第63回『穴』(1960年)

シンプル・イズ・ベストの極致

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『穴』
(Le Trou)
1960年:フランス、イタリア
監督:ジャック・ベッケル


 パリのサンテ刑務所で実際に起きた脱走事件を実行犯の一人が後に小説化し、その小説を元に作られた映画が本作『穴』である。ジャック・ベッケル監督の作品を見るのは今回が初めてなので、他の作品がどんなタッチで描かれているのかは全く分からないが、彼の遺作であるという本作は、映画製作におけるシンプル・イズ・ベストの極致と言える仕上がりだ。

 脱走を計画する四人の囚人と、彼らの部屋へ移って来た若い新入りが本作の主人公たちだが、彼らに関する回想や背景的なものはほとんど描かれない。唯一、若い新入りの背景だけが当人の口から語られるが、これはあくまでストーリーを展開させていく上での(もっと言えばオチをつける上での)伏線であって、抒情的・情動的な人間ドラマとしての要素はほぼ皆無だ(キャラクターの描き分けも、叙情的なドラマ性の入り込む余地のない、必要最小限のものに留められている)。

 本作はいわば「脱走の作業過程そのものに肉迫した作品」なのだ。刑務所という極限の閉鎖空間で、限られた物資を最大限に利用し、看守の目を盗みながら監房内の床に穴を開け、刑務所の地下回廊へ忍び込み、そこから今度は地下水道へ抜け出ようと奮闘する主人公たちの、冷や汗じっとりな緊張感を、BGMや効果音を一切排除した現場のナマ音からダイレクトに味わわせる。

 鉄製のベッドの脚で監房の床を叩き砕く音や、鉄格子を金ノコで切断する音、そしてその作業中の主人公たちの息づかい。これらのナマ音がBGMや効果音としての機能を果たし、これだけで充分、脱獄という命がけの作業の緊張感がスクリーンのこちら側にも伝わってくる。

 カメラワークは基本的に「動き」というものをあまり感じさせない固定が多く、また、畳み掛けるような細かいカット割りでスピード感を演出するようなこともしていないので、(モノクロということも手伝ってか)全体的にかなり地味な印象ではあるが、しかしながらこの一切無駄のない(即物的とも言える)固い画作りが、作品全体をタイトに引き締め、男たちの緊張感あふれる作業過程をドキュメンタリーのようなリアリティーで捉えることに成功している。

 このどこまでも渋く燻し銀な脱獄映画の素晴らしさを特徴づけるものとして、もう一つ注目したい点が、おそらく実際の脱獄にも使われたであろうハンドメイドの脱獄道具の数々だ。歯ブラシの柄に小さく割った鏡を縛りつけた見張り道具や、医務室から盗んだ薬瓶とタバコ消し用の砂を使った砂時計、そして廃材の金具部分で作ったマスターキーなど、囚人たちの執念が生み出したこの脱獄道具の一つひとつが、本作の乾いたリアリティーにさらに磨きをかけている。

 全編に渡って派手なアクションもなければ、お涙頂戴の人間ドラマもなく、ましてお色気なんてコンマ一秒たりとも出てこない。そしてドンパチも爆破もBGMもなし。おまけに、れっきとした犯罪映画でありながら、血もほとんど流れないときている。つまるところ、娯楽映画としての観客へのサービスらしいサービス(作り手側から言えば客ウケのための安全パイ)は皆無に等しい。

 それなのに、130分ほどの決して短いとは言えない尺の中で、ダレ場というものを一切つくらず、終始スリリングな緊張感を保ち続けることに成功している。ここまでストイックに娯楽映画としての肉を削ぎ落としていながら(ほとんど骨だけで成り立っているような状態なのに)、それでも見る者を決して飽きさせることのない、娯楽映画然としたスリリングな魅力に満ち溢れているのだ。脱獄作業の一つひとつが立派なアクションになっていると言ってもいい。

 どこまでも地味な作品ではあるが、「映画における効果的な演出とは何か」「シンプル・イズ・ベストとは何か」ということを考えさせられる逸品だ。

 

(2013年1月31日)

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わがままコブラ
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1984年5月2日
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