第98回『グッバイ、レーニン!』

母に捧げる反革命

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『グッバイ、レーニン!』
(Good Bye Lenin!)
2003年:ドイツ
監督:ヴォルフガング・ベッカー


 舞台はベルリンの壁崩壊直前の東ドイツ。

 主人公の主人公の青年アレックスの父は、10年前に西側へ行ったきり帰って来ない。母からは、西側に女が出来たのだと聞かされている。愛する夫を失った母は、以来、その現実を振り払うかのように社会主義運動にのめり込んでいる。つまり社会主義と結婚したのだ。しかし時は経ち、今では東側にも西側の資本主義的な享楽的雰囲気がチラホラ見受けられ始めている。そんな時代に母の社会主義運動は完全に時代錯誤なものでしかない。少なくとも、アレックスのような若者から見れば、彼の母や年寄りの政治家たちは完全なるアナクロだ。

 そんなある日、大規模な市民デモに参加しているアレックスの姿を、母が偶然にも目撃してしまう。あまりのショックに心臓発作を起こし、倒れてしまう母。何とか一命は取り留めたものの、深い昏睡状態に陥ってしまう。この熱心な社会主義信望者が病床で苦しんでいる間に、皮肉にもベルリンの壁が崩壊。社会主義は呆気なく消え去り、一気に西側の資本主義がなだれ込んで来る。アレックスの姉は大学で経済学を学ぶのをやめ、バーガーキングでバイトを始める。アレックスも衛星放送のセールスとアンテナ取付工事のバイトに就く。

 巷にはコカコーラにハンバーガーにエロビデオ……埃をかぶった旧体制の匂いはあっという間に消え去り、現代的な消費社会の欲望が一気に爆発する。若者が集うパーティーでは変態的なエレクトロ・ロックが大音量でガンガン流され、アレックスもイイ仲になった看護婦の女の子と一緒にマリファナを吹かす。これぞ自由!! これぞ資本主義!! かつてない享楽に耽る東側の若者たち。

 そんな折、8ヶ月間も昏睡状態にあった母の意識が戻る。が、医者は絶対安静だと言う。たとえ些細なものでも、何らかの精神的ショックを与えれば、また心臓発作を起こしかねないというわけである。アレックスはここでふと思う。

 「母はベルリンの壁の崩壊をまだ知らない。社会主義に全身全霊を捧げてきた母が、もしベルリンの壁が崩壊したなんて知ったら……もし自分の国から社会主義が一瞬にして消え去ってしまったなんて知ったら……」

 確かに、浦島太郎では済まされない事態を引き起こすに違いない。下手をすれば、確実な死が母を待ち受けている。これはまずい。どうにかせねば。でも一体どうすればいい?

 困り果てたアレックスは、大胆にして単純至極な奇策を思い付く。それは、寝たきりの母を自宅の部屋に実質的な軟禁状態にし、外の情報を一切シャットアウトして、東ドイツが以前と変わらぬ社会主義体制のまま存続しているというウソをつき続けるというもの。当然ながら、周囲の人間は「そんなことは無茶だ」と反対するが、アレックスの決意は固かった。

 「俺は母さんのために旧東ドイツを存続させ続ける!!」

 こうして、社会主義体制が滅び去った故国を、また元の状態のまま存続させる(というウソをつき続ける)ために奔走する日々が始まるのだった。果たしてアレックスはどこまでこの虚構の故国を存続させられるのか。そしてそんな虚構の中で生き続ける母に本当の幸せはあるのか。

 無駄のないハイテンポなストーリー運び、ピリッとした風刺を効かせたコメディー・センス、そしてストーリーの中心になる素朴な家族愛と、なんだかんだ主人公の無茶な奇策に協力してくれる周囲の人たちの素朴な人情……それらの要素が絶妙なバランスを保ちながら互いに作用し合い、前半ではシニカルな笑いに大いに笑わされ、終盤へ入ると今度は普遍的な人間ドラマについつい涙腺を緩ませられてしまう、という何ともニクイ逸品である。

 良かったシーンを一つひとつ挙げるときりがないのだが、本作の映画作品としての底力を感じるのは、歩けるようになったアレックスの母が、アレックスの目を盗んで往来へ出てしまい、街の変化に驚きながらフラフラと表通りまで歩いてゆくと、なんと空の向こうから解体されたレーニン像の上半身が現れ、ヘリコプターに吊るされた状態でバリバリバリと低空飛行しながら彼女の目の前を通り過ぎる(つまりレーニンと母がすれ違う)というシーン。

 レーニン像の差し上げられた右腕が、ちょうどアレックスの母に差し伸べられているような絶妙な一瞬を切り取った画は本当に素晴らしい。そしてその一瞬の出会いの後、レーニン像(母が全身全霊を捧げたものの最大の象徴)は空の彼方へと去ってゆく。これはアレックスの母と社会主義との別れを象徴するシーンなのだと思うが、画作りとしては、おそらくフェリーニの『甘い生活』(1960年)や、ヤコペッティの『さらばアフリカ』(1966年)などのパロディーではなかろうか。

 細かいところでは他に『2001年宇宙の旅』(1968年)と『時計じかけのオレンジ』(1971年)のパロディー場面があるが、これはけっこう笑えた(アレックスの相棒で、キューブリックに憧れている映画監督志望の青年が出てくるが、彼のモデルはベッカー監督自身なんじゃなかろうか)。

 ベルリンの壁崩壊前後の、ドイツ社会の大きな変革を背景としたピリ辛な社会風刺を描きながらも、お堅い社会派あるいは辛辣なブラック・コメディーには持っていかず、つまるところは普遍的な家族愛や人情を描いた、良質な人間ドラマとして成立させている。もちろん、安直な泣かせに走るような作品ではない。社会の大きな変革と一家庭の関わりを、市井に生きる人間の目線の高さで描いた傑作として、多くの人にお薦めしたい一本である。

 

(2014年1月26日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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