第29回『戦場でワルツを』

生き地獄の黙示録


『戦場でワルツを』
(Waltz with Bashir)
2008年:イスラエル
監督:アリ・フォルマン


 アニメーション作品だが、作品の内容自体は監督自身の実体験(戦争体験)を追ったドキュメンタリーという変わり種。ずいぶん二度手間なややこしい作り方をするなぁと見る前には思っていたが、いざ見てみると、「戦争とは何か」を追究する上で、こういう表現方法もありだと思った。

 冒頭は2006年のイスラエル。主人公の映画監督アリは、ある晩、古い友人ボアズに呼び出され、彼が夜ごとうなされているという悪夢について聞かされる。そしてその悪夢は、彼らが24年前にイスラエル軍として出兵した、レバノン戦争のトラウマから来ているに違いないと言うのである。

 「で、お前はどうなんだ?」

 そうボアズに訊かれたアリは、はたと気付く。

 彼は悪夢にうなされるどころか、あの戦争のことを全く憶えていないのだ。19歳の頃に確かに従軍したはずなのに、その時期の記憶だけがすっぽり抜け落ちているのである。そしてその晩、アリの脳裏に唐突にあの戦争の一つの断片がフラッシュバックする。それは、レバノン戦争における最大の汚点とも言える「サブラ・シャティーラの虐殺」が行われた日の夜の記憶なのだが、この幻想的な記憶が果たして本物の記憶であるのかどうか分からず、それ以上のことも思い出せない。

 アリはこのことを同じ映像作家で精神科医でもある友人オーリに話す。するとオーリは、かつての戦友たちに会って、彼らに直接当時の話を訊けばいいとアドバイスする。

 そうすれば、アリが自ら封印してしまった本物の記憶がよみがえるに違いないと言うのだ。こうして、アリは自らの戦争の記憶をたどるべく、かつての戦友や関係者たちにインタビューを行い、徐々に自分の記憶、自分の戦争を思い出してゆく。そしてそれは同時に、あの忌まわしい虐殺事件の恐るべき真相へ、アリ自身を導いてゆくこととなる……。

 インタビューの音声はほとんどが当事者たちの実際の声らしく、それならわざわざアニメにせずに実写のドキュメンタリー作品でもよかったのではないかとも思うのだが、しかしながら、インタビューによって彼ら当事者の口から語られる戦争は、あくまで記憶の中の戦争なのである。

 本作はその記憶の中の戦争と、彼らが見る悪夢や幻覚のイメージを同じトーンで垣根なく描いてゆくことで、当事者たちの心情や感覚的な面(つまりは一般的な史実とは少しばかり隔たったところにある個人的体験)から、「戦争とは何か」という難題にアプローチしている。

 この表現方法は、戦争をまやかしとして表現してしまいかねない危険性を伴うが、しかしながら、フィクションとノンフィクションがせめぎ合うギリギリの境界線上に、彼ら当事者の口から語られる物語を置くことで、社会的なリアリズムに則った直球のドキュメンタリー作品とはまた違った角度から、戦争というものの本質(当事者の心的内奥から紡ぎ出される戦争の記憶)を捉えることに成功しているのではないかと思う。

 そして戦時下の虐殺事件についての幻覚から始まるこの主人公アリの物語は、最終的にその虐殺事件の剥き出しの現実に突き当たることとなる。

 つまりは心情的・感覚的なアプローチで始まった「戦争とは何か」という問いが、最終的に言葉や人間的感情の届かぬ圧倒的な現実となって、この主人公(延いてはこの映画を見ている私たち全て)に突き付けられるのである。この映画のラストはアニメーションではなく、虐殺直後の現場で撮られた実際の映像が用いられる。

 何の罪もない一般市民(女・子供・老人も含む)が無抵抗のまま無惨に虐殺された様が、そこかしこに積み上げられた無数の死体の山から容易に想像出来る。生き残った者は泣き崩れ、気が狂ったように喚き続ける。主人公アリが、自ら封印した戦争の記憶と真摯に向き合った末にたどり着いたのは、まさにこの世の地獄としか言いようのない残酷な戦争の現実そのものだったのだ。

 そして我々観客も、知らず知らずのうちに主人公アリと同じ道をたどって、この最終的な現実にたどり着いて(たどり着かされて)しまうというわけである。

 実際に戦争を体験した人たちの中には、こういう形で戦争を表現することに不満や怒りを覚える人も少なくないと思うが、しかしながら、戦争を直に体験したことのない私のような人間には、本作におけるやや歪曲した表現方法の方が、かえってリアル(この言葉も使い勝手が難しいが)に伝わるものがあるような気がする。

 本作は反戦のためのフィクションでもなければ、社会派のノンフィクションでもない。虚と実のあわいに己の心の闇を探る男がたどり着いた、戦争の現実と一人の人間の対峙である。

 

(2012年1月25日)

プロフィール

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わがままコブラ
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1984年5月2日
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