第66回『アフリカの光』

男マリリン、ショーケンがゆく!!

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『アフリカの光』
1975年:日本
監督:神代辰巳


 神代辰巳監督、萩原健一主演による「シラケ世代」直撃のニューシネマ的青春映画。虚無と頽廃に己を浪費する若者の閉塞的な青春を描いた、かなりクセの強い青春映画である。

 数年前、渋谷の映画館で「神代辰巳特集」をやった際に初めて見たのだが、それまではショーケンこと萩原健一には全くと言っていいほど興味がなかった。

 団塊より一回りくらい下の世代の人たちと、映画やテレビの話なんかをしたときに、「優作かショーケンか」みたいな話題になることが間々あったのだが、松田優作の方は、中学生の頃に『探偵物語』の再放送を見ていたので、なぜ人気があるのかはそれなりに理解出来た。しかしながらショーケンとなると、その頃はまだ『傷だらけの天使』も『前略おふくろ様』も知らなかったので、ワイドショーで世間をよく騒がせている、声がすぐに裏返っちゃうこのオジサンの一体どこがかっこいいんだろう? なんて感じで、いまいちピンとこなかったわけである。

 ところが、本作『アフリカの光』におけるショーケンの、そのどこまでもアナーキーにほとばしる魅力を目の当たりにし、完全にノックアウトされてしまった。「女にモテてギラギラして」みたいなイメージしか持っていなかったショーケンの正味のかっこよさは、「人間の弱さ」を独特の屈折した表現で演じ得るところにあるのだということを、この映画によって思い知らされたのである。

 アフリカ行きの遠洋漁船に乗るために、北の外れの港町にやって来た主人公の二人、順(萩原健一)と勝弘(田中邦衛)。アフリカ行きの漁船が港に帰ってくる春になるまで、二人はとりあえず地元のイカ釣り漁船に乗って働くことに。

 しかし単調な重労働に順の方が早々に音を上げ、飲み屋で知り合ったふじ子(桃井かおり)に紹介してもらったヤクザの穴吹(藤竜也)から、賭場を見張るだけのラクな仕事を回してもらう。相棒の勝弘の方はヤクザの仕事に気乗りせず、地道にイカ釣り漁を続ける。

 そしてそのイカ釣り漁にクソ真面目に精を出したばっかりに、肋膜炎になってしまう勝弘。順は病身の勝弘の面倒を見つつ、ふじ子との惰性的な肉体関係に耽り、いつしかアフリカ行きの目標も薄らいでゆく(そもそも、アフリカを目指すこと自体に特に目的意識はなさそうだが)。

 結局、勝弘は療養のために故郷へ戻ることになり、一人残された順は、かねてから折り合いの悪かった地元の若い漁師たちに、一緒に乗り込んだ漁船の上でえげつないリンチを受ける羽目に陥ってしまう。順は勝弘宛てに「俺はあいつら漁師を皆殺しにする」という手紙を書くが、最後は逃げるようにして、このイヤな思い出しかない港町を後にする……。

 どこまでも閉塞的な雪深い北の港町で、何のために生きているのかもよく分からない人間たちが、無駄に酒を飲み、惰性で肉欲を貪り、意味のない喧嘩に明け暮れる。主人公二人には「アフリカへ行く」という目標があるものの、しかしそこに健全に光り輝く青春のロマンチシズムはない。一見、自由人に見える彼らもまた、この狭っ苦しい港町に暮らす粗野な漁師たち同様、自身の人生を無駄に浪費しているに過ぎないのだ。どこへ逃げようと重苦しい現実がのしかかってくることに変わりはなく、自由らしい自由なぞどこにもないのだ、という閉塞感が作品全体を覆う。

 この土地で売り出し中の伊達なヤクザ者でさえ、ギャングスター然とした華やかさはなく、たとえ逆上した漁師にゴルフクラブでメッタ打ちにされたとしても、その場で反撃するようなことはしない。ドスを抜いて凄んでみせるでもなく、ただじっと歯を食いしばって、その激しい痛みと屈辱に耐えながら、この狭い土地での世渡りを優先して生きていかねばならないのである。

 本作は間違いなく青春映画であるが、しかしながら健康的な清々しさもなければ、反骨的な若さの爆発に胸が熱くなるなんてこともない。瞳の輝きを失った人間たちが、この世の惰性的な無間地獄の中で、まるで喜びや悲しみさえも忘れてしまったかのように、無感覚的に生きている様を延々と見せつけられるので、見終わった後には何とも言い難い徒労感を味わわされることになる。

 何だか全然誉めていないような気がするが、しかしながら、鬼才・神代辰巳の意味不明瞭ながらも見る者の心根にザックリと深い爪痕を残すような、独特の求心力を持ったそのたぐいまれなる演出力と、剥き出しの感性でグイグイ攻める演者たちのその見事な演技力によって、この時代にしか作れなかったであろうアナーキーな映画的魅力のギッシリ詰まった作品だ。

 そんな中でもやはり、ショーケンの屈折した輝きを放つ存在感はズバ抜けて素晴らしい。桃井かおり演じるふじ子と駅弁ファックしながら、「男マリリン、街へ行く行くぅーーー!!」と絶叫しつつ雪の降る屋外へ出て行こうとするシーンなどは、正直意味は全く分からないのだが、初めて見たときはズドンと脳髄を撃ち抜かれたような衝撃的な感動を覚えた。この「男マリリン」という何とも摩訶不思議な滑稽さと哀しみを帯びた響きこそ、まさにショーケンという男の存在の何たるかをズバリ言い表した、見事な表現である。

 もちろんショーケンだけでなく、相棒役の田中邦衛もかなりイイ味を出しているし、桃井のダラケ具合も実に70年代的でイイ。優男風なヤクザ役の藤竜也もばっちりハマっているし、ギラギラした若い漁師役の峰岸徹も最高にカッコイイ。そしてその兄貴分らしき粗暴な漁師役の小池朝雄にもグッときた。そしてあまり親切でない町医者役に藤原釜足を持ってくるあたりもニクイところだ。

 本作を駄作だと言う意見があっても分からんでもない。やはり見る者を選ぶ作品であることは確かだ。好き嫌いがはっきり分かれるというよりも、この作品を好きな人でさえ、「見ていてかなり怠いのだけれど、何だか妙にグッときてしまう」というような誉め方になってしまうのではなかろうか。かく言う私も、本作を見る度に「怠いなぁ」という印象は拭えない。しかしそんな印象を持ちながらも、見終わった後には、やはり何とも言えぬ好感を本作に覚えるのである。

 コアなショーケン・ファンの人たちからしても、本作に関しては賛否両論、大きく分かれるのではないかと思うが、私にとっては紛れもない「Theショーケン映画」。初めてショーケンの剥き出しの魅力に出会った作品として、ことさら思い入れの強い一本である。

 

(2013年2月19日)

プロフィール

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わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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