第90回『さらばベルリンの灯』

スパイはつらいよ

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『さらばベルリンの灯』
(The Quiller Memorandum)
1966年:イギリス
監督:マイケル・アンダーソン


 思えばスパイ映画というものをこれまでほとんど見てこなかったが、これはおそらく、「刑事」とか「殺し屋」とか「スナイパー」といった響きに比べて、どうも「スパイ」という響きに職業的なかっこよさみたいなものを感じないというか、いまいち憧れるような要素を(あくまで私個人が)見出せないからではないかと思う。これと似たようなところで、「探偵」という響きも、私の中ではいまいちしっくりこないというか、やはり憧れるようなかっこよさを見出せない。

 本作は、そんな私がめずらしく見たいと思ったスパイもの。イギリス産のスパイ映画ということで、どうしたって『007』のイメージがつきまとってしまうが、これが徹底して燻し銀(悪く言えば超地味)な仕上がりで驚いた。

 冷戦下の西ベルリンで暗躍するネオ・ナチの動向を探るため、イギリスの諜報員クィラー(ジョージ・シーガル)が西ベルリンへ派遣される。彼の前任の諜報員は何者かによって殺されているので、かなり危険な任務であることは確かだ。

 本作はこのクィラーの孤軍奮闘ぶりを描くわけだが、ここで特に面白いと思ったのは、スパイ映画だというのに、当の主人公は特殊な武器や秘密道具はおろか、銃やナイフさえも所持しておらず、完全なる徒手空拳で任務に臨んでいるところ。

 実際のスパイがどういうふうに活動しているかは全く知らないので、この丸腰のスパイにリアリティーがあるのかどうかはよく分からない。ただ、己の頭脳と肉体ひとつで、死と隣り合わせの危険な任務に臨むクィラーの姿には、ジェームズ・ボンドにはない燻し銀のかっこよさを感じた。

 主人公がここまで燻し銀なので、もちろん映画全体もかなり地味。あまり大仰なアクションもなく、血沸き肉躍るスパイ活劇を期待すると、思いっきり肩透かしを食うことになる。

 何かとクィラーのことを助けてくれる美人教師インゲ(センタ・バーガー)とのしっとりとした恋模様も描かれるが、しかしこれも最後にはかなりビターな結末が用意されており、まさに「スパイはつらいよ」な物悲しい哀愁が作品全体を包み込む。本作はスパイ・アクションというよりは、ある種のフィルム・ノワールと思って見た方がしっくりくるのではないかと思う。

 とにもかくにもとことん地味だし、突っ込みどころも少なくないが(クィラーの行動が、プロとしては少々行き当たりばったりに思えなくもない)、しかしながら、シネスコを活かした画作りやテンポの良いカット割りが本作の質を底上げしており、大仰な娯楽アクションにはない渋い味わいを堪能することが出来る。やはり万人向けとは言い難いが、派手さのない燻し銀なかっこよさが好きな人にはお薦めの一本。ロバート・ワイズの作品なんかが好きな人には合うかもしれない。

 

(2013年10月10日)

プロフィール

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わがままコブラ
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1984年5月2日
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