第41回『エンゼル・ハート』

MAD探偵ハリーの災難


『エンゼル・ハート』
(Angel Heart)
1987年:アメリカ
監督:アラン・パーカー


 数年前に『レスラー』(2008年)を見るまで、ミッキー・ロークなんてほとんど興味の無い俳優でしかなかったのだが、『レスラー』鑑賞を機に自分の中で色々と見方が変わり、そして今回この『エンゼル・ハート』を見て、こんなにイイ俳優だったのかと痛感した。

 本作でのミッキー・ロークの役どころは、やさぐれた私立探偵ハリー・エンゼル。ある日、彼の元へ見るからに怪しい依頼人ルイス・サイファー(ロバート・デ・ニーロ)が訪れ、かつて売れっ子だったジョニー・フェイバリットという歌手の捜索を依頼する。

 サイファーはその昔、このジョニーという男とある「契約」を交わしたらしく、しかしジョニーはここ10年余り全くの行方知れずなのだという。何とも胡散臭い話に最初はあまり気乗りしないエンゼルだったが、5千ドルという破格の報酬を前に重い腰を上げることに。

 そしてここから、彼にとっての悪夢が始まる。

 エンゼルはさっそく、このジョニーという謎の男の足跡をたどるべく調査を開始するが、しかしエンゼルの行く先々で、彼の調査に関わった者が次々と惨殺されてしまう。ある者は目玉を撃ち抜かれ、またある者は心臓をえぐり取られ、そして極めつけは陰茎を切り取られた上に、それを口の中に押し込められる。このあまりにも残忍な手口によって、ジョニーの過去を知る者が次々と殺されてゆく。このままでは自分に殺人の容疑がかかってしまうと焦ったエンゼルは、この依頼から手を引こうとするが、気付けば彼はこの危険過ぎる事件に首までドップリ漬かっていた。

 もがけばもがくほど泥沼の底へ沈んでゆくエンゼル。追い詰められた彼は、次第に自我崩壊を起こしながら、狂気の深淵へ真っ逆さまに堕ちてゆく。そしてこの血まみれの事件の真相が明らかにされる時、エンゼルはその目で正真正銘の地獄を見ることになる。

 物憂げなハードボイルド探偵ものに始まり、猟奇的なサイコ・サスペンスとしての見事な展開を経て、最後は予想外のオカルト・ホラーにたどり着く。

 荒唐無稽と言えば言えなくもないが、しかし独特のゴシック感覚に溢れた映像美と、終始ピリピリとした緊張感で引っ張り続ける鋭利な演出、そして随所に見せる血みどろ死体のショッキングさが相まって、暗く残酷な美しさに彩られたホラー・ノワールに仕上がっている。

 映画には終始、陰鬱で重たい雰囲気が横溢し、見る者の不安を掻き立てるが、映像と見事にシンクロしたトレヴァー・ジョーンズの音楽が、この不穏な空気をさらに濃密なものにしている。

 現実的なシーンと悪夢的なシーンを巧いこと混淆させながら、作品全体にピリピリした緊張感を張り巡らせ、見る者の心をグイグイ引っ張ってゆく監督の手腕は見事としか言いようがないが、主演のミッキー・ロークがこれまたかなりイイ仕事をしており、本作の質をさらに底上げしている。

 やさぐれ探偵がどんどん追い詰められてゆき、しまいには鏡の前で泣き叫ぶ醜態まで見せるのだが、この「一人の男が次第に追い詰められてゆく」過程の演技が何とも実に素晴らしく、まさかミッキー・ロークの演技にここまで魅了されようとは夢にも思わなかった。

 はっきり言ってデ・ニーロは要らなかったんじゃないか? と思ってしまうほどに、本作におけるミッキー・ロークの存在感は圧倒的だ。

 監督のアラン・パーカーがイギリス出身ということもあってか、本作はアメリカ資本で撮られた作品ではあるものの、雰囲気としてはイギリス産のオカルト・ホラー『赤い影』(1973年)に近いように思える。その『赤い影』や『ウィッカーマン』(1973年)、『ローズマリーの赤ちゃん』(1968年)、『呪われたジェシカ』(1971年)、そして探偵ものでは『チャイナタウン』(1974年)あたりが好きな人にはお薦めの一本。最後まで実に厭な感じが拭い切れぬ作品だが、それゆえに心に深く食い込むような傑作であると言えるだろう。

 

(2012年5月27日)

プロフィール

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わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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