第252回『電人ザボーガー』(2011年)

ベタをどうやり切るか

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『電人ザボーガー』
2011年:日本
監督:井口 昇


 1974年~75年にかけてテレビ放送された特撮ヒーロー作品『電人ザボーガー』を、井口昇監督が自身のオリジナル脚本でリブート的に実写映画化したもの。

 当時の特撮ヒーローもののテイストを愚直に踏襲すると同時に、他の井口作品でも見られるベタなロマンチシズムと人情噺を、独自のチープさキッチュさ変態性などを織り交ぜながらもバランスよく調理し、最終的にはストレートな特撮ヒーローものとして熱く爽やかに仕上げているのが見事。

 この手のチープさキッチュさに拠ったギャグ路線は、得てして「こんなの冗談っすよ」というスカした感じが出て個人的には嫌いなのだが、井口作品はかなりストレートに振り切ったロマンチシズムをやるので、このチープさの中で逆説的に、思い切ったベタな演出がスカした姿勢や照れなしで成立する。そこが井口作品における傑出した点で、それはある意味でジョン・ウーなどに近い感性ではないかと思える。そして本作『電人ザボーガー』においても、この利点は見事に活かされている。

 科学者であった亡き父が残した超人ロボット、ザボーガーと共に、人一倍正義感の強い主人公が悪の組織と戦う……という筋書きは数多の特撮ヒーロー作品と変わらないが、本作はそこに善悪の境界線の曖昧さや、「何のために戦うのか」「自分の信じる正義とは何か」といった要素も思いのほか丁寧に組み込まれており、何より2部構成として主人公の「青年期」から後半は落ちぶれた「中年期」へと話が飛ぶのが面白い。かつては熱き心で正義を貫くために戦った主人公が、いつしか年老いてすっかり落ちぶれ、正義を信じる心も完全に失った生活を送っている。

 そしてそこからまたヒーローとして立ち上がる姿を描く流れで、しっかりと熱い物語にしていくのが、ギャグ交じりながら非常に丁寧で、好感が持てる。独特のチープさキッチュさに拠ったギャグ感覚や、明らかに歪んだ変態性もどんどん作品内に投入してゆく井口節であるが、その真骨頂は、何よりベタなロマンチシズムと人情噺を一切恐れずストレートに描いてみせるところにある。

 創作において、どんな変則的な(奇抜な)アイディアを捻り出すことよりも、いかにベタをやり切るかということの方が遥かに難しいと私は思っているが、井口監督は独自のキッチュさや変態性を敷き詰めながらも、最終的にはこのベタをやり切るストレートな感性を明確に有している。

 一度は落ちぶれた主人公が再び熱き心を取り戻して戦いの場に戻るロマンチシズムと、再会と和解を描く親子ドラマとしての人情噺を丁寧に絡ませているが、親子ドラマも最後は「可愛い子には旅をさせよ」的なサラッとした爽やかな締め方で、へんに湿っぽくさせないのが良い。

 また、特撮ヒーローものとしては、アクションの演出、撮影、編集が思いのほか良い点も評価出来る。いくらパロディックな作風であっても、というか、パロディックな作風であるほど、作り込むべきところはしっかり作り込むことがいかに重要か、本作を見ると改めてよく分かる。

 本作は演者勢も素晴らしく、W主演の板尾創路と古原靖久をはじめ、柄本明、渡辺裕之、竹中直人といったベテラン勢から、山崎真美、宮下雄也、佐津川愛美といった若手まで、捻った笑いとベタベタな人情劇の中で、各々が実に魅力的に立ち回っている。

 過去に見た井口作品では、『自傷戦士ダメージャー』(2015年)、『変態団』(2015年)、『ゲスに至る病』(2017年)、『ゴーストスクワッド』(2018年)などが好きだが、本作『電人ザボーガー』は、それらを遥かに上回る娯楽的傑作だと思える。

 

(2024年7月9日)

プロフィール

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わがままコブラ
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1984年5月2日
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