第73回『シュガーマン 奇跡に愛された男』

誰も知らないロックスター

img_20231228-111621.jpg
『シュガーマン 奇跡に愛された男』
(Searching for Sugar Man)
2012年:スウェーデン、イギリス
監督:マリク・ベンジェルール


 



 ※現在(2013年3月現在)公開中の作品ですが、ネタバレあり(当サイトは基本的にネタバレあり)ですので、これから本作を見に行こうとしている方はご注意願います。
 




 本作は、スウェーデンの若手ドキュメンタリー作家マリク・ベンジェルールによる、謎多きシンガーソングライター、ロドリゲスの足跡をたどったドキュメンタリー作品。話自体には風変わりなドラマ性があるが、作品そのものは奇を衒うことなく、ロドリゲスという一人のミュージシャンの持つ音楽性の素晴らしさと、その等身大の人間的魅力を、実に自然体な視点で捉えている。

 1960年代末期のアメリカ、デトロイト。夜な夜な、街角のバーやナイトクラブでギター片手に歌うヒスパニック系の無名ミュージシャンが、とあるプロデューサーの目に留まる。

 このミュージシャンこそが本作の主人公ロドリゲスだ。当時から、この街の住人たちの生活は非常に苦しく、ロドリゲスはそんな生活苦の中で生きる人々に肉迫したストリートの世界を、すらりとした感じのあまりクセのない歌唱スタイルで淡々と歌い上げる。


  シュガーマン 急いでくれないか
  こんな景色には もう うんざりなんだ
  青いコインをやるから 俺にまた
  極彩色の夢を見せてくれ

  銀色の魔法の船に乗って あんたは
  コカインやマリファナを運んでくる

  『シュガーマン』


 この映画のタイトルにも使われている「シュガーマン」というのは、つまりはヤクの売人のこと。こういったストリートのリアルな現状を、独特の物悲しさと透明度を持った詩の世界に再構築し、そしてそれを歌として再びこの世に紡ぎ出す。

 ボブ・ディランからの影響が強そうだが、ディランとは違って、その歌唱スタイルには歪曲したクセがなく、どこまでも自然体で歌っている印象が強い。

 ロドリゲスは1970年に1stアルバム『コールド・ファクト』を、翌71年には2ndアルバム『カミング・フロム・リアリティー』をリリースするが、一部の注目を集めただけで結局はほとんど売れることなく、無名のまま表舞台から姿を消すこととなった。

 ……と、ここまでなら、才能はあるがビジネスには見放されてしまったミュージシャンのよくある話で終わってしまうのだが、この「物語」はここからが映画的なのである。

 アメリカの地方都市に暮らす、無名のストリート詩人が生み出したこの二枚のアルバムが、どういう経緯をたどったのか、野を越え山を越え海を越え、遥か遠い南アフリカ共和国でリリースされるに至ったのだ。そして70年代当時、かの悪名高き人種隔離政策「アパルトヘイト」真っ盛りだったこの国で、アメリカの無名ミュージシャンの歌が、体制的な社会に不満を抱く若者たちから熱狂的な支持を得たのである。まさに時代の空気にぴたりとハマったのだ。


  市長は犯罪発生率を隠蔽し
  女議員は口ごもる
  民衆は怒りをあらわにするが 投票日を忘れてしまう

  『権力のブルース』


 アメリカではほとんど見向きもされなかった彼のプロテストソングが、遠く離れたアフリカの独裁体制下の国で民衆の熱狂的な支持を受け、エルヴィスやストーンズよりも有名になったのだ。そしてその後も、彼の歌は長年に渡りこの国の人々に支持され続けるのだが、しかしこれだけの人気を博していながら、当の歌い手本人の素顔を知る者は誰一人としていなかったのである。

