第262回『サイレントナイト』(2023年)

時代を超え貫かれる純度120%のジョン・ウー節

img_20250413-003110.jpg
『サイレントナイト』
(Silent Night)
2023年:アメリカ
監督:ジョン・ウー


 クリスマス・イヴにストリート・ギャングの抗争の流れ弾により幼い息子を殺され、さらに自身も喉を撃ち抜かれ声を失ってしまった主人公(ジョエル・キナマン)が、一年後のクリスマス・イヴにギャングたちを皆殺しにすることを決意する、というストレートなハードボイルド復讐劇。

 話の筋や展開に変則的なアイディアや意外性はなく、極めてシンプルに切り詰められた一直線の復讐劇だが、喉を撃ち抜かれ声を失った主人公だけでなく、全ての登場人物がほとんど(99.99%ぐらい)台詞を発しない、という擬似サイレント映画のような体裁を成しており、そもそもサイレント映画という形式にも音声はなくとも字幕による台詞が用いられるのが通例だが、本作においては台詞そのものが皆無に等しく、この点に関してはかなりの異色作と言えるだろう。

 そして監督がジョン・ウーである。特に1980年代後半~90年代後半にかけて、独自の美学に貫かれたハードボイルド・アクション映画の傑作を、香港とハリウッドで次々と世に送り出した名監督だ。そんなキャリア的には超ベテラン監督の域である彼の、(2023年当時での)最新のアクション作品ということになる。正直、見る前は、なんと仕上がりの予想が付かぬ作品だろうと思ったが、いざ見てみれば、結果はどこまでも「ジョン・ウーそのもの」と言える仕上がりの傑作であった。

 『マンハント』(2017年)を見た際も、さすがにジョン・ウーもかつてのような作風ではないだろうと事前に予想していたのだが、正味はその予想の遥か上を行く「ジョン・ウーそのもの」な演出のオンパレードで、ことアクション演出においては、全然腕が鈍っていないキレの良さだったので心底驚いた。話の筋がかなり雑で「なんじゃこりゃ?」な内容ではあったものの、何より21世紀になってもかつてのジョン・ウー節が全く死んでいなかったことに感動を覚えた。そしてさらなる年月を経ての本作『サイレントナイト』だが、こちらも衰え知らずのジョン・ウー節が炸裂している。

 我が子と声を失う悲劇 → 病院でのリハビリ生活 → 帰宅後の喪失感 → 酒びたりの虚無の日々 → 復讐の決意 → 妻とのすれ違い → 妻との別れ → 肉体の鍛錬及び殺人術・銃撃・運転技術の特訓 → ギャング組織の周辺調査 → 復讐決行……という極めてシンプルな話の流れを、過不足なくテンポ良く前へ進めてゆく。台詞でのやり取りはほぼ皆無ながら(ほんの数ヶ所、幾人かの登場人物が小さく言葉を発するシーンがある)、ジョン・ウーお得意の情緒的な演出で、かなり分かりやすく登場人物たちの感情の推移などを描きつつ、同時に、主人公の特訓シーンをアクション的な見せ場として機能させながら、ラストの復讐実行までを停滞感なく進行させてゆく話運びが見事だ。

 ほとんど台詞がないという縛りが、一体どのように作品全体に影響するのか。やはりその部分で、どうしても鈍重さや間延びした冗長さを感じさせはしまいか。そもそも過去のジョン・ウー作品には、ハードボイルドな男たちによる印象的な(要はキザで熱くてカッコイイ)台詞がかなり多い。その特色を封じられた状態で、果たしてジョン・ウー作品として成立するのだろうか。序盤はそんなことを気にしつつ見ていたのだが、結果的にそれは取り越し苦労というもので、台詞なしでも十二分にジョン・ウー的な世界観やドラマが形成され、そこに冗長さや停滞感を覚えることはなかった。今回、カメラワークや編集といった面でも、かなり良い仕事が為されているように思う。

 そして劇中最大の見せ場・山場をラストにドカンと持って来て、銃弾と血の雨をハードかつ流麗な映像美の中でこれでもかと降らせてみせるが、これは代表作である『男たちの挽歌』(1986年)から変わらぬスタイルで、スローモーションを多用しながらの緩急をつけたバイオレンス・アクションの躍動美には、誰にも真似出来ぬ唯一無二の芸術的洗練さがある。オマージュとしてこのアクション演出のスタイルを真似る作り手は数知れずだが、本家本元の美しさには到底敵わない。

 しかしながら本作には、過去のジョン・ウー作品とは一味違った面白さもある。かつてのジョン・ウー作品の主人公たちが軒並みヤクザ者や殺し屋や刑事といった暴力慣れした猛者たちであったのに対し、今回の主人公は元々は全くのカタギで、ごく平凡で家庭的な男であるという点だ。いくら鬼の復讐心と血の滲むような特訓で自らを鍛え上げたといっても、実戦経験はゼロの全くのド素人なのである。ジョン・ウーによるアクション作品史上、最弱の主人公と言ってよいかもしれない。

 当然ながらこの点もきちんと劇中の演出には加味されており、自身で撃ち殺したギャングの血みどろの死体を見た瞬間、思わず吐いてしまったり、防弾ベストの上から被弾した際に恐怖に慄く表情を見せたり、かつてのジョン・ウー作品の英雄たちには決して見られなかったようなキャラクター造形が新鮮で、このような主人公のフラジャイルな面を引き出す演出にきめ細かく配慮しているあたり、ジョン・ウーのベテラン監督としての腕の良さに改めて感心させられる(本作の主人公が屈強な猛者でない分、叩きのめされボロボロになっても何度でも立ち上がり反撃していくその姿に、むしろ過去のジョン・ウー作品の主人公たち以上に心を打つものがある)。

 ジョン・ウーは、ある種時代遅れとも言える己の美学を、劇中に必ず色濃く反映させる作り手ではあるが、一方で、長い監督キャリアの中で、ブランク期間のない手堅い職人的フットワークの良さも兼ね備えており、今作においても自身の美学は貫きながらも、それを現代の映像技術にしっかりと適応した画作りの上に乗せていく、というその腕の的確さを見せている。

 とはいえ、今作ではどちらかといえば自身の美学は抑え気味か? と思わされる部分もあり、さすがのジョン・ウーも今回のこの話の流れの中では、彼の作風の代名詞である「二丁拳銃」と「男二人の熱い展開」を挟み込む余地はないだろう……とすっかり油断していたところ、まさかまさかの、ラストの大詰めでこの二つの要素をかなりの力技で捩じ込んで来た。これにはもう驚きというより「参りました!!」の一言しかない。ジョン・ウーはやはりどこまでもジョン・ウーであった。

 



 スタッフ「監督、さすがに今回のこの流れで、男二人の熱い展開は無理じゃないですか?」

 ジョン・ウー「男二人が互いの魂を通じさせるには、同じ戦場に立てばそれで充分なんだ」

 



 上記の会話は完全に私の妄想であるが、ジョン・ウーはきっとこういうことを言う男に違いない。そう信じたくなるほどに、本作『サイレントナイト』にも、期待を裏切らぬジョン・ウー節が込められていた。ジョン・ウーの前にジョン・ウーなく、ジョン・ウーの後にジョン・ウーなし。彼が描く男たちの熱き魂は、燃える弾丸となってスクリーンを撃ち抜き、時代を超え貫かれてゆく。
 

(2025年4月13日)

プロフィール

プロフィール画像
ニックネーム
わがままコブラ
性別
生年月日
1984年5月2日
QRコード
携帯用QRコード
アクセス数
ページビュー数