第53回『ウォッチメン』

スーパーヒーローたちが背負う、超大国の闇の奥

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『ウォッチメン』
(Watchmen)
2009年:アメリカ
監督:ザック・スナイダー


 アメコミ音痴な私が、どういう風の吹きまわしか、ほとんど前情報なしでアメコミ原作の本作『ウォッチメン』を見たのだが、これが予想を遥かに上回る面白さと情け容赦ない残酷さで驚いた。「スーパーヒーロー」≒「問答無用の武力行使で己の正義を貫く者」≒「アメリカ合衆国」という図式でもって、超大国の裏の顔をどこまでもシビアなシニカルさで描き切っている。

 舞台は1985年のアメリカ。ある日、初老の男が何者かによって暗殺される。殺された男はかつてコメディアンという名のヒーローだった。

 1930年代、マスクを付け身元を隠しながら、法では裁き切れない犯罪者たちに天誅を下す、自警団のようなヒーローたちが現れる。彼らはいつしか<ミニッツメン>と名乗るようになり、40年代に入ると、路上での自警活動からさらに政治的な領域にまで活躍の場を広げ、第二次大戦などにも深く関っていく。しかしヒーローといえども、元は生身の人間である。<ミニッツメン>のメンバーの中には自ら引退する者、犯罪者に殺される者、あるいは自身が精神病院へ送られてしまう者などが現れ、ひどいところではレズビアンであるというだけの理由で殺される者まで出てくる。そして気付けばコメディアンという名のヒーローただ一人を残すだけとなった。

 コメディアンは「この世は悪い冗談でしかない」という諦観の下に生きており、正味は「汚れ役」に徹して行動する悪党だ。そんな彼は政府の「汚れ仕事」も率先して請け負う(本作では、ジョン・F・ケネディ暗殺やウォーターゲート事件も彼が行ったことになっている)。

 <ミニッツメン>がなし崩し的に消滅してから十数年後、第二世代のヒーローたちが集まり、新たな組織<ウォッチメン>が結成される(第一世代の生き残りであるコメディアンもこれに参加する)。しかし彼らも結局は政治利用される羽目に陥り、犯罪者を取り締まるどころか、今度は反政府的な暴動を鎮圧するために駆り出され、特にコメディアンが丸腰の大衆の体めがけて催涙弾を直接撃ち込んだりするので、とうとう大衆側から反<ウォッチメン>の声が上がるまでになってしまう。

 <ウォッチメン>を用いてベトナム戦争に勝利し、見事三期目も当選したニクソン大統領だったが(本作はこういう意味で並行世界ものでもある)、大衆の反<ウォッチメン>の声が高まると、彼は新たな条例を制定し、ヒーローたちが自警活動を行えないようにしてしまう。散々利用しておいて、都合が悪くなれば途端に「ポイ捨て」というわけである。

 こうして、超大国からヒーローという存在は消え去り、長い月日が経った今、忘れ去られたヒーローの一人であるコメディアンが、何者かによって殺されたのだ。

 かつて<ウォッチメン>の一人であったロールシャッハ(覆面がロールシャッハ・テストの模様になっており、それが常にウネウネと動いている)は、この殺人は「ヒーロー狩り」が始まったことを意味していると踏み、かつての仲間たちに警告して回る。そして彼は、この事件の真相に迫ってゆく中で、全世界を揺るがす巨大な陰謀が蠢いていることに気付き始める……。

 サスペンス的なストーリーを軸にしてはいるが、超大国の横暴な暗黒面を体現しているコメディアンという一人のヒーローの死を通して、他のヒーローたちが抱える心の闇が次第に浮き彫りにされ、延いては超大国そのものが持つ歪んだ正義の実態が暴かれてゆくことになる。

 ヒーローたちは正義のために悪と戦うが、悪漢の顔を殴れば歯が折れ、鼻が潰れ、ドス黒い血が流れ落ちる。腕をへし折れば、折れた骨が肉を突き破る。ヒーローたちが正義を貫くために用いるのは、結局は悪と同等の暴力でしかない。

 そしてまた、「彼らヒーローたちは一体何のために戦っているのか?」ということに関しても、ごくごく純粋な正義感や良心をその動機としているとは到底思えず、各々が抱える実に人間的な心の闇に対する、一種の反動的衝動に起因しているように思える。

 例えばロールシャッハは、自分の素顔を隠すためのそのマスクにこそ、自身のアイデンティティーが存在するという妄念にとりつかれているような、ある種の狂人である(周りのメンバーたちも、陰では彼のことを狂人扱いしている)。

 彼の母親は娼婦で、そのことが原因で幼い頃はイジメにも遭い、そのイジメっ子の頬の肉を喰いちぎるという暴力沙汰を起こしたこともある。そしてヒーローになってからも実に陰惨で、とある誘拐事件の犯人を追いつめた彼は、その犯人が被害者の少女に性的な加害をした上で惨殺し、犬の餌にまでしたことを知り、この犯人を衝動的に殺してしまう(これが彼にとって初めての殺人となる)。以降、彼は悪党に対しては情け容赦ない暴力を行使するようになった。

 しかしそうは言っても、ロールシャッハは本作における狂言回し的な役どころで、実際、観客がいちばん感情移入しやすい悲劇性を持ち合わせている。

 本作は最後までかなり陰惨な話が続くが、最後の最後で唯一、ほんの小さな光明、ほんの小さな救いのようなものがジャーナリズムに託される。そしてその光明というのが、何を隠そう、ロールシャッハが今回の事件に関して嘘偽りなく書き続けた日記なのである。

 ネタバレになるのであまり細かいことは書けないが、最終的には、このロールシャッハが最も人間的な(ごくごく一般的に理解しやすい)良心を貫いたと言えるだろう。

 『バットマン』をはじめ、ヒーローたちの心の闇を描いた作品は世に少なくないと思うが、しかしここまでそれを徹底して描き切った作品は、少なくともハリウッドのようなメインストリームにあっては、相当に稀有な存在だと言えるだろう。超大国アメリカが求めるマッチョイスティックなヒーロー像から、病める国家思想の闇の奥を探っていくという点では、『ステロイド合衆国』(2008年)というドキュメンタリー映画に通ずる社会的批評性を本作『ウォッチメン』は持っている。

 

(2012年9月11日)

プロフィール

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わがままコブラ
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1984年5月2日
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