第264回『プレステージ』(2006年)

タネと仕掛けに満ちた人生

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『プレステージ』
(The Prestige)
2006年:アメリカ、イギリス
監督:クリストファー・ノーラン


 19世紀末のロンドンを舞台に、二人の若き奇術師の因縁を描くサスペンス・ドラマ。ノーラン作品は『インセプション』(20210年)が例外的に好きなぐらいで、概ね自分の肌には合わないのだが、この『プレステージ』は『インセプション』と並ぶぐらい面白かった。

 共に駆け出しの奇術師として、師匠カッター(マイケル・ケイン)の下で下積み時代を過ごすアンジャー(ヒュー・ジャックマン)とボーデン(クリスチャン・ベール)だったが、ショーの最中のとある悲劇的な死亡事故がきっかけで、二人は悪辣極まりない犬猿の仲に……。独立後、二人はそれぞれにマジック・ショーの世界で一流を目指すべく奮闘するが、同時に歪んだライバル感情剥き出しで、互いの足を引っ張り合い、相手の人生を破滅させてやろうと醜い争いを繰り広げる。

 憎み合いながらも根は似た者どうしで、アンジャーもボーデンも、マジックのために人生のあらゆる大切なものを犠牲にしながら生きている。舞台上だけでなく、私生活においても徹底的に虚の世界に生き、つまるところそれは、家族をはじめとする近しい人たちをも欺き続ける生活となってしまう。そしてこの二人の醜い争いがついには殺人事件にまで発展するが、そこにも二人の奇術師による二重三重の罠が張り巡らされ、嘘と嘘、騙しと騙しの熾烈な争いがスパークする。

 立場は違えど生き様は酷似した男二人の、文字どおり「命を懸けた闘い」を描くという点では、奇術師版『ヒート』(1995年)とも言え、二人が奇術師であるという設定を活かした騙し合いのトリック合戦が、激しい銃撃戦のごとく火を噴く様はまさにハードボイルドな死闘そのものだ。

 マジックに魅せられ、舞台上でも私生活でも徹底的に嘘をつき続けることになる男たちの破滅への一本道が、何とも愚かで何とも男臭い。この男二人の硬質なサスペンスから最後は映画的大嘘にまで突き抜ける面白さもあり、この映画的大嘘(ある種のSF的荒唐無稽さ)にもそれなりの説得力があるのは、ひとえにニコラ・テスラ役のデヴィッド・ボウイの存在感ありきだろう(かなり本格的な役者が揃っている中でも、全く引けを取らない独自の存在感を見せているのはさすがだ)。

 本作は言ってしまえば、男二人の「しょーもない意地の張り合い」を描いているだけなのだが、その意地の張り合いで互いに引き返せない窮地にまで自らを追い込んでしまう(近しい人たちの助言や忠告によって、何度も引き返せるチャンスはあるのに、そこに一切耳を貸さずに、常に前のめりに間違った方向に突き進んでしまう)男たちの姿に、何とも言えぬハードボイルドな男臭さと哀れさが満ちている。ある人物の絞首刑シーンでは、刑に処される男の人生最後の言葉が「アブラカダブラ」なのがこれまた心底グッとくる。最後まで奇術師としての矜持を貫いたかっこよさがある反面、人生をマジックという嘘で塗り固めてしまった狂人の哀れさもある。

 何か一つのことに依存し、取り憑かれ、果ては無残に破滅してゆく愚かな人間たちの姿であっても、時としてそこには哀切なロマンチシズムが匂い立つこともある。間違った道を間違ったまま突き進む愚かさや、その剥き出しの人間臭さに、せめて創作物の中でぐらいは愚直に感動したいものだと私は思うが、胡散臭い河原乞食の芸道に人生を懸けた男たちの生き様と死に様を描いた一本として、本作『プレステージ』もまた、そのような愚直な感動を覚えさせられる傑作である。

 

(2025年6月26日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
性別
男
生年月日
1984年5月2日
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