第30回『エイリアン』

宇宙の果ての古典的スリラー


『エイリアン』
(Alien)
1979年:アメリカ
監督:リドリー・スコット


 『エイリアン』シリーズの記念すべき第1作。2作目以降も手を変え品を変え、それぞれに面白く仕上がっている本シリーズだが、作品としての出来栄えは、やはりこのリドリー・スコット監督の第1作が抜きん出ている。リドリー・スコットの作品というと、いつも「作家性」と「娯楽性」の狭間で揺れ動いているようなイメージがあるが、本作は双方のテイストが最良のバランスで結実した傑作である。全体的に派手さのない、かなり地味な密室劇なのだが、その巧みな恐怖演出と、H.R.ギーガーらによる独特の不気味さを持った美術によって、一級のSFホラー作品に仕上がっている。

 私の『エイリアン』初体験は、小学生の頃にテレビで見たジェームズ・キャメロン監督の2作目なので、ウジャウジャ大量に群がって襲って来るというのが私にとってのエイリアンのイメージなのだが、この第1作目に出てくるエイリアンはたった1匹。しかも物語が後半に差しかかるあたり(正確には終盤に差しかかるあたりか)になって、ようやくその全貌を現すのである。

 エイリアンとの肉弾戦における暴力的な恐怖感というよりは、見えざる敵に「いつ襲われるかも知れない」という神経戦的な恐怖感・緊張感でもって、ジリジリ、ジリジリと物語を引っ張ってゆく。『エイリアン』というと、どうしてもグチャドロの肉弾戦がメインの「化け物退治」を想像してしまうが、本作はどちらかといえば古典的な密室スリラーとしての要素が強い。

 名匠ロバート・ワイズ監督の『たたり』(1963年)という作品があるが、『エイリアン』はこの作品を思わせるところがある。『たたり』は幽霊屋敷でのポルターガイストを扱った、かなり地味なホラー映画なのだが、この作品が見事なのは、幽霊そのものは最初から最後まで全く姿を現さないのである。家具や壁の振動、あるいは不気味な音などによってのみ「恐怖」が演出され、この必要最小限の演出で最大限の劇的効果を引き出すことに成功している大傑作だ。本作『エイリアン』も、まさにそんな抑えた演出で大きな劇的効果を引き出すことに成功している作品である。

 先述したとおり、出てくるエイリアンはたった1匹。しかもそれが後半までは全く姿を現さず、その「見えざる恐怖」の神経戦でひたすら引っ張る。しかしこれだけ地味な作りでありながら、終始ヒリヒリと肌に張り付くような緊張感がスクリーン全体を支配する。

 この映画の主人公たちは、エイリアンという実体と戦っているというよりは、ほとんど己の恐怖心と戦っているようなものである。彼らは息を殺し、じっとりと汗ばんだ手を握りしめ、震える鼓動を抑えつけながら、じわりじわりと迫り来る「恐怖」を待ち構えるのである。

 たしかヒッチコックだったと思うが、彼が幼少の頃、学校の先生に叱られ、「放課後にお仕置きをしてやるから覚悟していろ」と言われた時の恐怖感が、そのまま彼の映画の恐怖演出に反映されているという話を聞いたことがある。つまり、この先に確実に「恐怖」が待っていると知りながら、それをジリジリ、ジリジリと待たなくてはいけない状況ほど恐いものはないというわけである。本作『エイリアン』における、まだ実行されない状態の「恐怖」を延々と引っ張るやり方は、まさにこの「お仕置きを待っている間に感じる恐怖感」と同じ効果を観客に与える。

 この古典的で優れたスリラーの手法と、H.R.ギーガーのデザインをはじめとする美術全般の独自性(性器と内臓と重機的なメカニックが融合した、SM風味の冷たい地獄絵図)が見事な化学反応を起こしたことにより、遠近法のリアリズムと悪夢的な幻想性がほぼ同線上でしっかりと噛み合ったような(そもそもギーガーの描く作品がこのような要素を持っている)、そしてそれでいて娯楽性にも富んだ素晴らしい作品が出来上がったというわけである。

 そしてもうひとつ言及しておきたいのが、キャスティングの妙味である。本作はなんと登場人物がたった7人しか出てこないのだが、この7人の役者の揃え方がこれまた何とも実に素晴らしい。

 まずは『エイリアン』シリーズを通しての「顔」と言える、リプリー役のシガニー・ウィーバー。本作終盤の、恐怖に駆られながらも果敢に戦う彼女の姿は、何度見てもグッときてしまう。まさに「戦う女」の代表格と言ってもいい存在だ。

 そして続く6人も素晴らしい役者ばかりである。イアン・ホルム、ジョン・ハート、 ヴェロニカ・カートライトといったイギリス勢をはじめ(監督リドリー・スコットもイギリス出身)、トム・スケリット、ハリー・ディーン・スタントン、ヤフェット・コットーといった、60~70年代の映画やテレビで実に「よく見る」激渋な名バイプレーヤーたちが揃っている。

 本作は話の規模としては実はかなり小さい密室劇だが、しかしSF映画としてのスケール感の見せ方がとても巧妙で、H.R.ギーガーによる独特のデザイン性も相まって、いつまでも古びないオリジナリティーを持ったエポックメイキングなSFホラー作品であると言える。

 

(2012年1月30日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
性別
男
生年月日
1984年5月2日
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