第95回『ドライヴ』

血と暴力とロマンチシズムと

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『ドライヴ』
(Drive)
2011年:アメリカ
監督:ニコラス・ウィンディング・レフン


 本作は劇場公開時に見に行ったのだが、その際は「ちょっと物足りないなぁ」という感想だった。セリフの少なさとストイックかつ容赦のない暴力描写は至極ツボだったのだが、悪役がどうも弱過ぎると思ってしまったのだ。しかし、その後DVDで何度か見ているうちにジワジワと好きになり、同時に、『ブロンソン』(2008年)や『プッシャー』シリーズ(1996~2005年)といった他のレフン作品を見るに至り、今ではレフン作品自体をけっこう好きになった。

 主人公のドライバー(ライアン・ゴズリング)は、昼間は自動車修理工と映画のスタント・ドライバーとして、夜は強盗犯の逃走を手伝う「逃がし屋」のドライバーとして働いている。寡黙で感情をあまり表に出さず、傍から見ると何を考えているのかよく分からない。

 そしてそんな彼の過去を知る者は誰もいない。確かなのは彼が神懸かったドライビング・テクニックを持っているということだけ。常に冷静沈着で、「逃がし屋」としての己のルールを重んじ、仕事は確実に成功させる。原作を読んでいないので、映画と原作の差異がどの程度なのかは全く分からないのだが、本作の主人公の元ネタはおそらくウォルター・ヒル監督のカーチェイス映画『ザ・ドライバー』(1978年)の主人公だろう。名無しで寡黙で過去は謎。そして神懸かったドライビング・テクニックを持つ「逃がし屋」という設定は全く同じだ。

 ある日、この孤独なドライバーは、アパートの隣人であるアイリーン(キャリー・マリガン)と出会う。アイリーンは幼い息子を持つ一児の母で、姿の見えない夫は今現在は服役中だという。互いに多くを語らないが、次第に惹かれ合っていくドライバーとアイリーン。

 本作の前半は、この二人のプラトニックな恋模様が延々続くのだが、これが古い日本映画みたいな奥ゆかしさで素晴らしい。愛してる恋してるアイニージューアイラービューなんて歯の浮くようなセリフのやりとりは一切なし。言葉少なくポツポツと会話しながら、時折互いの視線がちょこっと交わったりすると、その時だけフフッという感じで互いにはにかんだりする。

 二人の間に流れる「空気」と、ちょっとしたじれったさを覚えるような「間」だけで、この二人が互いに惹かれ合っていく様子を見事に描き切っているが、これはレフン監督の演出力もさることながら、主演のライアン・ゴズリングとヒロイン役のキャリー・マリガンの二人が生み出す「空気」と「間」が絶妙なのだ(微細な表情の変化だけでセリフ以上のことを物語る、ということがどれほど難しいことなのか、私のようなトーシロには計り知れないが、やはりこういうところで演者にとっての真の演技力、はたまた監督にとっての真の演出力というものが試されるのだろう)。

 こうして、互いの心の孤独を埋め合うように寄り添ってゆくドライバーとアイリーンだったが、二人の蜜月の時は長くは続かない。アイリーンの夫スタンダード(オスカー・アイザック)が刑期を終え出所してきたのだ。スタンダードは根っからの悪党ではないが、刑務所の中で作ってしまった借金のために、娑婆に戻ったばかりであるにもかかわらず、荒っぽい押し込み強盗の仕事を請け負わざるを得ない状況に陥っている。もしこの仕事を断れば、自分だけでなく家族の命までをも危険にさらしてしまうというわけである。

 そのことを知ったドライバーは、彼ら家族を守るために、スタンダードの強盗の逃走を手助けすることを決意するが、簡単な仕事だと聞かされていたこの強盗は、実は地元のヤクザ者が仕組んだかなりアブナイ橋だったのだ。ドライバーたちはこの一件をきっかけに、一気に血みどろの暴力の世界に引きずり込まれてゆく……。

 甘酸っぱくてフワフワした純愛ものであった前半から一転、後半はストイックな演出ながらも情け容赦ない血みどろバイオレンスが展開される。それまで物静かで心優しい人物として描かれていたドライバーが、敵の暴力に対してそれ以上の暴力で応酬する、ある種のダークヒーローとして描かれているのだが、敵の刺客の頭を執拗に蹴りつけ蹴りつけ、しまいにはグシャッと蹴り潰してしまうシーンにはさすがの暴力映画好きな私も度肝を抜かれた。

 この過激な暴力描写は、ドライバーとアイリーンが初めて出会ったアパートのエレベーターが、そのまま二人の別れの場にもなるという重要なシーンで使われているのだが、二人が長い長い別れのキスを交わすという何とも甘く切ない描写の後に、映画そのものを一気に暴力の世界へと引きずり込む「頭潰し」を持ってくるのだから恐ろしいというか素晴らしいというか、物語の転換場面としてこれ以上はないというくらいの衝撃を覚える。

 このシーンによって、それまで優男風だったドライバーが、もはや違う世界の人間であるということが観客側にもビリビリと伝わってきて、アイリーンの心がドライバーから離れていってしまう感覚を、観客側もかなりリアルに感じ取ることが出来る名シーンだ。

 名無しの流れ者が、もともと縁もゆかりもなかったヒロインとその家族を守るために、悪党との無謀な戦いに挑んでゆくという流れはそのまんま西部劇だが(名無しの主人公はまさにイーストウッドが西部劇で演じてきたようなダークヒーロー像だ)、このお決まりな流れをレフン監督は、ファンタジックでありながらも同時に肌がヒリヒリするような鋭利なリアリティーを持った、現代の騎士道ロマンスとして見事に再構築してみせた。容赦ない血と暴力の世界に、純朴で甘美なロマンチシズムを匂い立たせる手腕は見事である。

 

(2013年12月21日)

プロフィール

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わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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