第34回『人斬り与太 狂犬三兄弟』

120%アナーキー!! 厄ネタ映画の最高傑作

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『人斬り与太 狂犬三兄弟』
1972年:日本
監督:深作欣二


 『仁義なき戦い』シリーズをはじめ、とにかく血の気の多い(多過ぎる)作品で、日本はもとより世界のバイオレンス映画ファンを熱狂させる映像テロリスト深作欣二。そんな日本を代表するテロ監督の数ある作品の中でも、本作『人斬り与太 狂犬三兄弟』は群を抜いてブッ飛んだ作品だ。

 冒頭、刃物屋の店頭にずらりと並んだ包丁を吟味する主人公の権藤(菅原文太)とその舎弟の大野(田中邦衛)。明らかに「その筋」の人にしか見えないこの二人。いくらなんでも目立ち過ぎだ。

 「おう、オメェどれにする?」

 「(柳刃包丁を指さして)これにするよ」

 「ばっきゃろー!! 魚切るんじゃねぇんだぞ!! こんなんで人が斬れっかよ!!」

 「シィィーーッ! アニキ、声がでけぇよ……」

 のっけからほとんどコントだが、実は権藤と大野はこれから、自分たちの組と敵対する組織の会長・貝塚を殺しに行くところなのだ。そして二人は白昼堂々、貝塚を襲撃し、見事彼を刺し殺すことに成功。そして権藤は早々と自首をする。

 「ムショの臭い飯が何だってんだ!! ムショから出てくりゃ、俺は金バッチの大幹部だぁ!!」

 ……そして6年後、出所した権藤を刑務所の門前で待っていたのは舎弟の大野ただ一人。組長や組員たちが総出で迎えに来ているとばかり思っていた権藤は腹の虫が治まらない。

 「俺は組のために6年も臭い飯食ってきたんだぞ!!」

 実は権藤のいない間、組長の村井は敵の組織と抗争するどころか、この一件を手打ちにしていたのだ。時代は変わり、ヤクザといえども共存共栄でやっていかにゃならん、とそう言うのである。この村井の弱腰な姿勢に、バリバリの武闘派である権藤は納得がいかない。

 「これじゃ何のために殺しまでしたんだか、分からねえじゃねえか!!」

 組織のためにやった殺しが全くの無駄骨だったことを思い知らされた権藤は、舎弟の大野と共に、はぐれヤクザとして組に迷惑をかけるようなことばかりをしでかし始める。組の金に手をつけ、女郎小屋を兼ねた暴力バーを無断で経営し、敵の組織の賭場で大暴れ……まさにルール無視のやりたい放題で、敵対する組織ばかりか、最終的には自分の組にまで命を狙われる羽目になる。

 このような「厄ネタ」(やくねた)、つまりはトラブルメイカーを主人公にしたヤクザ映画といえば、同じ深作欣二監督の『仁義の墓場』(1975年)が真っ先に思い浮かぶが、私個人の意見としては、こちらの『狂犬三兄弟』の方がはるかにブチ切れた作品だと思う。

 とにかく菅原文太演じる権藤のキレっぷりが半端じゃない。もう二言目には必ずキレる。「様子を見る」とか「相手の出方を窺う」なんて言葉はこの男の辞書にはない。思い立ったら即行動、即暴力。おそらく映画史上、一、二を争う沸点の低さではなかろうか。はっきり言って『スカーフェイス』(1983年)のトニー・モンタナ以上だ。

 そんな超絶アナーキーヤクザ、権藤のウルトラバイオレンスぶりは、体を使った肉弾戦のみに留まらず、その舌戦においても遺憾なく発揮される。例えば、「俺の女に手を出すな」と相手に凄まれた場合、我らが権藤のアニキはすぐさまこうやり返すのである。

 「テメェの女だぁ!? じゃあこの女のオマンコにテメェの名前でも書いてあるってえのか!?」

 私も色々と最低な映画は見てきたつもりだが、しかしここまで最低な台詞は聞いたことがない。ここまでくると、かえってクールに聞こえてしまうから困ったものだ。そのアナーキーな名言(迷言?)の豊富さでは、同じ深作監督の『仁義なき戦い 広島死闘篇』(1973年)に出てくるアナーキー番長、大友勝利(演じるは千葉真一)に負けず劣らずといったところだ。

 しかしそんな鬼畜のような権藤でも、自分が本当に仲間だと思った相手には、ごくごく人間味のある優しさを垣間見せる。

 弟分の大野にはもちろんのこと、途中から仲間に加わる流れ者の関西ヤクザ谷(三谷昇)にも、そして人非人のごとく手篭めにした田舎娘の道代(渚まゆみ)にさえも、彼女の純朴でいたいけな心に触れた途端、「お前も色々苦労してんだなぁ……」としみじみ同情してみせるのだ。

 この道代とのシーンで最も泣かせるのは、二人で出前のラーメンをすすっている時、権藤が実にさりげなく自分のチャーシューをスッと道代の丼へ入れてやるところだ。これはもう何度見てもグッときてしまういいシーンである。たかがチャーシュー、されどチャーシュー。このチャーシュー1枚で表現される男の優しさ……ここには言葉にならない名台詞がある。

 こういう洗練された映像表現を、血みどろの暴力描写の合間にさりげなく挟み込んでくるのだからこれニクイとしか言いようがない。

 サム・ペキンパーの映画を見ても毎度同じことを感じるが、この深作欣二の暴力映画にも、必ずその暴力的な行為の反作用としての、実に人間的な優しさが描かれている。そこがきっと多くの映画ファンに愛される所以だろうし、単なるエログロ作品に堕ちない、しっかりとした人間ドラマとしての重厚さを持ち得る所以でもあるのだろう。

 今さら言うまでもないが、やはり我らがフカサクは日本が世界に誇る名監督なのだということを、今回また改めて思い知らされた。

 

(2012年2月27日)

プロフィール

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わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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