第65回『ミスター・ノーボディ』

男の浪漫、プライスレス

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『ミスター・ノーボディ』
(My Name is Nobody)
1973年:イタリア、フランス、ドイツ
監督:トニーノ・ヴァレリ



 「俺たちは皆、夢に生きる馬鹿だった」


 変わりゆく時代、滅びゆく男の浪漫。本作もまた「古き良き時代の終わり」を描いた西部劇だが、しかしそこに描かれているのは、ペキンパー作品のような哀愁溢れる「滅びの美学」ではなく、どこまでもほんわかしたコメディー調の世代交代物語である。

 原案・製作がセルジオ・レオーネということもあってか、随所にレオーネ作品へのオマージュが見受けられ、音楽担当もエンニオ・モリコーネというのもレオーネ好きには嬉しいところ。

 19世紀末、泣く子も黙る早撃ちガンマンとして名を馳せるジャック・ボーレガード(ヘンリー・フォンダ)は、老年に差しかかったこともあり、この血生臭いガンマン生活から足を洗おうと考えていた。彼を殺して名を上げようとする輩があまりにも多く、どこへ行っても命を狙われる生活に嫌気が差していたのだ。引退後はヨーロッパへ渡り、静かな隠居生活を送ろうというわけである。

 ある日、そんな彼の前に、「ノーボディ」と名乗る謎の青年(テレンス・ヒル)が現れる。ボーレガードを敬愛するというこの青年は、しつこく彼に付きまとうだけでなく、引退を考えているこの老ガンマンを、ワイルドバンチという150人からなる荒くれ集団と対決させ、歴史の教科書に載るような「伝説」を生み出そうと画策していたのだ。

 最初は全く取り合わないボーレガードだったが、次第にこの青年との間に奇妙な友情が芽生え始める。変わりゆく時代の狭間で出会った、凄腕の老ガンマンと誰でもない青年による「男の浪漫」を築く旅。滅びゆく西部の男の魂を歴史に刻むためには、どうしても「伝説」が必要なのだ。

 古き良き男たちの浪漫を夢見る青年による、老ガンマンへの最後のはなむけ。果たして150対1の伝説の対決は実現するのか!?

 全体的にかなりゆる~いコメディー・タッチの西部劇だが、しかしながら銃撃シーンには殺伐とした血生臭さがあり、引き締めるべきところはビシッと引き締めているので、本格的な西部劇としてもしっかり楽しめる仕上がりになっている。

 泣ける作品というよりは、見終わった後に清々しい気持ちになるような作品なのだが、「金じゃ買えねぇ男の浪漫」を描いているという点では、ある意味「男泣き」映画と言っても差し支えないと思う。コアな西部劇ファン(特にマカロニ・ファン)にはもちろんのこと、西部劇にしては割合に取っ付きやすい作品だと思うので、普段はあまり西部劇を見ないという人にもお薦めしたい一本。

 個人的には「サム・ペキンパーの墓」が出てくるところがかなりツボ。ちょっとした皮肉っぽいユーモアだが、こういうところからも古き良き西部劇に対する敬愛の念がひしひしと伝わってくる(この映画自体が、登場人物のノーボディと全く同じスタンスなのだ)。

 血と笑いと男の浪漫……ありそうでなかったユルさと固さの絶妙な匙加減で成り立っている、何とも摩訶不思議な魅力を持った傑作である。

 

(2013年2月15日)

プロフィール

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わがままコブラ
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1984年5月2日
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