第259回『スネーク・アイズ』(1998年)

何とも映画臭い旨味とケレン味

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『スネーク・アイズ』
(Snake Eyes)
1998年:アメリカ
監督:ブライアン・デ・パルマ


 公開時(日本では1999年)、一介の映画好き中学生として見に行き、おそらくもっと刑事アクション的な(あるいは悪徳刑事ものの暴力映画的な)要素を期待していたので、「何だか地味でつまらんなぁ」ぐらいの印象しかなかったが、それから四半世紀が過ぎ40歳になった今、何となく見返してみたら、これが思った以上に面白かった(こういう点だけは年を取るのも悪くない)。

 巨大スタジアムでのボクシングの試合中、VIPとして観戦していた国防長官が暗殺される事件が起こる。犯人はその場ですぐに射殺され、過激派による要人暗殺として片付けられそうになるが、たまたま現場に居合わせた汚職刑事リック(ニコラス・ケイジ)は、ヘヴィ級チャンピオンによる八百長疑惑を嗅ぎつけ(リック自身もこの試合に多額のカネを賭けていた)、また、暗殺前後に見かけた謎の二人の女の行方を追う中で、今回の暗殺の背後にある巨大な陰謀に巻き込まれてゆく。

 特に序盤で惜しげもなく披露されるスムーズでトリッキーな撮影テクニックや、『巌窟の野獣』(1939年)、『ロープ』(1948年)、『めまい』(1958年)などからの引用を思わせるヒッチコック・オマージュなど、いかにもデ・パルマらしいデ・パルマ作品としてのダークかつ軽快なタッチでトントントンと話を転がし、約100分できれいにまとめた密室劇的なサスペンス・スリラーだ。

 序盤の疑似(?)ワンカット長回しによる導入は素晴らしく、15分ぐらいでスッと本題に入るスピーディーな展開も小気味よい。サスペンスとしての種明かしは割と早い段階で済ませてしまうので、謎が謎を呼ぶような面白さは薄く、中盤以降も若干のダレ具合や、デ・パルマ作品らしい雑味は感じるものの、クセの強いニコラス・ケイジの演技も比較的上手いこと作品の雰囲気にハマっており、下衆な汚職刑事であるこの主人公が、それでも微かに残っていた矜持でもって巨大な陰謀に立ち向かう姿に人間臭いハードボイルド味があって、これがなかなかどうしてグッとくる。

 事件終結後、リックも一旦は表彰されるものの、国民的ヒーローというわけにはいかず、一人の刑事としての矜持を貫き、今回の暗殺事件解決に奔走したがために、結果として過去の汚職が明るみに出て、最終的には妻にも愛人にも逃げられてしまう……という不様さがこれまた何ともニクい。

 デ・パルマやカーペンターの作品を見ていると、タランティーノがいかに器用な作り手かと思うこともしばしばだが、しかしながら、一見野暮ったく思える(雑味の多い)その味わいというか風合いの奥に、ある意味で器用貧乏的なタランティーノ作品にはない、最も映画的と思える芯のようなものをデ・パルマやカーペンターの作品には感じる。

 タランティーノやフィンチャーのような器用さはなく、またシーゲルやフライシャーほどの堅実な職人気質があるわけでもない。しかしそういったウェルメイドな領域にはむしろ宿らぬ、何とも映画臭い旨味とケレン味がデ・パルマやカーペンターの作品にはあり、本作『スネーク・アイズ』はまさにそういった旨味とケレン味が詰まった作品だと言える(同じ98年作のカーペンター作品『ヴァンパイア/最期の聖戦』もまさにそういった一本だ)。

 『ファントム・オブ・パラダイス』(1974年)、『キャリー』(1976年)、『ミッドナイトクロス』(1981年)、『スカーフェイス』(1983年)、『カリートの道』(1993年)といった、華々しい代表作に比べれば大分地味ではあるが、しかしどこまでも映画的で、どこまでも映画臭い一本として、この『スネーク・アイズ』もまた最上級にデ・パルマらしい作品と言えよう。

 映画とはつまるところジョン・カーペンターであり、ブライアン・デ・パルマなのだ。

 

(2025年2月13日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
性別
男
生年月日
1984年5月2日
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