第52回『パンズ・ラビリンス』

心温まるファンタジーかと思いきや……

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『パンズ・ラビリンス』
(El Laberinto Del Fauno)
2006年:メキシコ、スペイン、アメリカ
監督:ギレルモ・デル・トロ



 「人生はおとぎ話ではないの。世の中は残酷なのよ」


 自身の生活環境を選ぶことの出来ない幼い子供にとって、逃げ場のない過酷な現状をそのまま受け入れるということは地獄そのものだ。そしてそんな「この世の地獄」で生きて行かざるを得なくなった子供が、唯一逃げ込める場所は「空想の世界」しかない。

 先に挙げた台詞は、そんな逃げ場のない環境に追いやられたファンタジー好きの無垢な少女が、数少ない彼女の味方である母親から言われたものである。

 この母の台詞を分水嶺として、ファンタジックな救いを信じるのか、それとも、仮借ない現実からは決して逃れることが出来ないと悟るのか……ここらへんの見方の違いで、幸とも不幸ともとれるラストの印象、延いてはこの映画全体の印象がずいぶんと変わってくる。

 本作は完全な「おとぎ話」をイントロダクションとして始まる。

 「むかしむかし、嘘や苦痛のない魔法の地下王国がありました。王国のお姫様は地上の世界に憧れていました。澄んだ青い空や、そよ風や太陽を見たいといつも願っていたのです。そしてある日、お姫様は王国を逃げ出し、地上の世界へ飛び出しました。しかし地上へ出た瞬間、光に目がくらみ、全ての記憶を失ってしまいました。自分が誰でどこから来たのか……それすら分からぬまま、寒さや痛みに苦しみながら、やがてお姫様は死んでいったのです。しかし父の国王は信じていました。彼女の魂が、いつか別の肉体に宿り、別の時代に戻ってくることを……」

 時は流れ、物語の舞台は独裁政権下のスペインへ。

 内戦によって父を失った少女オフェリア。身重の母カルメンは、政府軍のビダル大尉と再婚し、彼が駐屯する山奥へオフェリアを連れて赴いてきた(カルメンのお腹にいるのは、ビダルとの間にできた男の赤ん坊である)。激しい内戦は終わったものの、山奥にはまだ反体制ゲリラが逃げ延びており、ビダルの部隊はその反体制ゲリラの討伐を行うために、この山奥に駐屯しているのだ。オフェリアはこの新しい父ビダルのことをどうしても好きになれない。

 「なぜ再婚したの、ママ?」

 「一人じゃ辛いからよ」

 「わたしがいつもそばにいるじゃない」

 「大人になれば、ママの気持ちが分かるわ」

 ビダルがカルメンを妻にした本当の目的は、自分の世継ぎを産ませること。つまりカルメンへ対する夫としての愛情も、オフェリアへ対する父親としての愛情も全く持ち合わせてはいないのだ。おそらくカルメンもそのことには気付いているが、内戦後の混乱期に女手一つで娘を育てていくのは容易ではない。軍の大尉の妻であれば、一般市民よりは遥かに恵まれた生活が送れるのだ。

 ビダルは軍人としても徹底的に冷酷無比な男である。反体制ゲリラと間違えられて連行された青年の顔面を酒瓶の底で叩き潰し、彼の父親も問答無用に銃殺する(心温まるファンタジーを期待して見た人は、ここでドン引き間違いなしだ)。また、捕らえられた反体制ゲリラの拷問も、自ら率先して行う鬼畜ぶりを見せる。まさに恐怖政治そのものを体現したかのような存在だ。

 彼はその冷酷さでゲリラたちを追い詰めるが、ゲリラ側も負けてはおらず、戦況は日々悪化の一途をたどる。血まみれの暴力に支配された大人たちの世界……純粋無垢な少女オフェリアにとって、この現実はあまりにも過酷だ。彼女は母のお腹の中で眠る弟にやさしく話しかける。

「外の世界は平和じゃないわ。でもじきに生まれて来るのね。一つだけあなたにお願いがあるの。あなたが生まれて来るとき、ママを苦しめないで。もうすぐママに会えるわ。とても美人よ。悲しいことばかりの毎日だけど、ママの笑顔を見れば、きっとあなたもママを愛するわ」

 そんな無垢なオフェリアが、ある晩、森の妖精に誘われるように石造りの迷宮に迷い込む。すると迷宮の守護神であるパン(牧神)が現れ、オフェリアが実は魔法の王国の王女であるということを教える。そして彼女が魔法の王国へ戻るためには、「三つの試練」を乗り越える必要があるのだと言う。果たしてオフェリアは、この「三つの試練」を乗り越え、魔法の王国へ戻ることが出来るのか?

 映画は「三つの試練」に挑戦するオフェリアのファンタジックな冒険譚と、情け容赦ない浮世の惨状とを同時に進行させてゆく。「三つの試練」の方も、幼い少女にとってはかなり過酷なものだが、「自分の力次第でどうにか乗り越えることが出来る」という点で、逃げ道のない不条理でしかない現実に比べれば、オフェリアにとってはまさに夢の世界であると言える。

 そしてファンタジックな世界と浮世の惨状が交差するラスト、オフェリアの最後の選択が一つの命を救うことになるが、しかし果たしてこの選択が彼女自身の魂を救ったと言えるのかどうか……ここらへんは見る者の受け取り方次第という気がする。

 信じることによって、我々人間の魂は真に救われ得るのか? あるいは、救いの有無にかかわらず、絶望的な状況におかれた時、我々人間は、ただただ何かを信じることしか出来ないのか?

 無垢な少女が背負うにはあまりに過酷なこの世の不条理、そしてその少女の魂が求め、彷徨い込んだ夢の世界……人間が持つ剥き出しの残酷さと、どこまでもピュアなイマジネーションが溶け合って、悲しくも美しい生と死の物語を紡ぎ出す。「めでたし、めでたし」だけでは終わらぬ重みを持った、複雑な後味を残す現代のおとぎ話である。

 
(2012年9月1日)

プロフィール

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わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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