第44回『彼とわたしの漂流日記』

不器用な二人の人生漂流


『彼とわたしの漂流日記』
(김씨 표류기)
2009年:韓国
監督:イ・ヘジュン


 当サイトで紹介している作品のラインナップをひと目ご覧になれば、まず恋愛映画とは無縁であることがお分かり頂けるかと思うが、そんな私が毎度楽しく拝見している「デストピア経典」というかなりコアな映画ファンの方のブログで、このファンタジックかつプラトニックな恋愛映画が紹介されていて、食指を動かされた。この「デストピア経典」で紹介されていなければ、まずこんなファンタジックな恋愛映画を見てみようという気にはならなかったろう。

 主人公キムは人生に失敗したサラリーマン。会社に捨てられ、女に捨てられ、挙句は天文学的借金地獄に陥ってしまった。若くして人生ドン詰まりだ。こうなりゃもう死ぬしかない、と意を決して橋の上から漢江(ハンガン)へダイブする。そしてそのままあの世へ一直線……かと思いきや、どこかの岸辺で目を覚ます。どうやら彼は漢江の中洲に漂着したらしい。

 「俺は死ぬことすら出来ないダメ男なのか……」

 そうなると今度はどうにも死ぬのが惜しくなってくる。しかし漂着したそこは自然保護地区の無人島。ボートでなければ誰もたどり着けない離れ小島だ。泣こうが喚こうが対岸の人には届かない。泳いで脱出しようにも、生まれついてのカナヅチだからどうしようもない。そして頼みの綱であった携帯電話はバッテリー切れ。絶対絶命。大ピンチ。

 「誰か助けてぇ~~~~~~~!!」

 つい先程まで死のうとしていたとは思えぬ往生際の悪さで、必死に助けを求めるキム。そしてこの日から、彼のサバイバル生活が始まる。最初は魚も獲れずにキノコばかり食らうしかなかった彼が、次第にサバイバル生活にも慣れ、いつしか飛ぶ鳥を捕まえて食らうワイルドさを見せるまでに。

 「考えてみりゃあ、娑婆の生活よりもよっぽど充実してるなぁ」

 すっかり無人島生活に馴染んだキムは、ある日、インスタントのジャージャー麺の袋を拾う(漢江のど真ん中にあるので、こういった人工的な漂着物が多い)。破れた袋には麺こそ入っていないが、ソースの袋が未開封で残っている。頭の中によみがえるあの味、あの匂い……。

 「食いたい!! ジャージャー麺が死ぬほど食いたい!!」

 「原料は何でもいいから、とにかく麺さえ作れれば!!」

 キムはそこらに生えている雑草を片っ端から引っこ抜いてきて、それらをどうにか粉にして捏ね、麺を作ろうと試みるが尽く失敗。

 「あぁ、死ぬほど食いてぇ……」

 もはや見果てぬ夢と化したジャージャー麺。娑婆にいる時にもっと食っておきゃあよかった……とすっかり意気消沈するキムだったが、ふと彼は思い付く。鳥の糞の中には未消化の穀物が残っているはずだ。それを種にして育てれば、何がしかの穀物がきっと手に入る。そしてそれを粉にして捏ねれば麺が出来る!! 一念発起した彼は、さっそく鳥の糞をかき集め、その中に残っていた未消化の穀物の種を手に入れる。そして雑草だらけの無人島の一角を開墾し、毎日せっせと畑仕事に精を出す。

 「絶対に食ってやるぞ、ジャージャー麺!! 待っていろ、ジャージャー麺!!」

 こうして、ジャージャー麺は彼の生きる希望となった。

 一方、漢江近くの高層マンションの自室に、ここ三年ほど引きこもって暮らしている女がいた。彼女の名もキム。両親と同居しているが、その両親とは会話ひとつなく、顔も全く会わせていない。何か欲しいものがある時だけ、母親にメールを送って買ってきてもらうという生活だ。

