第87回『ありふれた事件』

素晴らしき暴力映画の世界

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『ありふれた事件』
(C'est Arrive Pres De Chez Vous)
1992年:ベルギー
監督:レミー・ベルヴォー、アンドレ・ボンゼル、ブノワ・ポールヴールド


 世に暴力映画の傑作は数あれど、その凶暴性・凶悪性・主人公の救いようのなさにおいて、未だ私の中での最高峰は『バッド・ルーテナント』(1992年)とこの『ありふれた事件』の2本だ。

 ドキュメンタリー映画の撮影クルーがとある殺人鬼の日常を追うというフェイク・ドキュメンタリー作品で、特にこれといったドラマ性もストーリー性もなく、主人公の日常的な殺人を、どこまでも乾いた視点で淡々と描いている(ある種のブルー・フィルム的な作品とも言える)。後で知ったことだが、本作はたった3人の若者が超低予算で製作したそうで、そう考えると、低予算(特に自主製作)のPOV作品としては、かなりハイレベルな成功例と言えるのではなかろうか。

 本作において特筆すべきは、やはり乾いたリアリティーを徹底的に追求した暴力描写だ。POV作品特有の手ブレが多く粗いモノクロ映像に映し出される暴力は、どれも派手さはないが実に厭ぁ~なリアリティーに満ちており、本作が優れているのは、それをいかにも「グロいだろ? 下衆いだろ?」という押しつけがましい演出にはせず、あくまで淡々とした(食事をしたり排便をしたりというレベルの)日常行為として、客観的・即物的にスクリーンに映し出しているところだ。

 本作の主人公がなぜ日常的に人を殺しまくっているかというと、その動機はずばりカネ。それも殺し屋として(つまりプロとして)稼いでいるわけではなく、「どうせ強盗をするなら、被害者を殺した方が通報もされずに済む」というような、安易にも程がある考えの上で被害者たちを殺しているのである。変態的・猟奇的な快楽でもなければ、宗教的・政治的な思想も一切なく、この主人公にとって最も手軽にカネを稼ぐ方法が、たまたま強盗殺人だったというだけの話なのだ。

 本作は徹底して無感動で情熱のない流れ作業的殺人行為を延々見せられるわけだが、これが低予算のざらついたモノクロ映像で見ると何とも実にスタイリッシュで、その行為自体の凶悪さと冷めた映像表現との温度差が絶妙な「いびつさ」をスクリーン上に生み出し、それが見事に作品そのものの味になっている。これほどまでにかっこよくスリリングな殺人描写の連続を、本作以外では未だに見たことがない。もちろん、映画作品として優れた暴力映画は他にもたくさんあるが、しかし純粋に「乾いた暴力描写の秀逸さ」という点で言えば、私が今まで見てきた映画作品の中では、この『ありふれた事件』が未だにダントツである。

 そんな本作の数ある暴力描写の中でも、特に私が気に入っている(ほぼトラウマ級の)暴力描写は、主人公が老婆を絞殺するシーン。これはほんの数秒程度の短いカットだが、主人公が老婆の首をグググと締め上げると、老婆の口からポロッと入れ歯が落っこちる。この入れ歯ポロッの剥き出しのリアリティーこそが、本作の暴力映画としての秀逸さを端的に表している。

 もちろん、見ていて気持ちのよいものばかりではないが、しかし表現としての暴力が、元来見世物である映画というものの大きな魅力の一つであることは間違いない(負の魅力とでも言えば分かりやすいだろうか)。不謹慎と言われようが悪趣味と言われようが、作り手たちの卓越した技術やセンスによって磨き上げられた暴力シーンの数々は、紛れもなく私にとっての娯楽そのものだ。

 

(2013年8月24日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
性別
男
生年月日
1984年5月2日
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