜けよう。
地面を強く蹴る。森を抜けるにはまだまだ道のりは長いけれど
のろのろ歩くよりはましだろう。

しかし先刻の声はあいも変わらず耳に届いた。
「君程度の速さで走っても無駄だよ」
くすくすと笑う声も聞こえた。余裕も感じられる。無視して走り続けると
「ちょっと止まって俺の話聞く気ない?」
と、目の前には十代後半と思われる同い年程度の青年が現れた。
髪は肩にかからない程度の長さで、
顔はいかにも女慣れしてそうと感じるぐらいに整っている。
知的さの感じるメガネも洒落ていた。
相手が人間であったことに少し安堵しながらも警戒しながら聞く。

「何の用です?」
「君の名前は神月沙羅さんで合ってるかな」
見覚えのない青年は何故だか知らないけど沙羅の名前を知っていた。
肯定も否定もしないでこちらも問う。
「あなた誰?」
青年はその簡単な問いにちょっと眉を
困ったようにうーん、と傾けてから言った。
「別に知らなくていいよ」
 
それからの流れはとても速かった。
急に間合いを詰めたかと思うと青年はいきなり沙羅を押し倒した。
「ちょっと、何すんのよ!」
抵抗して起き上がろうとするも、
細くしなやかな外見とは裏腹に体を抑える力は強くて
腕を押しのけようとしてもそれはびくともしなかった。
しかもじたばたと動いた衝動で、
左目を覆っていた眼帯ははらりと取れてしまう。

そこから露わになったのは黒に近い色をした右目とは対照的に、
燃えるような深紅を携える瞳。
この世界に災いを呼ぶとされるオッドアイ。
しかも右目は不幸の象徴でもある紅色だった。
この目で沙羅の人生は散々だった。


沙羅は孤児院で育った。だから親を知らない。
泣き喚くしかできない赤ん坊のころに
孤児院の戸の前に置き去りになっていたのだ。
その孤児院でいずれ養子として大金と引き換えに
引き取られていく子供を育てていた女は、
かわいらしい外見に将来名家に引き取られていくことを
期待して育てていたという。
小さい頃は両目ともに黒水晶を連想させるような綺麗な黒だった。
すくすくと育つにつれて女は沙羅をさらにかわいがった。

だけど他の子とどこか違う。
そう女が気づいたのは沙羅が地域の初等部に入学した頃だった。
うっすらと左右の目の色彩が異なってきたのだ。
当初は気のせいで片づけられる範囲だったものの、
歳を重ねるにつれて赤の鮮やかさは増して今に至る。
誰もがその目を気味悪がったし、
目の色の違いがまだ目立たない頃にとある名家に一度だけ
もらわれたことがあったがその家は
あたしを引き取って1週間で事業に失敗し、沙羅はすぐ返却された。
まさに厄災をよぶ子だった。
はっきりと色が違くなってからは片目を眼帯で覆って生活していたが、
学校に行っても格好のいじめの対象になるだけだったから
勉強は殆ど孤児院で独学で行っていた。

中等部を卒業したら強制的に孤児院を
出ていかなければならない仕組みだった。
もちろん厄災の瞳をもつ者など働かせてくれる場所はないだろうから、
沙羅はなんのあてもなく町をさまよい、飢えて一人で死ぬはずだった。


あの手紙が来るまでは。