 この薄暗いゴミ溜めような部屋で、彼女は毎日ネットの世界にのめり込み、そこで別の女として生きている。名前も顔も経歴も、全部がウソで成り立つ世界……これが今の彼女にとっての唯一の社会とのつながりなのだ。そして夜になれば、超望遠レンズ付きの高性能カメラで月を観察する毎日。月には住人がいないから、そもそも孤独が存在しないというわけである。

 そんな彼女がある日偶然、漢江の孤島に一人で暮らす男を発見する。

 「なんじゃありゃ!?」

 退屈な引きこもり生活に新たな刺激が!! 女キムは月の観測そっちのけでこの謎の男の観察に夢中になる。最初はサバイバル生活に悪戦苦闘していた男が、次第に楽しそうに生活をし始め、砂浜に大きく書いていた「HELP」というメッセージも、最近は「HELLO」に変わった。それを見ている彼女も何だか微笑ましいような気持ちになってくる。

 「そうだ、彼に返事をしよう!!」

 彼女はメッセージを書いた紙をワインボトルに入れ、あの孤島に住む謎の男に橋の上から投げ渡そうと決意する。しかし三年間も自室に引きこもっていた彼女からすれば、この部屋を出るのは命がけだ。ましてマンションの外へ出るなんて……。しかし彼女の決意は固かった。ある真夜中、フルフェイスのヘルメットをかぶり、完全防備に身を包んだ女キムは、孤島の彼にメッセージを渡すべく「外の世界」へと足を踏み出す。

 果たして女キムは孤島の彼にメッセージを伝えることが出来るのか!? そして男キムは生きる希望であるジャージャー麺を食べることが出来るのか!?

 自殺未遂の若いサラリーマンと引きこもりのネット女。都会の死角で「漂流」するこの社会不適合な二人の恋物語というわけだが、決して甘ったるいラブロマンスでもなければ、ただただ楽観的なドタバタコメディーでもない。

 全体的にかなりマイルドな作りではあるが、借金苦のダメ男の惨状も、偽りで塗り固められたネット女の醜態も、えぐるところはしっかりえぐる。社会派とまではいかないまでも、「この病める現代社会で自分はどう在るべきか?」という問いが、しっかりと根を張っている。

 本作をもっとシリアスな重みを持った社会派ドラマにしようと思えば出来たであろうし、また逆に、もっとお気楽なラブコメにも出来たはずだが、しかし本作はその中庸を行く匙加減が絶妙だ。浮世離れしたファンタジックな要素をふんだんに盛り込みつつも、この主人公二人は決して現実というものから逃げ切ることは出来ない。現実は社会不適合者をその仮借ない重力から容易には解放しない、ということを本作はしっかりと描いている。

 終盤、浮世の仮借ない現実に引き戻された二人は、この現実を通して初めて本当に(面と向かって)出会うことになる。ファンタジックな非現実的な出来事がこの二人の出会いのきっかけを作りはしたが、しかし本当の出会いは、現実で生きることを拒否したこの二人が、まさにその現実に引き戻された時に起こるのである。二人の本当の物語はここから始まると言っても過言ではない。

 そして映画は、この先しっかり現実と向き合って生きていくであろう二人の、山あり谷ありな人生を予感させつつ幕を閉じる。

 テンポよく無駄のない展開、綿密な伏線の張りめぐらせ方とその回収の丁寧さ、そして序盤はコメディータッチで軽く明るい画作りに徹し、それが中盤はファンタジックでフワフワした色調の画作りへと段階的に変化させてゆき、主人公二人が一気に現実に引き戻される終盤はコントラストのくっきりした固い画作りに変化させるなど、とにかく丁寧に丁寧に作り込まれた逸品である。

 『チェイサー』(2008年)や『悪魔を見た』(2010年)などの暴力映画をきっかけに、どっぷりとハマり始めた韓国映画だが、まさか本作のような良質なラブコメ作品まで生み出していようとは、韓国映画の底力は計り知れない。

 

(2012年7月3日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
性別
男
生年月日
1984年5月2日
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