第56回『恐怖の岬』

ロバート・ミッチャムの「笑わない目」

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『恐怖の岬』
(Cape Fear)
1961年:アメリカ
監督:J・リー・トンプソン


 何が恐いって、笑っている時に目だけが笑っていない人ほど恐いものはない。例えウソ笑いであったとしても、基本的に笑顔というものは人を安心させるが、しかし目が(目の奥が)全然笑っていない人には、はなから笑わない人以上にこちら側の不安感や恐怖心を煽るものがある。

 映画俳優の中では、この「笑わない目」の私的な最高峰はダントツでクリストファー・ウォーケンだが(日本だと白竜)、本作におけるロバート・ミッチャムもこれまたかなりの「笑わない目」っぷりを見せてくれる。『狩人の夜』(1955年)でのミッチャムもなかなかの「笑わない目」っぷりだったが、本作におけるそれも負けず劣らずの凄みがある。

 主人公のサム(グレゴリー・ペック)は有能で誠実な弁護士。幸福な家庭にも恵まれ、慎ましやかな生活を送っている。しかしそんなサムの背後に黒い影が忍び寄る。

 「ようダンナ、俺のこと忘れちゃいないよな?」

 パナマ帽に葉巻のスタイルで、薄ら笑いを浮かべながらサムに近づいてくるこの男の名はマックス(ロバート・ミッチャム)。悪辣な性犯罪者で、過去にサムが彼の犯行を目撃し、通報したことによって、今日までの8年間、ムショの臭い飯を食う羽目に陥ったのだ。

 そのマックスが出所し、サムの前に現れたのである。

 サムも最初は相手にしなかったが、どうやらマックスは自分をムショ送りにしたサムのことを逆恨みしているらしく、ことあるごとにサムとその家族の前に現れる。

 「妻と娘に手を出したら、ただじゃおかないぞ」

 さすがに不安になったサムはマックスに詰め寄るが、彼は気味の悪い薄ら笑いを浮かべながら、サムを挑発することをやめない。マックスの行動は次第にエスカレートしていくが、しかし犯罪行為と言うにはまだまだ「何もしていない」状態だ。精神的にサムを追い詰めようというのだろうか。

 サムは知り合いの警察署長(マーティン・バルサム)に相談し、色々と策を講じてもらうが、これといってはっきりした犯罪が成立しないので、結局はマックスを野放しにしておくより仕方ない。サムは私立探偵(テリー・サヴァラス)を雇ってマックスを尾行させ、どうにか犯罪者としての彼の尻尾をつかもうとするが、ことごとく失敗に終わる。

 「残念ながら犯罪を阻止する法律はない……我々警察は『犯行後』にしか動けんのだよ」

 日本でも、ストーカー殺人などが起こる度に、警察はもっと事前に犯行を防げなかったのかというようなことが議論されるが、「法」という机上のシステムが「犯罪」という現実の脅威を前にいかに不完全な代物であるか、ということを本作は丁寧に掘り下げている。

 マックスの行動はさらにエスカレートし、サムの飼い犬が毒殺され(しかしマックスがやったという証拠はない)、街ではバーの女がマックスに暴行される(しかしマックスの報復を恐れて彼を訴えようとしない)。サムの妻と娘がマックスの魔の手にかかるのも時間の問題だ。追い詰められたサムは、最後の手段として、人里離れた地にマックスをおびき寄せ、そこで決着をつけようという最後の賭けに出る。果たしてサムは、自らの手で家族を守り抜くことが出来るのか。

 60年代初頭とあって、まだまだ厳しい制限の範囲内で、悪辣な「性犯罪者」との対決を描かざるを得ないわけだが、本作は直接的な描写を上手いこと避けながらも、巧妙な恐怖演出と演者たちの卓越した演技によって、地味ながらも、かなりハイレベルな恐怖映画に仕上がっている。

 白眉は何と言ってもマックス役のロバート・ミッチャム。先述した「笑わない目」が何とも薄気味悪く、薄ら笑いを浮かべながらネチネチと神経戦を仕掛けてくる様がとことんまで憎らしい。

 映画の終盤、マックスが半裸姿でサムの妻を強姦しようと追い詰める際、キッチンにあった生卵をグシャッと握り潰して、そのぬらぬらした中身をサムの妻の胸元に塗りたくるという実に厭ぁ~なシーンがあるのだが、このシーンでのミッチャムの真に迫った演技は心底恐ろしい。

 本作はマーティン・スコセッシ監督によって1991年にリメイクされている。もうずいぶん前にテレビで見た記憶があるが、内容はほとんど忘れてしまった。マックス役はロバート・デ・ニーロ。オリジナル版に出ていたグレゴリー・ペック、ロバート・ミッチャム、マーティン・バルサムの三人がカメオ出演しているらしいので、その点も含めて折あらば再見したい。

 

(2012年10月9日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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