第82回『暗黒街の顔役』

世界は全て俺のもの!!

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『暗黒街の顔役』
(Scarface)
1932年:アメリカ
監督:ハワード・ホークス


 主人公のトニー・カモンテ(ポール・ムニ)は、顔に大きな傷を持つ冷酷非道なギャングスター。身を立て名を上げ、欲しいもの全てを手に入れるためなら、いかなる手段も厭わない純度120%の武闘派ギャングだ。オープニング早々、自分の親分を暗殺し、より力のある大物ギャングの元へ寝返ったかと思うと、今度はその地位を利用して自分勝手に勢力拡大。新たな親分の意見にも全く耳を貸さず、シカゴを仕切るギャングたちの秩序を銃弾の雨あられでハチの巣にする。

 他の勢力たちの縄張りを血と暴力の嵐で征圧し、挙句は親分の女にまで手を出す始末。とにもかくにも欲しいものは全て手に入れなければ気が済まない男なのだ。

 そしてついには、近親相姦的に溺愛している実の妹を完全に自分のものにするために、妹と相思相愛の仲にあった相棒のギャングまでをも殺してしまう。こうして、欲しがり過ぎた暴君カモンテは、最後の最後でとうとう完全なる一人相撲状態に陥り、果ては誰もが恐れる暴君とは思えぬような、野良犬のごとき哀れな最後を迎えることになる……。

 私はブライアン・デ・パルマ監督によるリメイク版『スカーフェイス』(1983年)の方を先に見ていたのだが、半世紀も経ってからリメイクされているにもかかわらず、その内容がほぼハワード・ホークスのオリジナル版と同じだということを知って驚いた。

 もちろん時代設定は全く違うし、特殊効果などのレベルにもかなりの差があるのだが、しかしながら、リメイク版が明らかにオリジナル版への多大なリスペクトありきで作られているのは間違いない。やはりオリジナル版の映画作品としてのクオリティーが圧倒的に高いので、さすがのデ・パルマもあまりトリッキーな新解釈を持ち込むことなく、ストレートなリスペクトでもってリメイク版を仕上げようとしたのではなかろうか。

 1930年代の映画なので、さすがに派手な流血はないものの、しかし暴力映画としての手ぬるさを感じるかといえばそんなことはなく、ハワード・ホークスのその卓越した演出力と撮影テクニックによって、壮絶であると同時にどこまでもクールな皆殺しの宴がスクリーン狭しと展開される。暴力礼讃につながらぬよう、細心の注意を払っているには違いないが、しかしながら、ギャングが撃ち殺される様をすこぶるかっこよく撮っているハイクオリティーな暴力映画には違いない。

 そんな本作の暴力演出で、個人的に特に気に入っているシーンが二つある。

 一つは、事務所で新聞を読んでいるギャングめがけて、窓の外を走り抜ける車からマシンガンが乱射されると、事務所の窓ガラスに無数の穴があくと同時に、ギャングが呼んでいる新聞にもズババッと穴があいて、銃弾がギャングの体を貫通したことが分かるというシーン。血糊を一滴も使わずとも、ギャングがハチの巣にされたことを明瞭に物語る技ありの名シーンである。

 そしてもう一つは、ボウリングを楽しんでいる大物ギャングを容赦なく撃ち殺すシーンなのだが、ここでは撃ち殺されたギャングの手から離れたボールがコロコロと転がって見事ピンに的中し、最後に残った一本のピンがすぐには倒れずクルクルとスピンし続け、再度銃声が鳴ると同時にストンと倒れるというもの。ボールを投げたギャングが画面の外で絶命したことを、最後のピンが倒れることによって間接的に表現しているのだが、よくこんなカッコイイ殺しの描写を思い付いたものだ。ピンがクルクル回転してから絶妙なタイミングで倒れるまでをワンカットで撮っているのだが、一体どうやって撮影したのだろうか(特殊な合成か何か?)。本当によく出来たシーンである。

 「The World Is Yours !!」(世界はあなたのもの)という旅行会社のキャッチ・コピーをトニーが気に入るシーンも、本作を見るまではリメイク版の方のオリジナルだと思い込んでいたのだが、実はこっちのオリジナル版の時点で既に描かれていたのだと知って驚いた。

 

(2013年7月3日)

プロフィール

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わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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