第266回『近畿地方のある場所について』

白石ワールド「円熟期」到達作品

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『近畿地方のある場所について』
2025年:日本
監督:白石晃士


 ある日突然、オカルト雑誌のベテラン編集者が失踪してしまい、この失踪した編集者が進めていた特集企画を、後輩の若手編集者である小沢(赤楚衛二)が引き継ぐことになる。この特集企画を期日までに完成させないと雑誌自体を廃刊にする、という厳しいお達しを社の上層部から受け、焦る小沢だったが、しかし当の企画の原稿データは失踪したベテラン編集者のみが所有していたため、企画の具体的な内容はおろか、その方向性すら全く把握出来ていない、という最悪の状況だ。

 幸い、出版社の地下資料庫に、失踪した編集者が掻き集めていたらしい大量の企画資料(書類、雑誌、古いビデオテープ、USBメモリなど)が残されていたため、小沢は一計を案じて、ベテランのオカルト系ライター瀬野(菅野美穂)に助力を求め、残された大量の資料から共通項を探り出し、失踪した編集者が進めていた企画をどうにか雑誌の特集記事として完成させようと奔走する。

 少女失踪事件、中学生の集団ヒステリー事件、心霊スポットに突撃するネット配信者の失踪事件、見ると死ぬ動画、ネットを介して各地での目撃情報が多数報告された謎の御札など、資料の中に残されたいくつもの過去の怪事件・怪現象の謎を追い、点と点を一本の線で結び付けていく中で、その数々の謎と怪奇の発端となった場所が、近畿地方のある地域であることに気付く。

 小沢と瀬野は次第に、この企画の謎の解明と失踪した編集者の行方を追うことにのめり込んでいくが、これが想像を絶する恐怖と地獄への入口となってしまう……。

 本作はまず何より、心霊ドキュメンタリー的な調査ものとして抜群に面白く、その中で扱われるファウンド・フッテージ要素としての過去のビデオ映像やテレビ番組、ネット配信動画等々の仕上がりも芸が細かく実に丁寧で、非常に感心させられた。基本フォーマットはあくまで劇映画として作られているが、そこにフェイク・ドキュメンタリー的なPOV感覚も巧みに取り込んでいて、フェイク・ドキュメンタリーの名手としての白石監督の手腕が遺憾なく発揮されている。

 そしてホラー映画としての恐怖演出も終始冴え渡っており、質・量共に大満足の仕上がりで、ジャンプスケアよりもハードコアなショック描写で攻めている点が特に良い。

 1990年代以降のJホラーにありがちな、曖昧とした心理的演出や暗闇の雰囲気で攻める恐怖演出よりも、どちらかといえば暴力性の強いショック描写で、グサグサとこちらの心臓をメッタ刺しにしてくるような、そういう極めて(観客に対する)殺意の高い恐怖演出が白石ホラーの真骨頂であるが、本作においてもそれが研ぎ澄まされた形で見事に表出している。

 骨太でエグみの強いショック描写の連続には一切容赦がなく、団地での飛び降り自殺シーンでは、その死体の見せ方に重厚な凶々しさが横溢しており、「うわぁ……」という何とも言えぬ恐さと厭さで胸が圧迫され、暗澹たる気持ちになった(誰が何と言おうと、ホラー映画の醍醐味は、このように見る者の心を地獄の底へと容赦なく突き落としてくれるところにあるのだ)。

 また、本作は原作ものでありながらも、すっかり円熟味を帯びた白石ワールドが、最良のブラッシュアップが成された状態で総括的に織り込まれている。

 先述したフェイク・ドキュメンタリー的手法はもちろん、クトゥルフ神話的要素を大胆に取り込んだ世界観、過去の白石作品に登場した役者たちや名台詞や家屋やガジェット等の再登場など、これまでも散々繰り返されてきた事柄ではあるが(そういう意味での目新しさはないものの)、原作ものホラー作品にしっかりと「ザ・白石ワールド」な味わいと面白さが(よりブラッシュアップされた形で)丁寧に織り込まれている点は、白石作品ファンにとっては何より喜ばしいことだろう。