 「ロドリゲスって一体、どんなやつなんだ?」

 圧倒的な人気を誇っているロックスターなのに、そのパーソナリティーに関する情報はほぼ皆無。こうなってくると、後はもう勝手な憶測が飛び交うばかりで、しまいには「ステージ上で拳銃自殺した」あるいは「ステージ上で焼身自殺した」などという、ロックスターにありがちな悲劇的な伝説がまことしやかに語られるようになる。

 そして時は流れて1990年代後半。この謎多きロックスター、ロドリゲスの正体を探るべく、南アに住む二人の熱狂的なファンが調査に乗り出した。音楽ジャーナリストのクレイグ・ストリダムと、レコードショップのオーナー、ステファン・“シュガー”・シーガーマンである。彼らはほんのわずかな情報を頼りに、出来得る限りの様々な手を尽くしながら調査を進めてゆくが、いかんせん情報が少な過ぎる。案の定、調査は難航し、何度も頓挫しそうになる。

 しかし熱狂的な二人のファンは諦めることなく地道に調査を続け、とうとうロドリゲスのレコーディング・プロデューサーや、ロドリゲスの娘だという女性とコンタクトを取ることに成功する。そしてこの重要な当事者たちに出会ったことで、クレイグとシュガーはさらに驚愕することになる。

 「ステージ上で自殺した」と噂されていたロドリゲスは、実はちゃんと生きていたのだ。しかも今もデトロイトで質素な生活を送っているという。彼は表舞台から去った後もギターを手放すことはなかったが、生活のためにきつい肉体労働をしながら家族を養っていた。

 しかしそんな厳しい生活の合間にも彼は大学へ通い、哲学を専攻して学位を取ったり、さらには市長や市会議員の選挙に8回も立候補したりと、かなりアグレッシヴな知的生活も同時に送っていたのである。このことからも、彼のバイタリティー溢れる人間性がうかがい知れる。

 こうして、偉大なるミュージシャンと偉大なるファン二人は感動の対面を果たすわけだが、このことで最も驚いたのは当のロドリゲスに違いない。

 自国では全くヒットしなかった自分の歌が、まさか遠く離れた土地で長年に渡り支持され続けているとは夢にも思わなかっただろう(これは同時に、ロドリゲス本人に全く印税が入らなかったことを意味する。映画ではこの点についてもしっかり触れている)。

 そしてこの奇跡の物語を締めくくるのは、クレイグとシュガーの尽力によって1998年に実現した、ロドリゲスの南アフリカ共和国での初コンサートの模様だ。

 70年代初頭に支持され始めてから、実に30年近く経って初めて南アの土を踏んだロドリゲスと、彼を熱狂的に迎える数千人のファンたち。「僕は生きてたよ」と冗談めかして挨拶するステージ上のロックスターは、驕ることなく飄々としていて、その歌声も70年代当時と変わらぬ透明度を感じさせる。曲の前奏が流れるだけで会場全体がどよめき、ファンたちは長年に渡ってレコードで愛聴し続けてきたロドリゲスの歌を、今まさに生で聴けるという喜びに心から浸っている。

 先にも書いたとおり、本作は一人のミュージシャンの風変わりな半生を扱っているわけだが、この「物語」の主人公の人間性は素朴で慎み深く、同時にこの作品自体も、そんな主人公の素朴さを反映するかのように、奇を衒わない実に自然体な趣を持っている。

 その後、ロドリゲスは南アで何度も大きなコンサートを行ったが、しかしそれでも彼は、今もデトロイトの片隅で静かな生活を送っているという。地に足のついた、どこまでも慎み深い詩人だ。


  ジョージアの埃っぽい脇道を歩きながら
  俺は物思いにふける
  顔に風が打ちつける
  雷が鳴った後のような
  においがする

  『インナー・シティ・ブルース』

 

(2013年3月28日)

プロフィール

プロフィール画像
ニックネーム
わがままコブラ
性別
生年月日
1984年5月2日
QRコード
携帯用QRコード
アクセス数
ページビュー数