第79回『プッシャー2』

ダメ人間、パパになる

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『プッシャー2』
(With Blood on My Hands:Pusher 2)
2004年:デンマーク
監督:ニコラス・ウィンディング・レフン


 しがないプッシャー(ヤクの売人)であるフランク(キム・ボドゥニア)の転落劇を描いた前作は、ほぼドラマ性皆無の乾いたB級犯罪映画といった趣だったが、今回は割合にドラマ的要素も強く、主人公がひたすら自分で自分の首を締めながら堕ちていった前作に比べると、今回は主人公に微かな意識の変化が見られたりして、前作とはまた一味違った趣の作品に仕上がっている。

 とはいえ、全編手持ちカメラによるざらついたリアリティーを追求する撮影スタイルは前作からそのまま引き継がれており、登場人物たちが皆最低な人間ばかりというのもこれまた同じ。前作から8年後の続編ながら、あの独特の粗い初期衝動みたいな味わいはしっかりと残っている。

 今回の主人公は、前作でフランクの相棒だったトニー(マッツ・ミケルセン)。前作では、相棒のフランクを裏切ったことで、フランクに半殺しにされてそのままスクリーンから消えてしまったが、今回は見事に主人公として返り咲いている。前作においても、どちらかといえばこのトニーの方が、キャラ的には主人公のフランクよりも目立っていたように思える。

 いかついスキンヘッドに、これまたいかつい彫り物をこれ見よがしに全身にあしらい(後頭部にもでかでかと「RESPECT」と入れている)、どこからどう見ても堅気には見えない反社スタイル。そしてそんな見た目のインパクトもさることながら、そのキャラクターがまた見事なまでに中学生レベルの軽薄さ、無思慮さ、品性下劣さ全開で、しかもそれでいて、そのいかつい見た目とは裏腹に、実は口ほどにもないビビり野郎だったりする。言ってしまえば、全くもって救いようのない低能チンピラなわけだが、なんと今回はそんなトニーに子供が出来てしまったという話なのである。

 設定としては前作から数年後といった感じだろうか。トニーは相変わらず刑務所を出たり入ったりのチンピラ生活を送っており、ドラッグとの縁も全く切れていない。もちろん、裏の世界で伸し上がっていくような素質もまるでなし(オープニングからムショ仲間に「お前はまだまだ甘ちゃんだ」と説教されているほどだ)。

 プロの自動車窃盗チームを率いる父親や、その部下たちにも完全にバカにされているトニー。普段は大抵、除け者状態なのだが、生来のお人好し(というより後先のことを何も考えることが出来ない性格)が仇となり、度々、人にいいように使われたり、厄介な面倒事に巻き込まれてしまう。

 前作の主人公フランクには、自分で自分の首を締めながら転落していくという「自滅型」の印象があったが、こちらのトニーの方は、自分の意思とは全く関係なく、周りに流されながら堕ちていくという「巻き込まれ型」の印象が強い(危機を察知する能力が著しく欠如しているのだ)。

 今回そんなトニーに子供が出来た。出来たといっても、以前肉体関係のあった女にそう言われただけで、実際のところは本当にトニーの子供かどうかは分からない。

 そしてこの赤ん坊の母親もまた例に漏れず最低な人間で、赤ん坊のいるところで悪びれる様子もなくハッパは吹かすわコカインは吸うわ、挙句はトニーに「父親になってくれとは言わないから、お金だけはきっちり払ってちょうだい」と平然と言い放つ。あまり自分の子供を可愛がっている様子もなく、ネグレクト的な傾向さえ見受けられる。

 トニーも最初は「自分の子供」なんぞに全く興味はなかったのだが、いざこの赤ん坊を自分の胸に抱いてみると、何とも言えない父性的な愛着を感じ始める。

 トニーの父親は腹違いの弟ばかりを可愛がり、トニーに対しては完全に愛想を尽かしている。トニーを産んだ母親は、トニーの知らない間にすでに故人となっていた。誰からも愛されず、尊敬されず、「親友だろ」と言って近付いてくる奴はトニーを利用しようとしているだけ。

 トニーがここまで孤立してしまうのも、自業自得と言えば自業自得なのだが、しかしトニーが根っからの悪人かというと、人を騙すほどの頭はないし、暴力沙汰もなるべく避けようとしていることからも、そもそも不良向きな性格ではないことが分かる。

 おそらく、生来の軽薄さ・無思慮さゆえに、周りの悪い環境に流され流されしながら、いつの間にやら不良の世界へズルズルと引きずり込まれてしまったのではなかろうか。

 終盤、トニーは冷酷な父親から、腹違いの弟の親権を争っている相手の女を殺すように命令されるが、最後の最後まで決心がつかず、とうとうその女を殺すことが出来ない。このことからも、やはりトニーが裏社会で生きていけるほどの冷酷さを持ち合わせていないことが分かる。

 そして映画のラスト、自分の周りのしがらみを全て振り切ったトニーは、この世で唯一自分との「つながり」を持っていると言える赤ん坊を胸に抱いて、当てもなくバスに乗り込み街を後にする。この時の不安と安堵の入り混じった何とも言えない彼の表情は本当に素晴らしい。

 おそらくこの無能な男に、赤ん坊を幸せにする力はないだろう。きっと赤ん坊の誘拐犯として捕まるのがオチだ。しかしながら、周りの人間にさんざん蔑まれ続けた意志薄弱なトニーが、最後の最後で自分の意志を貫いたというのは、見る者の心にストレートに響く純粋無垢な感動がある。

 最低最悪な人間が最低最悪のまま滅んでいった前作も、それはそれである種の感動を覚えたが、この二作目における、最低最悪な人間の中にほんの数ミリの意識の変化が生じるという落とし方も、やはりこれはこれでグッとくるものがある。「芸術とは実にシンプルな感情だ。それが強いほど観客の心に響くのだと思う」というレフン監督の言葉どおりの作品と言えるのではなかろうか。

 

(2013年6月8日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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