第37回『110番街交差点』

It's a Man's Man's Man's World

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『110番街交差点』
(Across 110th Street)
1972年:アメリカ
監督:バリー・シアー


 古くから、西部劇やギャング映画、あるいはハードボイルドな刑事ものや探偵ものといった、いわゆる「男の世界」を描いた映画作品は世界各国で数多く作られ、多くの映画ファンに愛されてきたわけだが、1960年代末期~70年代中頃あたりまでが、こういった男臭い映画のひとつのピークではないかと私は思っている(その後もそういった映画が皆無なわけではもちろんないが)。

 1984年生まれの私には、この時代の現実の男たちがどうであったかは知る由もないのだが、しかし少なくとも、銀幕の向こうで苦みばしった表情で紫煙をくゆらす男たちのかっこよさは、やはりこの時代がひとつのピークだという気がする。

 今回ご紹介する1972年作『110番街交差点』は、まさにこの時代の男臭いハードボイルド犯罪映画のエッセンスをギュッと詰め込んだ傑作である。内容的には『夜の大捜査線』(1967年)と『フレンチ・コネクション』(1971年)を足してB級テイストで割ったような代物だが、しかしながら「男の世界」を描いた犯罪アクションとしての味わい深さは、先に挙げた二作をも凌ぐ。

 舞台は70年代のニューヨーク、ハーレム。

 この街を牛耳るイタリアン・マフィアのアジトが、マシンガンで武装した三人組の黒人に襲撃され、組織の金30万ドルが強奪される。この白昼堂々の犯行により、イタリアン・マフィア二名、その配下の黒人ギャング三名、現場に駆け付けた警官二名がマシンガンの餌食となった。

 マフィアがそのメンツをかけて犯人探しに躍起になる一方で、ハーレムを知り尽くしたベテラン警部マテリ(アンソニー・クイン)は、新任のインテリ黒人警部補ポープ(ヤフェット・コットー)と共に捜査を開始する。暴力的かつ差別的なマテリと、正義感の強いインテリ黒人であるポープは反りが合わず、事あるごとに対立を重ねながらも、次第に犯人を追いつめてゆく。マフィアは配下の黒人ギャングと共に、冷酷なやり方で犯人たちを一人また一人と血祭りに上げていく。そして最後は警察、マフィア、強奪犯のリーダーによる血みどろの銃撃戦へとなだれ込む。

 見る前は単純な痛快バイオレンス・アクションだと思っていたのだが、いざ見てみると意外にも(社会派とまではいかないまでも)、アメリカにおける人種問題の根深さや、70年代当時のニューヨーク市警内の汚職・腐敗をずいぶん思い切ってえぐり出している。そして何よりも意外だったのは、最も人間的に描かれている人物が、現金強奪犯のリーダー格の男だということである。

 ハーレムの荒んだ環境の中で育った彼は、幼い頃から窃盗や強盗をくり返し、何度も警察の厄介になっている上に、てんかんの持病もあるので、まともな職に就けず、ずっと底辺での暮らしを余儀なくされてきた。そんな彼は、今回この大金を手にし、ハーレムから抜け出そうと(つまりは110番街交差点より向こうの世界へ飛び出そうと)しているのである。

 作品の後半は、ほとんどこの男が主人公だと言っても過言ではない。

 マフィアばかりか警官までをも撃ち殺した凶悪犯だが、血を流してまでも自由を手に入れようとするその姿が、どこかニューシネマ的な儚げなヒロイックささえ感じさせる。仲間の一人がマフィアの壮絶なリンチによって殺された後、一足先に街を出ようとするもう一人の仲間とひしと抱き合いながら、「夢を追いかけてりゃ、生き抜けるさ」と言ってみせる彼の男気に胸が熱くなる。

 本作にも一応、(便宜的に)正義漢やヒール役が出てくるが、しかし基本的には善も悪もなく描かれている。警官であれマフィアであれ強奪犯であれ、彼らにはそれぞれの立場があるだけなのだ。そしてそのそれぞれの立場のメンツをかけて男たちは戦うのである。

 しかし所詮はそれも散っていくための戦でしかない。誰一人として「勝ち逃げ」することが許されていないのではないか、とそう思えるほどに悲惨な戦いである。やはり男というのは、どこまでも哀しい生き物なのではないだろうか。


  He's lost in the wilderness
  He's lost in bitterness
  He's lost, lost somewhere……

  James Brown 『 It's a Man's Man's Man's World 』

 

(2012年3月27日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
性別
男
生年月日
1984年5月2日
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