第274回『YADANG/ヤダン』

痛快!ハードコア犯罪スリラー

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『YADANG/ヤダン』
(야당

2025年:韓国
監督:ファン・ビョングク


 「ヤダン」とは、薬物犯罪者と警察の間を取り持ち、両者のバランスを調整する闇のブローカー(仲介人)の呼称。例えば大手企業の社長や会長のドラ息子が薬物使用や所持で捕まった場合、ヤダンはまずこのドラ息子の罪を軽くするために、「警察の捜査に協力させる」という表面上の段取りを組む。そして手頃な末端の売人たちを生贄として、彼らの密売ルートや、それなりの量の薬物も含めて警察に(事実上の密告という形で)摘発・押収させる。

 ドラ息子は「捜査への協力」という名目の司法取引で罪が軽くなり、警察側は摘発・押収の手柄をマスコミを通じて大々的にアピール出来る。このウィン・ウィンな出来レースを全てお膳立てしたヤダンは、重い罪を免れたドラ息子から多額の報酬を得る。

 主人公ガンス(カン・ハヌル)は現在、絶賛売り出し中のプロのヤダンとして頭角を現している。三年前、まだ何者でもない小物だった彼は、あるケチな犯罪でハメられ、刑務所に服役させられていた。そこに目を付けた検事グァニ(ユ・へジン)は、ガンスをスパイとして、刑務所内で幅を利かせていた薬物密売グループの内情を探らせ、このグループを一網打尽にする作戦を企てる。これが功を奏し、刑務所内の密売グループの一斉摘発が実現。肩書を持たぬ小物検事でしかなかったグァニは出世コースに乗ることが出来、ガンスも良い環境の刑務所に移ることが出来た。

 この成功をきっかけに、グァニはガンスに「シャバに戻ったらプロのヤダンになれ」と薦める。ガンスを薬物犯罪の世界に精通させておいて、事あるごとに大物の逮捕などの手柄をグァニが得られるようにすれば、グァニは検事としての出世街道を突き進み、ガンスもまたプロのヤダンとしてガンガン儲けることが出来る。こうして、グァニとガンスは一蓮托生の兄弟分となった。

 これ以降、着実に成功の道を突き進む二人だったが、あるとき摘発した相手が超大物政治家の息子であったため、このあまりにも上層過ぎる相手に手も足も出ないばかりか、より着実な出世コースを提示されたグァニがこの政治家サイドに完全に寝返ってしまい、裏切られたガンスは関係するヤクザからクスリを打たれ、さらに両脚にガソリンをかけられ丸焼きにされてしまう。

 この後、ヤクザに監禁され一ヶ月間クスリ漬けにされたガンスは完全なる廃人と化し、この摘発事件に関与していた女優スジン(チェ・ウォンビン)もまたクスリ漬けのヤク中に転落させられ、麻薬課の刑事サンジェ(パク・ヘジュン)も無実の濡れ衣を着せられ捜査の第一線から外されてしまう。今回の摘発自体を闇に葬るために、残酷な証拠隠滅がこの三人に対して行われたのだ。

 完全なる廃人と化したガンスだったが、付き合いの長い弟分の助力もあり、地獄のヤク抜き監禁生活を経て奇跡的にヤク中からの脱却に成功。自分と同じように地の底まで転落させられていたスジンとサンジェを説得し、自分たちを転落させた人間たちへの壮大な復讐計画を開始する。

 裏切られ転落させられた悪党が、より巨大な悪党に対して壮絶な復讐劇を繰り広げる……という現代韓国映画のお家芸とも言える内容だが、さすがに2010年代後半以降は、この手のハードな韓国ノワールにもジャンルとしての凋落の兆しをひしひしと感じていた。過去に散々消費され尽くしたジャンルでもあるし、傑作・名作も出尽くしたと言っても過言ではないほどだが、しかしここへきて、まだまだ面白い(過去作ともまた違った方向性の)新作も出てくるもんだなぁ、と感心させられることもあり、とりわけ『密輸1970』(2023年)や本作『YADANG/ヤダン』は突出した面白さだ。

 近年のこの手の傑作は、ハードさやヘヴィさだけに偏らず、「軽」「重」のバランスが絶妙であることが特徴的と言える。おそらく『アシュラ』(2016年)や『V.I.P. 修羅の獣たち』(2017年)あたりから、ハードさやヘヴィさ一辺倒な作品(どちらも私は傑作だと思うが)への風当たりや食傷が韓国内では強くなってきたのではないかと考えられる。そこへきて『ベテラン』(2015年)のような良い意味での「軽さ」「軽妙さ」も兼ねた上でのハードな犯罪ものへの需要の移行が顕著になってきた時期が、先述した2010年代後半にあたるのではなかろうか。

 本作『YADANG/ヤダン』は、ここ十年程のそのような潮流の中での新たな傑作と言え、同じ一本の作品内での「軽」から「重」への移行のバランスがまさに絶妙な作品なのだ。

 まず主人公ガンスのヤダンとしての順調な仕事ぶりをテンポ良く見せてゆく序盤の軽妙さ。この序盤での主人公の軽妙ぶりを見ていると、さすがにちょっとチャラ過ぎないか? と不安になるほどだが、ここでの軽妙さの積み重ねが後半で見事に効いてくる。ポンポンポンと軽快にヤダンの出世街道を突き進むガンスが、兄貴分として慕っていたグァニに裏切られ、地獄の底まで突き落とされる中盤の容赦のなさ。ここでは、往年の韓国ノワールの血生臭い暴力世界が一気に噴出する。

 特にクスリ漬けにされたガンスの地獄のリハビリ描写が見事で、ここで何度も「うわぁ……」と心底厭な気持ちにさせられるが、と同時に、序盤で散々チャラい犯罪者にしか見えなかった(共感しづらいキャラ造形だった)主人公が、この地獄の底からどうにか這い上がる中盤で、ある種のスポ根的普遍性を得て、序盤のチャラいイメージを良い塩梅で払拭し、応援したいハードな男としてのかっこよさが滲み出てくるのだ。スポ根的という意味ではここが「修行」のシーンに相当する。

 そして同じように地獄の底に突き落とされた者たちと結束し、憎き奴らへの復讐劇を展開してゆくのが終盤となるが、ここも中盤からのハードさヘヴィさを継続しながらも、最終的には序盤とはまた違った形でのスコーンと突き抜けた痛快さの方に持って行く流れが、これまた絶妙に巧い。

 「軽」から「重」へとスライドさせ、その「重」を維持しつつ、序盤の「軽」とはちょっと違った「快」の方に持って行く。観客側の心情の上げ下げをよく考慮した物語の構成の巧みさ、停滞感なく話を転がしてゆくテンポの良さ、アクションもバイオレンスも的確な娯楽性の中で余すところなく見せてくれるサービス精神……どれを取っても実にバランス良く丁寧に作り込まれた傑作である。

 「軽」「重」のバランスの良さに長けた復讐劇という面では、『インサイダーズ/内部者たち』(2015年)に通ずるものを本作『YADANG/ヤダン』にも感じた。このような「重過ぎず軽過ぎず」の絶妙なラインを導き出すのも、やはり現代韓国映画の優れた技巧に違いないのだ。

 

(2026年1月15日)

プロフィール

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わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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