第88回『キャリー』

イジメっ子リア充皆殺し!!

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『キャリー』
(Carrie)
1976年:アメリカ
監督:ブライアン・デ・パルマ


 最近知った新橋文化劇場という名画座(このデジタル花盛りのご時世に、35mmフィルムでの上映にこだわっている希有な映画館)で、『キャリー』+『グラインドハウス USAバージョン』(2007年)という何とも味わい深い二本立てをやっていたのでさっそく見に行った。

 どちらもすでにDVDで鑑賞済みだったが、やはりああいった味のある映画館で見ると雰囲気があってすごくイイ。特に『キャリー』の大炎上ラストは映画館の大スクリーンで見ると本当に感動的だ。血まみれになったキャリーの背後で勢いよく燃え拡がってゆく炎のあの美しさ。あまりにも美しいんで、見ていてちょっとウルウルきてしまった。

 主人公のキャリーは内気なイジメられっ子女子高生。狂信的なキリスト教信者の母親は、一切の性的な行為や欲望は悪そのものと見なしており、キャリーが(かなり遅めの)初潮を迎えると、お赤飯を炊いて祝うどころか「あんたはとうとう汚れた体になったのよ!! このまま行けば次は男の体を求めるようになるんだわ!!」と我が娘の自然な発育をヒステリックに責め立て、懺悔を強いる。

 こんな母に育てられたキャリーは、当然「普通の女の子」になれるはずもなく、スポーツマン男子とチアリーダー女子が最高峰という実にアメリカ的なスクール・カーストの最下位に置かれ、同級生(主に女子)たちからのえげつないイジメや嫌がらせを受ける毎日を送っている。

 そして神のイタズラか、ただでさえダークな雰囲気をまとっているというのに、キャリーは念力(テレキネシス)で物を動かしたり破壊したり出来るという要らな過ぎる特殊能力まで生まれ持っているのだ。彼女が手酷いイジメを受けて悲鳴を上げると同時に、頭上の電球がバンッと破裂したりする。これによって余計に気味悪がられてしまうというわけである。

 そしてそんな最下層にいる人間にとっては、高校生活最後にして最悪なプロム(高校生活最後のダンス・パーティー。好きな異性を誘ってこれに出席する)の季節がやってくる。誰がどう見ても、ジョックスやクィーン・ビーと呼ばれるようなスクール・カースト上層部の生徒だけを満足させるためのイベントだ。もちろんキャリーはこのプロムに参加するつもりは毛頭ない。

 ところがある日、学年でもトップクラスのイケメンのジョックスが、突然キャリーのことをプロムに誘ってくる。彼女はもちろんこれを本気にはせず、ただ自分はからかわれているだけだと警戒するが、しかし何度断っても彼女をしつこく誘うジョックス。理由は彼が授業で発表した詩をキャリーが「美しい」と褒めてくれたからだと言う。ジョックスらしからぬ文系くさい口説き方だ。

 こうなるとキャリーとて一人の乙女である。今までの人生で、自分にここまで優しく接してくれた男子はいなかったのだ。それが今や、学年トップクラスのイケメン男子からプロムに誘われているのである。彼女は生まれて初めて化粧をし、髪形も女の子らしく整え、「男は皆セックスのことしか考えていない悪魔だ!!」と喚き散らす母にこれまた生まれて初めて反抗し、そしてついに夢のようなプロム当日を迎える。

 ダンスなど一度もしたことのないキャリーを優しくリードするイケメンのジョックス。キャリーはこの甘い甘いひと時に、これまでの人生では全く味わうことの出来なかった至福感に包まれる。しかしこれにはやはり裏があった。キャリーにとってのシンデレラ・ストーリーではなかったのである。これはキャリーを嫌うイジメっ子の女子たちが仕組んだ罠だったのだ。当然ながらイケメンのジョックスも仕掛け人の一人である。

 こうして、キャリーは人生最高の時から一瞬にして人生最悪の状況に陥れられることになり、映画はここから一気に誰一人として救われない地獄の惨劇へとなだれ込んでゆく……。

 最近になって『キャリー』の男子版とも言える『デビルスピーク』(1981年)という作品を見て、これもかなり面白かったのだが、しかしイジメ描写のえげつなさというか厭ぁ~な感じのリアリティーという点で言えば、やはり『キャリー』の方が数段上という気がする。

 この手の虐げられた人間の復讐を描く作品では、復讐される人間たちは皆殺しであった方が面白いと思っている。虐げる方も徹底して凶悪に描いておいて、その虐げる側の人間たちが復讐される大団円では、ここぞとばかりに無慈悲な皆殺しで徹底的にデストロイし尽くした方が、見ているこっちの溜飲も景気良く下がってくれるというものだ。この点に関しては、『キャリー』も『デビルスピーク』も大満足と言えるほどの無慈悲かつド派手なデストロイぶりを見せてくれる。

 特に『キャリー』の方は、唯一キャリーの味方をしてくれていた女性教師までもが、最後の最後はキャリーの目には他と同じ「自分を嘲笑う人間」として映ってしまう(実際は最後まで彼女の味方であったのに)という、何とも不条理で切ない残酷さまで描かれていて、こういう部分でも容赦がないというか何一つ救いがない。

 アメリカにはこの手のいわゆるスクール・カースト(学校内でのヒエラルキー的差別)を描いた映画はかなり多いが、コロンバイン高校の事件なんかを見ても、やはりあちらの学校は最下層のさえない少年少女にとってはかなり生きづらい環境なのだろう。アメリカに比べれば日本なんかはまだ、オタクな人間たちにとっての逃げ道が多いような気がする。イケてる美男美女が階級の最上位にいるというのはどこの社会でも同じことだと思うが、体育会系が文化系に圧倒的に勝っているという図式が日本にはあまりないので、ここらへんがアメリカとは違うところなのだろう。

 

(2013年9月2日

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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