第84回『おとなのけんか』

大人の喧嘩は犬も食わない

img_20231228-112904.jpg
『おとなのけんか』
(Carnage)
2011年:フランス、ドイツ、ポーランド、スペイン
監督:ロマン・ポランスキー


 毎度楽しく拝見している「コップのはらわた」という映画ブログで紹介されていて、是非とも見たいと思った一本。本作のタイトルくらいは知っていたが、先のブログで紹介されていなければ完全にスルーしてしまうところだった。二組の夫婦がしょーもない口喧嘩をやらかすだけの小ぶりな密室劇なのだが、どこまでも乾いたシニカルな笑いでテンポよく攻める演出が見事で、実に厭ぁ~な話なのにグイグイ引き込まれてしまった。

 ドラマチックな起承転結があるわけでもなく、特に大きなオチが待っているわけでもないが、それでいて最後まで飽きさせないというのは、脚本の巧さ、監督の演出力の高さもさることながら、やはり役者たちの演技がズバ抜けているからだろう。本作はほぼ四人の登場人物だけで話が進んで行くのだが、この主人公たちに扮するジョディ・フォスター、ケイト・ウィンスレット、クリストフ・ヴァルツ、ジョン・C・ライリーらの演技が本当に素晴らしい。

 全体的にかなり地味な演出ではあるのだが、「あー、こういう人いるよねぇ」的なそれぞれのキャラ造型が、心理描写を一切排除した会話の中だけでしっかりと浮き彫りにされてゆくのだから恐れ入る。どこにでもいそうな凡庸な人たちなのに、ちゃんと各々のキャラが立っていて魅力的なのだ(会話の中から、各々の登場人物の精神的背景がしっかりと見えてくる)。

 舞台はニューヨーク、ブルックリン。公園で遊んでいた子供どうしの喧嘩で、一方が棒で相手を殴り、歯を二本折る怪我を負わせてしまう。被害者側の両親であるロングストリート夫妻(ジョン・C・ライリー、ジョディ・フォスター)は、加害者側の両親であるカウワン夫妻(クリストフ・ヴァルツ、ケイト・ウィンスレット)を話し合いのために自宅に招く。

 最初は互いに「大人な対応」で話が進み、友好的な和解に達するかに思えたが、ちょっとしたことから徐々に険悪なムードになり、「理性的な大人」という薄っぺらい化けの皮が剥がれ、互いの本音が露出し始めると、後はもう売り言葉に買い言葉で、犬も食わない泥仕合に発展してゆく。

 子供の喧嘩を発端とした二組の夫婦どうしの言い争いであったものが、「教育論」「仕事と家庭」「男と女」という塩梅で論点があっちへこっちへ二転三転し、延いては各々の人間性の批判にまで話が及ぶ。そもそも四者それぞれの論点がズレまくっているので、もはや誰が誰の味方なのか敵なのかも分からなくなり、最終的には完全なるバトル・ロワイアル状態に陥ってしまう。

 「夫婦vs夫婦」が「男vs女」になり、それが今度は「男vs男」あるいは「女vs女」の意地の張り合いになって、そこからまたそれぞれの「夫婦喧嘩」に発展し……といった具合に、四人の戦況が目まぐるしく変化し、話が飛躍し過ぎたかと思うと、次の瞬間にはまた元の出発点に戻っている。「大人の喧嘩」という理性的・論理的に思えるものが、その実はとても感情的で、子供の喧嘩以上に子供じみた意地の張り合いでしかない、ということをシニカルなコメディーとして描いている。

 主演の四人は皆本当に素晴らしい演技を見せてくれるのだが、そんな中でも、近年タランティーノ作品でも活躍しているクリストフ・ヴァルツが特に印象深かった。彼の役どころはあくどい製薬会社をクライアントに持つやり手の弁護士。完全なる仕事人間で、家庭の問題は二の次三の次。誰に対しても小馬鹿にしたような態度を取り、仕事以外の問題にはほとんど興味を示さない。

 今回の夫婦どうしの話し合いの最中にも、仕事の電話がかかってくると平気でそちらを優先し、どのような空気であろうとお構いなしにその場の話の流れをぶった切って、携帯で仕事の話をし始める。彼の携帯が鳴るタイミングが絶妙で、この携帯の小ネタ自体が本作における一つのテンポになっていると言っても過言ではない(ラストのオチにもこの携帯ネタが使われている)。

 ポランスキー作品は『ローズマリーの赤ちゃん』(1968年)と『チャイナタウン』(1974年)しか見たことがなかったが、こういう密室劇の小品(しかも会話だけで構成されたシニカルなコメディー)をこれほどハイクオリティーに仕上げられるのだから、職人的な腕もかなりのものなんだなぁ、と今さらながら感心している。ずいぶん前に読んで印象深かった『幻の下宿人』という不条理小説も、『テナント/恐怖を借りた男』(1976年)というタイトルでポランスキー監督が映画化しているそうなので、そちらも是非とも見てみたい。

 

(2013年8月14日)

プロフィール

プロフィール画像
ニックネーム
わがままコブラ
性別
生年月日
1984年5月2日
QRコード
携帯用QRコード
アクセス数
ページビュー数