 とはいえ、今回はかなり抑制も利かせているように思え、何かとギャグっぽいノリに走りがちな白石タッチを、本作では最後までシリアスなタッチで貫いており、そこは絶妙なバランス感覚と言える(車で幽霊を撥ねる
シーンが、唯一、ギャグに突き抜けそうなギリギリの境界線だろうか)。

 終盤でのツイストを利かせてからの不条理で絶望的なオチも、1960年代~70年代のオカルト・ホラーのようなザラリとした味わいがあって、とても良かった。作り手側が意識しているかは分からぬが、『ローズマリーの赤ちゃん』(1968年)を思わせるようなドヨンとした厭さに満ちており、このへんの好みは個々で大きく分かれそうだが、自分のツボにはドストライクであった。

 そして本作は何より役者が良いのである。主演の菅野美穂と赤楚衛二はもう文句なしに抜群に良く、また脇を固める俳優陣も絶妙に良い顔が揃っている。

 白石作品を見る度に思うが、とにかく役者の「顔」を特徴的に浮き立たせるのが非常に巧い。毎回、「良い顔の役者を集めてくるなぁ」と感心させられるが、しかし同じ役者を別の監督の作品で見ると、そこまで目立たず印象的でもなかったりするので、これはやはり白石監督の「役者の顔の見せ方(撮り方や演出)」にそういった巧さがあるのだろう。本作においてもそれが遺憾なく発揮されており、とにかく出てくる顔、出てくる顔、みんな良い。

 起用する役者の老若男女や有名無名に関係なく、役者個々の「顔」を他の監督とは全く違う雰囲気で浮き立たせて見せられるのは、1990年代以降の日本映画界だと、北野武、三池崇史、黒沢清、そして白石晃士の4人が特に巧みだと思える。今も現役のこのベテラン監督4人は近年それぞれに、『首』(2023年)、『でっちあげ』(2025年)、『Chime』(2023年)、そして本作『近畿地方~』と、後年の代表作と呼べるような傑作を撮っている。いずれも、ベテラン監督たちが過去に積み上げてきた手腕と落ち着きが、かなり良い形で表れた作品ばかりだ。

 先述した「ザ・白石ワールド」なタッチが、今回、白石作品初見の観客たちにどの程度馴染むかは未知数だが、本作『近畿地方のある場所について』は、2010年代以降の邦画ホラー作品の中では、『残穢 −住んではいけない部屋−』(2015年)と並ぶ傑作であると思う(心霊ドキュメンタリー出身の腕利きベテラン監督が撮った劇映画形式のホラー作品、という共通点もある)。

 他の監督たちも活躍する量産シリーズの中で、どうにか自分らしい爪跡を残そうとしたであろう『ほんとにあった! 呪いのビデオ THE MOVIE 2』(2003年)において、おそらく最初期であろう白石ワールドの「萌芽」が見て取れ、そのわずか2年後に撮った『ノロイ』(2005年)が、プロトタイプながら完璧な仕上がりの白石ワールドの「出発点」となった。

 そこからさらに自身のスタイルを先鋭化させた『オカルト』(2009年)で白石ワールドが「確立」され、最も有名な代表作である『コワすぎ!』『超コワすぎ!』シリーズ全9作(2012年~2015年)において、白石ワールドの徹底的な「追求」と「実験」が積み重ねられた。

 そしてその後も様々な形で、手を変え品を変え白石ワールドが展開され、近年の『オカルトの森へようこそ』(2022年)や『戦慄怪奇ワールド コワすぎ!』(2023年)では、過去の自作のセルフ・パロディー的な再構築も試みているが、本作『近畿地方のある場所について』において、ついに白石ワールドがその「円熟期」に到達した、と言えるのではないだろうか。今後もどのような形で独自の作品世界を展開していってくれるのか、白石監督の活躍から益々目が離せない。

 

(2025年8月10日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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