第9回『ゾンビ』(米国劇場公開版)

ゾンビ映画の金字塔


『ゾンビ』(米国劇場公開版)
(Dawn of the Dead)

1978年:アメリカ、イタリア
監督:ジョージ・A・ロメロ


 もともとヴードゥー教がらみの土俗的な存在であった「ゾンビ」という存在を、謎のウィルスに感染した、本能的な食人嗜好のみでさまようリヴィング・デッド(生ける屍)としてモダンに再構築したロメロの偉業は、それだけでノーベル賞ものである。このロメロ版ゾンビは、以降、映画界におけるゾンビものの完全なる雛型となった。

 このモダン・ゾンビの始まり『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968年)、その10年後に作られた『ゾンビ(ドーン・オブ・ザ・デッド)』(1978年)、そしてゾンビに一個人としてのキャラクターを与えたのが新鮮だった『死霊のえじき(デイ・オブ・ザ・デッド)』(1985年)。

 いわゆる「ゾンビ3部作」と呼ばれるこの3本はいずれも掛け値なしに面白いが、シリアスな人間ドラマで押しきった燻し銀の『ナイト・オブ~』や、話の陰惨さ、ヴィジュアル面でのグロさを最大限に引き上げ、かなりコアなファンを喜ばせる仕上がりになっている『死霊のえじき』に比べると、そのエンターテイメント性の高さ、話のシンプルさ、感情移入しやすい主人公4人の普遍的なキャラクターといった点で、やはり本作『ゾンビ』が最もお薦めしやすい1本であるように思う。

 ゾンビに追いやられた主人公たちが逃げ込んだ先での密室劇、という図式は3作とも同じだ。

 1作目の『ナイト・オブ~』は片田舎の一軒家。『ゾンビ』では大幅にスケールアップして郊外の大型ショッピング・モール。続く『死霊のえじき』では軍事施設の地下シェルター。片田舎の一軒家は古典的なアメリカン・ホラーという感じだし、軍事施設の地下シェルターはパニック・アクション映画のいかにもなお膳立てという感じがする。そこへきて郊外の大型ショッピング・モールというのは、物欲主義の大量消費社会を象徴する最もアメリカらしい舞台で面白い。

 実際この主人公たちも、モール内のゾンビたちを一掃した後、有り余る物資の海に溺れて大いに楽しむ。高級食材も高級酒もブランド服も家電製品も何もかも手に入れ放題。人類が滅亡へと向かっている明日なき世界で、今まで味わうことのできなかった「いい暮らし」を満喫するのだ。

 ゾンビたちは生前の行動パターンを動物的にくり返すのだが、理性的な思考力を失ってなお、かつての物欲のままにショッピング・モールに群がるというのは、無意味な大量消費行為に徹する現代人そのものが、そもそも「生ける屍」のようなものである、という皮肉なのだろう。

 そんな擬似贅沢ライフを満喫していた主人公たちだが、野武士のような武装した盗賊バイカー集団の登場によって全てをぶち壊されることになる。

 ヘルズ・エンジェルズよろしくな群盗ハーレーの一団がモール内に侵入し、破壊行為に略奪にとやりたい放題。封鎖してあった戸口をこの輩どもが破壊したことによって、モール外にいたゾンビたちまでもがぞろぞろとモール内へ侵入してくる。最初はゾンビ狩りを楽しんでいたバイカーたちだったが、ゾンビの数はじわりじわりと増え続け、気づいた時にはもはや手遅れ。圧倒的な数のゾンビ集団の前に、輩どもは次々と餌食にされていく。

 主人公たちが疑似贅沢ライフを満喫する中盤の「だらけ具合」あってのこのカタルシス、この終盤の地獄の大惨劇に、見る側も我然テンションが上がる。「ホラー」というよりは「アクション・アドベンチャー」として見事な展開だ。

 ゾンビたちの特殊メイクは昨今の技術に比べればまだまだ安っぽく見えるが、しかしこの時代のスプラッター映画には欠かせない特殊メイクの狂ったマエストロ、トム・サヴィーニによるアクロバティックな人体破壊の美学は、映画史に残るイイ仕事である(サヴィーニ本人も出演している)。

 

(2010年10月20日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
性別
男
生年月日
1984年5月2日
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