第261回『ある殺し屋』

突き詰められた引き算の美学

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『ある殺し屋』
1967年:日本
監督:森一生


 表向きは小料理屋の寡黙な主人として生きる塩沢(市川雷蔵)は、実は凄腕の殺し屋で、その正確無比な殺しのテクニックと徹底的にストイックな生き方が、そのまま本作の折り目正しいハードボイルド作品としての仕上がりに見事に呼応しており、そんな塩沢の殺し屋としての生活の裏と表を丹念に描きながら、そこに異分子として割り込んで来る圭子(野川由美子)と前田(成田三樹夫)という二人の若者が、塩沢の対比的な存在として、物語に起伏ある捻りとアクセントを加える。

 どこまでも無駄のないストレートな「ザ・殺し屋映画」「ザ・ハードボイルド映画」であるが、本作における最大の特色は、その突き詰められた引き算の美学だ。ストーリー自体もかなりシンプルだが、ストレートな殺し屋映画でありながら、本業の依頼仕事としての主人公の殺しのシーンはたった一ヶ所しかない。しかも殺しに用いる得物は小さな針一本のみ。タイトルバック含め、劇中で何度か銃を見せるシーンがあるが、発砲するシーンは一ヶ所もない。いわゆる「チェーホフの銃」の真逆を行くスタイルだが、これが見事なまでにクールに仕上がっている。

 塩沢はまず標的周辺の情報収集、日常の行動パターンの分析といった事前準備をじっくり時間をかけて行う。依頼主がいくら急かしても、決して仕事を急ぐようなことはせず、また自身の計画に一切口は出させない。そして一度決めた計画は決して変更はしない。どんなことが起ころうと落ち着きを保ち、どんな障壁があろうと必ず計画通りに殺しを遂行してみせる。

 殺しの実行の際は音もなく標的に近付き、誰にも気付かれずに標的の急所にスッと針を刺し込む。そしてまた音もなく幽霊のようにその場から消え去ってしまう。もし追手がかかってもいいように、仕事の際に借りる部屋には必ず逃走経路を確保しておく。証拠を残さぬよう、食べた弁当の捨て方ひとつにも徹底的にこだわる。殺しの決行の前日は長時間の睡眠を必ず取る(寝不足のまま殺しの現場に行くようなことは決してしない)。一度の殺しで大金を稼いでも、常に質素倹約で目立たぬよう市井に紛れて暮らす。本作はそんな塩沢の殺し屋としての生き方を丹念に描いてゆく。

 約80分と長くはない尺だが、その尺に比しても殺しのシーンやアクション・シーンが驚くほど少ない。序盤での圭子のヒモ男と塩沢のごく短い格闘シーン、中盤での殺しの仕事のシーン、終盤でのケイパー・シーン、ラストの大立ち回りとトドメの針での瞬殺シーン。目立った見せ場としてのアクション・シーンはこのぐらいで、あとはひたすら塩沢の生き方・生き様を見せるシーンと、塩沢からは異質な存在となる圭子や前田とのやり取り(駆け引き)のシーンが主軸となる。

 ハードボイルドなアクション映画でありながら、ここまでアクション的見せ場が限られているが、しかしながらそれで全く冗長にはなっていないし、見ていて飽きることがない。おそらく脚本の段階から構成や語り口がよく練られているのではないだろうか。

 そして肝心のアクション・シーンだが、これがもう尽く素晴らしい。いちばんの見所はやはり中盤での、針一本のみの殺しのテクニックが光る塩沢の暗殺遂行シーンだが、ラストの多勢に無勢での大立ち回りのシーンも負けず劣らず素晴らしい仕上がりだ。

 ドスを持った複数の敵を向こうに回した塩沢が、敵の一人のズボンのベルトを奪い、それを鞭のようにしなやかに使いながら、タイトな身のこなしで次々と襲い来る敵を捌いていく殺陣が見事で、ローアングルを多用したカメラワークや編集の妙味により、スピーディーかつリアルなアクション・シーンに仕上がっており、1960年代当時の(特に日本映画における)アクション演出としては一歩先ゆくモダンさを感じる。そしてそのダイナミックな大立ち回りから、最後は剣豪の居合のような針捌きで敵のボスに一瞬でトドメをさす。このシビレるほどクールな殺しのスタイルがたまらない。

 最後まで一切変わらぬクールさを貫く塩沢と、その塩沢のクールさに生き方を変えられる圭子と前田。塩沢のキャラと対比的に描かれる圭子と前田も最後の最後までしっかり物語のアクセントとして活かされており、ケイパーものやノワールらしい裏切りの交差の果てに、何とも皮肉めいたユーモアが添えられ、クール一辺倒にも終わらぬ作品全体のバランス感覚が絶妙だ。

 引き算の美学の突き詰め方にある種の異質さはあるが、本作『ある殺し屋』は、『みな殺しの拳銃』(1967年)と並ぶハードボイルド・アクションの教科書のような作品と言っても過言ではないだろう。ザ・ハードボイルド映画として、この二本に学ぶところは多いはずだ。

 

(2025年4月1日)

プロフィール

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わがままコブラ
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生年月日
1984年5月2日
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