第25回『レイチェルの結婚』

レクター博士よりも恐い家族の傷口

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『レイチェルの結婚』
(Rachel Getting Married)
2008年:アメリカ
監督:ジョナサン・デミ


 ジョナサン・デミの監督作品は『羊たちの沈黙』(1991年)くらいしか知らないが、本作は猟奇殺人なんかよりも遥かに恐ろしい傷だらけのホームドラマだ。引きずり出されたはらわたよりも見たくないリアルな家族の口ゲンカが大半を占める、胃の痛くなるようなヘヴィな一本である。

 主演のアン・ハサウェイの役どころはずばりジャンキー。10代の頃から薬漬けで、リハビリ施設を出たり入ったりの筋金入りのヤク中娘キムを体当たりで演じている。

 本作はそんなジャンキー娘キムが、姉レイチェルの結婚式に出席するために実家に戻ってくるところから始まる。実家には親類縁者をはじめ新郎新婦の友人なども大勢集まり、式の準備に大わらわ。新郎の友人にはミュージシャンが多く、家のあちこちで本番の練習をしたり、遊び感覚のセッションを行ったり、みな実に楽しそうに、これから結婚する二人の幸せを分かち合っている。家族もみな幸せそうに長女レイチェルの門出を祝福し、式の準備を楽しんでいる。まさに画に描いたような幸せなホームメイドの結婚式だ。

 薬物依存を克服しきっていないキムも、久々に施設の中とは違う幸せな雰囲気に包まれ、束の間の安息に心を癒すことができるかに思えた。がしかし、自分がその娑婆の人々の幸せとはかけ離れた存在である、ということをすぐに思い知らされる羽目になる。

 事の発端は「花嫁の付添人」。キムは実の姉である花嫁レイチェルの付添人は当然自分の役まわりだと思っていたが、実はその大事な役まわりをレイチェルの親友エマが仰せ付かっていることを知る。キムは自分が付添人に選ばれていないことに傷つき、さらには昔からいけ好かない姉の親友エマにその役まわりを取られてしまったのだから憤慨せずにはいられない。

 「妹のあたしがお姉ちゃんの付添人になるのは当然でしょ!!」

 キムの問題が「過去のもの」であればまだ良かったのかもしれないが、未だに依存症真っ只中であるキムを、家族はなるべく表に出したくないのだ。周りの人間もみな優しく接してはくれるが、しかし本当に「痛い部分」には触れないように気を遣ってキムに接している。そりゃ当然と言えば当然なのだが、キムにとっては自分が厄介者扱いされることほど哀しいこともなく、同時にそれが悔しくてたまらないのだ。これほど苦しみながら更生しようとがんばっているのに、誰もそれを認めてくれようとしない。このことに対する怒りはどうしたって抑えることが出来ない。

 「じゃあ分かりやすく『危険人物』って刺青をあたしの顔面に彫ってやるわよクソったれ!!」

 せっかくの人生の門出を妹にブチ壊しにされなくないレイチェルは、仕方なく親友エマに付添人の役を降りてもらうことにするが、このへんからだんだんと家族の雲行きが怪しくなってくる。式の準備も終え、今宵は両家とその友人たちもそろっての前夜祭。なかなかイカしたミュージシャンぞろいの出し物はかなり盛り上がり、そのまま和気あいあいとした食事会へ。乾杯の前に、出席者たちによる新郎新婦への祝辞が始まる。

 みなちょっとキツめのジョークなんかを交えつつ、実に心のこもった暖かい言葉を新郎新婦へプレゼントする。さすがはアメリカ、まずはブラックな笑いで場を沸かせておいて、最後はグッとくる「おめでとう」できれいに締める。これ以上はないくらいイイ雰囲気になる食事会。新郎新婦は幸せの真っ只中だ。そしてこの絶妙のタイミングでキムの番がまわって来る。いろいろ問題はあるけど今宵は楽しい前夜祭。姉のために心温まる微笑ましい祝辞を述べる……のかと思いきや、やはりやらかしてしまうキム。

 出席者の誰もがこのタイミングで聞きたくない「キムの問題」についてベラベラと喋り始め、これから幸せになる姉へ対するヒガミとも取れるような実にビミョーな祝辞を展開する。案の定、場の雰囲気は何とも気まずいものになってしまい、出席者たちは苦笑すらできない状況に追い込まれる。その後、他の出席者たちがどうにか場の雰囲気を回復させるナイスなフォロートークを展開し、どうにか前夜祭は終了。しかし自分の幸せな門出に泥を塗られたレイチェルの怒りは収まらない。

 前夜祭の後、レイチェルはキムと激しく言い争い、そしてこの二人の姉妹の軋轢は、そのまま父や母をも巻き込んで、家族の最も暗い過去の「傷」を掘り返すまでに発展する。

 実はこの姉妹にはもう一人かわいい弟がいた。しかしその弟はすでにラリパッパだった16歳のキムが運転する車に同乗中、キムが起こした事故のために帰らぬ人となってしまったのである。この過去は家族全員にとって決して乗り越えることのできない「痛み」だ。そしてそうであるがゆえに、二度と掘り返したくない過去なのである。

 「結婚」という人生の幸せな門出を祝うために集まった家族が、最も不幸な過去の傷をこのタイミングで思い出すことになってしまったのだ。

 妹のことは愛しているのだが、しかしどうしても許すことのできないレイチェル。そんな姉に対し、「弟を殺したから愛情を求めちゃいけないの?」と涙ながらに訴えるキムの姿には本当に胸をえぐられる。そしてその後、キムはズブドロの暴走を見せるが、しかし式の本番は予定通りにやって来る。キムは激しく傷つきながらも、式の本番では姉の付添人の役をしっかりと全うする。

 式は無事に終わり、家族はまたそれぞれの人生を歩み始める。

 遠い過去に負った大きな傷が癒えることは決してないが、それでも家族が家族である限り、見えない絆で結びついている、というような救いを持たせ、この映画は静かに幕を閉じる。映画のラストで、すっかり「祭りの後」の雰囲気になった家のベランダから、まだ残っていたミュージシャンが庭で演奏しているのをぼんやり眺めるレイチェルの後ろ姿に、何だかよく分からないががググッと胸を締め付けられた。

 とかく人生は不幸に満ちあふれ、嫌なことばかりが続くものだが、その「救い」はもしかしたら、とりあえずどうにかこうにか生きていることそれ自体にあるのではなかろうか。猫も杓子もジャンキーも、とりあえずどうにかこうにか生きている。

 

(2011年9月10日)

プロフィール

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ニックネーム
わがままコブラ
性別
男
生年月日
1984年5月2日
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