第92回『出張』(1989年)

ザ・サラリーマン哀歌

img_20231228-133757.jpg
『出張』
1989年:日本
監督:沖島 勲


 「本当に、ここ10年、15年、何もありゃしませんよ。人生でいちばん充実してるはずの30代40代を、何もないままあっという間に通り過ぎてしまった……。そして、もう50に近いんですよ。取り返しのつかない年齢だ。毎朝起きると、必ず思うんですよ、これでいいのかって……」

 それ相応の仕事もあって、収入もまぁ人並みにはある。そして妻も子もある家もある。だけど俺の人生って一体何なのだろう?

 沖島監督の作品は全然見たことがないのだが、本作は『竜馬暗殺』(1974年)と同じ石橋蓮司&原田芳雄のコンビが拝めるので、何となく気になって見てみたわけだが、これが思った以上にグッとくる逸品であった。

 ごくごく平凡なサラリーマンの熊井(石橋蓮司)は、今日も出張で地方へ。途中、落石事故によって電車が足止めを食ってしまったので、仕方なく寂れた温泉町で一泊することに。

 思わぬ足止めではあったが、久々に温泉に入ってリラックス出来たし、夜は酔った勢いで飲み屋の若い女二人と3Pまで……。翌朝、何だかオイシイ一夜だったなぁ、と得した気分で駅までの道を歩いていると、山奥に潜伏中の革命ゲリラと遭遇する。何だかよく分からないけど面白そうだと付いてゆくと、いつの間にやら人質にされてしまう。

 「まぁ、あんたを傷つけるつもりはないけど、5000万の身代金を要求するから」ということで、ゲリラ側と熊井の妻との交渉が始まるが、何と返ってきたのは「夫の命なんかどうでもいい」という妻の冷たい反応だ。

 その後、どうにかこうにか会社側が身代金5000万を都合してくれることになったが、これとて熊井の身を案じてというわけではなく、世間体を考えてのもの。むしろ熊井のおかげで会社は大損害を被ったとカンカンだ。こうして、何やかや優しく接してくれたゲリラたちから解放され、平凡な日常へと戻ってゆく熊井。

 ヘトヘトの状態で我が家へたどり着くと、「あら、意外と早かったのね」という実に素っ気ない妻の態度。そして熊井の無事を喜ぶどころか、「あんたのせいで、これから一生かけて5000万も返して行かなきゃならなくなったのよ!!」とブチ切れる。

 「だって身代金は会社が出してくれたんじゃ……」

 「なに寝ぼけたこと言ってんのよ!! あんたみたいなヘボ社員に会社がお金なんか出すわけないでしょ!! あの5000万は会社が借してくれたのよ!!」

 結局自分は家族にとっても無用の長物で、また会社にとっても、いくらでも代えの効く歯車の一部でしかなかったんだということを思い知らされる熊井。しかしそれでも彼はサラリーマン。休む間もなく翌日は会社へ出向き、「ご迷惑をおかけしました」と関係者各位にひたすら頭を下げ、「自分の不徳と致すところ」を平謝りに謝ったあげく、さっそくまた三日後からの出張命令が下る。

 出張中にゲリラの人質になり、それを「自己責任」にされた上に5000万もの借金を背負わされ、さらにはその翌日にまたもや出張命令が下るという、哀しいにもほどがあるサラリーマンのこの地獄の宿命。しかしそれでも彼はサラリーマン。天変地異が起きようが地球が滅びようが、彼にとって会社の命令は絶対である。

 三日後、彼はまた何事もなかったように、ごくごく普通のサラリーマンとして、出張のために乗り込んだ列車に揺られている。ぼんやりと窓の外を眺めると、わずか数日前にゲリラたちと出会った山が近づいてくる。

 「あいつら、やってるかな? 今日も、がんばってるかな?」

 そう思いながら、何となくそわそわし始めると、山の中腹で派手な爆発音と黒煙が!!

 おぉ!! やってる、やってる!!

 熊井は思わず車窓から身を乗り出すと、「おぉ~~い!! 俺だぁ!! 熊井だぁ!! がんばれよぉ~~!!!!」と声の限りに声援を送る。そして熊井の実に嬉しそうな笑顔を映して、この映画は静かに幕を閉じる。

 日本の山中に革命ゲリラが潜伏しているというトンデモな設定と、シニカルかつユル~いコメディータッチがさほどシリアスな重さを感じさせないが、しかしながら登場人物たちの交わす会話がどれもこれもすこぶるリアルで、その何でもないような日常会話の連続の中に、所々ふと我々が住む日常世界の不条理みたいなものを垣間見ることが出来る。

 社会派というほど硬くもなく、かといって娯楽と呼べるほどの派手さもない。とはいえ、石橋蓮司や原田芳雄をはじめとするキャスティングの妙に加え、そのユル~い笑いの中にも、時折スッと日常世界の不条理の恐ろしさを感じさせる演出が見事だ。

 自分はこの映画の主人公ほど典型的なサラリーマンではないが、しかし毎月の給料日を気にしながら、特に代わり映えのしない日々を淡々とやり過ごしている身としては、やはり冒頭に挙げた主人公・熊井のサラリーマン・ブルース120%なセリフが、全くの他人事とは思えない。

 

(2013年10月12日)

プロフィール

プロフィール画像
ニックネーム
わがままコブラ
性別
生年月日
1984年5月2日
QRコード
携帯用QRコード
アクセス数
ページビュー数