第260回『疫(えやみ)~ナヒヤサマの呪い~』

堅実さの結晶

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『疫(えやみ)~ナヒヤサマの呪い~』
2023年:日本
監督:川端匠志


 沖縄ご当地の小規模なテレビ企画だが、これが驚くほど面白い傑作ホラー作品であった。1話10数分で全5話。全体的に尺はかなり短めだが、その短さを逆手に取ったような一切無駄のない展開で、常にテキパキと話が前へ転がり続け、1話の中に必ず1回は大きな見せ場・山場がある。つまり全5話を通して、10分に1回は必ず目立った見所があるので、停滞感がなく最後まで飽きさせない。

 不動産業者がある売り物件の現地視察に訪れ、そこで怪異に見舞われる……というJホラーにありがちな事故物件ものとしてスタートするが、そこから1話ごとに主役を入れ替える形式で、話の中心となる呪いが次から次へとスピーディーにその関係者たち(各話の主人公とその周辺の人たち)に襲いかかり、回を追うごとに邪悪な呪いが加速度的に膨張・拡散してゆく。

 何の罪もない人々が為す術なく凶悪な怪異に蹂躙されてゆく様子は、心霊ホラーという以上にラヴクラフトのクトゥルフ神話的な不条理の恐怖世界を思わせる。

 先述した事故物件もののようなスタイルで始まり、次第にそれが古い風習(奇習)を絡めた田舎ホラーへと風呂敷が拡げられてゆくのだが、不動産業者 → オカルト番組製作者 → オカルト研究家という流れで、狭い範囲ながら次々と本件に関わった者たちがリレー形式で呪われ、無慈悲に蹂躙されていくこのスピード感と残酷さがたまらなく恐ろしく、そして面白い。

 ホラー作品としての話の筋立てや演出に、特別なアイディアや奇抜さや斬新さはなく、1990年代以降のJホラーにありがちなベタな要素だけで構成された作品であると言えるし、物凄く器用に作り込まれたウェルメイドな作品という印象でもない。しかしながら、何より余計な悪手が徹底的に排除されたような堅実な作りが、見事に作品全体の質を底上げしている逸品である。

 まず企画としての全体の尺の短さからくる必然性だろうが、全ての会話が物語を次の段階へ進めるための必要最小限の内容に留められており、これがこの作品全体のテンポの良さを築き上げている。ここがまず第一の要と言えるだろう。この点に関しては、『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』(1956年)などのドン・シーゲル作品の無駄のなさを思わせる。

 そしてこの必要最小限の会話によるテンポの良さが保たれた中に、ホラーとしての見せ場・山場となる怪異をどんどん盛り込んで見せてゆく。具体的にはかなりベタベタなジャンプスケア演出を多用しているのだが、これがへんに出し惜しみしたりヒネったりするよりも、意外や意外、けっこう恐いのである。しかも暗い夜のシーンよりも昼間のシーンや明るい室内でのシーンが多く、このパキッと明るい(ホラー作品にしては陰影の要素が少な過ぎるとすら言える)画作りの中で、幽霊などもどんどんハッキリと見せてしまう。タメや出し惜しみが極端に少ないが、本作にあってはそれが不思議と悪手になっていない。おかしな表現だが、スコーン! と突き抜けるような恐さがある。

 特に1990年代以降のJホラーにありがちだが、過剰な陰影(暗闇)を用いた恐怖演出には基本的に私自身は否定的である。なぜなら、人間が暗闇それ自体に動物的(皮膚感覚的・生理的)恐怖を覚えるのは当たり前過ぎることなので、それをホラー作品で多用するとなると、一体、自分の感じている恐怖が闇への恐怖なのか怪異への恐怖なのか、正直よく分からなくなるからだ。要は、ホラー作品であるならば、ちゃんと怪異で恐がらせてくれよ、とそう思ってしまうのである。

 そこへきて本作は、先述したパキッと明るい(明る過ぎるぐらいの)画面の中で、フェイントなどもほとんどないストレートさでバババッと怪異などを見せてくるのだが、このシンプルさにかえってこちらもビクッ! と鳥肌ものの恐怖を味わわされ、ある意味これがホラー作品本来の恐怖演出なのではないか? とすら思えてくる(真っ昼間に幽霊や怪異をハッキリ見せてしまっても十二分に恐いと思わせられるのは、Jホラーの流れの中では、例えば鶴田法男のオリジナル・ビデオ版『ほんとにあった怖い話』(1991年)や、あるいは黒沢清のホラー作品などに多い)。

 本作において特に気に入った点は、物語の主軸となる「ナヒヤサマの呪い」のその呪力の強さだ。呪いがパンデミック的に多方向に拡散し感染してゆくという話の流れとして、『残穢 −住んではいけない部屋−』(2015年)にも通底するが、『残穢』の方もなかなか理不尽に関係者たちが呪われ蹂躙されるものの、本作『疫(えやみ)』においては、呪いの理不尽さや暴力性が『残穢』のそれを遥かに上回る。つまるところ、呪いにルールや規則性がほとんどない。要は理屈で推し量れるレベルの呪いではないので、呪われる側の手の打ちようのなさ(無力感)がえげつないのだ。誰であろうと、「ナヒヤサマの呪い」にほんの少し掠った程度で、瞬時に呪われ、蹂躙されてしまう。

 ラストの締め方も、この物語に最も関係なかったと言える「情報提供者」程度の蚊帳の外の人間が、家族もろともがっつり呪われるシーンでバツッ! と全ての希望を断ち切られるかのように終わる。この潔いまでの残酷さ。中継ぎ的な存在となるオカルト番組製作者たちに関しては、若干の「他人の不幸をメシの種にする」という点での言及はあるものの、基本的に本作において呪われ蹂躙される人たちに、特にこれといった罪深さはなく、ただ普通に生活してきた慎ましい庶民たちである。その慎ましい人たちが、たまたま「ナヒヤサマの呪い」に関わってしまっただけで、一切の情け容赦ない地獄を見ることになる。この暴力的なまでの呪力は心底恐ろしいし魅力的だ。

 本作『疫(えやみ)』に関しても、相変わらず低予算という領域での可能性に留まってしまう点は何とも厳しいところだが、とはいえ、心霊ドキュメンタリーなどを含むこのラインの和製ホラーに、まだこの先の面白くなりそうな展望を垣間見れる事実だけは、素直に喜びたいところである。

 

(2025年3月28日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
性別
男
生年月日
1984年5月2日
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