第5回『アギーレ 神の怒り』

ゆきゆきて神軍 ~地獄のジャングル・クルーズ~


『アギーレ 神の怒り』
(Aguirre, Der Zorn Gottes)

1972年:西ドイツ
監督:ヴェルナー・ヘルツォーク


 ジョゼフ・コンラッドの小説『闇の奥』の舞台をベトナム戦争に置き換えた、フランシス・フォード・コッポラ監督作『地獄の黙示録』(1979年)は、作品本編よりも撮影の舞台裏の方が遥かに悲惨だ。ジャングルの中に巨費を投じて作ったセットが台風で破壊されたり、主演のマーティン・シーンが心臓発作で倒れたり、マーロン・ブランドが激太りしたせいでアクション・シーンが撮影出来なくなったりと、アクシデントに次ぐアクシデントの連続で、制作費はどんどん膨らむばかり……。

 コッポラは「自分が自殺すれば、その保険金でどうにかなるんじゃないか」などと考えるまでに追い詰められ、発狂寸前であった。

 そんな状況をコッポラの妻エレノア、ファックス・バー、ジョージ・ヒッケンルーパーの三人が
、見事なメイキング作品『ハート・オブ・ダークネス ~コッポラの黙示録~』(1991年)に仕上げた。ハッキリ言って、映画本編よりも、このメイキングの方が遥かに「地獄」で面白い。

 そんな『地獄の黙示録』から遡ること7年余り。ドイツの鬼才ヴェルナー・ヘルツォークが、全く同じような内容の映画を、全く同じような体当たりジャングル・ロケで撮っていた。

 タイトルは『アギーレ 神の怒り』。

 本作は『地獄の黙示録』とは違い、撮影時の現場の血の滲むような苦労が、見事に作品に反映されている……というよりは、撮影時の苦労そのものが作品のドラマ性を突き抜けて、ほとんど作品そのものになってしまっているのだ(創作物としてそれが良いことかは正直分からないが)。

 「それじゃ単なるドキュメンタリーじゃないの」と言う人もいるかもしれないが、まぁ、まずは本編を見てほしい。「この監督、頭にシャブ打ってんじゃないか?」と心配になるほどの鬼気迫る体当たりロケ撮影で、暴走した人間が破滅してゆくまでを「淡々と」描いている(描いているというよりは、カメラで追っていると言った方が正しいかもしれない)。

 時は1560年、征服者ピサロ率いるスペイン兵一行は、黄金境エルドラドを目指しアマゾン奥地を進んでいた。しかしアマゾンの自然はそんなに甘くない。食料もだんだんと底をつき、先へ進むのが困難になってきた。このままでは皆で野垂れ死にだ、ということで、ピサロは40人の先遣隊を選び出し、その副隊長にドン・ロペ・デ・アギーレ(クラウス・キンスキー)を任命。

 さぁ、ここからが大波乱の幕開けである。

 ピサロの目が離れたのをいいことに、勝手に暴走し始めるアギーレ。隊長ウルスアの再三の制止にも全く耳を貸さず、挙句はウルスアを銃撃……唖然とする兵士たちを前に、「今日から俺が実質的なボスだ。スペインなんてケチくさい国は放っておいて、新しい帝国を築くのだ。文句あるやつは今のうちに名乗り出ろ。この場でさっさと殺してやるから」と勝手に宣言。

 このとんでもない謀反をきっかけに、地獄のジャングル・クルーズが始まる。

 粛清を恐れた兵士たちは黙ってこの新たなボスに付いて行くが、事あるごとにキレては手下をブチ殺すという沸点低過ぎのボスと、迫り来る大自然の猛威とに完全にグロッキー状態だ。が、これは映画的な演出というよりは、ほとんど出演者たちの素の状態だろう。

 というのも、アギーレを演じるクラウス・キンスキー自体が、撮影現場においては有名なヒステリックわがまま大将なのだ。

 ヘルツォークが俳優クラウス・キンスキーを振り返るドキュメンタリー『キンスキー、我が最愛の敵』(1999年)の中には、『アギーレ』の撮影現場の様子も出てくる。

 キンスキーはアギーレよろしく、わがまま言いたい放題、共演者及びスタッフ小突きまわし放題の暴君ぶりを発揮し、挙句は小道具の刀を振り回して共演者に怪我を負わせる始末……とにもかくにも癇癪玉破裂させっ放しの厄介者なのである。

 しかし厄介なのはキンスキーだけではない。監督のヘルツォークも、その無謀な演出方法において、平気で役者を死と隣り合わせにする鬼畜ぶりを見せつける(今にも沈みそうなイカダでの激流下りは、演者たちの顔の引きつり具合に、見ているこっちの胃がキリキリする)。

 本作は、そんな二人の狂人の激しい摩擦力によって産み落とされた、映画史に残る奇跡である。リアリズムがどうとかいったレベルではなく、その先に何があるのか誰も分からないまま、ひたすら苦行を続ける人々の狂気そのものに肉迫した映像美だけが、我々の眼前に現れるのだ。

 これはもはや映画の領域を超えた、「衝撃映像100連発!!」みたいな即物的・表層的な美しさである。「映画はスタジオで撮ってんじゃない! 現場で撮ってんだ!!」という意気込みがひしひしと伝わってくる(とはいえやはり、演者やスタッフにとっては相当にキツイ現場に違いない。もし自分が演者やスタッフだったら、こんな現場では絶対に働きたくない)。

 

 ところで、同じヘルツォーク&キンスキーの狂人コンビで、イカレた実業家フィツカラルドが未開の山奥にオペラハウスを建てようと暴走する様を描いた『フィツカラルド』(1982年)という作品も撮っているが、この作品では、重量320トンもある本物の船を、人力で引っぱって実際に山越えをさせるという、さらなる狂気に挑んでいる。

 ちなみに、アギーレもフィツカラルドも実在した人物だそうだ。

 事実は映画よりも「キ」(キ印のキ)なり。

 

(2010年3月5日)

プロフィール

プロフィール画像
ニックネーム
わがままコブラ
性別
男
生年月日
1984年5月2日
QRコード
携帯用QRコード
アクセス数
ページビュー数